国鉄奈良機関区

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    昭和46年に奈良機関区を訪ねています。変わりやすい天気で、晴れていると思ったら急に雨が降ってきて大変な日でした。

THE 大阪駅~特急編~

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    中高生のころ、大阪駅はまだ日常の中にはなく、特急列車を撮りに行く特別な場所であった。栄光の時代が残っていた大阪駅に発着する特急列車の姿を封じ込めました。

THE 大阪駅~急行編~

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    大阪駅に発着する急行を集めてみました。行き先によっては、ディーゼルカーの急行もあり、思えば楽しい駅だったのですね。ご興味の方は写真帖のずっと下にある「甲子園口急行物語」もご覧ください。

昭和45-47年の天王寺駅

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    天王寺駅は単に竜華や奈良方面、阪和方面への乗り換え駅だったが、紀勢線ホームは頭端駅として有名だった。 時折、乗り換えの途中、駅撮りなどしていたようだ。

竜華・昭和46年

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    昭和46年に数回に分けて竜華へ出陣しています。当時の関西線はローカルそのもの、まだまだ煙も多く残っていました。

甲子園口(その周辺)急行物語

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    甲子園口西方の踏切があったあたり、そのもう少し西側の日通の倉庫前あたりは友人たちとのたまり場でした。陽が暮れるまで電車の通過を楽しんでいました。

京都駅残照・昭和45年前後

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    昭和45年当時、京都駅へ行く機会は限られていたが、その中で残していた写真の中からいくつかを抜粋した。 京都の寺社、観光地に興味を持つのはもう少し後になった。

西宮を走った国鉄電車特急・昭和45年頃

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    国鉄時代、地元西宮でもいろいろな電車特急が走っていた。 そのすべてではないが、手元に残る写真のうちからいくつかを抜粋した。

あぁ上野駅 昭和46年

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    初めて東京へ行った昭和46年、昔の風情の残る上野駅に間に合いました。

神戸市電 最後の日

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    1971年3月に神戸市電は歴史を閉じました。その最終日に神戸市内の各所で写真に収めましたが、思えば震災前の神戸の街も封じ込めたことになりました。

東海道のんびり行

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    昭和49年5月に、当時まだ走っていた急行桜島・高千穂に乗って、のんびり東海道を東上しました。そのときの車窓風景をまとめました。

京阪滝井駅 昭和50年

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    京阪電車は今年、中ノ島新線の開通や電車の塗装変更、さらに往年の名特急1900系の引退と話題に事欠きませんが、ごく普通に走っていた昭和50年の滝井駅の様子はこんな感じでした。

昔日の近江鉄道

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    近江鉄道は、学生時代からの万葉旅行会で近江蒲生野へ行くときに撮影した程度だった。これはその一連の名残である。 「茜さす紫野行き標野行き野守りは見ずや妹が袖ふる」

マンモス機 EH10

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    国鉄が作った最大最強のマンモス電気機関車EH10。 今でこそ、8軸の電機はいろいろあるけれど、目に焼きついているのはこの機関車だ。

京都市電

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    京都へ行くと市内の移動はたいてい市電だった。 市電だと京都初心者にもわかりやすかった。 たまにバスに乗るとぐるっと市内の引き回しにあったり、とんでもない方向へ走ったりと痛い目に会ったからだ。

きーんてーつ特急

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    70年代の近鉄特急の白黒写真を集めてみました。点数も少なく恐縮ですが、関西には少ない観光特急の雰囲気だけでも伝えたい。おまけにあおぞら号も何枚か。

近鉄、ちょっと前の車両たち

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    1980年代に撮った近鉄の一般車両の中からチョイスしてみた。少し小さいというだけで、なんだか親しみを感じる車両の面白さもある。

野上電鉄、廃止3週間前

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    1994年3月末をもって廃止された野上電鉄を、廃止3週間前に友人の2Aカレチさんと訪れた。併せて周辺の鉄道へも足を運んだので、藤並駅でみた有田鉄道のキハをおまけに追加した。

阪神5314F 愛

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    阪神電車最古参の5314Fは5550Fの新規参入によっていよいよ引退の時期を迎えた。この前パン貫通幌を持つ古き阪神電車の顔を残す編成を追いかけた。

ゴハチ

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    今も人気のEF58ばかりを集めました。近所鉄の西宮、武庫川をはじめ大阪駅、少し遠くて下関。元気にゴハチが走り回っていた時代がありました。

琴電 旧型車を並べて

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    平成10年から出張が多かった四国ですが、何回かは高松に足を運んで琴電を追いました。古い写真がなぜか見つからないので、旧型車が消える数年前からのものばかりです。

RRE様HP掲載一覧

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    ブログ開設以前はRREさんの掲示板への投稿を続けていました。ここに、その投稿画像をまとめましたので、ご笑覧いただければと思います。

島原鉄道2007

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    去年の3月に出○ついでに諫早駅周辺、島原鉄道、足を少し伸ばして長崎電軌を訪問しました。島原鉄道の一部廃止は残念です。

JR九州の車両たち、諫早駅周辺

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    ラストランブームになったなは/あかつきもこのころは全然注目されず。九州はいろんな列車があって楽しめます。

長崎は今日も雨

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    長崎ではすごい雨にあいました。それにもめげず、撮り鉄に励んできました。

名鉄瀬戸線

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    名鉄瀬戸線に6750系という大手私鉄最後の吊りかけ車が走っていると聞いて訪問しました。2008.03.24

惜別 0系新幹線 

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    いよいよ平成20年11月末に引退する0系新幹線。山陽路で活躍していた近年の記録です。

四国の気動車

  • 四国は今でも気動車の天国です。その中でも、普通車の運用に供せられる車両を集めてみました。普通車だけにDCより気動車という言い方が似合います。

名鉄にあったレールバス

  • 到着したレールバスからの乗り換え
    名鉄の三河線、猿投の先には西中金まで延びる単線があり、そこには今ではその姿をほとんど見ることが出来ないレールバスがひっそりと走っていました。1987年4月、2Aカレチさんと訪れた記録です。

名鉄揖斐線

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    1987年4月に2Aカレチさんと名鉄を訪れました。 揖斐線は一時下車した美濃北方駅と黒野駅での写真です。

名鉄の旧型車

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    1987年4月 2Aカレチさんと一緒に名鉄を訪れました。 名鉄の本線あたりでもまだまだ吊り掛け車が走っていました。

名鉄岐阜市内線

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    1987年4月、2Aカレチさんと名鉄を訪れた。岐阜市内線をとりあえず撮影した後、揖斐線へと向かった。

明延鉱山とともに

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    小学生時代、明延鉱山の学校とクラス同士の文通をした。その場所がどこだか全く知らずに居たが1円電車の存在は知っていた。その地を訪れたのは随分大人になってからとなった。

鍛冶屋線~愛と死をみつめて

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    大正12年に全線が開通した鍛冶屋線はJR後の平成2年、その歴史に幕を下ろした。 また、「愛と死をみつめて」で有名なミコこと大島みち子さんはこの沿線の方で、線路を見下ろす小高い岡の上にお墓がある。

EF65 0番台原色+茶ガマ

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    かつて、全国の直流区間ではおなじみだったEF65の0番台も、今では岡山に集結する11機のみである。そのうち、原色を保っているのはわずか4両となった。

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2020年5月

2020年5月31日 (日)

散歩風景 甲南山手⇒さくら夙川

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緊急時代宣言解除とは言うものの、県外への必要のない外出は控えるべきとなっていますので、外出すると言っても少しだけ電車に乗って散歩するくらいです。一昨日は、JRに乗り甲南山手駅で下車しました。震災の後、1996年10月に出来た比較的新しい駅ですね。駅前に地元を巡回するバスが停まっていました。

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甲南山手駅から山側へ少し登っていくとすぐに阪急神戸線の線路があります。線路をくぐるような階段のトンネルを抜けると線路の北側に出て、神戸線の電車を俯瞰撮影できるところがありました。新しい撮影ポイントの発見です。さらに芦屋川駅に向けて歩きます。芦屋川駅の手前の踏切でも撮影しました。

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新緑が綺麗な芦屋川の上流方向です。駅近くの看板にはイノシシ注意!、山が近いからやってくるのでしょうね。芦屋川から夙川に向けて歩きます。唯一線路が開けた場所があり、しばらく待っていると1000系が通り過ぎていきました。

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芦屋市から西宮市に入りました。夙川駅西側の坂の頂点にある踏切で撮影です。ここでも新緑が綺麗でした。上下線でやってきたのは、いずれも9000系でした。

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さらに歩いて夙川を渡ります。時刻からみたそろそろEF65PFのカモレがやってくる頃だとカメラを構えていると、すぐにやってきました。原色塗装の機関車はやはり映えますね。この後、さくら夙川駅まで歩いて電車で帰りました。甲南山手駅からさくら夙川駅まで、だいたい1万歩くらいでした。さくら夙川駅は2007年3月の開業、こちらの方が新しい駅でした。

2020年5月30日 (土)

近鉄東信貴鋼索線(ケーブル線)の廃線跡

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昨日紹介しました東信貴鋼索線の廃線跡が、山上と信貴山下駅に今もその名残をとどめています。この解説にあるように、まっすぐなケーブル線が山の上から延びていました。ケーブルは山上にある信貴山朝護孫子寺への参拝に利用されていました。

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昨年10月に高安山から信貴山へ抜けるコースを歩いたとき、かつての東信貴鋼索線の山上駅の跡地にあるバス停建屋、さらに廃線跡を利用したハイキング道を歩いています。まっすぐな道ですが、さすがにケーブル線ですから、かなりの急こう配でもありました。

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その延長線上にある信貴山下駅前のまっすぐな道が廃線跡になります。ターミナルがかつてのケーブル線の構内の一部なのでしょう。今では信貴山行のバス停にとって代わられています。

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さて、信貴山下駅から線路沿いにプラプラと平隆寺まで歩きました。この平隆寺は、発掘調査によって飛鳥時代の瓦が大量に出土していることから、その起源を飛鳥時代に求めることができ、この地方でも特に古い時代の創建であるといわれています。今も、本堂の礎石に当時のものが使われています。

日差しを避けて本堂の階段で一時間ほど文庫本を広げていると、ワイワイとにぎやかなかぎろひ歴史探訪の方々がお見えになりました。

2020年5月29日 (金)

近鉄東信貴鋼索線(ケーブル線)の車両

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昨日5月28日は、緊急事態宣言解除に伴って再開された生駒の野暮用(一応、仕事なんですけれど、、、)の帰りに、近鉄生駒線の信貴山下駅に立ち寄りました。この駅前に、1983年8月末まで乗り入れていた近鉄東信貴鋼索線、鋼索線というのはケーブル線のことですが、そのケーブルカーが今年3月14日に展示されたとのことで訪れました。

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ケーブルカーは、駅前のロータリーの目立つところに置かれていました。車両の塗装も新しく行われたようで、とてもきれいな状態でした。かつてはこの駅前にケーブルカーが乗り入れていました。このケーブルカーはもともと三郷町内の小学校に静態保存されていたものです。

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信貴山下駅の構内には、その近鉄東信貴鋼索線に関する資料の展示もされていました。東信貴ケーブルは、生駒ケーブル、箱根ケーブルに次ぐ日本で3番目に開通したケーブル線でした。

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宮本昌孝 ふたり道三(上) 祥伝社文庫/読了・・・・・・・・・・・・最近、斉藤道三という人物が二人いたのではないかという話しを聞きましたが、さて、その真偽はどうなのでしょう。司馬遼太郎の「国盗り物語」では、油売りの松浪庄九郎が美濃で力を付けて城を乗っ取り、斉藤道三として君臨するみたいなことなのですが、この本ではどのような展開になるのでしょう。600ページほどの上中下3巻とかなりの長編ですが、書き方が劇画タッチなのでスイスイ読めてしまいます。いまのところ、松浪庄九郎という名前がストーリーの上で登場したところです。

2020年5月28日 (木)

FMエアチェックの愉しみ アリス=沙良・オット

このコロナ騒ぎで時間を使い方を見直した結果、再びFM放送でのライブ演奏に注目して聴いています、また録音もしています。

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そんな中、たいへん注目の放送がありました。ピアニストのアリス=沙良・オットが2018年9月27日に東京オペラシティコンサートホールで演奏したピアノリサイタルです。ドビュッシー、ショパン、サティ、ラヴェルというパリに活動の拠点を置いた作曲家の作品を並べ、渾身の情熱を込めた演奏会でした。特にサテイは、通常の演奏からするとさらにゆっくりとしたリズムを刻み、一つ一つの音を研ぎ澄まされた感覚で弾いています。

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アリス=沙良・オットはまさに才色兼備のピアニストでしたが、このコンサートのおよそ半年後の2019年2月に、自身が多発性硬化症であり、その治療に入っていることを公表しました。ダニエル・バレンボイムの奥さんだったチェリストのジャクリーヌ・デュプレを襲った病気ですね。ただ、さすがに医学の進歩があったのか、治療の方法もいろいろあるようですし、その年のコンサートスケジュールも公表されていましたので、多分元気でステージに立っているものと思います。

あの、裸足でステージに登場し、豪快にピアノを弾きまくる姿をもう一度見てみたいものです。⇒お元気なようです

2020年5月27日 (水)

FMエアチェックの愉しみ 指揮者ケレム・ハサン

かつて、FMファンや週刊FMFMという雑誌が販売されていました。そこには、毎週のFM放送の聴きどころ、番組表が掲載され、それをもとに小生はオープンリールテープやカセットテープに録音を重ねることが日常の生活の一部になっていた時期がありました。

いまもFM放送は流されていますが、そこで流されている演奏会の録音は長い間ほとんど接することなく過ごしていましたが、このコロナ騒ぎで時間を使い方を見直した結果、再び注目して聴いています、また録音もしています。

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そこで接した若手指揮者の一人にケレム・ハサンがいます。2018年6月9日、前日にステージで転んで体調不良となったハイティンクの代役でコンセルトヘボウの定期演奏会でマーラーの交響曲第9番を振ってデビューしたシンデレラボーイなのです。

そのケレム・ハサンが2018年8月5日、ザルツブルグ音楽祭でウィーン放送交響楽団を指揮したショスタコーヴィチの交響曲第10番が放送されていました。

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ケレム・ハサン、1992年生まれの現在28歳、このハイティンクの代行の後、突然解約されたガッティの代役してコンセルトヘボウの海外ツアーにも同行し、上記のようにザルツブルグへのデビューも果たしたのち、オーストリアのチロル交響楽団の首席指揮者に就任しています。

先日、そのケレム・ハサンがオランダ放送フィルハーモニーを指揮した演奏会が放送されました。ウェーバーのオベロン序曲、グリーグのピアノ協奏曲(ピアノはシモン・トルプチェスキ)、そしてブラームスの交響曲第2番でした。これからの益々の活躍と、将来の大指揮者へ上り詰めることが期待されます。

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葉室麟 孤篷のひと 角川文庫/読了・・・・・・・・・・・・・・・千利休、古田織部に次ぐ、江戸時代初期の大茶人、小堀遠州の生涯を描いた一編。それは時代を映した泰平の世の茶だと。とは言うものの、関ヶ原、大阪夏の陣、江戸時代初めという緊張の時代を切り抜けた男のいばらの道の末にあるという。時間軸が連続しているわけではないので注意して読み進める必要があったものの、章ごとに見ると見事な短編がまとまって一つの大きな作品になっています。本当に読み応えのある一冊でした。

2020年5月26日 (火)

とうとう残り全部中止に 今シーズンの兵庫芸術文化センター管弦楽団定期演奏会

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阪神淡路大震災から10年経った2005年、竣工なった兵庫県立芸術文化センターの、いわゆる座付オーケストラとして発足した兵庫芸術文化センター管弦楽団は、佐渡裕が芸術監督となり、年間9回(公演回数27回)の定期演奏会がほぼ完売する人気でした。私もその最初の年から定期会員となり、毎月のコンサートを何よりの楽しみとしておりました。

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ところが、2月の定期演奏会の後は、新型コロナの影響で開催が中止され、とうとう今シーズンを締めくくる6月の定期演奏会まで中止という連絡がやってきました。佐渡さんも残念でしょうが、われわれ定期会員も大きな失望に至っております。

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3月は魅惑のオール・フレンチと題したピエール=アンドレ・ヴァルドの指揮によるダフニスとクロエ、ボレロなどの演奏会でした。4月は井上道義の指揮によるファリャの三角帽子などのスペインにまつわる演奏会でした。アランフェス協奏曲も予定されていたので、これは聴きたかったですね。

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5月は、ドイツの指揮者リープライヒによるベートーヴェンの4番とリヒャルト・シュトラウスの英雄の生涯という重厚なプログラムでしたし、来月は川久保賜紀と下野さんによるドヴォルザークやヤナーチェクの音楽の予定でした。これも聴きたかったなぁ。

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そして、今年の9月から始まる次のシーズンの予定も案内が来ています。佐渡さんのほか、ユベール・スダーン、準・メルクル、ボリス・ベルキン、レナード・スラットキン等々、素晴らしい来演者ラインナップですね、ぜひ実現できることを期待しております。

2020年5月25日 (月)

30年前の越前大野と越美北線九頭竜湖駅

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福井市へ単身赴任中のお知り合いの方が、この週末に越美北線のDCに乗って、九頭竜湖駅まで行かれたとのことで、ちょうど30年前の1990年にここを訪れていたことを思い出しました。

この時は福井の小京都と言われる越前大野で一泊していました。写真は、朝市と御清水(おしょうず)という湧水の場所です。越前大野は四方を山に囲まれた盆地で、水が豊かで、とても潤いのある町でした。

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さて、越美北線の終着駅である九頭竜湖駅に到着しました。駅舎は木造、それもログハウス風のおしゃれな駅でした。今もこの様子は変わらないようです。やってきたのはキハ52です。もっとちゃんと撮っておけばよかったなぁ。

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福井を訪れたのは3月末のことで、林立する土筆の姿に春を感じたものでした。

2020年5月24日 (日)

オンライン呑み会というもの

コロナ禍による緊急事態宣言で外出を自粛する生活の中、推奨されてきたのが家に居ながら楽しもうというライフスタイルですね。その一つのやり方として、オンライン呑み会が注目されています。

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ということで、昨夜はお知り合いの方々とそういう集いがあって参加させていただきました。皆さん、初めてということもあり、また、それぞれ手持ちのパソコン、スマホで動作環境が違うこともあって、試行錯誤の中でのオンライン呑み会となりました。

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おすすめのオンライン呑み会ツールとしては、 たくのむ、LINE、Zoom、Skype、Googleハングアウト、Messenger 、Whereby(旧:appear.in)、Remo ネットフリックスパーティー、オンライン居酒屋「ゆんたく」というのがあるらしいです。

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ツールの中には、人数によって料金がかかったり、時間の制限があったり、また事前登録が必要であったりしますので、良く調べたうえで利用する必要があります。今回は、たくのむというシステムを利用しましたが、これはそれらの制約が最も緩い部類に入るかも知れませんね。

今迄やってきた来た呑み会だと、どうしても近隣に住んでいる方だけに限定されてしまいますが、このシステムだと、遠方の方、場合によっては海外の方との呑み会も企画できますね。昨夜はこの新しいシステムによって楽しい時間を過ごすことができました。

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葉室麟 鬼神の如く 黒田叛臣伝 新潮文庫/読了・・・・・・・・・・江戸時代も徳川3代目家光のころとなると、関ヶ原の功績があまり顧みられず、逆に豊臣時代の恩顧を残している大名が次々に潰されていたようです。そうしたなか、筑前黒田藩を残そうと自ら藩主にそむくような動きを見せつつ、結果としてとり潰されることのないように立ちまわった家老・栗山大膳の物語。今回も歴史の表舞台にはなかなか出づらい実在の人物に光を当てた司馬遼太郎賞を受けた作品でした。

2020年5月23日 (土)

久し振りの生駒の野暮用で 近鉄生駒駅

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緊急事態宣言が解除され、少しは日常が取り戻せるような動きになってきたかと思います。そういうことで、いつもの生駒の野暮用(とは言うもののお仕事なのですが)も復活し、昨日5月22日に久しぶりのことですが、近鉄電車に乗って府県境を越えて出かけてきました。

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野暮用を終え、生駒駅の近鉄百貨店で用事をすべく、ペデストリアンデッキを歩いていると、矢田丘陵を背景とした近鉄線を望めるところがありました。やってくる近鉄電車は通勤型ばかりですが、新しいポイントを見つけたうれしさもあり、しばらく撮影を続けていました。

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生駒駅には近鉄奈良線のほか、大阪メトロから延伸しているけいはんな線も並走しています。撮影したのは短い時間でしたが、たまたま3つの形式が続けてやってきました。

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近鉄に乗りいれている阪神車もやってきました。またも近鉄のレトロ塗装車もやってきました。日曜日は昼間の時間帯も特急が走っているので、もう少しいろどりが増えるかと思います。

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お昼どきでしたが、撮影も終え少し時間帯をずらしていつもの絶品鶏料理「さわや」さんでランチです。この時期ですから、混雑時には入店制限しますとか、当面はランチ営業がメインですとか、ドリンク提供も90分が目安ですとか、いろいろとお店としての気遣いもされていましたね。

いつものおいしいランチでお腹いっぱいとなりました。思えば外食したのも、緊急事態宣言後初めてのことでした。

2020年5月22日 (金)

散歩風景 甲子園口と武庫川

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緊急事態解除とはいうものの、基本は自粛生活のままですね。ただ、人が少ないところでの散歩程度は逆に推奨もされていますので、一昨日の夕方に2号線の武庫川大橋を越えて甲子園口辺りまで散歩の領域を延ばしてみました。武庫川の河原を散策したり、ランニングを楽しまれたりする方がコロナ以前よりも格段に多くなっています。

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武庫川の西宮側へ渡ったところには、旧甲子園ホテル、現在の武庫川女子大学の校舎があります。これはその正門です。遠くから建物を見たことは何度もありましたが、その真正面に来たのは初めてのことです。最近だと、朝ドラのべっぴんさんのロケがあったことを覚えていますね。

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その後、JR線の武庫川堤防へやってきました。ここは、中学、高校時代によくやってきて、電車を見たり、写真を撮ったりしていたところです。現在の様子と今から45年ほど前の様子を並べてみました。法面の工事は最近のもので、その景色はずいぶん変わりましたし、昔は高い建物は見当たりませんね。EF58の写真を遊びでカラー化してみました。

2020年5月21日 (木)

散歩風景 バラの季節となりました

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天気も良く、さわやかな風が心地よい季節となりましたが、今年は少し違います。コロナ禍のせいで、なかなか自由な外出にも支障を感じる毎日です。

とは言うものの、近所への散歩程度は推奨されているので、たまに徒歩で出かけています。歩いて15~20分ほどの所にある大井戸公園では、いま、まさにバラが満開となっています。

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公園の広場では、休校中の小中学生がボールを蹴ったり、走り回ったりとにぎやかなのですが、バラ園は大人が散策する程度で、ソーシャルディスタンスは守られています。(というか、他人が来ると自然に避けて歩くように癖がついてしまっているようですが) 

久しぶりに色とりどりの花を見ることができ、都会のオアシスに出会ったような、そんな散歩風景です。

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葉室麟 蒼天見ゆ 角川文庫/読了・・・・・・・・・すっかりはまり込んでいる葉室麟の作品集、今度は幕末の九州福岡藩の支藩である秋月藩で起こった尊攘派による反乱で殺された父親のかたき討ちを明治になって起こした臼井六郎に光が当てられています。これも実話をもとに、生き生きとその人間模様が描かれています。

2020年5月20日 (水)

指揮の芸術 The Art of Conducting

Erich  左からワルター、トスカニーニ、クライバー、クレンペラー、フルトヴェングラー

自粛生活の中で、テレビも再放送やつまらないバラエティが多くなっていることもあり、最近Youtuveを見る機会が増えています。そんな中、指揮の芸術という過去の時代の指揮者たちがどのようなスタイルの指揮をしていたかという動画かありました。そのうちのひとつは以前にNHKで放送されたのを録画して見ていたのですが、もう一編、全く別の動画がアップされていました。

第1部⇒  第2部⇒

Hqdefaultz71yy2w8  Carlos_kleiber_20200520070901 父と息子

その中で初めて、エーリッヒ・クライバーの指揮を見ることができました。エーリッヒ・クライバーは、カリスマ的な指揮で業界最高のギャラと言われたカルロス・クライバーの父親です。戦前はヨーロッパの5大指揮者のひとりと言われ、ウィーンはもとよりアルゼンチンのテアトル・コロンなどでも活躍した名指揮者でした。自由な指揮ぶりの息子とは違って、しっかりと拍を刻むオーソドックスなタクトの裁きでした。

Mengelberg_11024x681  D0170835_21254299  メンゲルベルクとミュンシュ

その他の大指揮者の指揮ぶりが映像として紹介されています。コンセルトヘボウの常任を長く続けたウィレム・メンゲルベルク、フランス音楽からドイツ音楽まで幅広いレパートリーで晩年はパリ管弦楽団の初代指揮者にもなったシャルル・ミュンシュです。

Furtwangler_3  Cluytens2020ph20hauert   フルトヴェングラーとクリュイタンス

大物が続きます。いまも日本ではその人気が衰えていないウィルヘルム・フルトヴェングラー、圧倒的な存在感が示されています。そして、その作り出す音楽そのものの優雅な指揮ぶりのアンドレ・クリュイタンスも紹介されています。

101365_celibidache_celibidache24a   Yevgeny_mravinsky  チェリビダツケとムラヴィンスキー

終盤の辺りで、若いころのチェリビダッケが登場します。若いころはストレートな音楽表現で好ましく思っていたのですが、ミュンヘンフィルを振った晩年の彼の演奏はふにゃふにゃの音楽づくりとなってしまい残念でしたね。そして、最後はロシアの巨匠、エフゲニ・ムラヴィンスキーです。その厳しい眼光が楽員に投げかけられ、引き締まった音楽が作られていきます。

2020年5月19日 (火)

世界の車窓から 朝鮮鉄道 平壌(北朝鮮)⇒丹東(中国)

世界の鉄道、その前面展望を探していたら北朝鮮を走る朝鮮鉄道の画像が公開されているのに驚き!吸い込まれるように見入ってしまいました。

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列車は平壌を出発して新義州へ向かい、中国国境の鴨緑江の橋を渡り、中国側の丹東に到着します。時速はせいぜい60キロ/時くらいでしょうか。平壌市内は高層ビルが立ち並び、街路樹も多く、町に清潔なイメージがあります。⇒ 平壌から定州

その後の北朝鮮の沿線には原野が広がっていますが、開墾されて作物が植わっている様子には乏しいです。また、町の建物も画一的で、商店などは見当たりません。また、山に木々が少なく、丸裸の山も多くみられます。⇒ 定州から新義州

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ところどころで鉄道車両が写りこんでいます。北朝鮮の鉄道は電化されているようです。たしか、ディーゼル燃料を軍用にするために電化しているとか聞いたことが有りますが、どうでしょうか。客車もいろいろなタイプがありそうです。

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最後に新義州から鴨緑江を越えて中国に入ります。その時の沿線風景の急激な変化に驚いてしまいます。国が違うとこんなにも町が変わるのでしょうか。夢を見ているみたいな、そんなギャップを感じました。⇒ 新義州から丹東

それにしても、こんな画像を撮った方は、どんな人なんでしょうね。ブログの写真はすべてネットからの借り物です。

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葉室麟 影踏み鬼 新撰組篠原泰之進目録 文春文庫/読了・・・・・・・・・新撰組の剣客にして、近藤一派と分離した伊東甲子太郎派についた実在の人物を通してみた新撰組盛衰記、だろうか。背景にはもちろん幕末の動乱があるわけで、その中を生き抜くには、まさに白刃の上を歩く思いがあったと思われます。そうした中で明治後も行きぬいた人物に焦点を当てて、生きるということを説いているように感じました。

2020年5月18日 (月)

カメラをいただきました。

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同窓生からカメラをいただきました。キャノンのミラーレス、EOS-MとEOS-M2という機種、2台をいただきました。いつも使っているソニーのα6400に比べてもずいぶんとコンパクトなカメラです。

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頂いたのはボディのみですので、手持ちのキャノンレンズとつながなくてはならないのですが、ミラーレスはEF-Mレンズ、手持ちのものはEFレンズ。それぞれに互換性はないので、早速マウント(とりあえずだったので中古ですが)を買ってきて、取り付けてみました。

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で、早速試し撮りです。近所の線路端へ行って撮影してみました。シャッタースピードを1/500に固定して電車を撮影してみました。

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今度は動かないものをということで、家に帰って庭の花を撮影しました。それぞれに表現できるようで、サブカメラとしては合格! 予備機として手もとに置いておこうと思いました。

2020年5月17日 (日)

モーツァルトのレクイエム

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新型コロナの流行によって、既に世界で30万人ほどの方々が命を無くされたことは、耐えられない悲しみを感じます。そこで、雨の一日、モーツァルトのレクイエムを聞いて哀悼の気持ちに浸ることとしました。

自前のレコードは3種類、カール・リヒター、ヤーノシュ・フェレンチーク、ブルーノ・ワルター、CDはリヒターのほかカラヤンが2種類、カール・ベーム、フェレンツ・フリッチャイ、リカルド・ムーティ、カルロ・マリア・ジュリーニ、それに聴き比べが1枚あります。

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その中から、カール・リヒターがミュンヘンバッハ管弦楽団を指揮したものを聞きました。高校生くらいの頃はバッハの演奏と言えばリヒターと言われていました。それほどバッハ演奏の精通していたのでしょう。たしかに、バッハの音楽にまっすぐに立ち向かう印象が強くありました。

このモーツァルトのレクイエムでも基本的な演奏スタイルは変わりません。音楽の中に、緩みとか隙と言ったものは全く感じられません。やや早めのテンポでぐいぐい押していく演奏ですが、息が詰まるということは無く、聴いているうちにだんだん高みへ引き上げられて行き、気持ちが清浄化していくことが感じられます。高校生の頃、このキングの廉価盤を買い、聴きやすいようにカセットテープに入れたりして何度も聴いていました。

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一方、今のお気に入りは、カルロ・マリア・ジュリーニがフィルハーモニア管弦楽団を指揮した演奏です。この演奏はとても静かに始まります。リヒターの演奏が聴く側にも厳しさを求めるような音楽なのに対して、ジュリーニの演奏はあくまで聞き手の心をつつみこみ、慈悲の波を届けようとするかのような静謐に満ちた展開となります。ここでは、音楽から何か強いメッセージが届けられるということはありません。しかし、聴くうちに自然と音楽に身をゆだねてしまっています。

20091225020632a  Caption (ネット画像から拝借)

突然、変な画像が並んでいますが、リヒターにしろ、ジュリーニにしろ、昨今流行りのピリオド奏法による拍子を強調し、きついアタックとわざとらしいと感じるリズミックな演奏とは違い、レコードが普及し始めたころからの我々にとって慣れた演奏スタイルです。ピリオド奏法に代表される作曲当時の演奏スタイルを模索する音楽作りは、いわば極彩色で作られた仏像や仏閣を見るかのようなものではないでしょうか。

Src_11859130  459e19f6d56766f6ddd5fa6dc9d97e6e96a6744d (ネット画像から拝借)

頭の中では、作られた当時はそのような色彩が施されていたとはわかってはいるものの、やはり苔むした石仏やお寺の境内の様子に落ち着きを感じます。

2020年5月16日 (土)

鉄道前面展望 長駆・浅草から会津へ

緊急事態宣言が一部緩和されましたが、まだまだ自宅での自粛が必要ではないでしょうか。ということで一つの愉しみ、鉄道前面銅貨を紹介します。

東武電車の浅草駅からは、東京、埼玉、栃木、福島までという何とも長い距離を快速電車が走ります。東京は春の装いですが、会津は雪です。⇒

会津田島から乗り継ぐと、会津若松まで足を延ばすこともできます。なんとすごい長距離移動ですね。⇒

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浅草駅を出た東武電車はスカイツリーのそばを通って会津を目指していきます。もう一枚は梅島駅だったかなぁ。いずれも東武の6050系電車です。

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これは会津を目指す路線から途中外れて日光に着いたところです。紹介した動画ではここへは立ち寄りません。この車両は20メートル車両ですが、片面に2扉で、座席はボックスシーツになっているという、今では珍しい形になっています。

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葉室麟 神剣 人斬り彦斎 ハルキ文庫/読了・・・・・・・・・・・ここしばらく続いている葉室麟の作品のひとつで、幕末に暗殺者として名をはせたひとり、肥後熊本の河上彦斎の物語です。河上は実在の人物で、佐久間象山の殺害に関わっています。 尊王攘夷の思想が吹き荒れた幕末に、その思想をかたくなに信じ切り、突っ走った1人かもしれませんね。維新で変節した新政府の考えとは最後まで相容れなかったということから、結局歴史からは消されてしまいます。アニメや映画になった「るろうに剣心」のモデルと言われていますが、実際は凄惨な生涯だったのでしょう。

2020年5月15日 (金)

鉄道前面展望 驚きのベトナム鉄道 ハノイ⇒ニンビン

多くの地域で緊急事態が緩和されましたが、小生の居住するところでは引き続き警戒が必要とのことで、やはり自宅で楽しむものを探しています。その一つが鉄道前面動画です。

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これは、ベトナム鉄道のハノイからニンピンまでの2時間半ほどの動画です⇒

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ハノイを出発してすぐに、民家の立ち並んだところ、家々が際まで迫ったところを低速で通過していきます。ちょうど台湾の十份(じゅうふん)のようなところですね。こんなところを機関車が通るかと思えるような狭い空間を走ります。

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それだけでも驚きだったのですが、快適に走り出してからがまた驚きです。並走する道路を走る車やバスよりもはやい速度でかけていきますが、家が建ちこんだところでもその家の前を高速で抜けていきます。

踏切が数多くありますが、その多くは遮断機もない踏切です。したがって機関車は警笛を鳴らしっぱなしでの運転となります。見ていて、危険と緊張感にあふれた鉄道前面動画です。

2020年5月14日 (木)

鉄道前面展望 ドイツ新幹線ICE ニュルンベルク~ミュンヘン

鉄道前面展望、探してみると海外もたくさんありました。

ドイツ新幹線ICE  ニュルンベルク⇒ミュンヘン・・・・・・・

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ドイツの新幹線ICEの運転室における前面展望動画がありました。ニュルンベルクを出発してミュンヘンまでの行程です。カメラが広角でとらえているので実際よりも早く走っているように感じましたが、どうでしょうか。

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ニュルンベルクを出たときはまだ明るかったのですが、ミュンヘン到着はもう夕暮れが迫っていました。それでもミュンヘン手前のライム駅の様子は少しだけ知ることができました。2017年にミュンヘンに滞在した時に5日間お世話になった駅と街ですから。広々とした線路の空間は撮りやすいところでした。

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葉室麟 緋の天空 集英社文庫/読了・・・・・・・・・・・・・戦国時代、江戸時代から幕末が専門の時代かと思っていた著者による奈良時代における歴史小説でした。しかも、女帝が続いた時代で、元明天皇、元正天皇、孝謙天皇の時代。元正と孝謙の間の時期、天皇は男子の聖武天皇でしたが実質的に大きな役割を果たした光明皇后を主人公とした物語でした。途中に長屋王の変や天然痘の流行による藤原氏兄弟の滅亡など実に不安定な時代を背景に光明皇后の芯の通った生き方が描かれています。

2020年5月13日 (水)

鉄道前面展望 近鉄観光特急「しまかぜ」

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電車に乗っているとたまに先頭車両でビデオカメラを回している人を見かけます。私も京阪特急とかJR四国の特急でそのような方を見かけたことが有ります。

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このコロナ禍で自粛生活をしていますが、Youtubeなどでこの鉄道前面展望動画を探してみると、あるわあるわの状態です。その中から近鉄の観光特急しまかぜで行く難波から賢島までの様子を紹介します。

自宅ではパソコンからの音をオーディオ装置に取り込んでいて、実に臨場感にあふれたものとなり、自分の部屋がしまかぜの先頭の座席に変貌していきます。

特急しまかぜ難波⇒賢島

2020年5月12日 (火)

EF66-27号機がやってきた 5/9

昨日に続いて鉄道の話題です。

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5月9日はEF66-27号機が牽引するカモレがやってくるということで、ご近所の踏切まで出動しました。小さな踏切で、車やバイクが通ることもできませんから、他人との接触、接近もありません。やってきました、コンテナをほぼ満載しています。物流は頑張っていますね。

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近くまでやってきてアップでも捉えました。いつみてもカッコいい!と思います。EF66は昭和42年に登場して、この27号機は2次車で昭和48年以降の製造です。55両製造されたEF66もこの27号機を唯一残すのみとなってしまいました。

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その他の車両も撮影しました。智頭急行のスーパーはくとHOT7000系です。ディーゼル車が120km/hで走るよう高速化する流れの初期に登場した振り子車両ですね。まだ乗ったことがないので、コロナが終息したらこれに乗って鳥取まで行きたいですね。

そして、またまた窓の開いた223系快速です。昼間のこともあり、乗客はパラパラという感じでした。

2020年5月11日 (月)

東京都交通局 新車回送 5/8

久しぶりに鉄道の話題です。

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5月8日のお昼過ぎに東京都交通局、都営地下鉄の大江戸線の車両が回送されていくとの情報を得て、久し振りに近所の陸橋まで行ってきました。やってきたのはDE10に曳かれたリニアモーター車両でした。大江戸線というのも一度乗ったか乗っていないか、記憶も定かではありませんが、こんな車両のようです。

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回送を待つ間、いろいろと試し撮りをしていましたが、快速でやってくる223系の窓が開いています。コロナのリスクを少しでも下げるために換気をしていますね。あんなこともしていたなぁ~と、後日懐かしく思える日々がやってくることを祈りましょう。

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場所を変えて、カモレを2本撮影しました。やってくるのはEF210ばかりですが、物流は頑張っています。

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葉室麟 春風伝 新潮文庫/読了・・・・・・・・・・・・・・著者による高杉晋作の物語、晋作の幼名が春風といったところから春風伝でしょうか。激烈に生きた27年8か月、今の人でこの短い生涯にこれだけ多くのことをなしえるような人がいるでしょうか。知性と決断力、さらになんといっても行動力の人ですね。648ページの長編でしたが、実に面白く読み通しました。

2020年5月10日 (日)

最近のCDから 柴田由貴さん バッハ無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータから

久しぶりに音楽の話題です。

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大阪大学ワンコイン市民コンサートにご出演され、その後別の演奏会などを通じて少しだけお知り合いになった豊中市在住の若手ヴァイオリニストの柴田由貴さんからCDが送られてきました。先日開催されたコンサートに行けなかったので、その代わりのことかと思いますが。

柴田由貴さんは、桐朋女子高校音楽科を卒業された後渡仏、パリ市国立音楽院など手研鑚を積まれ、懐かしいヴァイオリニスト、パトリス・フォンタナローザに師事された方です。

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送られてきたCDの内容は、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番、ソナタ第2番、第3番です。去年9月に、無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータの全曲演奏会を開催されたのを聞きましたが、その時と同じく、音楽に対してまっすぐな姿勢の、ど直球のアプローチです。

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彼女は以前にもイザイの無伴奏ヴァイオリンソナタの全集をCDにされています。こちらも緊張感に満ちた素晴らしい演奏が披露されています。

CDご希望の方がおられたら、弊方ブログのコメント欄にご連絡ください。どうぞ、よろしく。

2020年5月 9日 (土)

「私の奈良、大和路」~かぎろひ歴史探訪から~ 写真展に向けて 16

コロナ禍の影響で今年6月に開催を予定していた大阪阿波座にある音響喫茶「長楽庵」さんでの写真展が中止(または延期)となりました。写真の準備もしていたのですが、まだ候補の絞り込みにまでは進んでいなかったので、あえて今のうちに少しずつ紹介していこうと思います。

なお写真は、主に2015年から参加させていただいている奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で訪れた奈良、大和路の風景です。

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写真展の候補とした写真もそろそろ終わりになります。これは2019年5月に訪れた正暦寺の境内です。新緑の山々に囲まれた落ち着いた空間です。今年もこのような景色に包まれることが体験できると思っていましたが。

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ならまちの中にある元興寺です。大きな御堂は極楽堂と呼ばれる本堂です。手前の五輪塔、境内には2500体もあるそうです。そして、本堂と隣の禅室の屋根に乗る瓦は、飛鳥時代にあった元興寺の前身である法興寺(飛鳥寺)で使われていたもの、1400年前のいわば天平の甍です。

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2019年の9月に訪れた唐子・鍵遺跡です。この建物は出土した土器に描かれていた特徴的な建物の絵から復元したものです。実際にあったものかと思いますが、その大きさや化粧は想像の範囲を超えていません。秋空の雲が建物に合せたかのような弧を描いています。

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去年の10月に訪れた生駒の王龍寺です。山が迫っていますが、門をくぐるとほかのお寺では体験した事の無いような暗くて重いし空気に包まれ、時空を飛び越えて違う時代へやってきたような気持になりました。軽い気持ちで入山することが許されないような厳しさを感じさせるお寺だした。

長々と写真展の候補作品を並べてきましたが、実際に大きくプリントしてみるとまた画像の雰囲気も変わります。写真展は、今年のうちにでも開催できればと思っていますが、どうなることでしょうか。

2020年5月 8日 (金)

「私の奈良、大和路」~かぎろひ歴史探訪から~ 写真展に向けて 15

コロナ禍の影響で今年6月に開催を予定していた大阪阿波座にある音響喫茶「長楽庵」さんでの写真展が中止(または延期)となりました。写真の準備もしていたのですが、まだ候補の絞り込みにまでは進んでいなかったので、あえて今のうちに少しずつ紹介していこうと思います。

なお写真は、主に2015年から参加させていただいている奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で訪れた奈良、大和路の風景です。

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今日は、奈良・大和路の風景の中から、季節感が感じられる新緑や花の景色を並べてみました。ここは奈良では珍しい門跡尼寺院の円照寺です。門を入ったところで、そこから先へ入ることはできませんが、清々しい品位はさすがに高潔な雰囲気を感じました。

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円照寺から山道を歩いて到着したのが日本酒発祥の地として有名で、酒母になる菩提元を配給している正暦寺です。訪れたのは去年の5月中旬、楓が多くみられる正暦寺の境内は青々としたもみじで満たされていました。

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奈良では6月から8月にかけてロータスロードという蓮の花を絡めたご朱印めぐりが行われています。この写真は昨年、西大寺の境内で撮影したものです。花弁の先端と縁の赤さが印象的でした。思わず撮ってしまった一枚です。

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次は秋の風景ですが、9月に唐子・鍵遺跡を訪れた帰りに近鉄石見駅へ向かう途中の景色です。暑かった夏が去り、空の雲に秋の気配が感じられ、早咲きのコスモスに心地よさが感じられます。

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秋も深まった10月末、生駒の王龍寺を訪れています。この御堂の中に岩を掘りこんで作られた磨崖仏があります。赤く染まる前の青もみじが奥深い山懐の境内を少しだけ明るく照らしていました。

2020年5月 7日 (木)

「私の奈良、大和路」~かぎろひ歴史探訪から~ 写真展に向けて 14

コロナ禍の影響で今年6月に開催を予定していた大阪阿波座にある音響喫茶「長楽庵」さんでの写真展が中止(または延期)となりました。写真の準備もしていたのですが、まだ候補の絞り込みにまでは進んでいなかったので、あえて今のうちに少しずつ紹介していこうと思います。

なお写真は、主に2015年から参加させていただいている奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で訪れた奈良、大和路の風景です。

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奈良ではお地蔵さん以外に見られる石仏として、やはり本場ということになるでしょうか、不動明王、お不動さんの石仏を見かけることが多くあります。これは安倍寺跡の近くで見つけたお不動さんです。

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西大寺を南へ行くと高架道路の手前に大きな御堂を構えた喜光寺があります。近くの陸橋からみた境内(写真の左奥)をよく見ると石仏が団地のように並べられています。その中にもお不動さんが見られました。独特な存在感がありますね。

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喜光寺では、奈良大学に所蔵されていた四天王がこのお寺のものだとわかり、昨年150年振りに戻ったところでした。その足元には踏みつけられた邪鬼が。邪鬼は体も小さく、なにか悪いことをしたような気もしないので、どこで見てもかわいそうな気がするのですが、助けてやることもできません。

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葉室麟 冬姫 集英社文庫/読了・・・・・・・・・・・・・・信長の娘、冬姫の生涯を綴った作品。後の蒲生氏郷の正室です。著者はこのように歴史の中心にいた人物ではなく、少しそのサイドにいたにもかかわらず、大きな歴史の歯車の中でなくてはならなかった人物に焦点を当てて物語を紡いでいくのを得意としています。この話の中で語られている一つのテーマは「女いくさ」です。直接武力に訴えられないけど、大名同士のバランスウェイトとしての女性の役割を大切に扱っています。

2020年5月 6日 (水)

「私の奈良、大和路」~かぎろひ歴史探訪から~ 写真展に向けて 13

コロナ禍の影響で今年6月に開催を予定していた大阪阿波座にある音響喫茶「長楽庵」さんでの写真展が中止(または延期)となりました。写真の準備もしていたのですが、まだ候補の絞り込みにまでは進んでいなかったので、あえて今のうちに少しずつ紹介していこうと思います。

なお写真は、主に2015年から参加させていただいている奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で訪れた奈良、大和路の風景です。

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2019年も多くの石仏にお会いしています。このお地蔵さんは天理の長楽寺近くにあったものです。大きな耳、目の周りの深い彫り込み、たっぷりとした衣の様子など、一般的なお地蔵さんスタイルとは一線を画しています。本当の所はわかりませんが、ずっと古い時代の方のように感じますがいかがでしょうか。

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日本酒発祥の地とされる正暦寺からの帰り、和邇町まで下りてきたところにあった六地蔵さんです。六地蔵は、仏教の全ての生命は6種の世界に生まれ変わりを繰り返すとする六道輪廻の思想に基づき、六道のそれぞれを6種の地蔵が救うとする説から生まれたものということです。ほんまのことなら、ありがたいことです。

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正暦寺の南大門跡にあった泣き笑い地蔵さんです。無表情なお顔が多い地蔵さんですが、このお二人の地蔵さんの表情が面白いですね。さて。どちらが泣いて、どちらが笑っているのでしょうか。

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6月には近鉄電車の撮影によく訪れている大福駅から歩き始めています。大福駅のずっと南にある稚桜人者へ向かう途中にある炉辺のお地蔵さんです。そのふくよかな姿と石から浮き出したボリウム感は安らぎを感じるものでした。

2020年5月 5日 (火)

「私の奈良、大和路」~かぎろひ歴史探訪から~ 写真展に向けて 12

コロナ禍の影響で今年6月に開催を予定していた大阪阿波座にある音響喫茶「長楽庵」さんでの写真展が中止(または延期)となりました。写真の準備もしていたのですが、まだ候補の絞り込みにまでは進んでいなかったので、あえて今のうちに少しずつ紹介していこうと思います。

なお写真は、主に2015年から参加させていただいている奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で訪れた奈良、大和路の風景です。

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2018年の秋は石仏の里、当尾を訪ねていますが、当然その地にある岩船寺へも足を運んでいます。これは岩船寺にある三重塔です。山懐に囲まれて自然と調和している姿に崇高さが感じられます。室町時代、1442年の建立です。

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当尾の里でもう一つ有名なお寺が浄瑠璃寺です。池の向こうに見えるのが本堂です。池から本堂の中は見えないけれど、池に映ったご本尊が見えるとのことですが、見えませんよね。ここへ来ると堀辰雄を思い出します。

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畝傍山を後ろに従えた橿原神宮です。この日は元号が例和邇変わったという一連のお祝いの行事で、なにやら奉納が行われていました。遠くなのでよくわかりませんでしたが、刀が奉納されていたようです。

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2018年の秋には、奈良から少し離れて京都の宇治へも行っています。季節はちょうど紅葉真っ盛り、とてもきれいな景色を見ることができました。宇治の平等院、その鳳凰堂です。屋根の上の鳳凰が光り輝いています。この一枚は写真展に出したかったなぁ。

2020年5月 4日 (月)

「私の奈良、大和路」~かぎろひ歴史探訪から~ 写真展に向けて 11

コロナ禍の影響で今年6月に開催を予定していた大阪阿波座にある音響喫茶「長楽庵」さんでの写真展が中止(または延期)となりました。写真の準備もしていたのですが、まだ候補の絞り込みにまでは進んでいなかったので、あえて今のうちに少しずつ紹介していこうと思います。

なお写真は、主に2015年から参加させていただいている奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で訪れた奈良、大和路の風景です。

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2018年9月は奈良の北郊、当尾(とうの)の里を訪れています。この辺りは山岳信仰の影響もあり、聖地としての修行の場であったため石仏も多くみられるようです。これは、岩船不動明王立像、ひとつだけ願いをかなえてくれるということで一願不動さんと呼ばれています。

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山肌の大きな岩に線刻で描かれた磨崖仏、ミロクの辻弥勒磨崖仏と言われるもので、 笠置寺本尊の弥勒磨崖仏(現在は焼失し、光背が残るのみ)をかなり忠実に模写したものとされています。

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その微笑みのあるお顔から、わらい仏と言われる岩船阿弥陀三尊磨崖仏です。岩が少し傾いていますが、蓮台に乗ったお姿はかなり鮮明な状態を保っています。

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これは唐臼(からす)の壷磨崖仏と呼ばれていて、実はこの阿弥陀如来坐像の左隣の面には地蔵菩薩さんが彫られています。阿弥陀さんの右側にある四角い穴は燈明が入れられるようになっています。

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葉室麟 無双の花 文春文庫/読了・・・・・・・・・・戦国から徳川の世になる時代を生きた立花宗茂は、関ヶ原の戦いの後、十数年かかったものの旧領地へ戻ることができた唯一の武将。裏切らないという立花の義を貫いた戦国人の生きざまを、丁寧な筆さばきで生き生きと描いて見せています。葉室麟にはまっています。コロナ騒動前に葉室麟の作品を10冊ほど買い込んでいますので、これからも楽しみが続きます。

2020年5月 3日 (日)

「私の奈良、大和路」~かぎろひ歴史探訪から~ 写真展に向けて 10

コロナ禍の影響で今年6月に開催を予定していた大阪阿波座にある音響喫茶「長楽庵」さんでの写真展が中止(または延期)となりました。写真の準備もしていたのですが、まだ候補の絞り込みにまでは進んでいなかったので、あえて今のうちに少しずつ紹介していこうと思います。

なお写真は、主に2015年から参加させていただいている奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で訪れた奈良、大和路の風景です。

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2018年は春と秋に地蔵を巡るかぎろひ歴史探訪がありました。これは矢田寺にある味噌なめ地蔵さんです。ある夜、味噌を食べさせてくれたら家の味噌の味を良くするという夢を見た農婦が味噌を口元に塗ってみたら、家の味噌が美味しくなったという伝えがあります。

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これも矢田寺境内にあった地蔵菩薩さんでしょうか、場所は覚えていませんが、背景の御堂の屋根と相まって、ずいぶん風景が構成されている一枚となりました。歩きながらふと撮った一枚ですが、偶然の一瞬をとらえられたかと思っています。

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秋には、岩船寺、浄瑠璃寺で有名な当尾の里を歩きました。これは鎌倉時代に掘られたとされる三体地蔵さんです。過去、現在、未来を表しているとのことですが、どうでしょうか?

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これは、藪の中三尊磨崖仏で、もと浄土院という塔頭の本尊であったとのこと。藪の中の岩の中央に地蔵さんがおられます。そして、右に十一面観音が、そして、左に阿弥陀さんがおられます。

2020年5月 2日 (土)

「私の奈良、大和路」~かぎろひ歴史探訪から~ 写真展に向けて 9

コロナ禍の影響で今年6月に開催を予定していた大阪阿波座にある音響喫茶「長楽庵」さんでの写真展が中止(または延期)となりました。写真の準備もしていたのですが、まだ候補の絞り込みにまでは進んでいなかったので、あえて今のうちに少しずつ紹介していこうと思います。

なお写真は、主に2015年から参加させていただいている奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で訪れた奈良、大和路の風景です。

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先日のブログでは、奈良の山辺の道から大和盆地を見渡していましたが、広々とした風景は大和国原とも呼ばれていました。これは、山辺の道からみた大神神社の鳥居と二上山方面の様子です。

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2019年3月にはこの年のはじめとして大和三山を歩いています。立ち寄った本薬師寺跡からみた畝傍山です。畝傍山は見るところからその姿が変わってきます。

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大和三山を歩いた日は、天気が次から次へと変わる大変な一日で晴れていたかと思うと次には豪雨に見舞われるという、ある意味忘れられない日となりました。豪雨の後、日が差してきたところです。よく見ると雲の淵に、まるでオーロラのように虹が出ています。背後を見ると、香久山は日を浴びて輝いていました。

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天気が悪いことは、必ずしも景色を見にくくするものでもありません。里に霧が漂い、山々を浮かび上がらせるような風景を現出させることもあります。

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一気に季節が飛んで、9月の大和国原です。真夏の暑さが少し緩み、雲にも秋が漂い始めたころです。

よく見ると、葛城山の上あたりに、雲ではない何かが! 拡大すると円盤状の物体ではないでしょうか? さてはUFOを撮ってしまったか、それともUSOなのか?

2020年5月 1日 (金)

「私の奈良、大和路」~かぎろひ歴史探訪から~ 写真展に向けて 8

コロナ禍の影響で今年6月に開催を予定していた大阪阿波座にある音響喫茶「長楽庵」さんでの写真展が中止(または延期)となりました。写真の準備もしていたのですが、まだ候補の絞り込みにまでは進んでいなかったので、あえて今のうちに少しずつ紹介していこうと思います。

なお写真は、主に2015年から参加させていただいている奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で訪れた奈良、大和路の風景です。

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2018年は山辺の道へ何回か訪れています。大和盆地の天理から桜井にかけての山沿いに南北に通る古代の道です。これはその途中にある檜原神社の境内から鳥居を通して見える景色です。その中心に大津皇子が葬られたといわれる二上山が見えます。

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山辺の道というとこの景色でしょうか、多くの写真集にも載っています。「山邊道」の道標があり、この文字は小林秀雄の揮毫によります。

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山辺の道を少し大和盆地の方から見てみましょう。大和にはため池がたくさんあります。山を見ましょう、新緑がとてもきれいですね。どこを歩いても気持ちの良いところです。

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大和の里には石仏が多くみられます。その向こうには大神神社のご神体である三輪山が見えます。信仰の里と信仰の山、そして山辺の道の起点ですね。

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葉室麟 花や散るらん 文春文庫/読了・・・・・・・・惜しくも2017年に亡くなられた葉室麟さんによる忠臣蔵の話しです。前後2部に分かれていますが、なぜ浅野内匠頭が松の間の刃傷に至ったかに物語の半分を費やしています。それによるとという話しもありますが、そこには大きな政治背景もあったのではと思わせる、そして、読ませる手腕は大したものですね。実は緊急時代宣言の直前に著者の本を大量購入しているので、これからその本に接するのが楽しみです。

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