
1月14日は2月に予定する歴史探訪・番外編の下見に伏見へ行きました。
先に訪ねた御香宮神社からゆるい坂を下ったところにあるのが伏見奉行所跡です。
鳥羽・伏見の戦い勃発時にはここに幕府軍が詰めていましたが、地形的に上にある御香宮に屯所を置く薩摩藩の軍勢からは狙い撃ちされて建物が炎上してしまいます。

伏見奉行所跡のすぐ南に「常盤御前就捕處」の碑がありました。
平治元(1159)年12月、源義朝は藤原信頼と手を組み、後に平治の乱と呼ばれる乱を起こすも敗北し、落ち延びた先の家臣の裏切りによって落命しました。
その義朝の子である今若・乙若・牛若の3人の幼子は母・常盤に連れられ、雪の中逃避行を続けます。しかし、常盤の母が平家に捕らわれ尋問されていると知り、平清盛の前に自ら出向く覚悟を決めますが、その途中この付近で捕らわれたと云われています。

伏見は酒どころ、こちらは月桂冠の大倉記念館、見学料600円を支払って中に入ると酒造りの様子を展示した博物館になっていて、月桂冠をお酒を少しだけ試飲することができます。
番外編でここに入るかどうかは時間との関係で決めかねています。
今までも灘の酒蔵などでさんざん酒造りの施設を見学していて、灘では有料施設はありませんからね、しかも試飲は無料でもあるし、有料試飲のほうは飲めない人はパスすればいいだけだったなので。

お昼の場所は、月桂冠の酒蔵をリノベーションして和風レストランにした「月の蔵人」で予約しました。
そこそこお値段はいいですが、この寒い時期に外でお弁当も何だかですからね。
まぁ、お昼くらいゆっくりしましょうね。

昼間から呑みたい方は、別のキザクラ・カッパカントリーへ行くといろいろな種類のお酒が有料で呑めるカウンターがあります。
これも時間との関係で行くかどうか迷うところですが。

さて、酒蔵の地域を離れて今度は寺田屋の前に来ました。
この寺田屋は慶応4年(1868)1月3日からの 鳥羽・伏見の戦いでそれ以前の建物が一部焼失し慶應年間に元の場所(写真の庭のようなところ)の西側に再建され、さらにその後増築、改修されていったというのが実際のようです。
ここでは文久2年(1862) 幕末の薩摩藩の急進派と藩主の穏健派との争いで起こった寺田屋事件の場所として解説します。

寺田谷の斜め向かいに、おかき、あられで有名な小倉山荘のお店ができていました。
この辺りにふさわしい落ち着いた建物で風景に溶け込んでいます。
お土産を買うなら、立ち寄ってもいいかも、です。

和田裕弘 豊臣秀長 「天下人の賢弟」の実像 中公新書/読了・・・・・・大河ドラマ「豊臣兄弟」の放映で一躍注目を集めた豊臣秀長に関する本が数多く出版されていますが、これは奈良の歴史研究家がまとめた一冊です。膨大な資料、古文書を調査したうえで秀長の生涯を明らかにしようとしていますが、秀吉に比べて資料数が少なく、なかなか困難なようです。全体的にわからないことはわからないとというスタンツなので、読む方は安心して読み進められます。関裕二のように推測に推測を重ねて、「結論はこうだ!」というような論調では信じられませんから。秀長は当初、長秀とひっくり返して名乗っていたこともあり、また丹羽長秀も登場するので、そのあたりをきっちり使い分けてほしかったと思いましたが。読むのに時間はかかったけど、わからないなりに秀長の実像に真摯に迫った名著だと思います。
最近のコメント