国鉄奈良機関区

  • Photo_7
    昭和46年に奈良機関区を訪ねています。変わりやすい天気で、晴れていると思ったら急に雨が降ってきて大変な日でした。

THE 大阪駅~特急編~

  • 16
    中高生のころ、大阪駅はまだ日常の中にはなく、特急列車を撮りに行く特別な場所であった。栄光の時代が残っていた大阪駅に発着する特急列車の姿を封じ込めました。

THE 大阪駅~急行編~

  • 1258
    大阪駅に発着する急行を集めてみました。行き先によっては、ディーゼルカーの急行もあり、思えば楽しい駅だったのですね。ご興味の方は写真帖のずっと下にある「甲子園口急行物語」もご覧ください。

昭和45-47年の天王寺駅

  • キハ58 きのくに
    天王寺駅は単に竜華や奈良方面、阪和方面への乗り換え駅だったが、紀勢線ホームは頭端駅として有名だった。 時折、乗り換えの途中、駅撮りなどしていたようだ。

竜華・昭和46年

  • Photo_3
    昭和46年に数回に分けて竜華へ出陣しています。当時の関西線はローカルそのもの、まだまだ煙も多く残っていました。

甲子園口(その周辺)急行物語

  • Photo_7
    甲子園口西方の踏切があったあたり、そのもう少し西側の日通の倉庫前あたりは友人たちとのたまり場でした。陽が暮れるまで電車の通過を楽しんでいました。

京都駅残照・昭和45年前後

  • Photo_3
    昭和45年当時、京都駅へ行く機会は限られていたが、その中で残していた写真の中からいくつかを抜粋した。 京都の寺社、観光地に興味を持つのはもう少し後になった。

西宮を走った国鉄電車特急・昭和45年頃

  • Photo_2
    国鉄時代、地元西宮でもいろいろな電車特急が走っていた。 そのすべてではないが、手元に残る写真のうちからいくつかを抜粋した。

あぁ上野駅 昭和46年

  • 特急やまびこ
    初めて東京へ行った昭和46年、昔の風情の残る上野駅に間に合いました。

神戸市電 最後の日

  • 星電社前
    1971年3月に神戸市電は歴史を閉じました。その最終日に神戸市内の各所で写真に収めましたが、思えば震災前の神戸の街も封じ込めたことになりました。

東海道のんびり行

  • 24
    昭和49年5月に、当時まだ走っていた急行桜島・高千穂に乗って、のんびり東海道を東上しました。そのときの車窓風景をまとめました。

京阪滝井駅 昭和50年

  • Photo_2
    京阪電車は今年、中ノ島新線の開通や電車の塗装変更、さらに往年の名特急1900系の引退と話題に事欠きませんが、ごく普通に走っていた昭和50年の滝井駅の様子はこんな感じでした。

昔日の近江鉄道

  • Photo_4
    近江鉄道は、学生時代からの万葉旅行会で近江蒲生野へ行くときに撮影した程度だった。これはその一連の名残である。 「茜さす紫野行き標野行き野守りは見ずや妹が袖ふる」

マンモス機 EH10

  • 04
    国鉄が作った最大最強のマンモス電気機関車EH10。 今でこそ、8軸の電機はいろいろあるけれど、目に焼きついているのはこの機関車だ。

京都市電

  • 2607
    京都へ行くと市内の移動はたいてい市電だった。 市電だと京都初心者にもわかりやすかった。 たまにバスに乗るとぐるっと市内の引き回しにあったり、とんでもない方向へ走ったりと痛い目に会ったからだ。

きーんてーつ特急

  • Photo_11
    70年代の近鉄特急の白黒写真を集めてみました。点数も少なく恐縮ですが、関西には少ない観光特急の雰囲気だけでも伝えたい。おまけにあおぞら号も何枚か。

近鉄、ちょっと前の車両たち

  • 1413
    1980年代に撮った近鉄の一般車両の中からチョイスしてみた。少し小さいというだけで、なんだか親しみを感じる車両の面白さもある。

野上電鉄、廃止3週間前

  • キハ28
    1994年3月末をもって廃止された野上電鉄を、廃止3週間前に友人の2Aカレチさんと訪れた。併せて周辺の鉄道へも足を運んだので、藤並駅でみた有田鉄道のキハをおまけに追加した。

阪神5314F 愛

  • Img_6204
    阪神電車最古参の5314Fは5550Fの新規参入によっていよいよ引退の時期を迎えた。この前パン貫通幌を持つ古き阪神電車の顔を残す編成を追いかけた。

ゴハチ

  • 16ef58
    今も人気のEF58ばかりを集めました。近所鉄の西宮、武庫川をはじめ大阪駅、少し遠くて下関。元気にゴハチが走り回っていた時代がありました。

琴電 旧型車を並べて

  • Img_0059
    平成10年から出張が多かった四国ですが、何回かは高松に足を運んで琴電を追いました。古い写真がなぜか見つからないので、旧型車が消える数年前からのものばかりです。

RRE様HP掲載一覧

  • 0001601
    ブログ開設以前はRREさんの掲示板への投稿を続けていました。ここに、その投稿画像をまとめましたので、ご笑覧いただければと思います。

島原鉄道2007

  • Img_2046
    去年の3月に出○ついでに諫早駅周辺、島原鉄道、足を少し伸ばして長崎電軌を訪問しました。島原鉄道の一部廃止は残念です。

JR九州の車両たち、諫早駅周辺

  • Img_2023
    ラストランブームになったなは/あかつきもこのころは全然注目されず。九州はいろんな列車があって楽しめます。

長崎は今日も雨

  • Img_2117
    長崎ではすごい雨にあいました。それにもめげず、撮り鉄に励んできました。

名鉄瀬戸線

  • Img_1926
    名鉄瀬戸線に6750系という大手私鉄最後の吊りかけ車が走っていると聞いて訪問しました。2008.03.24

惜別 0系新幹線 

  • 01 相生駅 0系の横顔
    いよいよ平成20年11月末に引退する0系新幹線。山陽路で活躍していた近年の記録です。

四国の気動車

  • 四国は今でも気動車の天国です。その中でも、普通車の運用に供せられる車両を集めてみました。普通車だけにDCより気動車という言い方が似合います。

名鉄にあったレールバス

  • 到着したレールバスからの乗り換え
    名鉄の三河線、猿投の先には西中金まで延びる単線があり、そこには今ではその姿をほとんど見ることが出来ないレールバスがひっそりと走っていました。1987年4月、2Aカレチさんと訪れた記録です。

名鉄揖斐線

  • 512号車内
    1987年4月に2Aカレチさんと名鉄を訪れました。 揖斐線は一時下車した美濃北方駅と黒野駅での写真です。

名鉄の旧型車

  • 103763
    1987年4月 2Aカレチさんと一緒に名鉄を訪れました。 名鉄の本線あたりでもまだまだ吊り掛け車が走っていました。

名鉄岐阜市内線

  • 08
    1987年4月、2Aカレチさんと名鉄を訪れた。岐阜市内線をとりあえず撮影した後、揖斐線へと向かった。

明延鉱山とともに

  • 04_img_0155
    小学生時代、明延鉱山の学校とクラス同士の文通をした。その場所がどこだか全く知らずに居たが1円電車の存在は知っていた。その地を訪れたのは随分大人になってからとなった。

鍛冶屋線~愛と死をみつめて

  • 09_img_0334
    大正12年に全線が開通した鍛冶屋線はJR後の平成2年、その歴史に幕を下ろした。 また、「愛と死をみつめて」で有名なミコこと大島みち子さんはこの沿線の方で、線路を見下ろす小高い岡の上にお墓がある。

EF65 0番台原色+茶ガマ

  • 103_img_2881
    かつて、全国の直流区間ではおなじみだったEF65の0番台も、今では岡山に集結する11機のみである。そのうち、原色を保っているのはわずか4両となった。

« 辻本玲チェロリサイタル 2015年度青山音楽賞青山賞受賞記念演奏会 | トップページ | 青山記念音楽堂から西へ数分 地蔵堂、浄住寺の紅葉 »

2019年12月 2日 (月)

八尾フィルハーモニー交響楽団第57回定期演奏会

Dsc09608  Dsc09611

昨日、12月になった初日、昼から八尾市のプリズムホールで開かれた八尾フィルハーモニー交響楽団の第57回定期演奏会を聴きました。玄関にはもうサンタクロース張りの雪だるまがお出迎えです。天気はいいですね。

Dsc09616  Dsc09620

昨日は、フンパーディングの歌劇「ヘンゼルとグレーテル」序曲に続いてチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番が演奏されました。ピアノは佐々木有紀さん、指揮は佐々木宏さん、実は親子共演だったのですね。途中、ピアノとずれてしまったオーケストラを何とか立て直そうとされるお父さんの苦労も垣間見えました。全体的にはゆったり目のテンポでしたが、雄大な演奏になりました。

Dsc09623  Dsc09624

後半のチャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」の開始前に指揮者から楽曲の解説があり、基本的なところが伝えられ、より具体的に鑑賞する手助けになりました。なかなかこういうことをされる指揮者さん、居ないですよね。小生、抒情的なメロディにあふれたこの曲が大好きで、この日も楽しみにしていました。歌うところは十分に、盛り上げるところはとてもダイナミックに演奏され、たいへん楽しく聴かせていただきました。

ヴァイオリンのメンバーの中に、なんとバリバリのプロの方を発見!  とてもユニークな演奏スタイルなのですぐにわかりました。 なんでも、今回はお手伝いで参加されたとのこと、とても暖かい感じがした演奏会でした。

« 辻本玲チェロリサイタル 2015年度青山音楽賞青山賞受賞記念演奏会 | トップページ | 青山記念音楽堂から西へ数分 地蔵堂、浄住寺の紅葉 »

八尾フィル」カテゴリの記事

コメント

御来場有り難う御座いました。私は確かに
昨日の「八尾フィル」定期に賛助出演させて
頂きました。大阪センチュリーの時代から
センチュリーや小生を盛り立てて頂いた記事を
以前から拝読しております。八尾フィルの皆さんと
昨夜打ち上げで大盛り上がり、大変楽しいひと時を過ごしました。今月8日(日)センチュリーは
楽団創立30周年を迎え、小泉和裕氏と
ブラームス「4番」を演奏致します。お時間
御座いましたら、是非御来場下さいませ。終演後
ロビーにて御挨拶申し上げます。敬具。

相蘇様
本日は弊方ブログにご投稿いただきありがとうございました。
また、先日の八尾フィル演奏会の直後に厚かましくもご挨拶させていただき、突然のことで驚かれたかと思うと恥ずかしい限りです。
また、小生のブログを以前からご覧いただいていたとは、光栄の極みでございます。

センチュリー交響楽団の定期演奏会は、コンサートマスターにセデルケニさん、ホルンにドルソンさん、フルートに長山さんなどそうそうたるメンバーがおられた時からずっと聞いておりました。
高関健さんのベートーヴェンチクルスもすべて聞きました。

8日は、残念ながらお伺いすることができません。
小生の母校、西宮市立上甲子園中学吹奏楽部のOB、OGバンド、上甲ウィンドシンフォニーの定期演奏会、それも顧問の南広高先生が先月89歳で亡くなられたというタイミングですから、どうしても聴きに行かねばならないという気持ちです。
大変申し訳ありませんが、またの機会にお伺いできればと思っております。

最近、センチュリー交響楽団はじめ、夜のコンサートは眠気が先に立ちますし、家に帰れば11時ころとなると翌日に響くものですから、特別の場合を除いて敬遠しておりました。
これもなかなか習性との兼ね合いもありますので、ご容赦願います。

貴殿およびセンチュリー交響楽団ののますますご発展を祈念いたします。
ありがとうございました。

ブログ主宰者さま・・・追伸。小生は東京出身
ですが、幼少の頃から鉄道マニアで鉄道模型
が大好きで、HOゲージを何種類も所持して
おりました。京王帝都井の頭線の木造電車、
東急東横線で田園調布のヴァイオリンの先生の
御自宅に通い、当時の終点・桜木町までの
駅名を全て憶え、大阪に越して来る前から
近鉄電車に憧れ(30年間阪急に乗ってますが)
野球好きで東京時代から近鉄ファンだったので
先日の八尾フィルの本番まで何度も近鉄電車に
乗れたのも、嬉しい経験でした。思えばこの30年
関西の私鉄は京阪も近鉄も南海もずいぶんと
オシャレになったもんだ、と思う今日この頃です。
機会があれば木造客車に乗って、車窓から
美しい光景を観ながらビールを飲んで駅弁を
食べてみたい、と思っており、時間とお金が
あれば「鉄道ジオラマ」に徹底的にハマってみたい
などと思っております。ハマったら大変ですが
(笑)

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 辻本玲チェロリサイタル 2015年度青山音楽賞青山賞受賞記念演奏会 | トップページ | 青山記念音楽堂から西へ数分 地蔵堂、浄住寺の紅葉 »

フォト

掲示板

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

カテゴリー

無料ブログはココログ