2026年2月14日 (土)

初春の四国詣で 賑わいの岡山駅 01/19-21

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1月19日からの四国詣で、帰りは岡山経由なので、しばし駅撮りです。

岡山周辺ではこの227系Uraraがかなり増殖していました。

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とはいうものの、今も黄色い115系もずいぶんやってきているようで、頼もしい限りです。

特にこの車両は内装が更新されておらず、あの狭いボックス席が残っていました。

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吉備線のキハ47が発車間際でしたが、何とか間に合いました。

幌が出ていて、精悍な面構えです。

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2両目のキハ47には「次世代バイオデイーゼル燃料導入 2025.11~」のシールが貼られていました。

これは廃食用油や微細藻類から抽出したバイオ燃料をもとに100%代替燃料とした運転をアピールするものです。

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津山線の方にはキハ120の2両編成が入っていました。

キハ47もやがてこれらの車両に置き換えられてしまうのかもしれませんね。

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葉室麟 蛍草 文春文庫/読了・・・・・・著者による女性を主人公にした涙ものの時代小説です。面白いけれど、作り物の感はありますね。この辺りが歴史小説と時代小説の違いかもしれません。とても良い作品だと思いますが、ご都合がよい展開というの感じます。もうすでに亡くなられてしまいましたが、葉室麟は推しの作家です、すべてがいいわけではないですね。そういうものです。

2026年2月13日 (金)

初春の四国詣で 四国の山々 今治の山火事跡も 01/19-21

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1月19日からの四国詣で、21日の朝に帰途に就きました。

卯之町駅9時10分発の特急「宇和海」、ちびっ子大好きアンパンマン列車です。

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松山駅で岡山行きの特急「しおかぜ」に乗り換えです。

今治を過ぎたあたりから、2025年(令和7年)3月23日に発生した大規模な山火事の跡が見えてきます。

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山火事の跡は、今も焼けた木々が立ち並んでいて、見た目では痛々しい姿のままでした。

山火事の場所と民家との距離が近く、これは怖かったでしょうね。

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この春には下草が芽吹いて、夏には緑が戻ることを祈るばかりです。

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新居浜あたりの四国山地、強烈な寒波が到来していたので、2000mに近い山容の頂上付近は冠雪していました。

2026年2月12日 (木)

森田玲子さん、室内楽リサイタル モーツァルトサロン 02/11

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昨日2月11日は高校同窓生のヴァイオリニスト、森田玲子さんの古希を祝う室内楽リサイタルにご招待いただき、音楽を堪能してきました。

ピアノを谷口敦子さん、チェロを飯田精三が担当され、息の合ったアンサンブルを聴くことができました。

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ベルナール・ビュフェやジョアン・ミロの作品が並ぶ、とても素晴らしい空間、モーツァルト・サロンです。

ピアノはスタンウェイとベーゼンドルファーが置かれていますが、ベーゼンが鳴らされたのを聞いたことがありません。

一度聞いてみたいなぁ、ベーゼンドルファー。

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演奏されたのは、ブーランジェ、モーツァルト、そしてベートーヴェンはソナタとピアノトリオでした。

モーツァルトは曲はとても好みで、スイスイ頭に入ってきて、珍しく覚えてしまいました。

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コンサート終了後、近くのレストランでパーティーがあるというので、そちらへもお世話になりました。

昨日はもう一人、森田さんの同窓生、以前大阪駅前第3ビルでお店をされていたK.T.女史も来られていたので、三人で話も弾み、美味しい料理、美味しいお酒に大満足でした。

さて、これは何かお返ししなければなりませんね。

2026年2月11日 (水)

初春の四国詣で モーニングは薪ストーブの「池田屋」さんで 01/19-21

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1月19日からの四国詣で、20日と21日の朝はいつもの池田屋さんでいただきました。

冬場は薪ストーブが大活躍、朝から炎に癒されます。

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一日目、二日目のモーニングです。

前夜にそこそこお酒もいただいていますので、温かいスープが胃に優しいです。

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お食事の後は、入れたてのコーヒー、さらにヨーグルトや果物もいただきます。

酒蔵をカフェに改装した店舗の池田屋さん、いつもありがとうございます。

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白壁がきれいな池田屋さんの前の道、お向かいは市長さんの家です。

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植松三十里 繭と絆 富岡製糸場ものがたり 文春文庫/読了・・・・・明治初期、富岡製糸場を開設したものの工女が集まらず、場長の尾高惇忠(大河ドラマ「晴天を衝け」では田辺誠一が演じる)が自らの娘、尾高勇を工女第一号として送り込み、その後の発展につなげた物語。上野の彰義隊の話しやウィーン万博など、急激な時代の変遷の中で翻弄されていく人々を見事に描き出した一冊、さすがの植松三十里でした。

2026年2月10日 (火)

初春の四国詣で 二日目、お昼は「舞華」夜は「れんげそう」 01/19-21

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1月19日からの四国詣で、2日目の午前中の会議を終えて、お昼はみんなで中国料理の名店「舞華」でランチです。

この日は日替わりメニューで「塩麻婆豆腐」というのがあったので迷わずこれをいただきました。

いつもの痺れ辛い陳麻婆豆腐とは違い、あっさりした味付けの優しい麻婆豆腐、これもいいですね。

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このお店に行くといつも店長からの特別料理が供されます、ありがたいことです。

この日はマスターのお父さん(居酒屋のご常連でもあるのですけれど)が釣ってきたというイトヨリの中華風煮つけ、ふっくらとした白身の煮つけに舌鼓を打ちました。

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さて、夜は前の日に続いて、いつもの居酒屋「れんげそう」でいただきます。

サザエ、カンパチ、タイ、タコのお刺身です。

一つ一つの切り身が大きいです。

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こちらはナマコボン酢です。

これは本当にお酒に合いますね。

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大きなものとして、アジ一匹の南蛮漬けが出てきました。

出てきましたというのは、メニューにあるわけではなく、勝手にいろいろなものが供されていくわけです。

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一連の流れで、串カツが出てきました。

大きなものでしたが、二本いただきました。

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最後の方で蒸し牡蠣をいただきました。

牡蠣は冬の味わいですね。

今回もごちそうさまでした。

2026年2月 9日 (月)

オーケストラ千里山第38回演奏会 02/08

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昨日2月8日は、まさに寒風吹きすさぶ中、ご招待をいただいていたオーケストラ千里山の第38回演奏会を聴きました。

会場は、茨木市の文化・子育て総合施設、おにクルのゴウダホール、2階で聴くと比較的デッド、1階で聴くと残響たっぷりという変わった音響のホールです。

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演奏されたのは、リヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲とショスタコーヴィチの交響曲第5番がメインというプログラムでした。

サン・サーンスの英雄行進曲は初めて聞きました。

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リヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲は大阪フィルの大森悠さんのソロでした。

この華麗な楽曲をいとも楽々と演奏され、流麗なオーボエが響きました。

この演奏だけでも寒い中やってきた甲斐があったというものです。

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指揮は推しの木下麻由加さん、いつもかっこいい指揮姿にはほれぼれしてしまいます。

さて、ショスタコーヴィチの交響曲第5番は大変な有名曲ですが、この音楽をずいぶん研究されたのか、一つ一つのフレーズが意味を持つようなイメージが伝わってきます。

全体的にはゆっくり目のテンポでしたが、しっかり地に着いた歩みです。

すべてを聞き終えて、これはもう歴代の巨匠が提示してきたショスタコーヴィチに近い姿を感じました。いやぁ、木下さん、すごいです。

それにしても、最近、演奏中にスマホを見る輩が増えてきているのはどうにかならんやろうかな、何しに来てるんや、こいつら。

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小泉凡 セツと八雲 朝日選書/読了・・・・・・朝ドラ「ばけばけ」の関係でいろいろと書物が出ていますが、なにを読むかというと、小泉八雲とセツのひ孫で、松江の小泉八雲記念館館館長でもある著者が語る本書が適切ではないでしょうか。身内でしかわからないことが、濃密に語られています。朝ドラのこれから先がどうなっていくかも少しわかってしまったのは、ちょいと残念だったかもしれんけど。

2026年2月 8日 (日)

初春の四国詣で 夜はいつもの居酒屋「れんげそう」 01/19-21

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1月19日からの四国詣で、愛媛県西予市に到着した後は、いつもの居酒屋「れんげそう」でお世話になります。

この日は、15人ほどの地元の方々と交流させていただきました。

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とにかくすごいお刺身が大皿で出てきました。

タコ、タイ、サワラの炙り、ハマチかな、豪勢です。

特にサワラの炙りの美味さは筆舌に尽くしがたいほどのもの、最高でした。

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こちらはグレのタタキ、何回かいただいたことがありますが、冬場のグレは旨いですね。

栃木の銘酒、鳳凰美田は素晴らしい味わいでした。

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タイの南蛮漬けというぜいたくな一品です。

八海山の純米大吟醸はこの料理にぴったりの味わいでした。

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スパゲッティのサラダ、箸休めにぴったりです。

その他、カレーやら、鶏の足の一本揚げやら、メチャクチャ食べて呑んで、みんなで盛り上がりました。

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この日の日本酒群、司牡丹、飛露喜、鳳凰美田、鷲ノ尾、南部美人、八海山などなど。

この日は初めてお越しになられた愛媛大学の先生とお知り合いになりました。

2026年2月 7日 (土)

初春の四国詣で 予讃線沿線風景 01/19-21

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松山を出発した特急「宇和海」から眺める沿線風景、伊予市駅を出発して山へ入っていこうとするところにあるのが、バナナを手でわしづかみしている巨大看板で有名な「仙波青果バナナ館」です。

創業者が戦後すぐにリアカーで野菜などを売り歩き、今では道の駅の先駆けのようなスーパーマーケットに育て上げたということで地元の人から親しまれている存在だそうです。

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長いトンネルを抜けて内子の町へ入ると、すぐに左手に見えるのが酒六酒造の酒蔵です。

ここの社長であり杜氏でもある武知さんはもともとソニーの情報システム部で製造改革、物流改革プロジェクト等を担当していた技術者でしたが、親の後を継いで現在酒造りをされています。モノづくりということでは一緒だと言われていました。

「京ひな」のブランド名で、「一刀両断」「隠し剣」「吹毛剣」、最高品質の「五億年」などユニークな命名のラインナップですが「高品質に過剰なし」をモットーに本当に良い日本酒を作っておられます。

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内子駅前に保存されているC12-231号機です。

この機関車は1939年製造で、仙台局に所属して主に会津若松、福島方面の運用についていましたが、1969年、最後の活躍の場として宇和島に転籍してきて予讃線を走りました。

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大洲駅を出発してすぐ、肱川が流れる丘の上に建つ大洲城が見えてきます。

明治に入って破却された天守や櫓を、2004年に伝統工法で木造復元した本物のお城です。

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宇和島行きのキハ54が停車する八幡浜駅に到着しました。

八幡浜からは別府、臼杵への九州連絡フェリーが運航されています。

またこの地は、19世紀末にライト兄弟よりも先に飛行機の原理を発見したとされる二宮忠八の生誕地で、彼は後に大阪で製薬会社の支社長になるほどの技術者で、現在京都府八幡市に飛行機事故で亡くなった人々を弔うための飛行神社を私財を投じて建設しました。

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目的の卯之町駅に到着しました。

JR四国の2000系、制御振り子のDCとして華々しく登場しましたが、ここが最後の活躍の路線となりました。

以前は松山からちょうど1時間で着いていたのが、ダイヤの見直しで現在は1時間10分かかっています、なんでやねん。

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門井慶喜 江戸一新 中公文庫/読了・・・・・江戸時代初期、1657年3月2日 から 4日 にかけての明暦の大火、江戸の町の大半を焼失し、多数の犠牲者を出した大火事の立ち向かい、江戸の町を作り替えた当時の老中、知恵伊豆こと松平信綱を主人公にした物語。歴史小説の部分もあるし、あまりそういうことにとらわれない時代小説の面白さもあって、楽しく読みました。

2026年2月 6日 (金)

初春の四国詣で 松山市駅から松山駅 01/19-21

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1月19日から二泊三日でいつもの四国詣で、なんともう13年目に突入していると長い仕事なんですが。

松山市駅に到着してここから伊予鉄市内線の路面電車でJR松山駅まで移動します。

松山市駅前は新しい市内線のホームやバスターミナルの工事中でざわついていました。

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市内線でJR松山駅前へ到着しました。

すっかりその姿を減らしてしまった旧型電車たち、この日は元京都市電の2006号に出会っただけでした。

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JR松山駅のホームに上がるといつものように7000系電車が停車していました。

なかなか秀逸なデザインなのか、一畑電鉄の8000系にその形状が踏襲されています。

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さて、2両編成の2000系DC特急「宇和海」が到着しました。

これは回送になり、実際には後発で3両編成の2000系がやってきます。

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15時30分発の特急「宇和海」です。

これに乗って卯之町まで移動です。

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発車前に派手なデザインのキハ54がやってきました。

凝ったラッピング車ですが、ここまでやると何が何だか、なんですよね。

2026年2月 5日 (木)

瓢箪山稲荷神社から河内寺廃寺跡へ 01/16

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1月16日はいつもの生駒詣で、仕事なんですが、その帰りに近鉄瓢箪山駅で下車、駅近くの瓢箪山稲荷神社へ詣でました。

賑やかな商店街を東へ向かうと赤い鳥居が迎えてくれました。

額には「瓢箪山」ではなく「瓢山 稲荷神社」と書かれています。

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この瓢箪山稲荷神社は、もともとここにあった円墳を横に2つ連ねた形の双円墳の稲荷山古墳をもとにして稲荷神が祀られたことに起源があるようです。

東大阪市の生駒山地には数多くの古墳群が知られており、この辺りは山畑古墳群という一帯です。

その中でも瓢箪山古墳は最大級の大きさを有しています。

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瓢箪山稲荷神社の拝殿です。

お稲荷さんだけに、狐が迎えてくれますし、何だか賑やかでいいですね。

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さて、瓢箪山稲荷神社から北へ10分ほど歩いたところに7世紀頃に創建されたと言われる謎の古代寺院である河内寺廃寺跡があります。

謎というのは、一切文献に残っていないからで、おそらくこの辺りを支配していた渡来系の河内直(かわちのあたい)一族の氏寺として建てられたものと考えられています。

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河内寺跡は、現在は公園となっていて、各所に当時を再現した姿を見ることができるようQRコードを付けた案内板が設置されています。

こちらは金堂の紹介になります。

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次に講堂の様子です。

河内廃寺は塔、金藤、講堂が一直線に並ぶ四天王寺様式の伽藍配置と考えられています。

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こちらは寺院を囲む回廊の様子です。

回廊の発掘によって、寺院の規模が確定しています。

回廊の様子は法隆寺や山田寺から発掘された回廊跡の建物が参考になっているものと思います。

2026年2月 4日 (水)

オーボエ&ピアノ DUOコンサート 藤井貴宏さん 01/28

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ちょうど一週間前の1月28日は、いつもの生駒詣での帰り?にぐるっと回って岸和田まで移動、お知り合いのオーボエ奏者 藤井貴宏さんのコンサートを聴きました。

ピアノは彼の門下生発表会でいつもピアノを担当されている田所千佳さんです。

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演奏されたのは、オーボエの有名曲のほか、ピアノソロのためのモーツァルトの作品などなど。

プーランクのソナタもよかったけれど、サン・サーンスのソナタは今まで聞いた藤井さんの演奏の中でも白眉の素晴らしさ、感動しました。

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田所さんのソロのピアノ演奏は初めて聞きましたが、こんなに達者な演奏者だったとは思いませんでした。

門下生発表会ではどうしても、耳はオーボエの方に引っ張られてしまいますからね。

クラシックな雰囲気の会場には、田所さんの地元ということもあってか、びっしりとお客さんで埋まっていました。

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会場の自泉会館、岸和田高校のグラウンドが目の前で、岸和田城の天守もすぐ近くに見えます。

藤井さんはこの日の演奏を終えるとドイツ、ミュンヘンへ帰って行かれました。

そういえば、岸和田から関西空港はすぐ近くですね、そういうことも計算されたコンサートだったと気づいた次第です。

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植松三十里 維新の虎 島津久光 集英社文庫/読了・・・・・・島津久光を描いた、おそらく初めての小説ではないかと、解説にありましたが、司馬遼太郎などによって名君と讃えられた島津斉彬の弟である島津久光は損な立場に立たされていましたね。今回は実質的に幕末の薩摩を率いて、明治維新のリーダーたちを御して開国に導いた大人物として描かれていて面目躍如でした。さすがの植松三十里です。いい本です。

2026年2月 3日 (火)

かぎろひ歴史探訪・番外編 ~初春の野崎詣りと鴻池新田会所を訪ねて~ 01/15

JR東西線野崎駅11時集合 ⇒ 野崎まいり公園 ⇒ 慈眼寺(野崎観音) ⇒ 堂山古墳群 ⇒ 專應寺 ⇒ 大東市立歴史民俗資料館 ⇒ JR東西線野崎駅 ⇒ JR東西線鴻池新田駅 ⇒ 鴻池新田会所(見学しながら約1時間の説明を受けます) ⇒ JR東西線鴻池新田駅

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1月15日は、奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の方々を私が奈良以外のところへ案内する番外編で大東市の野崎観音を訪ねました。

東海林太郎の歌や桂春団治の得意ネタで有名な野崎詣りです。

実際には慈眼寺というお寺の観音さんを拝むのですが、大阪市内から寝屋川を船が行き来できるという交通の便もあったので盛んになったようです。

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野崎詣りの船は、慈眼寺の手前の観音浜でお客さんをおろし、そこから歩いて向かうことになります。

観音浜から近いところにあるのがこの專應寺で、まずこちらへお詣りしてからというのが参拝ルートだったようです。

今では朽ちたお堂が建つのみですが、広い境内からは当時の隆盛を感じることができました。

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さて、慈眼寺から南へ向かい、水道局のタンクの脇を登って、登って、登って堂山古墳群にやってきました。

ここは堂山の端山の先端に5世紀前半築造の1号墳が見つかってから調査を続けると、6世紀後半から7世紀にかけての2~7号墳がさらに見つかったというところです。

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端山の先端にある1号墳がある辺りは、突出した場所にあるのでそこからの景観は絶景です。

この日は少し靄っていたので遠くを見通すことができず残念でした。

下見の時は和泉山地、淡路島、六甲山、北摂の山々などが一望できました。

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大東市を離れて、今度は電車で鴻池新田駅へやってきました。

そして駅から近いところにある鴻池新田会所を訪ねました。

鴻池新田会所は、1704年の大和川付け替えで新たにできた田畑(これが新田ですね)の一部を鴻池家が落札し、その土地の管理のために現地に置いた役宅のようなものです。

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広大な土地に建てられた数々の建物や施設を学芸員の方に案内していただき、1時間近くお話を聞くことができました。

背景にある豪壮な建物が鴻池新田会所の本屋になります。

この日は番外編史上最多の20名もの方のご参加をいただきました、感謝、感謝です。

2026年2月 2日 (月)

オーケストラ・ソノリテ第48回定期演奏会 02/01

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昨日2月1日は、ご招待をいただいていたオーケストラ・ソノリテの第48回定期演奏会を聴きました。

とても凝ったデザインのフライヤーですね、最近はAIで何でもできてしまうのですが、さてどうなんでしょう。

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演奏されたのは、ワーグナー、フォーレ、リムスキー・コルサコフというクラシックの音楽会ではおなじみの楽曲です。

ペリアスとメリザンドがちょっと珍しいかな、難しいですからね。

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指揮は、まだ30代半ばの若手、藤村知史さん、すでにいくつかのオペラの公演を成功させている方です。

風貌から、一度どこかで聞いていることを思い出しましたが、さてどこだったかはもう記憶のかなたです。

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演奏会の前に弦楽四重奏でのモーツァルトが演奏されました。

アナウンスもなく、突然始まったので少し驚きました。

本番の楽曲もアマチュアらしいピュアな演奏が続きました。

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会場の豊中市文化芸術センターです、ロビーの裏で豊中市桜井谷から出土した須恵器の特別展示があったので見てきました。

アンコールの「電光と雷鳴」は明らかにクライバーの演奏を意識し再現した快活で迫力あるものでしたが、こういうのもいいですね。

2026年2月 1日 (日)

大阪モーツァルトアンサンブル 第80回演奏会 01/31

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昨日1月31日は、豊中のアクア文化ホールで開かれた大阪モーツァルト・アンサンブルの第80回演奏会を聴きました。

モーツァルトの音楽に特化した演奏団体で、指揮者を置かない珍しいスタイルです。

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パンフレットにあったモーツァルト・アンサンブルのメンバーです。

弦楽器、管楽器等、総勢25名ほどの少人数ですが、指揮者がいないのに、ビシッと決まった演奏に魅了されます。

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昨日はモーツァルトのクラリネット協奏曲を、本来のバセット・クラリネットを使用して演奏されるということで楽しみに行きました。

演奏者は、古典クラリネットの演奏者である三戸久史さんでした。

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右の写真が使用されたバセット・クラリネット、今の楽器とは違って少し長めの感じでした。

ただ、どうしても音量が少ないので、現代楽器との協演となると音が埋没してしまい、なかなかクラリネットの音が浮かび上がってこず、協奏曲としては成り立っていなかったというのが惜しいですね。

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ピアノ協奏曲第27番は小塩真愛さんが演奏されました。

凛とした音と気品に満ちた演奏で、とても立派というか、もっとぴったりの言葉なら上等のモーツァルトが聞けました。

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さて、いただいたパンフレットですが、これほどびっしりと書き込まれたすごいものは見たことがありません。

ただ、字が細かすぎて、くらくらしてしまいます、書いた方の情熱だけいただいておきました。

2026年1月31日 (土)

歴史探訪・番外編 いよいよ薩摩の深みへ 龍馬の足跡も

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1月14日は2月に予定する歴史探訪・番外編の下見のために伏見を歩きました。

薩摩藩邸から東へ少し歩くと真言宗の大黒寺があります。

この日はお正月の続きなのか、福めぐりということできれいに飾られていました。

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大黒寺は、江戸初期に薩摩藩の祈祷所となり、幕末には西郷隆盛などが会談に利用したことで「薩摩寺」とも呼ばれています。

さて、そこには江戸時代の中期の薩摩藩の家老であった平田靱負(ひらたゆきえ)の墓があります。

平田は1753年(宝暦3年)に 幕府から薩摩へ命じられたお手伝い普請である木曽三川の改修工事の責任者で、工事費用が想定を大きく上回ったばかりでなく、多くの藩士を事故や自殺で失った責任を取って切腹したとされています。

これについては、村木嵐の著作「頂上至極」に詳しく書かれています。

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さらに平田靱負の墓の向かいには、文久2年(1862年)4月23日に寺田屋で起こった薩摩藩士の急進派と藩主側との刃傷で亡くなった9人の墓があります。

これらの墓は事件の後、西郷隆盛によって建てられたものです。

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悲惨な事件をまとった大国寺の向かいにあるのが、金札宮(きんさつぐう) です。

金札宮は、伏見で最も古い神社のひとつで、祭祀を司る霊験あらたかな天太玉命(白菊翁・白菊大明神)を祀り、また観阿弥の謡曲「金札」や、ご神木で京都市指定天然記念物のクロガネモチの木でも知られ、開運と幸運を呼ぶ神社として永く人々の尊崇を集めています。

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さて、最後は伏見大手筋商店街へ行って、反省会の場所探しです。

ここ、油長(あぶらちょう)さんは、伏見の全蔵元十八社のお酒、吟醸酒・大吟醸酒を中心に八十~九十種集めたお店で、奥には日本酒が飲めるカウンターがあります。ここは2次会かな。

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反省会は、安直に満丸でしょうか、オオバコのお店ですしね。

京阪、近鉄のお店もすぐそこですからね。

以上、伏見の番外編の下見と成果でした。

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小泉武夫 食いしん坊発明家 新潮文庫/読了・・・・・味覚人飛行物体を自認される著者の青春期でしょうか、小説とはいうものの、食べ物に関するいくつもの発明は本当らしいです。農業博士としての素養があるし、食に関する絶大な欲望があるので、それらが組み合わさってこその成果ではないでしょうか。著者によるいつもの独特の言い回しによって、食の世界に引き込まれてしまいました。

2026年1月30日 (金)

歴史探訪・番外編 伏見の下見 龍馬の足跡も 01/14

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1月14日は、2月12日に予定する歴史探訪・番外編の下見に伏見を訪れ、御香宮から伏見の町中へ出てきました。

寺田屋を見た後、北へ進路をとると駿河屋本店とする和菓子のお店がありました。

このお店は、天明元年(1781年)に伏見港における諸国大名の乗船待合所として旧総本家駿河屋より分家開業したということです。

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さて、その本家駿河屋の傍らに、「我国に於ける電気鉄道事業發祥の地」の石碑が建っています。

これは京都市電の前身である京都電気鉄道によって1895年(明治28年)に開業した日本初の路面電車の駅があったところの記念碑です。

京都電気鉄道はこの伏見から、今の京都駅の北側にある塩小路東洞院通りの七条停車場までをつなぎました。Dsc02814

さて、道を西にとり濠川まで来ると、その右岸には「坂本龍馬 避難の材木小屋跡」の碑があります。

寺田屋で幕府の撮り方に囲まれた坂本龍馬は指を負傷しながらもここにあった材木小屋に隠れ、後に近くの薩摩藩邸に匿われることになります。

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濠川に沿って少し北へ上がると、月桂冠グループの酒蔵、松山酒造の敷地となり、ここが江戸時代の薩摩藩邸でした。

「坂本龍馬 寺田屋脱出後 避難之地」の文字も刻まれています。

伏見には、司馬遼太郎の「龍馬が行く」などでの小説の幕末の世界があります。

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伏見を代表する景色が東高瀬川沿いにある松本酒造の酒蔵の風景です。

松本酒造では、レンガ煙突や大正時代に建設した仕込み蔵、迎賓館としても活用して来た数寄屋普請の万暁院の維持を通して、酒造りの文化、歴史、伝統そして風土を守り続けているとのことです。

2026年1月29日 (木)

歴史探訪・番外編 伏見の下見 伏見の町中へ 01/14

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1月14日は2月に予定する歴史探訪・番外編の下見に伏見へ行きました。

先に訪ねた御香宮神社からゆるい坂を下ったところにあるのが伏見奉行所跡です。

鳥羽・伏見の戦い勃発時にはここに幕府軍が詰めていましたが、地形的に上にある御香宮に屯所を置く薩摩藩の軍勢からは狙い撃ちされて建物が炎上してしまいます。

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伏見奉行所跡のすぐ南に「常盤御前就捕處」の碑がありました。

平治元(1159)年12月、源義朝は藤原信頼と手を組み、後に平治の乱と呼ばれる乱を起こすも敗北し、落ち延びた先の家臣の裏切りによって落命しました。

その義朝の子である今若・乙若・牛若の3人の幼子は母・常盤に連れられ、雪の中逃避行を続けます。しかし、常盤の母が平家に捕らわれ尋問されていると知り、平清盛の前に自ら出向く覚悟を決めますが、その途中この付近で捕らわれたと云われています。

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伏見は酒どころ、こちらは月桂冠の大倉記念館、見学料600円を支払って中に入ると酒造りの様子を展示した博物館になっていて、月桂冠をお酒を少しだけ試飲することができます。

番外編でここに入るかどうかは時間との関係で決めかねています。

今までも灘の酒蔵などでさんざん酒造りの施設を見学していて、灘では有料施設はありませんからね、しかも試飲は無料でもあるし、有料試飲のほうは飲めない人はパスすればいいだけだったなので。

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お昼の場所は、月桂冠の酒蔵をリノベーションして和風レストランにした「月の蔵人」で予約しました。

そこそこお値段はいいですが、この寒い時期に外でお弁当も何だかですからね。

まぁ、お昼くらいゆっくりしましょうね。

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昼間から呑みたい方は、別のキザクラ・カッパカントリーへ行くといろいろな種類のお酒が有料で呑めるカウンターがあります。

これも時間との関係で行くかどうか迷うところですが。

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さて、酒蔵の地域を離れて今度は寺田屋の前に来ました。

この寺田屋は慶応4年(1868)1月3日からの 鳥羽・伏見の戦いでそれ以前の建物が一部焼失し慶應年間に元の場所(写真の庭のようなところ)の西側に再建され、さらにその後増築、改修されていったというのが実際のようです。

ここでは文久2年(1862) 幕末の薩摩藩の急進派と藩主の穏健派との争いで起こった寺田屋事件の場所として解説します。

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寺田谷の斜め向かいに、おかき、あられで有名な小倉山荘のお店ができていました。

この辺りにふさわしい落ち着いた建物で風景に溶け込んでいます。

お土産を買うなら、立ち寄ってもいいかも、です。

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和田裕弘 豊臣秀長 「天下人の賢弟」の実像 中公新書/読了・・・・・・大河ドラマ「豊臣兄弟」の放映で一躍注目を集めた豊臣秀長に関する本が数多く出版されていますが、これは奈良の歴史研究家がまとめた一冊です。膨大な資料、古文書を調査したうえで秀長の生涯を明らかにしようとしていますが、秀吉に比べて資料数が少なく、なかなか困難なようです。全体的にわからないことはわからないとというスタンツなので、読む方は安心して読み進められます。関裕二のように推測に推測を重ねて、「結論はこうだ!」というような論調では信じられませんから。秀長は当初、長秀とひっくり返して名乗っていたこともあり、また丹羽長秀も登場するので、そのあたりをきっちり使い分けてほしかったと思いましたが。読むのに時間はかかったけど、わからないなりに秀長の実像に真摯に迫った名著だと思います。

2026年1月28日 (水)

歴史探訪・番外編 伏見の下見 見どころ多い御香宮神社の境内へ 01/14

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1月14日は2月の歴史探訪・番外編の下見で伏見に行き、最初に御香宮神社へお参りです。

「ごこんさん」と呼ばれる御香宮神社を入った正面のこの立派な建物が拝殿になります。

豪壮華麗な桃山建築でもある拝殿入り口の正面軒唐破風にはきれいな薄青色の彫刻が施されているのが見どころです。

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拝殿の中を通り抜けたところに本殿への拝所があります。

左右に提灯が飾られていて、普通の神社とは雰囲気が異なります。

垣間見える本殿は、大型の五間社流造で屋根は桧皮葺、正面の頭貫、木鼻や蟇股、向拝の手挟に彫刻を施し、全て極彩色で飾られていて桃山時代の大型社殿として価値が高いそうです。

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さて、薩摩藩と御香宮神社の関係ですが、幕末の戊辰戦争の時に、ここが薩摩藩の前線基地、屯所となりました。

ここに薩摩藩が立てこもり、新選組を含む幕府方が集まる伏見奉行所との間で戦争が勃発したのです。

御香宮と伏見奉行所は200mほどしか離れておらず、いわば目と鼻の先ですが、地形的には薩摩藩の方が有利です。

そうした歴史の流れもここで解説してみたいと思います。

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この辺りから東に横たわる桃山丘陵地帯から流れる豊富な地下水に恵まれた地にある御香宮神社では、御香水と呼ばれる伏見の名水が湧いています。

今ではろ過した水が提供されていて、これを利用して飲用、茶道、及び書道等のために水を汲みに多くの方が訪れているそうです。

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境内の拝殿の西側には立派な能舞台がありました。

こちらでは、室町時代より600年以上続く御香宮神能『蝋燭能』が毎年9月に催されているそうです。

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境内に無造作に置かれた伏見城を廃城にしたときの残石です。

こうしたものも御香宮神社の歴史を見るようです。

御香宮神社の社務所の裏には、もともと伏見奉行所にあった小堀遠州作の石庭が復元されていますが、希望者があれば有料(200円)ですが、それを見ることも考えておこうかな。

2026年1月27日 (火)

歴史探訪・番外編 伏見の下見 御香宮神社へ 01/14

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1月14日は、2月に予定する歴史探訪・番外編の下見に京阪電車伏見桃山駅からすぐ隣にある近鉄桃山御陵前駅へ行きました。

ここが集合場所になります。

改札口前に少しスペースがあるのでちょうどいい感じです。

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改札口前の道路を挟んで、何やら怪しい一角があります。

駅前0番地とあり、食堂や飲み屋が並んでいるようです、これは夜にはたまらん景色になるでしょうね。

改札口を出たら、吸い込まれてしまう人も多いことでしょう。

反省会はこの辺りまで戻ってきてもいいかも。

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さて、本来の目的に向かって歩を進めると、大手筋と呼ばれる道路の真ん中に大きな赤鳥居がありました。

これが御香宮神社の鳥居です。

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境内にある鳥居の基礎です。

これは明和4年(1767)に現在の鳥居が奉納されたときの基礎石で、平成の修理に当たりコンクリート基礎に取り換えられたため、当時の基礎石を展示しているものです。

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御香宮神社の表門です。

この門は伏見城の遺構で、元和8年(1622)、徳川頼房(水戸黄門の父)が、江戸時代に再建されたもののその後廃城になった伏見城の大手門を拝領して寄進したものです。

そして、門の左右にある石垣は伏見城の石垣を転用したものです、江戸時代のリサイクルですね。

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さて、この御香宮神社、見どころ多く、特に今回の番外編では「伏見と薩摩との関り」をテーマにしようと思っているので、戊辰戦争勃発の場として見ていただこうと考えています。

2026年1月26日 (月)

ムジークカペレ・ナガノ 第2回県外演奏会 01/25

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昨日1月25日は、お知り合いのオーボエ奏者 藤井貴宏さんが主宰し、北海道から四国に至るまで全国各地から集まったアマチュアプレーヤーにより結成されたムジークカペレ・ナガノの吹奏楽の演奏会を聴きました。

ムジークカペレ・ナガノは2019年に創設され、2022年から毎年長野県で演奏会が開催されていますが、今回は県外ということで尼崎市で開催されました。

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藤井貴宏さんは東京芸大卒業後、兵庫芸文オーケストラの一期生となり、その後も活躍を続け、現在は主にドイツで演奏活動をされています。

されていますというか、彼のお誘いで2017年の秋にドイツへ行って数々の演奏会を聴いたのも大きな記憶に残っています。

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演奏された曲目は吹奏楽の方々には有名の曲なのでしょうが、あいにく知らない曲もいくつかありましたが、ビシッと決まったサウンドに魅了されました。

トランペット吹きの休日は、昔のラジオ番組「プリンのぶっちゃけバンバン」のテーマでしたが、そんな古いことを覚えている人もいないでしょうね。

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会場のピッコロシアター大ホール、何だか響きがほとんどなくて、こういうホールでは演奏の粗が見える?、聞こえてくるものですが、それがなかったことは、このメンバーはすごいということがわかります。

お客さんもそこそこ入っていて、お知り合いの方にもお会いし、とても良い演奏会でした。

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粉雪舞うピッコロシアター、3月3日には藤井貴宏さんとバンドネオンの早川純さんによるデュオ・コンサートがあります。

ここ数年、毎年のこととなっていて、いろいろとお手伝いさせてもらっています。

2026年1月25日 (日)

伏見を訪ね、京阪電車を撮る 01/14

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1月14日は、来月に予定している歴史探訪・番外編の下見に伏見へ出かけました。

京橋駅から京阪電車の特急に乗り、中書島で乗り換えです。

やってきた淀屋橋行き8000系特急です。

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中書島駅で乗り換えた13000系準急です。

準急といっても、萱島から出町柳まで、この先も各駅停車になります。

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中書島から伏見桃山駅まで移動、少し後に特急がやってくるのがわかっていたのでしばらく待ちました。

今度はプレミアムカーが2両になった3000系特急が通過していきました。

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伏見の下見を終えて、今度は逆の方向で帰途に就きました。

行きと同じく中書島駅で8000系特急を撮りました。

それにしても急カーブにホームがあるものです。

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さて、中書島から乗った特急も8000系でした。

車内は混んでいたのですが、何とか座ることができて京橋まで帰り着きました。

2026年1月24日 (土)

神戸市埋蔵文化財センター 01/12

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1月12日は神戸市の西神中央でのコンサートのために出かけましたが、その前に西神中央駅近くにある神戸埋蔵文化財センターを訪ねました。

広大でぜいたくな公園の片隅にあって、こんなロケーションの博物館はほかにはなかなか見当たりません。

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建物の前には、垂水区多聞町の山の上にある高塚山1号墳を移設した石組が再現されています。

石室の奥がT字の形状になっている大変珍しい墳墓です。

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埋蔵文化財センターの展示室は実に展示に凝っていて、その割に見やすくてとても幸せな空間です。

歩くたびに時代をタイムスリップしていく感覚になります。

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これは神戸市最大、いや兵庫県最大の規模を誇る五色塚古墳から出土したひれ付き円筒埴輪です。

かなり大きな円筒埴輪ですが、五色塚古墳の前方部、後円部にはずらりと並べられていたようで、現地ではその様子が復元されています。

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埋蔵文化財センターでは、各所から掘り出された遺物を並べて鑑賞できるようになっています。

ただ、どちらの埋蔵文化財センターも同じなのでしょうが、こういう遺物が次から次へ発掘されるものですから保存場所に困っている様子もうかがえました。

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高杉晋作/一坂太郎編・訳 遊清五録 講談社学術文庫/読了・・・・・・慶應3年に27歳で没した長州の高杉晋作が22歳の時に初めて、そして唯一の海外へ行った、上海を体験したときの様子や感情を書き留めた「遊清五録」を一坂太郎氏が現代語に訳した本ということで飛びつくように買い求めました。ここで語られている高杉の心情が長州を大きく揺さぶっていき、やがて彼の死後に維新を迎えることになります。

2026年1月23日 (金)

神戸市営地下鉄6000系 伊川谷駅 01/12

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1月12日は神戸市営地下鉄の精神中央駅近くのホールでコンサートがあったので、久しぶりにこの6000系に乗って西へ流れました。

伊川谷駅で途中下車、ここで撮影しました。

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神戸市営地下鉄は、この6000系一種類のみの運用で、一度撮ればなんの変化もなく、なんの後悔もなく、切り上げることができます。

降りた電車の次にやってきた電車に乗り込み、ささっと移動です。

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この日は冷え込んでいて、さらに寒く感じた終点の西神中央駅に到着しました。

西神中央とはいうものの、ほぼ明石のま北に位置する西進中央ニュータウン、三宮から30分強で到着します。

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神戸市営地下鉄の電車文字です。

ナンバーの書き方はかつての神戸市電の文字の形態をそのまま踏襲しています、そういうのうれしいですね。

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西進中央駅に置かれている、いわゆる「駅ピアノ」です。

自由に弾くことができるピアノで、NHKで放送されたこともあります。

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磯田道史 豊臣兄弟 天下を獲った処世術 文春文庫/読了・・・・・・四国出張の間に読み終えた一冊です。今年のNHK大河ドラマで取り上げられた豊臣秀吉と秀長の処世術、人たらしの兄弟の技が開設されていて面白い内容でした。それぞれの技は今の社会というか人間関係を構築する上では基本的に大切なものばかりでしょうね。家康よりも人間臭く感じられるエピソードが多く、おもしろかったです。

2026年1月22日 (木)

阪急電車を転々と撮影 園田駅 神崎川駅 曽根駅 01/11

今週19日月曜日からの四国詣でから帰ってきました。

帰りはこの大寒波の影響でJR線の運行が気がかりだったのですが、何事もなく定時運行していました。

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さて、時間を戻して1月11日は大阪大学会館でのコンサートの前に阪急のいろいろな駅で途中下車、少しずつ撮影しながら向かいました。

園田駅での9000系、七福神めぐりのHMを掲示しています。

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阪急の七福神めぐりは、阪急宝塚沿線にある、東光院・萩の寺、圓満寺、西江寺、瀧安寺、呉服神社、中山寺、清荒神・清澄寺のそれぞれで集印してくるという言わばスタンプラリーです。

七福神めぐりのHMは電車の前と後ろでは色が違っています。

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次に神崎川駅へ移動、この日は大変強い風が吹いていて、神崎川にも逆白波が立っていました。

8000系特急です。

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こちらは同じ8000系でも2両編成に7000系6連が付いた編成です。

この8035は「く」字顔で特徴があり、行き先表示などが大型化するなどのリニューアル工事を受けた直後らしいです。

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色物として、SDGsトレインを貼っておきます。

車内にもSDGsに関する広告が吊られていますが、皆さん理解しているかなぁ、SDGs?

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十三で乗り換えて今度は曽根駅でしばらく撮影していました。

運よく、新車の2000系がやってきました。

寒い中これで打ち止め、石橋・阪大前駅へと向かいました。

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玉岡かおる われ去りしとも美は朽ちず 潮文庫/読了・・・・・陶板により世界の名画を永久に保存できるばかりではなく、公開して美術館を作り上げた大塚製薬グルーフの技術者や関係者の物語。実際に徳島県鳴門にある大塚国際美術館へ何回か足を運びましたが、その圧倒的な感激は言葉では言い尽くせません。その美術館を立ち上げていく過程が小説になっていました。

2026年1月19日 (月)

ひばりが丘合奏団第6回演奏会 01/18

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昨日1月18日は、団員の方にご招待をいただいたひばりが丘合奏団の第6回演奏会を聴きました。

ひばりが丘合奏団、合奏団という名前ですが、80名近い団員を要するフルオーケストラさんです。

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プログラムはそれぞれ個性が全然違う作曲家の、それもまた雰囲気が異なる楽曲がそろえられています。

マーラーの交響曲第5番、こういう大曲が最近演奏されるようになりました、バブル期には流行りましたが、景気上向きとなんらかの関係があるのでしょうか。

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指揮は日本のパーヴォ・ベルグルンド、サウスポーの中村晃之さん、コンサートマスターは宝塚交響楽団などでもお見掛けする東さん、そして、マーラーの第3楽章ではソロのホルンを見事に吹かれた比戸杏李さん(プロの方)のご出演というメンバーでした。

マーラーの交響曲はその構成に従って、第1、2楽章、第3楽章、第4、5楽章と分けて演奏されました。

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ステージに並んだ椅子の様子、ヴァイオリンを左右に配し、低弦を左においた対抗配置です。

金管、木管が大変優れた激演のマーラーの後のアンコール、レハールの「金と銀」はマーラーの感動を消してしまいました、過ぎたるは及ばざるがごとし。

アンコールをするかしないか、どんな曲にするか、必要に応じてよく考えないとこんなことになってしまいますね。

それに最近演奏中にスマホを見るバカの多いこと、何とかならんかなぁ。

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伊丹の老松酒造では、土日祝限定での振る舞い酒、一杯200円で生原酒が飲めるとは大判振る舞いですね。

昨日は自重して素通りしましたけれど。

 

さて、今日から二泊三日で四国詣で、仕事なんですが、愛媛県西予市へ行ってきます。二日間、ブログ更新をお休みします。

2026年1月18日 (日)

クライネ・クランクラーデ演奏会vol.10 01/17

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昨日1月17日は、午前中の阿波座長楽庵でのお気軽クラシック音楽講座「きまぐれ音楽探訪」を終えて、兵庫芸文センターへ向かいました。

大所帯となったクランクラーデから小さな室内楽の編成を組んだクライネ・クランクラーデの第10回演奏会です。

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この日のプログラムは本当に好きな音楽ばかり並んだラインナップです。

これでシューベルトが交響曲第2番だったら、もう悶絶でしょうね。

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さて、この日の白眉はモーツァルトの協奏交響曲でした。

ヴァイオリンの石上真由子さんのキレッキレの演奏はいつもの通り、さすがでした。

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もう一人、ヴィオラは元新日本フィルの首席の中恵菜さん、温かい感情に満ちたヴィオラの音色に魅了されました。

アンコールにモーツァルトの二重奏曲から、これはもう音楽の妙味というしかありません、とことん味わせてくれました。

藤田謹也さん指揮によるシューベルトとモーツァルトの交響曲もよかったです。40番の最終楽章は繰り返しをしたのかな、とても長かったです。

2026年1月17日 (土)

奈良西大寺界隈初歩き 01/07

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1月7日は今年初めての生駒詣で、仕事なんですが、その帰りに西大寺界隈へ出没しました。

西大寺の四王金堂、ここで拝観料を払って境内に入るのですが、この日は中へは入りませんでした、通りすがりだけです。

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西大寺を出て、南へ南へ、菅原天満宮へやってきました。

お正月らしく、門松が迎えてくれました。

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菅原天満宮は、学問の神様として知られる菅原道真公の生誕地と伝えられ、日本最古の天満宮とも称されています。

もう少しすると梅の花と馥郁たる香りで満たされることでしょう。

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さらに南へ南へ歩いて、行基さんが亡くなられた喜光寺へやってきました。

喜光寺の本堂は、行基さんが聖武天皇から建立を任された東大寺大仏殿のひな型と言われています。

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喜光寺の西側には、一条院宮の常親王、尊誠親王、尊賞親王、尊映親王の4人の墓地で江戸時代に作られたものです。

この後、近鉄尼ヶ辻駅まで歩いて、今年初めての奈良散策を終えました。

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飯塚さき どすこい!相撲と乗り物 世界を駆ける力士たちの舞台裏 交通新聞社新書/読了・・・・・・年6場所の大相撲、そのほかにも地方巡業があり、力士たち一行は一年間のほとんどを各地への移動に費やしています。その移動に際してはバス、鉄道、飛行機などの交通機関を利用しているものの、超重量級の力士たちの移動には多くの苦労があるようです。その裏方さんたちの活躍を凝縮した一冊で大変面白い本でした。

2026年1月16日 (金)

帰りがけの駄賃 阪神大物駅 01/04

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1月4日は今年の初撮りとして南海沿線、阪堺線を訪ねましたが、最後の汐見橋駅からは隣接する阪神なんば線の桜川駅から乗車し帰途に就きました。

とはいうものの、途中阪神大物駅で降りてしばらく阪神電車の今年初撮りに時間を割きました、赤胴車に戻った8000系です。

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好みの9300系、やはりかっこいいですね。

しつこく阪神タイガースリーグ優勝の副票を掲げたままです。

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阪神・阪急全線カーボンニュートラル運行のHMを掲げるラッピング編成9000系です。

カーボンニュートラル、わかりやすく説明するのは難しいなぁ、何だか、ほんまかいな?という内容もあるし。

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9300系と9000系カーボンニュートラル編成の離合を捉えることができました。

9300系のオレンジ色も赤胴車塗装にしてほしいところです。オレンジ色は阪神電車に似合わない。

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5500系普通車、これも早く青胴車に変更してほしいところですね。

こんな変なブラックフェイスは好みではありません。

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さらにかつての5500系に用いられていたライトブルーを使った5700系です。

これもブラックフェイスはいかんなぁ、何とかならないものでしょうか。

2026年1月15日 (木)

木ノ下晃 音楽写真展 枚方市総合文化芸術センター 01/14

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昨日1月14日は、枚方市で始まった木ノ下晃さんの音楽写真展を見に行った来ました。

かつての音楽の友などの巻頭、表紙、主要記事などの写真でなじみ深い写真の数々が展示されていました。

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木ノ下晃きのした あきら、1936年7月16日 - 2015年1月12日)さんは博報堂などを経てフリーのカメラマンとなり、世界の音楽家を撮り続けたカメラマンです。

今回初めて関西で写真展が開かれるということで、その初日にお邪魔した次第です。

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憧れの写真の数々が展示されていて、その空間に入ったところから、もう鳥肌ものです。身体が震えてきます。

一番左は眼鏡にピアノの鍵盤が映りこんだという伝説の一枚、アルフレッド・ブレンデルです。その隣はマリア・カラス。

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関西ゆかりということで、朝比奈隆さんのカットをまとめてブースがありました。

懐かしい朝比奈さんの姿がここにありました。

もうひとり、枚方市出身の五嶋みどりさんのブースもあり、幼いころの写真が並んでいました。

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木ノ下晃さんが愛用したカメラの数々、主にニコンでした。

ここにもユーディ・メニューヒンやゲンナジ・ロジェストヴェンスキーの写真が並びます。

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写真を真剣に見ていると木ノ下さんの二女という方に話しかけられました。

私も木ノ下さんの偉業にはかなり詳しいので、いろいろとお話させていただき、木ノ下さんの足跡に想いを深めた次第です。ひとつの想い出ができました。

現在の新しいホールでは木ノ下さんの意見を取り入れて、撮影用の小窓をステージの背後にいくつも設置するのは常識になりました。

素晴らしい写真展です、19日まで。

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近衛龍春 家康の血筋 実業之日本社文庫/読了・・・・・・・家康の息子のうち、信康、秀康、秀忠、忠吉、忠輝の5人を取り上げ、偉大で絶対的存在の父である家康との葛藤を描いています。小説ですから、それぞれの性格が本当はどうだったかはわかりませんが、それなりに納得のいく人物像が浮かびあがりました。ただ、この著者の性格か、調べ上げたことをすべて書きたいのでしょうね、煩雑なデータが多すぎて、それは邪魔でしたね。いつものことながら、です。

2026年1月14日 (水)

南海汐見橋線の旅 01/04

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1月4日は今年の初撮りとして南海線、阪堺線を撮っていましたが、最後は岸里玉出駅で南海のローカル線、汐見橋線に乗り換えです。

駅構内の端っこのホームに停まる2両編成の汐見橋線用2000系電車です。

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汐見橋線は、本来は高野線として汐見橋駅から岸里玉出駅を経由して、極楽橋駅までを結ぶ路線なのですが、実用的には難波と高野山を結ぶ路線が高野線とされています。

2000系電車の端に設けられているボックス席、素敵です。

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岸里玉出駅を出発し、大阪市内とは思えないような鄙びた風景の中を通りながら、4.6kmを9分で走り汐見橋駅に到着しました。

汐見橋駅自体も阪神高速道路の下にあり、何だか寂しい限りです。

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汐見橋駅の改札口側から2000系を撮影しました。

このホームの屋根を支える支柱は古レールを使用していて、19世紀末のカーネギースチールの刻印が残っています。

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トイレに入ると南海電車のダイヤが額に入って飾られけていました。

本線や高野線の過密なダイヤに比べると、30分ヘッドの汐見橋線の運行がなんとものんびりしたものに見えてきます。

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汐見橋駅の改札を出ました。

自動改札機の上に掲げられている観光案内地図も数年前に新しくなりました。

以前にあったボロボロの地図には淡路島に鉄道が走っていたりして時代を感じさせるものでしたが、その後どうなったのでしょうね。

«アンサンブル・フリーNEXT第3回演奏会 01/12

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