国鉄奈良機関区

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    昭和46年に奈良機関区を訪ねています。変わりやすい天気で、晴れていると思ったら急に雨が降ってきて大変な日でした。

THE 大阪駅~特急編~

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    中高生のころ、大阪駅はまだ日常の中にはなく、特急列車を撮りに行く特別な場所であった。栄光の時代が残っていた大阪駅に発着する特急列車の姿を封じ込めました。

THE 大阪駅~急行編~

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    大阪駅に発着する急行を集めてみました。行き先によっては、ディーゼルカーの急行もあり、思えば楽しい駅だったのですね。ご興味の方は写真帖のずっと下にある「甲子園口急行物語」もご覧ください。

昭和45-47年の天王寺駅

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    天王寺駅は単に竜華や奈良方面、阪和方面への乗り換え駅だったが、紀勢線ホームは頭端駅として有名だった。 時折、乗り換えの途中、駅撮りなどしていたようだ。

竜華・昭和46年

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    昭和46年に数回に分けて竜華へ出陣しています。当時の関西線はローカルそのもの、まだまだ煙も多く残っていました。

甲子園口(その周辺)急行物語

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    甲子園口西方の踏切があったあたり、そのもう少し西側の日通の倉庫前あたりは友人たちとのたまり場でした。陽が暮れるまで電車の通過を楽しんでいました。

京都駅残照・昭和45年前後

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    昭和45年当時、京都駅へ行く機会は限られていたが、その中で残していた写真の中からいくつかを抜粋した。 京都の寺社、観光地に興味を持つのはもう少し後になった。

西宮を走った国鉄電車特急・昭和45年頃

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    国鉄時代、地元西宮でもいろいろな電車特急が走っていた。 そのすべてではないが、手元に残る写真のうちからいくつかを抜粋した。

あぁ上野駅 昭和46年

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    初めて東京へ行った昭和46年、昔の風情の残る上野駅に間に合いました。

神戸市電 最後の日

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    1971年3月に神戸市電は歴史を閉じました。その最終日に神戸市内の各所で写真に収めましたが、思えば震災前の神戸の街も封じ込めたことになりました。

東海道のんびり行

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    昭和49年5月に、当時まだ走っていた急行桜島・高千穂に乗って、のんびり東海道を東上しました。そのときの車窓風景をまとめました。

京阪滝井駅 昭和50年

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    京阪電車は今年、中ノ島新線の開通や電車の塗装変更、さらに往年の名特急1900系の引退と話題に事欠きませんが、ごく普通に走っていた昭和50年の滝井駅の様子はこんな感じでした。

昔日の近江鉄道

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    近江鉄道は、学生時代からの万葉旅行会で近江蒲生野へ行くときに撮影した程度だった。これはその一連の名残である。 「茜さす紫野行き標野行き野守りは見ずや妹が袖ふる」

マンモス機 EH10

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    国鉄が作った最大最強のマンモス電気機関車EH10。 今でこそ、8軸の電機はいろいろあるけれど、目に焼きついているのはこの機関車だ。

京都市電

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    京都へ行くと市内の移動はたいてい市電だった。 市電だと京都初心者にもわかりやすかった。 たまにバスに乗るとぐるっと市内の引き回しにあったり、とんでもない方向へ走ったりと痛い目に会ったからだ。

きーんてーつ特急

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    70年代の近鉄特急の白黒写真を集めてみました。点数も少なく恐縮ですが、関西には少ない観光特急の雰囲気だけでも伝えたい。おまけにあおぞら号も何枚か。

近鉄、ちょっと前の車両たち

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    1980年代に撮った近鉄の一般車両の中からチョイスしてみた。少し小さいというだけで、なんだか親しみを感じる車両の面白さもある。

野上電鉄、廃止3週間前

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    1994年3月末をもって廃止された野上電鉄を、廃止3週間前に友人の2Aカレチさんと訪れた。併せて周辺の鉄道へも足を運んだので、藤並駅でみた有田鉄道のキハをおまけに追加した。

阪神5314F 愛

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    阪神電車最古参の5314Fは5550Fの新規参入によっていよいよ引退の時期を迎えた。この前パン貫通幌を持つ古き阪神電車の顔を残す編成を追いかけた。

ゴハチ

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    今も人気のEF58ばかりを集めました。近所鉄の西宮、武庫川をはじめ大阪駅、少し遠くて下関。元気にゴハチが走り回っていた時代がありました。

琴電 旧型車を並べて

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    平成10年から出張が多かった四国ですが、何回かは高松に足を運んで琴電を追いました。古い写真がなぜか見つからないので、旧型車が消える数年前からのものばかりです。

RRE様HP掲載一覧

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    ブログ開設以前はRREさんの掲示板への投稿を続けていました。ここに、その投稿画像をまとめましたので、ご笑覧いただければと思います。

島原鉄道2007

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    去年の3月に出○ついでに諫早駅周辺、島原鉄道、足を少し伸ばして長崎電軌を訪問しました。島原鉄道の一部廃止は残念です。

JR九州の車両たち、諫早駅周辺

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    ラストランブームになったなは/あかつきもこのころは全然注目されず。九州はいろんな列車があって楽しめます。

長崎は今日も雨

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    長崎ではすごい雨にあいました。それにもめげず、撮り鉄に励んできました。

名鉄瀬戸線

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    名鉄瀬戸線に6750系という大手私鉄最後の吊りかけ車が走っていると聞いて訪問しました。2008.03.24

惜別 0系新幹線 

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    いよいよ平成20年11月末に引退する0系新幹線。山陽路で活躍していた近年の記録です。

四国の気動車

  • 四国は今でも気動車の天国です。その中でも、普通車の運用に供せられる車両を集めてみました。普通車だけにDCより気動車という言い方が似合います。

名鉄にあったレールバス

  • 到着したレールバスからの乗り換え
    名鉄の三河線、猿投の先には西中金まで延びる単線があり、そこには今ではその姿をほとんど見ることが出来ないレールバスがひっそりと走っていました。1987年4月、2Aカレチさんと訪れた記録です。

名鉄揖斐線

  • 512号車内
    1987年4月に2Aカレチさんと名鉄を訪れました。 揖斐線は一時下車した美濃北方駅と黒野駅での写真です。

名鉄の旧型車

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    1987年4月 2Aカレチさんと一緒に名鉄を訪れました。 名鉄の本線あたりでもまだまだ吊り掛け車が走っていました。

名鉄岐阜市内線

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    1987年4月、2Aカレチさんと名鉄を訪れた。岐阜市内線をとりあえず撮影した後、揖斐線へと向かった。

明延鉱山とともに

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    小学生時代、明延鉱山の学校とクラス同士の文通をした。その場所がどこだか全く知らずに居たが1円電車の存在は知っていた。その地を訪れたのは随分大人になってからとなった。

鍛冶屋線~愛と死をみつめて

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    大正12年に全線が開通した鍛冶屋線はJR後の平成2年、その歴史に幕を下ろした。 また、「愛と死をみつめて」で有名なミコこと大島みち子さんはこの沿線の方で、線路を見下ろす小高い岡の上にお墓がある。

EF65 0番台原色+茶ガマ

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    かつて、全国の直流区間ではおなじみだったEF65の0番台も、今では岡山に集結する11機のみである。そのうち、原色を保っているのはわずか4両となった。

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2020年2月

2020年2月29日 (土)

信貴山口から恩智を歩く その4

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2月11日は、近鉄信貴山口駅から山麓を南へ歩き、岩戸神社、恩智神社へと回りました。恩智神社からは里の方へ降りていきましたが、途中の家々はとても大きな屋敷が並んでいました。大きな門がある武家屋敷みたいな家や堅牢な石積みの上に築かれた家が目立ちました。

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降りてくると恩智神社の鳥居がありました。その向かいには、先日、落語家の桂しん吉さんの鉄道写真展を見に来た茶吉庵があります。この建物も古くて豪壮なたたずまいですね。

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恩智まで来ると、ここへ行かねばなりません。恩智駅と法善寺駅の間に広がる畑の中です。祝日の昼間だというのに、誰もいません。どうしたことでしょう、新しい特急の試運転などで最近訪れた方が多く、改めて来るというきっかけが無くなったのかもしれませんね。

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近鉄の新特急ひのとりの登場でその活躍の歴史を閉じることになった12200系です。近鉄を代表する特急電車でしたが、実際に乗ってみると内装のくたびれかげんとかはもうしんどいところかもしれませんね。

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また、新特急ひのとりに名阪特急の座を明け渡すようになるアーバンライナーです。名古屋方面に行くときは、新幹線よりもこれらの電車のほうが好みです。個人的な感想ですが。

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特急ばかりでなく、5200系の少しグレードアップした通勤型電車もやってきました。一般の通勤型電車(4扉)の中で、この形式だけ3扉車なんですよね。ホームドア作るときのネックになってしまいますね。ということで信貴山口駅から恩智へ歩いた報告は以上です。

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風野真知雄 密室 本能寺の変 祥伝社文庫/読了・・・・・・・・・・風野真知雄が祥伝社文庫に書き下ろした小説がいくつかあって、以前読んだものが面白かったので買ってみました。これは、少し砕けた感じの内容、劇画タッチの表現もあったりと娯楽的な面白さがありました。光秀が本能寺に打ちいったら、すでに信長が死んでいたというのがみそですが、その落としどころがどうなっているかという作品ですね。

 

2020年2月28日 (金)

信貴山口から恩智を歩く その3

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2月11日は、近鉄信貴山口駅から山麓を南へ歩きました。途中、山の上にある岩戸神社へ立ち寄り、巨石信仰の様子を垣間見ました。さらに南下し、当地の式内社である恩智神社へ向かいます。

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恩智神社境内の入り口に着きました。いきなり、延々と続く階段が登場です。登れば登るほど段数も傾斜もきつくなっているようです。ほうほうの呈で登り振り返ります。ようこんだけ登ってきたなという、改めての疲労感。車だったら一気に上がれるのですが。

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恩智神社の由来と本殿です。建物は新しい感じです。拝殿の前に車が2代停まっていて、ここでご祈祷でも受けるのでしょうか?他では見たことがなく、変わった感じがしました。

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拝殿の裏に回ると本殿がありました。拝殿とは道で区切られているのですね。これは比較的珍しいのではないでしょうか。たいていの神社では拝殿と本殿は一つの土地の区画の中に連続して配置されていますから。本殿の裏には古墳があるということで、塀の隙間からカメラを差し入れて撮影しました。

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参拝を終わって帰ろうとすると、厄除けぜんざいのご接待といううれしい張り紙を見つけました。心づけを少しだけお供えして、白玉入りのぜんざいをいただきました。お参りして早速のご利益をいただきました。

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渡辺雅史 東京駅コンシェルジュの365日 交通新聞社新書/読了・・・・・・・・・・東京駅はどんどん大きく進化していて、それ自体が大きな一つの街のようです。そこには様々なトラブルや相談を引き受けているステーションコンシェルジュ東京という窓口があり、コンシェルジュさんたちが働いているとのことです。本書はそこに寄せられた内容に対する彼女たちの業務日誌に記された手記をもとに編集された一冊です。ですから、内容の9割がたは業務日記からの抜粋で、渡辺さんという方の著書というより、編集した一冊という方が適当かもしれませんね。とにかく、コンシェルジュさんたちに寄せられる多岐にわたる問い合わせの種類の多さと、決して「わかりません」とは言わない彼女たちの奮闘に脱帽です。

2020年2月27日 (木)

信貴山口から恩智を歩く その2

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半月ほど前の2月11日は、信貴山口駅から南へ山麓を歩いていきました。まず目指すのは岩戸神社です。鳥居のある登り口からかなり急な山道を行くことになります。15分ほどでしょうか、息も上がり始めたころ、岩戸神社に着きました。なにやら、巨石信仰に基づくところのようです。

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境内全体は急な斜面の谷あいに階段や建物が作られています。なかには、滝修行するような場所もありました。ごつごつした岩肌が印象的でした。

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境内にはいくつもの建物が建てられていました。それぞれをお参りするだけでもアップダウンが激しく、とても足の鍛錬になりそうです。谷合の奥の方にも社がありましたが、その先は台風の被害があって進めませんでした。そこはあきらめて、さらに次のポイントを目指します。

2020年2月26日 (水)

信貴山口から恩智を歩く その1

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ちょうど半月前の2月11日は朝早めに出かけて近鉄の信貴山口駅まで行きました。実は、生駒から信貴山に至る大阪側の山麓を何回かに分けて歩いていて、今回もその一環です。この日はとても良いお天気でした。

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信貴山口駅から南へ向かって歩き出します。駅前には大きな観光案内図がありますので、だいたいの所を頭に入れてから出発です。信貴山口駅がもうずいぶん高いところにあるので、山麓の道からは広々とした大阪平野を見渡すことができます。

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歩いていると、信貴山への登り口がありました。車が走る道路から突然登り道が始まっていて、信貴山へ向かうにはこの道を行くようです。今回は、そんな無理はしません。さらに行くと地元の権現社がありました。江戸時代に熊野権現から勧請した社のようです。さらに南へ向かって進みます。

2020年2月25日 (火)

関西大学OB交響楽団第4回定期演奏会

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昨日2月24日は、西宮北口の芸術文化センターで開かれた関西大学OB交響楽団の第4回定期演奏会を聞きました。お知り合いの方がご出演でした。芸文センター前の木々もまだまだ冬の様相ですね。

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指揮は深谷武生さん、チェロに荻野健さん、いずれも関西大学OBです。プログラムは、ベートーヴェンのプロメテウスの創造物序曲、ドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の3曲です。なかなか重量感のある内容ですね。特に、チェロ協奏曲は5弦のチェロによる世界初演というチャレンジした演奏会です。

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チェロの5弦は高音側にE線を追加したタイプで、協奏曲の中でも高音部分がのびやかに響きました。なんだか新しい世界が広がった感じです。チャイコフスキーの悲愴は、楽章ごとに大柄の指揮者、深谷さんが汗を拭き拭きという熱演で、迫力ある思い入れたっぷりの演奏となりました。悲愴の演奏では、協奏曲を弾いた荻野さんがチェロパートに入って演奏に加わるという、学生OBオケならではの様子もうかがえました。

2020年2月24日 (月)

大阪大学ワンコイン市民コンサート 鍵冨弦太郎・沼沢淑音デュオ・リサイタル

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昨日2月23日は、今年2回目となる大阪大学ワンコイン市民コンサートのお手伝いに出かけました。阪急石橋駅の宝塚線急行を見送り、阪大坂を登って会場の大阪大学会館へ向かいます。

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昨日は、ヴァイオリンの鍵冨弦太郎さんとピアノの沼沢淑音さんのデュオリサイタルです。二人とも桐朋学園高校を首席卒業という早熟の俊才です。沼沢さんはこのコンサートの常連と言ってもいいくらい何回もご出演されています。鍵冨さんは今回が初めての登場、だと思います。若い二人の演奏に期待大です。

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昨日は、戦禍パリからと題して、普仏戦争、第1次世界大戦、スペイン内戦から第2次世界大戦のそれぞれの時代に生まれたフォーレ、ドビュッシー、プーランクのヴァイオリンソナタが演奏されました。鍵冨さんの深いニュアンスをはらんだ音色のヴァイオリン、実に冴えた音色でヴァイオリンと絡む沼沢さんのピアノ、ともに熱い素晴らしい演奏でした。こんな緊張感に満ちた演奏会というのも久しぶりかも知れません。

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松本典久 オリンピックと鉄道 東京・札幌・長野 こんなに変わった交通インフラ 交通新聞社新書/読了・・・・・・・・・・・1964年の東京オリンピック以来、開催された冬季オリンピックをそれぞれの契機として鉄道路線の整備が一気に進んでいく様子を詳細に解説した一冊。特に東京、長野では新幹線の整備が進むきっかけとなったのでしょうね。また、在来線での臨時列車の増発も懐かしい話題でした。同じように万博でも大きくインフラが進むので、2025年にはそういう本が出ることでしょう。

2020年2月23日 (日)

兵庫芸文センター・ワンコインコンサート 橋本桂子「無限に広がる箏の可能性」

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昨日2月22日は、午前中は雨の中、京都は向日市内の古墳を巡るラリーに参加していました。そして、午後3時からの芸文センターでのワンコインコンサートに間に合うように戻ってくるという忙しい一日となりました。

「無限に広がる箏の可能性」と題する箏(そう)による演奏会です。箏は琴に似た和楽器ですが、琴が指で弦を押さえて音程を調整するのに比べて箏では、柱(じ)という支柱で音程を決めるところが違うとのことです。

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プログラムは、日本の曲ばかりでなく、バッハ、ヴィヴアルディ、モンティなどの西洋音楽にもチャレンジしていて、それぞれ面白く聴きました。そうするうち、三木稔の曲集では、超絶技巧が示されました。これは、箏の音楽の可能性を広げると感じました。スケールの大きな音楽が展開しました。アンコールに沢井比河流の土声の第2楽章、現代音楽にも作品があるのは、さらに箏という楽器の可能性が広がりそうです。

2020年2月22日 (土)

百舌鳥古墳群を歩く その5

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百舌鳥古墳群を歩く、いよいよ本命の仁徳天皇陵へ来ました。その大きさはもう空前絶後、言語道断?、想像以上の大きさでした。まずは拝所へ向かいます。天皇陵は2重の周濠に囲まれているので、実はその本体を見ることができるのは拝所からの眺望だけなのです。

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仁徳天皇陵の案内板です。5世紀中期、墳丘長486メートルと他を引き離して日本一の大きさを誇っています。その周辺の地形を歩きながら観察すると、仁徳天皇陵の西側は緩やかに下がっていて、築造当時に海岸線がその近くまで来ていたということに納得しました。

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さて、その天皇陵の周囲の道、その西側の道を歩いていると犬養孝先生の歌碑がありました。この近くにあるということは知っていましたが、あまりに広い墓域だったので見つけることをあきらめていたので良かったです。

ありつつも 君をば待たむ うち靡く わが黒髪に 霜の置くまでに     磐姫皇后

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その他にも、色紙から取られた万葉歌の碑が4つ並んでいました。磐姫皇后の歌3首と古歌集からの歌1首が採られています。

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2月9日は、このように百舌鳥古墳群を歩いていました。阪和線の百舌鳥駅から歩きだし、ゆっくり回っても2時間ほどのコースです。そのうちに奈良歩きの方々をお誘いして百舌鳥古墳群を巡ってみたいですね。時間に余裕がありますので、さらに堺事件や天誅組の故地もさらに回れたらいいですね。そして、昼からはフェリーチェ堺という新しい音楽ホールで開かれるコンサートを聞きました。

2020年2月21日 (金)

百舌鳥古墳群を歩く その4

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履中天皇陵の北側に広がるのは大仙公園です。実に広い公園ですが、その中にもいくつか古墳が点在しています。街中にこれだけの大きな公園があるのはいいですね。

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まずその一つ、旗塚古墳です。5世紀前半の築造、形状から帆立貝形墳と言われています。公園の周回路の途中にあります。

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続いて、替わった名前のグワショウ坊古墳です。5世紀後半の円墳で、直径61メートルというのは日本でも有数の大きさのようです。公園の広場につながる位置にあります。

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大仙公園の北端にある孫太夫山古墳です。これも帆立貝形墳です。ほかにも多くの古墳が公園内にありますが、これだけ見てるとそろそろ飽きてきたりしますね。

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公園内には、堺市立博物館があります。今回は時間の関係で中の展示は見ませんでしたが、たまたま入った時刻に、シアターでの百舌鳥古墳群紹介ビデオが始まったので見に入りました。これはとても出来の良いもので、しかも無料でみられるのでお得でした。さて、これから本命に向かいます。

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石井宏 モーツァルトは「アマデウス」ではない 集英社新書/読了・・・・・・・・・・・モーツァルトは、自分の名前の中で、アマデウスという表記を使ったことがない???という名前にまつわる話で始まり、モーツァルトの生涯がその後描かれ、最後になぜアマデウスと言われたかというところにストーリーが落ち着きました。では、どうい名前だったのかというと、ヨアネス・クリソストムス・シギスムンドゥス・ヴォルフガンク・ゴットフリーク・モーツァルト???

2020年2月20日 (木)

百舌鳥古墳群を歩く その3

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いたすけ古墳から阪和線の線路を越えて進むと、街中の家々の間からこんもりとした森が見えてきました。それは途轍もなく大きなものでした。それが、履中天皇陵でした。上石津ミサンザイ古墳、通称、履中天皇陵古墳です。5世紀前半、墳丘長365メートルの日本で3番目に大きな前方後円墳です。ここも、広い周濠に囲まれています。

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その正面に回って拝所へ行きます。拝所へ導く道の周りに松が植えられ、厳かな雰囲気が漂います。拝所へ来ましたが、古墳が大きすぎて全体を視界の中に入れることができません。

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履中天皇陵の周りにはぐるっと回る散歩道が作られていて、整備されています。このような案内のプレートもあって、世界遺産登録がもたらす効果というものを感じました。この案内から左手の方向には大きな桜の木が連なり、春にはきっと見事な風景になることでしょう。

2020年2月19日 (水)

百舌鳥古墳群を歩く その2

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2月9日はコンサートの前に堺市にある百舌鳥古墳群のいくつかを回りました。御廟山古墳に続いては、いたすけ古墳へ行きました。いたすけ古墳は5世紀前半、墳丘長146メートルの前方後円墳です。御廟山古墳同様、周囲を歩くだけでも大変な距離になる大きな古墳です。

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この古墳の特徴的なことは、古墳本体のことではありません。戦後の住宅開発によって破壊される寸前、市民運動によってかろうじて保存された歴史があるからです。写真に写る杭のようなものは、土砂を運び出すために架けられたコンクリートの橋の跡です。

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いたすけ古墳のそばに周濠を持たない小さな古墳があります。これがいたすけ古墳の陪塚と考えられている善右エ門山古墳です。5世紀前半、一辺28メートルの方墳です。説明板や石標はつい最近整備されたもので、やはり世界遺産を意識して作られたもののようです。さらに歩き続けます。

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風野真知雄 われ、謙信なりせば 上杉景勝と直江兼続 祥伝社文庫/読了・・・・・・・・・・関ヶ原の時代、会津の雄、上杉景勝とその陪臣、直江兼続の物語です。ここで兼続は秀吉における石田三成と対比されます。全体を通じて兼続の目線で綴られていますが、家康や景勝、本多正信などの息づかいも聞こえてくるような生々しい展開が語られています。さすが、小説の名手による作品だと思います。祥伝社文庫にまだいくつか著者による長辺時代小説があるようなので読んでみたいですね。

2020年2月18日 (火)

百舌鳥古墳群を歩く その1

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2月9日は、堺市に出来た新しいホールでのコンサートを聴く前に、せっかくなので世界遺産登録された百舌鳥古墳群のいくつかを回ってみようと思い、早い時間からの出撃となりました。阪和線を走る関空・紀州路快速を堺市駅で乗り換え、百舌鳥駅まで行きました。百舌鳥駅近くの一本の桜の木、これだけ気が早いのかすでに一輪、二輪、花をつけていました。いくらなんでも早すぎる。

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百舌鳥駅の近くにある御廟山(ごびょうやま)古墳です。五世紀前半、墳丘長203メートルの前方後円墳です。周濠の幅が広く、水の上に浮かんでいるかのように見えます。

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御廟山古墳の説明版です。ここから出土した家型埴輪と発掘で明らかになった葺石の様子の写真が添えられています。さて、次の古墳へ向かうとしましょう。

2020年2月17日 (月)

オーケストラ千里山第29回定期演奏会

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昨日2月16日は雨模様の中、いたみホールで開かれたオーケストラ千里山の第29回定期演奏会を聞きました。2階席へ上がるとこのホールが意外に広々とした客席を有していることに驚きました。イメージとしてはもう少し狭いかなと思っていたもので。お客さんも多く来られていました。

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演奏会は佐々木宏さんの指揮で、オッフェンバックの歌劇「天国と地獄」序曲で始まりました。誰でも知ってる曲ですが、逆になかなか実演に出会うことがないので、こういう機会に聞けて良かったです。次いで、伊福部昭の交響譚詩が演奏されました。切れの良いサウンドがこの曲の魅力を引き出していました。伊福部の曲は大好きで、音楽の奥底に霧に包まれた原始の国土を感じるのですが、昨日の演奏でもそのような雰囲気を醸し出していました。

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後半はシューベルトの交響曲第8番「グレート」です。この永遠に続くかと思われる長大な音楽を聞きながら、不意に今年がベートーヴェンの生誕250年であるとともに、56歳で没したベートーヴェンと1年違いで31歳で没したシューベルトの晩年は重なっていることに思いをはせ、両者の音楽感の違いを考えていました。シューベルトはベートーヴェンの棺を担いだとも言われていますが、その翌年に亡くなっていますから。そうした思いを頭の中で巡らせながらも、交響曲はまだずっと演奏されていました。アンコールにロザムンデから間奏曲。

佐々木さんの指揮される音楽は、どこかほっこりとした温かさを感じるのですが、昨日の演奏会でも同じく、癒される何かを感じました。

2020年2月16日 (日)

兵庫芸術文化センター管弦楽団第121回定期演奏会

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昨日2月15日は、兵庫芸術文化センター管弦楽団の第121回定期演奏会を聞きました。もう6回目の客演になるロッセン・ミラノフの指揮、児玉桃さんのピアノでチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番、後半がマンフレッド交響曲というプログラムです。

ピアノ協奏曲はゆったりとしたテンポで第1楽章が始まり、雄大な音楽が流れました。穏やかで華麗な第2楽章に続いて、第3楽章は暴れ狂う舞曲そのものとなりコーダへ突入していきました。とても、音楽にのめり込める熱い時間となりました。アンコールに月の光、今度は心を落ち着けることができました。

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後半のマンフレッド交響曲。あまり人気がない音楽ですが、やはり派手な効果を狙ったというところがあるからでしょうか。ストーリーをしっかりとらえて、旋律を頭の中に入れたら却って面白い曲かもしれません。これはこれで、好きになるかも。ロッセン・ミラノフの巧みで華麗な棒さばきによって、楽しめた1時間でした。アンコールに白鳥の湖から情景、これも静かに終わって余韻を残しました。

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コンサートの前に入った芸文ホール近くのひばり珈琲、とても落ち着くお店でファンになりそうです。これからしばしば通うことになりそうです。甲子園口から箕面に移転した廣屋さんの豆を使っています。店内もかつての甲子園口にあった店の内装に似ています。

2020年2月15日 (土)

芸文オーケストラのリハーサルから

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一昨日2月13日は、定期会員でもある兵庫芸術文化センター管弦楽団のリハーサルを聞きました。指揮はこのオーケストラの客演回数も6回に及ぶロッセン・ミラノフです。10時半から始まったチャイコフスキーのマンフレッド交響曲のリハーサルは、第4楽章の冒頭部分のリズムの刻み方を確認しただけで、ほぼ通しで演奏されました。なんだか、一曲聞いた気分になりました。ミラノフ、とても華麗なタクトさばきでした。

本日、2月15日、この本番を聞いてきます。合わせて、児玉桃さんのピアノでチャイコフスキーの協奏曲第1番も演奏されます。

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一緒に聴きに行った友人とランチでもということになり、いくつかお店を回ってみましたが、結局、安定的に美味しいところへ落ち着きました。小生は前から食べたかったカキフライ定食にしましたが、友人は写真付きのメニューを見たとたん、これ!と言ってソースかつ丼の並を注文しました。やってきたソースかつ丼は大振り(ほんまに大きい)カツが3枚乗ったヘビー級でした。ようこんなん喰うわ!  とは言うものの、小生も今度ご飯を減らしてもらって挑戦してみようかと。

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風野真知雄 奇策 北の関ヶ原・福島城松川の合戦 祥伝社文庫/読了・・・・・・・・・・何冊か小品を読んで、その切れ味に感心していた著者の本格的な歴史小説に挑戦してみました。関ヶ原の戦いの間隙を縫うようにして行われた松川の合戦、東北の雄、伊達正宗軍2万が福島城を守る上杉軍4千に挑んだ戦を小説仕立てにしたもり。上杉方の大将、本庄繁長を中心とした物語。このような実在の人物を題材にした歴史小説、好みです。

2020年2月14日 (金)

かぎろひ歴史探訪番外編 観音塚古墳からワイン館へ

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2月6日はいつも奈良歩き、かぎろひ歴史探訪でお世話になっている方々をご案内して大阪府の柏原市界隈を歩いた後、近鉄道明寺駅から電車に乗りかえて上ノ太子駅まで移動です。道明寺駅前には大坂夏の陣の時の戦跡を示す大きな碑が建てられています。道明寺合戦の碑です。応神天皇陵を横に見ながらの移動の途中、古市駅では観光列車青の交響曲の通過待ちをしました。

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上ノ太子駅で降りてまず目指すのは、終末期古墳のひとつ、観音塚古墳です。高い丘のほぼ頂上にある古墳で、石棺の横に穴が開いた形状、横口式石槨と呼ばれている構造となっています。有名な高松塚古墳、牽牛子塚古墳にも似た構造が見られます。中に入るとひと1人を収める空間が開いています。切石の精緻な組み合わせで、紙一枚入るような隙間もありません。観音塚という名前から、かつては内部に壁画が描かれていたのかもしれませんね。

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観音塚古墳を後にしてまた歩き始めます。山を下りると、安宿部(あすかべ)と言われるこの辺りを守る式内社である飛鳥戸神社があります。今回は時間の関係もあり、素通りしました。

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さらに進み、古代の国道、竹ノ内街道を歩いて目的地を目指します。竹ノ内街道に沿うように流れる川は飛鳥川と言います。奈良にも飛鳥がありますが、この辺りも飛鳥と言われる地域なのです。そして、本日の最終目的地である河内ワイン館へ到着、豊潤なワインの香りをこの後楽しみました。

2020年2月13日 (木)

かぎろひ歴史探訪番外編 柏原市を歩く

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先週2月6日は、小生の企画案内で、かぎろひ歴史探訪番外編として大阪府の柏原市を歩きました。10時にJR大和路線の高井田駅に集合し、駅の北側に広がる高井田横穴墓群を訪ねます。ここは関西では珍しく横穴墓を実際に観察できるところです。

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横穴墓の中には、線刻画が残るものもあり、当時の宗教的なイメージが伝わってきます。また、この一帯の中にある高井田古墳へも足を運びました。石室が露出している古墳ですが、透明の覆いがかけられ、発掘当時の様子がわかるようになっています。このような展示方法はとてもいいですね。

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その後、大和川を渡って国分神社とその背後にある松岳山(まつおかやま)古墳を訪ねました。巨大な石棺の蓋石を持つ古墳で周囲には石材が散乱するとともに蓋石の前後には壁のように立つパネルのような石があったりと謎に包まれています。

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次に玉手山にある安福寺へ向かいます。この寺の境内にも横穴墓がいくつもありました。まさにお墓の団地のようなたたずまいです。境内には近くの古墳から出土した割竹方石棺の蓋石が置かれていました。柏原市での歩きは石川を渡る玉手橋を渡って一つの区切りです。この玉手橋、実は吊り橋なのです。続く。

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山本功次 花伏せて 江戸の闇風Ⅱ 幻冬舎時代小説文庫/読了・・・・・・・・・大江戸科学捜査八丁堀のおゆうのシリーズや阪堺電車177号の追憶などで好みの作品を次々に出している著者による時代小説の第2弾です。ストーリーは面白かったですが、他の作品のようなテンポの良さが少し目立たなかったかも。登場人物が少し多かったかも。それでも面白く読ませてもらいました。

2020年2月12日 (水)

鉄道にちなんだお店や場所3題

今からベートーヴェンの第九の指揮をしなければならないけど、全然自信がない、どうしよう、、、というところで、今朝目が覚めました。なんじゃらほぃ。

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先週2月4日は、オーボエ奏者のFさんからランチのお誘いがあり、梅田で待ち合わせしました。入ったお店は、阪急梅田駅構内にあるおさかなキッチンというところです。ここからは阪急梅田駅の神戸線はもとより、京都線までの広いプラットホームを見渡すことができます。お食事もまぐろのほほ肉のステーキやお刺身の盛り合わせが付いたりと満足のいくものでした。

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お茶でもしようかということになり、阪急百貨店の13階にあるレストラン街にあるシャンデリア・テーブルというお店に行きました。このお店のインテリアは昔の阪急梅田駅の構内の装飾を再現しているばかりでなく、当時のシャンデリアも移設したものなのです。

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ネットから探し出した昔の阪急梅田駅の様子です。今の阪神電車梅田駅から階段を上がり、地下鉄との乗り換えの前を通り過ぎてまた階段を上がるとこのコンコースに出たと思います。当時は改札があってすぐに阪急梅田駅がありましたが、北側へ阪急梅田駅が移設されてからは当時の丸い天井と装飾を残したままになっていました。それが阪急百貨店の中のお店に再現されたわけです。

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シャンデリアテーブルで長い時間話し込みましたが、夕方から新大阪でレッスンがあるとのことでしたので、地下鉄で梅田から新大阪へ移動です。地下鉄の新大阪駅のプラットホームの北端にトレインビューのコーナーができたので行ってみたかったのです。もう夕方で日が傾き、ビルの影が線路に落ちていたため、冴えない撮影となりましたが、意外に人が少なく、落ち着く場所でしたね。

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梶よう子 一朝の夢 文春文庫/読了・・・・・・・・幕末の江戸、朝顔作りを趣味とする一人の男、長兄の病死で継ぐはずのなかった同心となり、次第次第に歴史の波に飲み込まれていく。自分ではどうしようもない流れにあらがうこともできずにいるものの、身分も情勢も及ばない趣味の世界に最後は心の落ち着き先を見つける。井伊大老暗殺前後のうごめく時代を背景に緊張感のある作品でした。

2020年2月11日 (火)

新世界から日本橋へ その5

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1月30日は阪堺線恵美須町駅の移転前にその様子を見ようと思い立ち、ジャンジャン横丁から出発し新世界を通り過ぎ、その後高島屋資料館を訪れました。そこから一本東へ通りをずらして北上すると黒門市場の南側の入り口にあたります。早速、入ってみたら多くの海外からの観光客でにぎわってました。このころはまだ中国語も聞こえてきた、かな。

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この市場の特徴は何と言っても海鮮が多いこと、海鮮丼、寿司を売っている店も多く、それを店内で座って食べさせてくれるところもありました。どこも賑わっていましたね。

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この季節ですから、殻付きの牡蠣、タラバガニ、そしてとても高級な牛肉も売られていました。どれもおいしそうでしたが、値段は高めなのでしょうね。でも、旅行で来られている方々は一期一会ですから、値段が高くても手に取るのでしょう。

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その究極がこれです。トラフグ!海外ではなかなか食べることができないだろうと思いますから、日本へ来たときにその味を試してみるという事になるのでしょうね。大きな3年フグもありました。でも一番大きいので4万円って、どう!

この後、地下鉄の日本橋駅から帰途につきました、終わり。

2020年2月10日 (月)

樹フィルハーモニー管弦楽団第6回定期演奏会

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昨日2月9日は、堺市に新しく出来たフェニーチェ堺というホールで開かれた樹フィルの第6回定期演奏会を聞きました。南海高野線の堺東駅が最も近いターミナルでしょうか。ここへ来る前にせっかくなので、百舌鳥古墳群のいくつかを回っていましたので、此処へ到着するまでに9キロほど歩いていました。

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新しいホールの中です。左右に膨らんだホール客席は前後のピッチが広く取られていて、ゆったりと座れて快適でした。大きなホールですから、満席とはならなかったのは仕方ないですね。管楽器と弦楽器のバランスもとてもすっきり聞こえてきますし、コントラバスの旋律線もくっきり聞こえてきて、ホールの音響は好印象です。

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さて、昨日はベートーヴェンの交響曲第2番とマーラーの交響曲第1番というプログラムでした。いずれも躍動感あふれ、生き生きとした演奏が繰り広げられました。特に管楽器群はここでほしいと思う音色が届いていて、とてもよい演奏でした。マーラー(珍しい花の章付きでした)は指揮者が表現したい音楽が手に取るように伝わってくる熱い演奏でした。指揮は大阪フィルオーボエ奏者の大森悠さん。

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仁徳陵の方から歩いてくると、ランチをするところがなくて困りました。ホールを通り過ぎたところでようやく見つけた豚骨ラーメン屋さん。分厚いチャーシューが3枚も乗っていてお得でした。

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吉田秀和 クライバー、チェリビダッケ、バーンスタイン 河出文庫/読了・・・・・・・・・著者がその当時高い人気を誇った3人の指揮者が取り上げられて、その演奏の特徴を解説した一冊。それぞれ、音楽に対してのアプローチが全く違う三人ですが、クライバー、チェリビダッケはまさに孤高の芸術、バーンスタインは自分の後継者をしっかりと作りましたね。チェリピタッケはあまり好かない指揮者なのでほとんど聞くことはありません。クライバーは遺した録音も限られていることから、多分そのほとんどを一度は聴いています。バーンスタインは、好きでも嫌いでもないのですがなぜか距離を置いていたので、これを機会に聞き直してみようかと思っています。

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2020年2月 9日 (日)

新世界から日本橋へ その4

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1月30日は初めてのじゃんじゃん横丁や新世界を通り過ぎ、移転間近の阪堺線恵美須町駅を見た後、さらに北上していきます。恵美須町から北へ向かうとかつてはオーディオ店がずらと並んでいた日本橋の電気街を歩くことになります。今はゲーム屋さんが並ぶ痛いお店が多くなりましたね。その中で昔のままの河口無線が生き残っていました。超高級オーディオのお店です。そして、高島屋史料館へ到着しました。

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高島屋史料館はかつての松坂屋大阪店ですが、その後高島屋が東別館として所有するに至り、今年の1月20日に全面リニューアルするとともに高島屋が所有する美術品や史料を展示する史料館が改めて開館したところです。その重厚な玄関周りはこの通りです。

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撮影が許されている美術品はこの平櫛田中の像、多分えびす大黒でしょうか、それと玉虫厨子の精密な再現品です。玉虫厨子は5000匹以上の玉虫の羽が使われているそうで、その自然のきらめきに驚くばかりです。

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他にこの高島屋東別館や南海難波駅にも直結している高島屋百貨店の建物のジオラマがありました。撮影できませんでしたが、他にもさまざまな史料が展示されていて目の保養になりました。しかも入場料は無料と良いことずくめでした。さらに北上します。

2020年2月 8日 (土)

新世界から日本橋へ その3

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先週1月30日は、初めてのじゃんじゃん横丁、新世界へ足を踏み入れました。そこは私にとっても新世界でした。さて、通天閣を後にしてやってきたのは、阪堺電車の恵美須町駅です。交差点の角にひっそりとある目立たない駅、駅というより停車場です。すでに何人かここを訪れていました。

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実は、この駅が1月末を持って少し南へ移動するということでやってきた次第です。こんな掲示がありました。

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ということで今のうちに、胡町駅を撮影しておこうと思い、やってきました。駅のホーム端には運転者の休憩所を兼ねた社屋が立っています。木造の建物が時代を感じさせます。また、ホームの屋根を支える古レールにはNANKAIと、CARNEGIEの刻印がありました。19世紀の古レールですね。これも廃棄されていくのでしょうか。

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さて、新しい駅は南へ数十メートルほとりの所にほぼ出来上がっていました。その向かいには社屋でしょうか、簡素な建物がありました。南側からみた新しいプラットホームも貼っておきましょう。

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植松三十里 大奥延命院醜聞 美僧の寺 集英社文庫/読了・・・・・・なんだかエロい表紙の本ですが、そこは時代小説の名手、植松三十里の手腕が発揮された一冊でした。江戸時代に実際にあった事件を基に大奥のドロドロした人間関係やいかがわしい寺の実態、あまりに人間臭い事件の裏側を探ってストーリーに仕上げています。11代将軍家斉のころのことだということです。

2020年2月 7日 (金)

新世界から日本橋へ その2

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先週1月30日は、初めてじゃんじゃん横丁を訪れました。昔のイメージではとても怖いところと思っていましたが、意外にあっけらかんとした普通の通りでした。そこを抜けると新世界の、これも初めての世界が広がっていました。そこは私にとって、まさに新世界です。ド派手ということでは大阪随一かもしれません。少し遠くに、通天閣も見えてきました。

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とにかく派手な建物が続きます。上の釣り船のお店、すごい装飾だと思いましたが、もっともっと派手なお店が続きます。朝日というお店は串カツホルモンの専門店とありますが、真っ赤な装飾で、もう何が何だかの状態です。いよいよ通天閣の足元が見えるところまでやってきました。

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通天閣の入り口って、こんなところにあるのですね。最近はインバウンドはじめ、入場者数が増えているようですが、この日はパスしました。それはじゃんじゃん横丁も新世界も寄り道だったからです。そろそろ、目的の所を目指して行かねばなりません。

2020年2月 6日 (木)

新世界から日本橋へ その1

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先月1月30日は見ておきたいものがあったので新今宮へ出かけました。見たいものの所へ行く前に、新今宮駅の東側にあるじゃんじゃん横丁というところへ初めて足を踏み入れました。子供のころ?高校生ぐらいの時でも、行ったらあかんところでしたけど。新今宮駅のオーシャンアロー、じゃんじゃん横町の南側の入り口などです。

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じゃんじゃん横丁の中にはテレビで見たことのある将棋屋さんや的を当てる屋台のような店があり、とても目を惹きました。狭い通路ではありましたが、人通りもそれほどではなく、あっけらかんとした商店街という感じですね。想像以上に健康的な横丁でした。

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じゃんじゃん横丁というとなんといっても串カツ屋さんと言うイメージ、その通りにいくつものお店がありました。とても流行っていてお客さんが列を作っているところもあれば、ガラガラのお店もあったりとなぜ?と思いますが、そういうものなのでしょうね。そして、全国的に有名な串カツのだるまもありました。店の前には名物店長の人形もありました。続く。

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中川右介 至高の十大指揮者 角川ソフィア文庫/読了・・・・・・・・トスカニーニからラトルに至る世界の指揮者を十人取り上げ、生誕から少年時代、成長期を経て音楽界でもまれて一流になる姿を追っかけて紹介しています。業界としてはとても狭いものですから、しかもその一流となると限られた人間関係となりますから、紹介された10人もそれぞれ関係性を持っています。著者が選んだ10人ですが、自分ならだれを選ぶかなぁ。みんな長命が条件ですけれど。

紹介された10人・・・・トスカニーニ、ワルター、フルトヴェングラー、ミュンシュ、ムラヴィンスキー、カラヤン、バーンスタイン、アバド、小澤、ラトル

2020年2月 5日 (水)

西大寺界隈を歩く その3

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1月29日はいつもの生駒の野暮用の後、近鉄西大寺駅で下車してその辺りを散歩です。西大寺、八幡神社、菅原天満宮を経て、さらに南下したところに喜光寺があります。ここには室町時代に再建された本堂と2010年に再建された南大門があります。また、ハスの花が有名で、その鉢がずらりと並ぶ様子が見えました。

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さらに南下すると、豊かな水を張る堀に囲まれた大きな垂仁天皇陵があります。天気が悪いのでカメラを調整し全景が水に浮かんだかのように撮影しました。堀には多くの水鳥が来ていましたし、遠く薬師寺の塔を見ることもできました。天気はいまいちでしたが、静かな大和の風景に浸りました。

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帰りは線路のそばへ行き、とりあえず何枚か撮影したり、尼ヶ辻駅で通過する特急を撮ったりと、いつもの作業をしてこの日のミッションを終えました。

2020年2月 4日 (火)

西大寺界隈を歩く その2

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1月29日は、いつもの生駒での野暮用を終えた後、西大寺の町を散歩していました。先ずは西大寺を訪れ、たまたま公開していた秘仏などを拝観。その後は付近の見どころを訪れます。先ず、西大寺の西にある八幡神社へ向かいました。長い参道を抜けると柵の中に本殿がありました。

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この柵の中にある狛犬さんは、その表情が特徴的です。よく見ると、笑っているように見えるのです。こういう表情は珍しいですね。

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八幡神社から南下すると菅原天満宮があります。ここは菅原道真公の生誕地とされています。このあたり地区の名前も菅原、その近くには菅原道真の邸宅跡という遺構も残っています。勾配がすこし咲き始めたところでしょうか。

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この菅原八幡宮では、梅の季節に合わせて盆梅展が開催されるのですが、今しばらく時間が必要なようですね。

2020年2月 3日 (月)

散歩からマンドリンアンサンブル・サウーヂ演奏会へ

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夜に寝違えたのか、昨日の朝起きたら首や肩がパキパキになり耳鳴りまで起こしたものですから、軽くウォーキングにとカメラを持って出かけました。阪急武庫之荘まで歩き、そこから御影、王子公園と撮影していきます。なぁ~だ、いつもの暇つぶし鉄と一緒になってしまいましたが。

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何かコンサートでもないものかとネット情報をググると、近くの灘区民センターマリーホールでマンドリンアンサンブルの演奏会がある事がわかり、ちょいと覗いてみました。8名くらいで演奏するグループで、前半はジブリ、後半はクラシックの作品などが披露されました。

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帰りにプラプラとJR住吉まで歩きましたが、途中にある石屋川公園ではもう梅が5分咲きくらいときれいな色合いとなっていました。その近くの御影の天神さんへも初めてのお参りです。境内はこれから梅の花で埋め尽くされる事でしょう。

2020年2月 2日 (日)

大阪交響楽団第110回名曲コンサート

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昨日2月1日は、福島のザ・シンフォニーホールで開かれた大阪交響楽団の第110回名曲コンサートを聞きました。シンフォニーホールへ行くのも久しぶりのことでした。多くのお客さんがホールに向います。

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大阪交響楽団はシンフォニーホールでの定期演奏会の他、いずみホールでの定期演奏会、そのほかにこの名曲コンサートが活動の柱となっています。定期演奏会では意欲的なプログラムを、名曲コンサートでは親しみやすい曲が並ぶというようなコンセプトでしょうか。シンフォニーホールのトイレでのちょっとした心遣いがうれしいですね。

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この日は今年26歳の若手指揮者、太田弦さんの指揮、元ウィーン交響楽団首席のジャスミン・チェイによるフルートで、ベートーヴェンのコリオラン序曲、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のフルート編曲版、そして交響曲第3番「スコットランド」でした。きびきびとした太田さんの指揮姿からはフレッシュながら折り目正しい音楽が聞こえてきました。スコットランドは好みの演奏スタイルでした。

フルートは輝かしい音色で魅了されましたが、やはりヴァイオリンに比べると旋律線の明確さに欠けるのは仕方ないですね、ややぼやけた音楽に聞こえました。一方、アンコールの小曲がすごかった!一本のフルートでの無伴奏の曲、2つの旋律が同時に流れてびっくりでした。

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植松三十里 家康の子 中公文庫/読了・・・・・・家康の次男、実子でありながら秀吉の元に養子にだされ、その後関東の結城氏を継いだ結城秀康の物語。親子の確執や時代に翻弄される人生を際立った筆力でつづられた快作です。後に越前松平家を創設し、その流れが幕末の四賢侯のひとりである松平春嶽(血統は切れていますが)へつながります。また、当時の北の庄城、現在の福井城を居城とし、後の福井の発展に貢献しています。さらに、子孫の流れから、松江、津山、前橋、明石の松平家へつながる系譜であり、江戸時代を通じて栄える祖でもあったのです。

2020年2月 1日 (土)

西大寺界隈を歩く その1

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1月29日はいつもの野暮用で生駒へ行った帰りに、ちょいと足を延ばして近鉄西大寺駅で下車しました。特に目的もなかったのですが、手近なところで西大寺を訪れました。かぎろひ歴史探訪で何度か訪れていますが、一人でというのは初めてかも。節分会の幟がたくさん並んでいます。

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広い境内には本堂、愛染堂、四王堂などの大きな建物が伽藍を形成しています。天気が悪いこともあるのか、参拝の方はほとんどみられません。でも街中にこんな広いお寺があるって、散歩するだけでもいいですね。散歩だけならただですから。

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さて、来てみるとこの期間(1/15~2/4)は愛染堂と聚宝館(しゅうほうかん)にある国宝の仏さんや宝塔などをはじめとする寺宝が公開されているところでした。これは1000円を払っても見ておかなければなりませんね。このポスターにある四王堂の十一面観音立像は高さ6メートルよりまだ高いということで、とても迫力がありました。長谷寺様式という事ですが、確かに長谷寺の観音様に通じる雰囲気がありました。

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聚宝館の入り口を入ったところにある国宝の金銅の宝塔、結構大きなものでした。次にある愛染堂の秘仏愛染明王坐像はこの時期と秋にしか公開されていません。さらに本堂にある釈迦如来立像はすくっと立った美しい仏さんでした。(ポスター、仏像の写真はネットから拝借)

ざっと拝見しただけでもずいぶん時を過ごしましたが、まだまだ時間の余裕があったので散歩を続けます。

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