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2021年3月

2021年3月31日 (水)

武庫川散歩 3/18

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3月18日はあまりの好天に誘われ、マイ自転車で武庫川の河川敷を走りに行きました。西宮側の一角にはもう見事な黄色一色になった菜の花が春到来を告げていました。おっさんが一人写っていたので撮り直し。

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阪神電車の少し北側では昨年来の護岸工事がまだ続いており、これでは恒例の同窓会お花見を開くこともかないません。仕方がないので今年も断念せざるを得ません。来年こそはぜひともお花見を再開したいですね。西宮側の武庫川の一番南までやってきました。埋立地はまだ先まで続いていますが、自転車で行けるのはここまでです。何かの調査に出ていく船がありました。そういえば現役時代はこのような船で現場へ出ることもよくありました。

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さて、この日の目的の一つは、阪神武庫川線を走っていた赤胴車が武庫川団地内に保存されるということで、その場所を探しに行ったことです。車両は白い布に包まれ養生されていましたので直接見ることはできませんでしたが、その丁寧な扱いに満足です。場所は、武庫川団地中央というバス停の西側すぐの広場です。

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武庫川線の武庫川団地駅に行き、本日の運用を見るとタイガース号が入っていました。東鳴尾駅で1枚撮って、この日のサイクリングを終えました。開幕1週間と1日前のことでした。

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太田和彦 月の下のカウンター 小学館文庫/読了・・・・・・・・・相変わらずの居酒屋エッセイです。すでに何回も紹介されたお店が出てくるものですから、もうマンネリを通り越した感じで読んでました。今回はその他に学生を教えていた話や自身の父親、祖父の話も交えていたのが新鮮なところ。いろいろな居酒屋をほめて褒めてしているけれど、いろいろな利害のバランスもあるだろうし、本当に落ち着いて呑める場所をお持ちなのだろうか。そうそう、ハトヤマユキオが居酒屋で呑んだという話を好意的に書いていたのには、驚きを通り越してもう笑うしかなかった、、、、ヤハリコノヒトズレトルナァ。

2021年3月30日 (火)

佐保川の桜並木 爆発的満開 3/29

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昨日3月29日はいつもの生駒の野暮用を終えて、昼から新大宮へ移動、佐保川沿いの桜を見に行ってきました。佐保川の桜は今から170年前、当時の奈良奉行、川戸聖謨が施策として桜の植樹を進めたものです。長い年月を経て、見事な桜並木が川面を覆っています。一枚目の遠景は若草山です。

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桜並木をゆっくり散歩していきます。多くの方が来られていましたが、それでも少し間隔をあけるとこのようにほとんど人を入れずに撮影できるくらいの密ではない疎な花見散歩です。桜は満開からやや散り初めへと移行しつつあり、川面に花弁が浮かんで流れていきました。

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佐保川を奈良線まで歩いて、やってくる電車も撮影しました。221系や201系がやってきましたが、期待した103系は来ませんでした。昨日は春を通り越して初夏かと思うほどの暖かさで、列車を待っていると背中がじりじりと熱くなってきました。

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川沿いに歩くと、犬養孝先生の万葉歌碑があります。「打ち上る 佐保の河原の青柳は 今は春べとなりにけるかも」 まさに今にぴったりの歌ですね。帰りに近鉄電車の車窓からも撮影。桜に埋まる平城京大極殿です。桜の木の下でお花見をされる方もちらほら、今年もお仲間とのお花見を中止しただけに、なんともうらやましい限りです。

2021年3月29日 (月)

アマチュアオーケストラ演奏会情報 2021年3月28日現在

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アマチュアオーケストラ演奏会情報 2021328日現在

いくつかの新しいコンサートを追加しました。

また、いくつかのコンサートが中止、延期、日程変更、オンライン配信に変更となっています。

 

きっちり予定が組まれていない団体もあり、また予約しないと入場できない団体もあるようなので、それぞれのサイトで確認されるようご注意ください。

しかし、少しずつ日常に戻そうという努力がされているようでうれしい限りです。

 尚、間違いや新しい情報があれば、コメント欄にお願いします。

 今後時々各サイトをチェックして追加、変更していきたいと思っています。

 

2021.03.29  ホール・バルティカ 大阪教育大学シンフォニーオーケストラ

http://www.xop-baltic.com/

2021.04.02 六甲ヒルズ室内オーケストラ

https://www.facebook.com/%E5%85%AD%E7%94%B2%E3%83%92%E3%83%AB%E3%82%BA%E5%AE%A4%E5%86%85%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9-1532157230444882/

2021.04.03 オーケストラ・ファムファタール https://lorchestre-de-femme-fatale-1.jimdosite.com/

2021.04.04 西宮きらきら母交響楽団 https://nkirakyo.web.fc2.com/

2021.04.04 夙川室内合奏団 https://ameblo.jp/shukugawagassoudan/entry-12659037206.html

NEW  2021.04.04 アイチャンオケ https://aiorchestra.web.fc2.com/

2021.04.11 ノートルダム女学院中学高等学校 https://www.notredame-jogakuin.ed.jp/13405/

中止 2021.04.17 川西市民オーケストラ https://kawanisiorchestra.web.fc2.com/page3.html

2021.04.18  西播磨交響楽団 http://nisiharimaok.starfree.jp/

2021.04.25 オーケストラ・アンサンブル・フォルツァ

    http://www.e-forza.net/#concert

2021.04.25 グリーン交響楽団 http://www.green-symphony.com/concert.html

2021.04.29 尼崎弦楽アンサンブル https://amagen.jimdofree.com/

2021.05.03 三木室内管弦楽団 https://mikichamber.wixsite.com/mikichamber/blank-1

2021.05.03 北野高校オーケストラ部 https://sites.google.com/view/kitano-orchestra/

2021.05.09 セント・マーティン・オーケストラ http://smo.main.jp/

2021.05.09 T-ストリングス

 https://t-strings.jimdofree.com/%E6%BC%94%E5%A5%8F%E4%BC%9A%E6%A1%88%E5%86%85/

2021.05.09 青少年オーケストラ・ゼフイルス管弦楽団 http://zephyrus-orchestra.com/

2021.05.15  宝塚市交響楽団 https://zukakyo.com/

NEW 2021.05.16 クレー管弦楽団 http://orchestra.musicinfo.co.jp/~klee/

2021.05.16 アンサンブル・ヴィオ神戸 http://vio-kobe.com/

2021.05.16 西宮交響楽団 http://nishikyo.org/

2021.05.20 西宮きらきら母交響楽団 https://nkirakyo.web.fc2.com/

2021.05.22 バッハクライス神戸 http://bach-kreis-kobe.music.coocan.jp/ensemble.html

2021.05.23 オーケストラ・ノインテ  https://orchneunte.wixsite.com/home

2021.05.23 交響楽団ひびき https://hibiki2004.net/

2021.05.23 湖北オーケストラ

 https://kohokuorchestra.amebaownd.com/pages/1676802/page_201802192227

2021.05.23  都島ストリングス https://miyako-st.jimdofree.com/

2021.05.23 神戸大学交響楽団 http://www.kobeusym.info/

2021.05.23  南大阪管弦楽団 https://w.atwiki.jp/moo2007/

2021.05.23 寝屋川市民管弦楽団 http://neyagawasiminkan.ciao.jp/

2021.05.29 立命館大学交響楽団 

https://www.ruso60.com/2021%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E6%BC%94%E5%A5%8F%E4%BC%9A/

2021.05.30 奈良交響楽団 http://narakyo.halfmoon.jp/

2021.05.30 関西シティフィル  https://www.kcpo.jp/

2021.05.30 大津管弦楽団 http://daikan1951.com/

2021.05.30  豊中市民管弦楽団 http://bcbweb.bai.ne.jp/toyonaka-phil/

NEW  2021.05.30 京都市民管弦楽団

https://kyoto-civic-philharmonic.jimdofree.com/%E6%BC%94%E5%A5%8F%E4%BC%9A%E6%83%85%E5%A0%B1/

NEW  2021.05.30 須磨フィル http://www.suma-phil.net/ensou.html

2021年3月28日 (日)

堂山古墳群と専應寺 3/15

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3月15日は野崎の町を訪れ、まずは有名な野崎観音へ行きました。そこから一旦町に降り、そこから南へ歩き、またまた山へ登ったところにある堂山古墳群を訪れました。この古墳群へ行く道が分かりにくい。大変よく整備された堂山古墳群なのに、行き先案内の看板ひとつありません。何とかしてよ、大東市。

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何回も行ったり来たりしながら見つけた堂山古墳群からの眺望は見事なものでした。ここは大きな円墳が一つあって、その法面にいくつもの小さな竪穴式石室(ほとんどが露出)が点在している構成となっています。ただ、1号墳のみ少し離れた丘の上にありました。1号墳が5世紀前半、その他2~7号墳は6~7世紀にかけての築造とされています。

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堂山古墳からまた町に降りて歩いていると、とても雰囲気のあるお寺がありました。浄土真宗本願寺派(お東さんですね)の専應寺(せんのうじ)です。昔は野崎観音とこの専應寺を回るのが野崎参りだったとあります。境内には江戸時代初期から中期にかけての豪壮な建物が並びます。静かな境内は周りと隔絶された不思議な空気感がありました。

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さらに町中へ来ると、来ぶらり四条という建物があり、その中に歴史とスポーツふれあいセンターというのがあり、大東市の歴史民俗資料館がありました。そこでは、先ほど行ってきた堂山古墳群の1号墳から発掘されたという鉄製の鎧や刀剣、鉾(いずれも複製は復元)があり、その生々しさに目がくぎ付けになりました。野崎を一周してきて良いものを見ました。

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奈良まほろばソムリエの会 奈良通が選んだ奈良万葉の旅百首 京阪奈情報教育出版/読了・・・・・・奈良通の人たちが自ら選んだ奈良を舞台とした万葉集の歌百首とその万葉故地を紹介した一冊です。万葉を愛し、奈良を愛している方々ばかりなので、本当に愛があふれたほんとなっています。奈良歩きの会で、小生も多くの奈良の場所を歩いていますが、それでも知らない場所も多く、この本片手にあっちこっち回ってみたいものですね。

2021年3月27日 (土)

野崎観音から野崎城跡へ 3/15

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3月15日は東西線に乗って野崎駅へ来ました。ここんとこずっと生駒山地の西側麓を少しずつ訪ねていますが、四条畷は未訪問でした。野崎という何と言っても落語でも有名な野崎観音ですね。駅からまっすく東へ歩き、東高野街道とクロスするところから上りになります。

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急な階段を上ると野崎観音、慈眼禅寺の三門があります。そこを入るとさらに階段の上に本堂がありました。ここはお染久松の物語の舞台の一つで、二人の塚が境内にありました。物語についてはこちらから ⇒ 

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本堂のわきから見晴らし台への道があります。少し歩いただけで見晴らし台へつきましたが、木々に遮られ、十分な眺望を得るには至りませんでした。そこで、さらに上にある野崎城跡を目指すこととしました。

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また急な登り道を苦労しつつ上がり、野崎城跡へやってきました。3月半ばとはいえ、日差しも強くなってきておりもう汗まみれです。上った野崎城跡は開けた高台になっていて、そこからは満足できる眺望が得られました。ここからさらに飯盛山城跡へ向かうトレッキングルートがあるようですが、この日はこれくらいにしといたりました。

2021年3月26日 (金)

懐かしの神戸市電展 まちラボ 3/14

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3月14日は、神戸元町にあるまちラボという施設で開かれていた「懐かしの神戸市電展」を見るために出かけました。三宮から元町の商店街をプラプラ歩いていきましたが、日曜日ということもあってか、人出は以前のように多く、賑わいを見せていました。

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神戸市電に関する展示は、カフェや図書が並んで部屋の一角で行われていました。神戸市電に乗る機会はそれほど多くなかったのですが、多岐にわたる資料が並べられ、興味を持ってみることが出来ました。また、路面電車の行き先表示の中に、満員や故障など、たぶんあまり使われなかったであろう表示があり、面白く拝見しました。

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そして、建物の地下の会場では、明治以降の神戸市中央区の変遷を地図で見ようという展示があるので、こちらへも。これが大当たりで面白かったです。そんな中、2枚目は神戸の本山あたりですが、古代の条里制が今の町割りにそのまま残っている様子です。これらの条里制の跡が神戸の長田や鷹取あたりにも顕著にみられることを知りました。

2021年3月25日 (木)

花がいっぱい美術館 大和文華館

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3月10日はいつもの生駒の野暮用の後、あやめ池にある中野美術館を訪れました。そこから豪勢な住宅街を抜けて歩き、大和文華館へ向かいました。途中、書家の杉岡華邨さんの住居跡とする碑がありました。

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広い敷地の大和文華館、やってくるのはうん十年ぶりかと。坂を上るとおなじみのなまこ壁の建物が見えてきました。現在、「中国青花と染付磁器」と題する特別企画展が開催されています。コロナ禍、平日ということもあり、訪れる人も少なく、静謐な空気が流れる館内でした。

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大和文華館の魅力のひとつに、広い庭園の花々があります。季節も良いので、蝋梅、そして紅梅白梅を交えた景色も楽しめました。館内とともに庭園にもゆったりとした時間が流れていました。

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大和文華館の入り口脇に凛とした雰囲気の建物があります。これは奈良ホテルの旧ラウンジの建物で、大和文華館開設25年を記念して移設されたものです。そこからプラプラ歩いて5分ほどで学園前駅へ出て、そこから帰りました。

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安部龍太郎 平城京 角川文庫/読了・・・・・・・・遣唐使船の船長であった安倍船人という主人公を中心に、平城京を建設していく都の様子を展開したストーリー、さまざまな妨害があったりという、まあ、架空の話しも交えてということでした。舞台は古代の奈良なのですが、話し言葉が現代の言葉使いになっていて、今のドラマを見ている感じがしました。もうすこし、時代の雰囲気を漂わせる工夫があってもよかったかも。話し言葉だけ抽出したら、とても古代の話とは思えないでしょうね。この人、次は読まないですね。

2021年3月24日 (水)

小さな美術館 中野美術館 あやめ池

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3月10日はいつもの生駒の野暮用を終えて近鉄あやめ池駅まで行きました。駅前でランチを取ったのち、南へ歩いて蟇股池の端を渡りその周囲の道を散策します。道端に菜の花が咲いて春らしい風景が広がります。

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その先のまったくの住宅街(とはいうものの豪邸が並ぶ地域ですけれど)の中にある中野美術館を訪れました。以前からここにあるのは知ってたいましたがやってきたのは初めてです。

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中野美術館は、近代日本の絵画を中心とした美術館ですが、その中身はぐっと凝縮されたものでした。展示されている絵画、彫刻の作者のラインナップをみると、すごいです。

ちょっとメモしてきただけでも、これだけ ⇒ 浅井忠、青木繁、萬鉄五郎、岸田劉生、小出楢重、安井曽太郎、藤田嗣治、須田国太郎、そして何と言っても村山槐多が一点ですがありました。彫刻は佐藤忠良、掛け軸に小野竹喬、入江波光、冨田溪仙

2021年3月23日 (火)

近鉄12200系の残像

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近鉄の特急車両12200系が引退してひと月ほどが経過しました。昨年末から今年1月にかけて、それほど積極的ではなかったのですが、それなりにお別れの撮影をしていました。西大寺駅のカフェ、橿原線新ノ口駅近くの陸橋から、そしてたまたま遭遇した橿原神宮駅。

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そんな12200系ですが、解体を前に花園車庫に留置されている姿があります。少し前まで4両編成もあったのですが、先日見た様子では2両編成のみになっていました。この編成が姿を消すのも時間の問題でしょう。

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そんな近鉄特急の残像が近鉄の駅にいくつか残っています。学園前駅にあった使用済み特急券の回収箱にはその色が残っています。また、大和高田駅の特急号車位置掲示にもその色が残っていました。さらに昨日見ていた妄想鉄というテレビでも大井川鉄道で元気に走る16000系が写っていました。そのほか、ひょっとしたら近鉄特急の残像がほかの場所にもあるかもしれませんね。

2021年3月22日 (月)

かぎろひ歴史探訪 撮り鉄編

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3月11日は春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で近鉄松塚駅に集合しましたが、いつものように早めに行って撮影できるようなポイントを探します。まずは近鉄鶴橋駅でやってきたヒノトリを撮影。松塚駅の南側へ出ると手前に菜の花、背景に二上山という春の絶景が展開していました。ちょうどやってきたヒノトリを撮影。

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朝10時の出発までの短い時間でしたが、菜の花と二上山を背景に何本かの列車を撮影できました。列車を待っている間も背中に春の朝日を受けてとても気持ちの良い時間でした。

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逆の東の方向を見ると橋があって、これはこれで昼から順光になれば絵になるところでした。背景に三輪山から連なる奈良の山々が浮かびます。

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この日の解散場所は近鉄田原本線の箸尾駅でした。この駅で待っているとやってきたのは復刻塗装の編成でした。最後にラッキーが待っていましたね。かぎろひ歴史探訪の鉄道編でした。

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田中小実昌 ほろよい味の旅 中公文庫/読了・・・・・・ある意味人生の達人、コミさんの飲んで飲んでのエッセイ集です。自由な生き様のコミさんですが、暑い時期、寒い時期は海外で数か月移住するとか、若いころはテキ屋の子分してたとか、それでいて東大中途退学とか、すごいなぁという幅が広い方でした。本書の中で、たまに真剣な書き方のところがありますが、そこではそうですよねぇと共感できる部分がたっぷり。少し時間が経った後で読み返したい本でした。

2021年3月21日 (日)

兵庫芸術文化センター管弦楽団 特別演奏会

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昨日3月20日は久しぶりコンサート、兵庫芸術文化センター管弦楽団の特別演奏会を聴きました。西宮北口の芸文ホールへも久しぶりにやってきました。まだまだ春の気配はありません。がらんとしたホール前の公園です。

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この日は、もともと準・メルクルが指揮をする予定の演奏会でしたが、コロナの影響もあってカー・チュン・ウォンが振ることになりました。また、チェロも当初はカミーユ・トマというフランス出身の女流チェリストさんが予定されていましたが、これも佐藤晴真さん(2019年ミュンヘン音楽コンクール優勝という稀有な方)に変更になりました。この今、ノリノリの二人の共演とあっては聴きに行かないわけにはいきません。

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演奏されたのは、ドヴォルザークのチェロ協奏曲とベルリオーズの幻想交響曲です。若い二人ですが、協奏曲においてチェロは派手なところはなく、しっかりと音楽と正対した真摯な演奏でした。つい先日、BS-NHKで放送された佐藤さんのバッハと同様、内省的な要素が芯にある音楽でした。カー・チュン・ウォンが支えるオーケストラは色彩を出しながらしっかりと主張していました。

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後半の幻想交響曲、比較的遅いテンポで進められ、一つ一つのフレーズを大切にした音楽が展開されました。それによって、各楽器間での音楽の受け渡しが明確になって、交響曲の骨格がよく見える演奏となりました。ティンパニに4人も配置し(それがオリジナルかどうかと知りませんが)4楽章ではとても効果的になりました。

2021年3月20日 (土)

かぎろひ歴史探訪 百済寺と環濠集落 3/11

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3月11日は今年の奈良歩き、春のかぎろひ歴史探訪の初日で、近鉄の松塚駅を10時に出発しました。まず近くの厳島神社にある絵馬、中国の三国志の一場面のようですが、豪放な絵画の絵馬が掲げられていました。天気がとてもいいです。

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少し歩いて、白木蓮が満開の弥勒寺という小さなお寺に入りました。ここは元々かなりの荒れ寺であったようですが、現住職がずいぶん努力されて復興したとのこと。特にご本尊の弥勒坐像はその価値が見直され、今では国の重要文化財に指定されるまでになっています。これがとても不思議なくらい存在感のあるお方で、思わず頭が下がる感じがします。こういうことこそ、パワーを感じるというのでしょうか。きれいな方でした。この日の訪問をお寺のホームページで紹介していただいてます。⇒ 

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今回は環濠集落を巡る旅で、松塚、藤森、南郷といった環濠集落を歩きました。環濠集落という言葉だけでも、なにやら中世の雰囲気を感じます。惜しむらくは、生活排水が流れ込んでいるのか、今では珍しいくらい水質が悪かったことですね。自治体が下水道か浄化槽の普及など、もっと水質改善に取り組んでほしいところです。

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ほぼ平坦な広陵町を歩いていると、周囲は暖かい日差しと春らしい景色に満たされています。これは梅の木だったでしょうか、枝の中にメジロが遊んでいました。歩くうちに、今回の目的地の一つ、百済寺が見えてきました。森の中にとても形の良い塔が見えます。

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百済寺の三重塔です。鎌倉時代中期の建築で国の重要文化財です。周りには寺の本堂と寺務所、そして敷地全体は春日若宮神社の中にあります。その一角に犬養孝先生の万葉歌碑がありました。

山部宿禰赤人が歌一首
百済野の 萩の古枝に 春待つと 居りしうぐひす 鳴きにけむかも  巻8-1431

百済野の萩の古枝で春を待っていた鶯はもう鳴きはじめたでしょうか

2021年3月19日 (金)

四条畷から寝屋川の魅力的な古墳へ 3/7

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四条畷歴史民俗資料館を訪ねた3月7日、その後東高野街道を歩いて、同じ四条畷市内にある忍岡神社へやってきました。ここにある竪穴式石室を持つ忍岡古墳への再訪です。神社の境内にある古墳は建屋の中に保存されているので、とても状態の良い石室を見ることが出来ます。この神社は大阪夏の陣で、2代将軍秀忠が陣を張ったところです。ここからまっすく西の方向に大阪城があり、眺望のよいところです。

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忍岡神社から歩いて寝屋川へ向かいます。その途中、谷を形成する細い流れを渡りました。この川が讃良川です。もうお分かりの方もおられるでしょうが、鸕野讃良皇女(うののさららのひめみこ)、のちの持統天皇にかかわる地名が出てきました。この付近にあった讃良寺と合わせて何らかの関係があったと推測されています。古代ロマンを掻き立てる地名です。

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寝屋川市内へ入り、以前にもやってきた高良神社の裏山にある石宝殿古墳への再訪です。大きな石をくり抜くというとてつもない力技で作り上げた横口式石槨があらわになっています。同じ形式の古墳として有名なのは、飛鳥にある鬼の雪隠、鬼の俎板ですね。ほかにもう一例あるだけのきわめて珍しい石室です。当時のまま現地で現存しているのはこれだけになります。この日もよく歩きました。

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葉室麟 天翔ける 角川文庫/読了・・・・・・幕末の四賢候のひとりで、幕府でも新政府でも重要な位置を占めた福井藩主の松平春嶽の生涯を描いた作品。時代に翻弄されていく中で、やはり徳川の名門として日本全体をどのように導いていくかという姿勢が感動的につづられています。幕末、維新の本を読んでいると必ず登場する松平春嶽ですが、今回は本人の人生を中心に時代を眺めることが出来ました。

2021年3月18日 (木)

四条畷市立歴史民俗資料館へ 3/7

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3月7日は好天に誘われ、JR東西線に乗って四条畷まで行ってきました。生駒山地の西側には遺跡が連続して存在し、今まで、寝屋川市から八尾市に至る範囲をいろいろと歩いていますが、四条畷市は未訪問の地域でした。この町を通る東高野街道を歩いていくと、その街道沿いに四条畷市立歴史民俗資料館があります。

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四条畷という地域は河内湖の東方にあたり、古代から山沿いに人々が住み始め、多くの遺物が発掘されています。その一つとして弥生時代の木棺があります。これはとても保存状態が良いものが出土しています。とても2000年も前のものとは思えませんでした。また、馬の親子の埴輪があり、しかも子供の馬の埴輪はこれだけという珍しいものです。

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歴史民俗資料館ということで、時代ごとの遺物が展示されていますが、素晴らしいのは、背景となる当時の人々の様子を示した絵画を、ここの資料館の方がすべて描いたということです。それは出土物が絵画の中にも示され、とても思いのこもった丁寧な作品です。これを見ているだけでほのぼのとした気分になりました。

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展示室の一角にキリシタンに関する資料がありました。これはこのあたりを治めていた田原城主の菩提寺である千光寺跡から出土したもので、天正9年(1581年)の刻みこみがあり、キリシタン墓碑としては日本最古のものだそうです。周辺のジオラマを見ると、かつては多くの古墳群があったようですが、住宅地化した今では数えるほどしか残っていない模様です。

2021年3月17日 (水)

奈良歩き 奈良きたまち界隈 佐保川の河津桜も 3/3

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3月3日は、いつもの生駒での野暮用を終えて奈良国立博物館を訪れたのち、奈良きたまち界隈を散策していました。元奉行所跡にたてられた奈良女子大学の瀟洒な南門です。時代の香りがする門ですね。そして、歩いていると茶道発祥の地という碑がありました。古の都、奈良の風情が漂います。

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佐保川の近くまでやってきました。もう何回も来ていますが、大仏鉄道という明治時代に奈良と加茂を結んでいた鉄道の大仏駅跡にできた公園です。佐保川沿いに歩くと、犬養孝先生の万葉歌碑があります。「打ち上る 佐保の川原の 青柳は 今は春べと なりにけるかも」

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この時期、佐保川は両岸は河津桜が満開を迎えていました。濃いピンク色の花が川岸を埋め尽くしていて、とてもきれいです。

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この佐保川の桜、ソメイヨシノがほとんどですが、幕末の奈良奉行、川路聖謨(かわじとしあきら)が奈良へ着任後に施策で植樹したもので、150年後の今日も市民の憩いの場を提供しています。

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佐保川を横切る奈良線に差し掛かると踏切が鳴り出しました。しばらく待っていると奈良線に唯一残る103系4両編成でやってきました。原形に近い103系の最後の姿です。奈良歩きで運を授かりました。

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半藤一利 歴史探偵 忘れ残りの記 文春新書/読了・・・・・・・・昭和史の語り部の著者、この1月に亡くなられてしまいました。何冊も今まで著書を読んでいますが、戦争への怒りやその後の日本のあり方に警鐘を鳴らしておられました。今回は昭和への懐かしみ、会社があった銀座への惜別などがつづられています。日本語の言葉へのきっちりとした見識が示されている、今では貴重な文章を味わいました。

2021年3月16日 (火)

奈良歩き 奈良国立博物館へ

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3月3日はいつもの生駒の野暮用を終えて奈良へ出ました。お昼はもう何回も利用している近鉄奈良駅南5分ほどの三条通交差点近くにある「じゅん平」です。この日はミックスフライ定食としました。三点の前菜に続き、大振りエビフライのほか、カキフライ、ポークフィレフライにサラダ、みそ汁が並びます。

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舌も胃袋も満足したので、プラプラと奈良まちを歩きます。じゅん平から少し南へ下がり、路地へ潜り込みます。くねくねとした見るからに歴史のある道を抜けると墨で有名な古梅園の大きな屋敷(本当に大きく広い)の前に出ます。さらに進むと最近テレビでよく紹介される草鍋のお店でがありました。

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興福寺の境内へ抜けてきました。観光客も修学旅行生もほとんど見られない静かな境内は、もともとはそうもありなんとする静謐に満たされています。キャンキャンとした言葉で満たされていたことがずいぶん昔のことのように思います。ここは、これからもこうであってほしいなぁと、コロナの影響も本当は大変なんでしょうけれど。

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陽だまりに、言葉そのままに鹿が溜まり込んでいました。彼ら、彼女らもうらうらとした春の日のもと、今までなら鹿せんべいを求めていたはずなのに、今ではすることもないし、なるべく体力を使わないようにしているものかと。

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広い奈良公園を歩いて奈良国立博物館へやってきました。ちょうどその時期になるお水取りに関する展示の他、この奈良国立博物館の建物、今の仏像館の建設にかかる資料を見ることが出来ました。また、仏像館では、吉野の金剛峰寺の仁王門の修理の関係で、吉野の仁王さんが出張してきています。その迫力を間近で見ることが出来、大満足でした。出張期間は数年に及ぶようです。これはもう単身赴任かも。二人いるから単身ではないですが。

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安部龍太郎 日本はこうしてつくられた 大和を都に選んだ古代王権の謎 小学館/読了・・・・・・・カラー版でとてもきれいな本だったこともあり手に取りました。中身は奈良から始まり、半島を巡り古代を考えるもの。丹後半島、島根半島、国東半島、紀伊半島、房総半島をめぐり、半島という地形から古代を考えるという視点が新鮮でした。面白くさらっと読みましたが、古代王権の謎というほど深く切り込んだ内容ではなかったです。一度、このひとの本を読んでみないとどういう作家なのかわからないかも。

2021年3月15日 (月)

浮世絵展・後半へ 明治三陸地震のこと

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数年前に納屋から見つかった豊原国周(くにちか)の浮世絵と、その裏打ちに使われていた新聞に書かれていた明治三陸地震の記事を、3月3日から大阪、阿波座の音響珈琲「長楽庵」で公開しています。公開は3月28日まで。

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既に多くの方にご覧いただいていますが、庵の中の展示の様子はこのようなものです。浮世絵それぞれに、その由来、書かれている人物についてなどの説明を付けています。歌舞伎の役者絵、西南戦争勝利の宴、宝井其角と傾城きちょうの浮世絵です。

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明治三陸地震の新聞は別に額に入れて展示しています。また、そのままでは読みづらいので、現代語に訳した文章を合わせて展示しています。少し長くなりますが、その現代語訳をここに載せておきます。時間があるときにじっくり読んでいただければと思います。前半は記者が遠野から釜石へ馬で峠越えしていく様子、後半は釜石での聞き取りの記事です。

明治三陸地震 明治二十九年六月十五日午後七時三十二分三十秒発生

大阪毎日新聞 明治二十九年六月二十九日月曜日の記事 現代訳

惨雨凄風 (二)  釜石にて  六月二十二日午後 綠岡生

今朝早く、同じ宿屋の外国人記者はまだ出発していない時刻に自分は馬にまたがって遠野を出発した。夜中の雨は全くあがったけれど、先の分け行く山々を見るといくつもの白い雲が山の裾を巡っていて黒い雲は山頂を覆っている。馬は幾度も渓流を渡り、ひづめを岩に当て、あるいは脛を泥に埋まりながらもなんとか山を越え有名な仙人峠の嶮にかかった。遠野より米を釜石へ運ぶ馬を追い越し、峠の最高峰に至って遠望すると遠く太平洋の水平線を見ることが出来た。この海洋の水が釜石の悲劇をもたらしたかと想像すると、峠を下るときは馬から降り、徒歩で大橋を着いたのは十一時を過ぎた頃であった。

大橋で昼食をとりながら津波の日の夜のことを聞くと、夜八時ころに異常な物音があった。数十挺の馬車(大橋と釜石の間には小さな鉄道馬車がある)が警笛を鳴らさないで一時にやってきたかのようであった。人々はおおいに警戒したが特に変わったこともなかったのでその夜はそのまま過ごしたが、明朝、釜石全市が流失したとの報告があった。しかし、人夫がどのくらい必要なのかもわからず、それ以降米はことごとく釜石へ届けられ今やこのあたりに良いコメは残っていない。今日の昼食も粗末だったのはその為であった。逆に釜石からの魚が当地にやってこず、釜石の惨禍は釜石一帯だけのものではなく、その影響は当地においても蒙らなければならないものである。まことにそのとおりであり、自分は昨夜、遠野においてもこれと同様の嘆きを聞いている。それは、山間の僻地への魚の供給を失うとその不便も察するべきであると。

大橋から鉄道馬車に乗って釜石鉄工場のところまで来た。時刻は二時、大橋から三里あまりのところである。この鉱山下にある旅館は一軒のみで、釜石市全体が壊滅していると聞いていたものだから、遠くて不変ではあるがこの旅館を通信の拠点としようと思い、問尋ねると客室は満室であると謝絶されたのである。仕方がないのでこの旅館に頼んで荷物持ちを雇い、被害地へ向かうこととした。歩きながら荷物持ちの人夫に災禍のことを聞くと、この一家は難を逃れることが出来たとのことである。しかし、生きた心地はせず、顔面蒼白、憔悴しきった様子で、語ろうにも涙が止まらない。自分も凄然として気持ちになった。背中のものは何かと問うと、田舎よりコメをもらってきたという。いかに被害地が困難な状態なのかを知ることができる。このようにして語りつつ、被害地の釜石へ到着した。

釜石は南閉伊郡の東南海岸にあり、太平洋の沿岸ではないが、深く湾入したその先端部にあり、四方を山に囲まれた地形である。したがって、平常時は決して波浪の被害を受けるところではないのだが、今回の大津波は無残にも釜石を無くならせてしまったのだと思った。

今日、ここにきて実際の状況を見ると、周りの四つの山々は緑がうっそうとして立派な様子を見せているものの、市街地の様子はどこへ行ってしまったのだろうか、家屋も立木もなく、あたかも大洪水の後のような景観である。ゴミやがれき、藁くず等があちらこちらに散らばっているだけで、水田には苗の一本も残っていない。泥を押し流し、また抉り取り、陸田には斃れた麦、稗の姿は見えるけれど、やはり水田同様大きく土を抉り取られている。田や畑には半壊または全壊した家の残骸、木材が散らばっている。西洋型の船は無事な姿であるが高台や山の手に打ち上げられている。山麓に近いところへ行けばわずかに家が残っているものの、広々とした場所ではあたかも火事の後のように木材が縦横に散らばっていて、家の形をしているものはなく、通路も歩くことはできそうにない。残っていた木も枯れ始めており、倒れている木はまるで落雷にでもあったかのように表皮がかきむしられ、枝がもぎ取られていた。平地にある土蔵は壁を失い、山の手の土蔵は大きく傾斜している。山の手に材木が流されているところがあり、家屋とともに山積みになっている。人々がこれを解体しようとしているが、なかなか困難なようである。家々の礎石はあるものの建物はなく、大きな籠に入れて惹かれているものがあったので負傷者かと思ったら死体であった。人夫が多く出ているが、在住の人の姿が少ないのは、その死者の多さを物語っている。何とか助かったものは、町役場と小学校と石應寺のほかは山手の民家のみにいるようだ。町役場に行くと、町長、警察署長そのほか町役場職員、警察官が居り、非常に忙しく働いていた。自分で訪れるとおおいに遠来の感謝を述べ、詳しく今日までの状況を語って知らせてくれた。今日それまでの調査で聞いたことを記す。

 従来の戸数 千百五戸  流失建物 九百八十九戸

 従来の人口 六千五百二十九人 死亡人口 四千四十一人

無事に存在している家屋はいったいいくらあるのだろうか。無事に生存している人は何人いるのだろうか。この流失家屋の価格は実に二十四萬五千八百十八圓である。生存している人のうち、負傷者は六百三十六人である。しかし、生存者中千五百七十七人は救助隊であり、これから救助が必要な人が七十六人である。まったく無事であったひとはわずか七人しかいないのではないだろうか。被害の額はこれにとどまらずさらに左にあるとおりである。

 家畜死亡  八〇頭    代償三二〇〇圓

 農地流失  二二五丁五反 代償十万八百四十五圓

 生糸の損失 二百三十二丁 代償九千六百七十圓

 船舶    二百四十八隻 代償一万九千三百二圓

釜石一市ですでに四千人以上が亡くなり、なおかつ三十八萬圓を失う大惨事である。釜石は全く滅びてしまったというべきである。生存者の不幸とこれからの苦労、世の人はこれをよく知りなさい。自分はさらに詳細に知らせることとしよう。

(記者、綠岡渡邊氏は現在山田町にいて釜石の惨状の第二報並びに山田大槌等の悲劇は十数葉の電報と共に本社に届けた。それによるとてつもない惨状は今日以降の紙上にあげてお知らせしますのでよくご周知ください。)

海嘯(津波のこと)に関する情報

◎同じ花嫁花婿に幸いと不幸あり

 津波の当日は陰暦端午の佳節にあたり、土地の慣例として花嫁花婿はいずれも今日をハレと着飾り各々その実家に帰って来ることになっていた。ここに最も不幸なものは海浜より山中に嫁いだ者で、新夫婦山中を出て海浜の実家挨拶に行ったときに、図らずもこの惨禍に遭って帰らぬ旅路になってしまった。逆に、幸いなるものは、山中より海辺に嫁いた者が当日山中の実家に挨拶に行ったことで、海のもくずとなって死ぬところを里帰りしていたばかりに新夫婦は夢を見ながら温かい一夜を過ごせたものである。なんと思わぬところに幸いと不幸が伏してあるものだろうか。

◎郵便物の流失について

 被害地各郵便局の流失郵便物はいかなる種類においても、いくつ流失したかは郵便局関係者においてもいまだ詳細な調査を行うことが出来ていない。陸前の小白浜郵便局のように損害の大きなところもある。

◎ひと網五十余人

 死体捜索のため、岩手県気仙郡廣田村の沖へ網をおろしたところ、五十余りの死体がかかった。あまりに重いので、そのまま引き上げることもできなかった。そのため、半分ずつに分けて陸にあげた。

◎入浴中の婦人

 津波の当日の夜、据え風呂(大きな桶の下にかまどを取り付けた風呂)に入っていた婦人があり、「アナヤ」と言う間もなく波にさらわれてしまった。しかし、幸いにも小丘に打ち上げられ一命が助けられた。婦人は志津川唐桑の旅人宿の妻である。

◎分娩後三分と経たぬ婦人

 岩手県廣田村佐藤某さんの妻は男子を出産してまだ三分しか経っていない時に波にさらわれたが、どうにかして岸に這い上がって一命を繋ぎ止めることが出来た。

◎魚を得てその代わりに妻子を失う

 岩手県気仙郡の漁師某はその夜に漁船に乗って沖合はるかに漕ぎ出して網を下しているとマグロを八尾も獲ることが出来た。この稀有な成果を妻子に見せようと勇んで家に帰ったものの、自分の住んでいた家のあたりは河原に変わってしまっていて愛する妻子の姿を見ることもできなかった。

◎吐瀉病

 宮城県志津川あたりに最近次々と吐き気を催す病気および腸チフスの患者が発生し、二十四日は八名の患者があり、なお蔓延する兆しがある

◎師団よりわらじ

 宮城県では、被害地における人夫用のわらじを第二師団に請願したところ、師団は快く応じて早急に一万足のわらじを提供した。

◎一個の握り飯 値段が五圓

 田の浜あたりでは、お金はあるけれど食べ物がないため、三個の握り飯を十五円で商売しようとする者があった。天地開闢以来の高い値段であるけれど、売り手のほうはまだ値段に不服があるような顔をしていた。

◎芸妓木の枝に留まって助けを乞う

 鍬ヶ崎に太郎兵衛屋という家があり、二十トン積みの帆舞船を新造した祝いに第九その他の関係者を招いていており、お酌のために四名の芸妓も併せて呼んでいた。祝いの式までまだ時間があったので、芸妓たちは近くの浜へ出て歩いているところに一人の芸妓が鼻緒を切ってしまい、そこに残っていたところを大波にのまれた。波はこの芸妓を山上に打ち上げ、芸妓は木の枝にしがみついて助けを呼んで一命を取り留めた。ほかの三人の芸妓の行方はわかっていない。

◎叱るべし横着者

 箪笥などの漂流物を拾って破壊し金属類や衣類を奪い取るものが少なからずいるという。奴らは何と叱ってもよい横着者である。

◎一足のわらじ

 一側のわらじを四銭で買えるとすると、先ほどの一個五圓の握り飯の相場に比べたらむしろ安いものと思える。

◎わずかに孫一人を余す

 大槌の越田林兵衛は一家十人の家族であったが九人が亡くなってしまった。一人生き残ったのは、運強く蓬莱嶋に押し流され、助け舟に救われた孫である。

◎青麦を食らう

 大槌の北四キロほど行ったところにある船越一村は九分通り今回の災禍に遭い、生き残った村民は一粒の米、一滴の油、一握りの塩を得ることもできない事態になり、わずかに青麦を食べながら一縷の命脈を保っているとのことでとてもひどい状況である。

◎田の浜全滅

 田の浜または大槌の北にあるある漁村では、村全部が流失する惨状となり、ひと一人、すべてのものを余さず赤土の地面となってしまった。

◎二回目の津波、多く惨死者を出す

 最初の津波で一旦逃げることが出来たものは、そのこどもを救い、家財道具を取り出そうとして家に引き返していたが、二回目の津波が押し寄せてきて、今度は逃げることもできずに波に流されてしまいその多くが助からなかった。

◎全滅の家族

 一家のうち一人も残さず海水に飲まれたものは、宮古町字川向井だけでも二十三戸に及ぶ。

五十余人の家族、ひとりを残すのみとなる

  宮古町の田村平五郎という一家五十人の大家の人たちはわずかに一人を残してことごとく亡くなってしまった。

◎憐れなる巡査

 気仙の末崎駐在所勤務の山口巡査は、自身が負傷しながらも一命だけは助かりましたが、父母妻子を喪ってしまいました。最近は、負傷した身ではあるものの、半狂乱の様子で巡査の服を着たまま、頬かむりをして大きな風呂敷と握り飯を持って日々海村を巡視し一家の死体を探すのに余念がないとのことです。

◎老婆の心情

 沿岸にすむ人々の中には、ほとんど絶望して心を失った者もいて、何を言ってもそれを応じないものも多くいる。老婆の中には地面に座って鐘を打ち鳴らして海に向かって念仏を唱える者がいる。

◎小児 死したる娘に抱かれて眠る

 津波から三日が経って、岩手県気仙郡米崎の田の中に堆積した海藻をかきのけていると、一人小児が十四、五歳の娘に抱かれて眠っているのが発見された。娘はすでに亡くなっていたが、小児はかすかに息があり、種々の手当てを施した結果やがて全快したという。

◎稲田の中に家屋の山

 本吉郡清水浜近辺では、津波によって破壊された家屋が今でも田の中に累々と折り重なって山をなしており、道路も跡形もなくなっている。そのため通行人は田の中の屋根の上を通っていくしか仕方がない。

◎津波と貯金

 三陸地方の津波によって一家が全滅した場合でも、この方々の貯金とどのようになるのかという点について、十年間は据え置いておき、その間に請求がないときは利子を停止する。二十年間を経過してなお請求がない場合は国が没収するものとする。なお、被害地の預入者と預入金額は左のとおりである。

 本年三月三十一日現在

 預かり人 二千四百二十五人

 預金高  五萬四千三百八十七圓七十六銭四厘

◎津波被害地人民救済方法

 救済方法はいろいろあるがさしあたり、頼りを失った年少の男女は関西の工場地帯へ移して職工となるよう勧めるのが双方にとって都合がよいのではないだろうか。現に関西地方では、各工場とも職工が不足していて拡張はもとより従来のように事業を維持することさえはなはだ困難となっている。さらに各工場間で職工の奪いあいをするなど大騒動を引き起こし  .ている。したがって、これを機会に多くの職工を供給することにおいては、事業者は事業の拡張に着手できることであろう。世間においても職工の保護の必要性が認められているので、職工の将来も有望なものと思われる。被害地の頼りを失った年少の男女を関西に移して工業上の生計の途を得させることは目下の急務であると、工業事業者は語った。

2021年3月14日 (日)

西国街道から笹倉鉄平ちいさな絵画館へ 2/27

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2月27日はさくら夙川駅から越水城跡を経て廣田神社を訪れました。さらに西国街道を歩いていくと、笹倉鉄平ちいさな絵画館の看板がありました。その存在は知っていましたが、確かな場所はうろ覚えのままでした。西宮市能登町にあったのですね。以前、大きな書店が開いていた場所の一角です。

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絵画館の建物は、外から見ると普通の民家のような感じで、凝った意匠がないだけとてもすっきりとした印象です。北側に小さな庭と入り口がありました。隣接して駐車場もありました。

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ちょうど笹倉鉄平の画業30年を記念する展覧会が開催中で、これはもう入ってみるしかありません。館内は撮影できませんでしたが、建物同様、すっきりとした繊細な光の世界を表現した作品が並んでいました。また、椅子、テーブルが置かれていて、そこでまったりとした時間を過ごすこともできるようです。街中に見つけたとても素敵な空間でした。

2021年3月13日 (土)

廣田神社から西国街道へ 2/27

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2月27日はJRさくら夙川駅から戦国時代の古城、越水城跡を探りながら歩いたのち、その東方にある廣田神社を訪れました。廣田神社は平安時代に畿内にある主要な神社をまとめた制度で指定された二十二社のひとつで、上中下とあるなかでは残念ながら下八社の区分ですが、兵庫では唯一、京都、奈良以外では、伊勢は別としても大阪の住吉大社、滋賀の日吉神社と廣田神社だけです。

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廣田神社の境内にはいろいろな神社が合わさって祀られています。松尾神社や春日神社、八坂神社も仲良く並んでいます。境内には御神水(おしんすい)と呼ばれる湧水があります。阪神淡路大震災の時は、この近所に住んでいたものですから、この水が大変役に立ちました。また、廣田神社の森はかなり広い面積があり、多くの野鳥がやってきますので四季を通じて散策を楽しむことが出来ます。

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廣田神社を出て、このあたりを通る旧道である西国街道を歩いていきます。すぐに突き当たるのが新池です。灌漑用の大きな池です。アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」では、ハルヒの発案でこの池の周りを舞台に仲間たちによる映画撮影が行われていました。池の向こうに見えるのは市立西宮高校です。

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その新池の南側にある岡の中に具足塚古墳があります。しかし、付近は民有地で立ち入ることができません。市で用地買収されたとのことで今後整備されて公開されることを期待しましょう。でも、民有地に囲まれてしまってるって、手遅れ感満載なんだけど。さらに西国街道に沿って歩きます。

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木村銀次郎 大相撲と鉄道 きっぷも座席も行司が仕切る!? 交通新聞社新書/読了・・・・・・・・現役の行事が鉄道と大相撲にまつわる話を知らせてくれる稀有な一冊です。この方、行事にして鉄道ファンなのですね。しかも、お相撲さんの移動にかかる相撲列車の手配もする辣腕仕切り屋さんなのでした。この行司さんでなければ聞けない話しが満載で、大変興味深く読みました。相撲ファン、鉄道ファン必読の一冊ですね。

 

2021年3月12日 (金)

越水城跡を歩く その2 2/27

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2月27日は西宮市にある中世から戦国時代にかけて存在した越水城跡を訪ねました。地形としては平地から急に立ち上がった岡という感じです。そして、その東の面は思っていたよりも急な崖になっていることを実感した次第です。

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その東の面に沿って歩いていきます。崖の東端にやってきました。崖下にも住宅がびっしりと立ち並んでいますが、崖の高さは2階屋根よりもまだ高いくらいの段差があります。その間の細い道を下りていきました。その急な坂道はこの崖が要害の守りとなっていたことを感じさせます。

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実はこの越水城は史上初めて天守が作られたのではないかと言われている城なのです。その天守があったと考えられている場所には大きなマンションが建っていました。たぶんとても見晴らしがよいのではないでしょうか。その付近の道からも生駒山などを遠望できました。そして、広い道まで歩いて出てみると、そのあたり地名は城山となっていました。

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さて、岡の上のお城というと問題になってくるのが水の確保ですが、この越水という地域には昔からこんこんと湧き出す小さな泉が今も現存しています。東側の崖、その東端に泉はあります。今は覆い屋が立っていてその水を汲むことはできませんが、今も水は湧き出しています。だから越水⇒小清水と言われているのかもしれませんね。

2021年3月11日 (木)

越水城跡を歩く その1 2/27

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2月27日は好天に誘われまJRさくら夙川駅までやってきました。ここから阪急神戸線まで歩き少し東側へ行くと少し小高いところに西田公園があります。ここが戦国期の越水城の南端にあたるところです。公園の登り口から上がっていきます。坂道の両側に石垣がありますが、これらは新しく作られたもので当時のものではありません。というか、当時石垣を作るというのは稀でしたから、たぶんここには土塁があるだけで石垣はなかったのでしょう。

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当時の越水城を描いた地図と現在の航空写真です。城址の左側、西側は現在の万葉苑筋という道路にあたります。右側、東側の道はくねくねとして一本の道筋とはなっていません。航空写真の中央の白い部分は西宮市立大社小学校です。城跡は完全に住宅街となっていることが分かります。

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最初に入った西田公園には、万葉学者の犬養孝先生の万葉歌碑があります。

「春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ少女」(はるのその くれないにおう もものはな したてるみちに いでたつおとめ)

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西田公園から城域の中央部の尾根を進んで北上していきます。城跡の雰囲気はまったくありませんが、この道の左右へなだらかに下っているため当時も城域の大手道となっていたのではないでしょうか。その突き当りにある小学校のわきに越水城跡の碑があります。この城の由来が書かれた銅板があります。少し長いですが、こんな内容です。

「目の前の小高い丘は観応2(1351)年、足利尊氏と弟直義が戦った小清水の陣所跡で、瓦林正頼は永正13(1516)年、ここに越水城を築城しました。その広さは南北約200m・東西約100mで小清水城あるいは腰水城といわれていました。ここは西国街道の要衝で、城にかかせぬ水にも恵まれた築城の適地でした。
 応仁の乱に始まる戦国時代初期、城主正頼は細川氏の内紛に高国方につき、西国より京にのぼる澄元を迎えうって敗れ、その上、澄元に内通したとして切腹、死後澄元の家臣三好氏が入城しました。天文2(1533)年には瓦林と一向一揆が三好を攻めて城をうばい返し、瓦林の一族が城を守りますが、さらに攻防が繰り返されて、ついには畿内の覇者三好長慶の居城となり、彼は家臣松永久秀を京に止めて越水城で指揮をとりました。
 永禄9(1566)年、時の城主四国阿波の篠原長房は瓦林三河守に攻められ、一旦開城しますが、4日後に復活、9月には足利義親が入城しましたが、11年に織田信長の入洛により、越水城の戦略的価値が消えました。」

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鼠入昌史 相鉄はなぜかっこよくなったのか あの手この手の企画力 交通新聞社新書/読了・・・・・・大手私鉄というものがあり、相鉄がその中に入ったときは、いよいよ大きくなってきたものだなあと感慨があったものですが、その相鉄が東京乗り入れを果たして、いよいよこれから発展していくことでしょう。そういうことは知っていましたが、相鉄の歴史とか、発展の過程とかは全く知らなかったのでとても興味深く読みました。相鉄の発展というと、どうしても早世された鉄道のお仲間を思ってしまうので、彼がいたら今の状況をどう感じるのか、そういうことを考えながら読み通しました。

2021年3月10日 (水)

さくら夙川駅界隈散歩 2/27

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2月27日は、清々しい好天に誘われさくら夙川駅まで出かけました。歩いた目的は別にあるのですが、このあたりはおしゃれなお店がいくつもあってただ歩くだけでも気持ちの良いところです。JR線から阪急神戸線までいくと、その高架ガードに沿ってハイセンスなお店が並んでいます。カフェとケーキ屋さんでしょうか。

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それらのお店が並ぶ一角に、一つのパン屋さんがあります。このパン屋さんは実はそんじょそこらのパン屋さんとパン屋さんが違うのです。パンの国際コンクールに日本代表として出場し優勝をかっさらってくるパン屋さんなのです。久しぶりなので、いくつか買って帰りました。パンとかケーキとかは、平成の時代、25年間もこのあたりに住んでいたのでしたが鍛えられていますが、さすがの味わいでした。

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更にいろいろ歩いて、かつて住んでいた界隈へやってきました。以前は家から歩いて5分圏内に5軒ものケーキ屋さんが林立するケーキ激戦区でしたが、その中で子供たちの舌が選んだのがこの小さなお店です。また、その近くにある懐かしいバタークリームを使ったケーキを売るお店も健在でした。

2021年3月 9日 (火)

奈良のじゅん平から広重の浮世絵「名所江戸百景」 2/24

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先月2月24日は、いつもの生駒での野暮用へ。それが大阪-天満間での異常音感知の為、大阪駅で30分ほどの足止めをを食らいました。さらに鶴橋駅では目の前でがら空きの快速急行が発車してしまい、急きょ、鶴橋-生駒間を奈良行の特急を利用することとしました。わずか14分の特急乗車に520円、泣きました。

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なぜそんなに急いで生駒行きを焦ったかというと、お昼から奈良歩きの方々との会食があったからです。近鉄奈良駅の行基さん前で待ち合わせ、奈良の三条通とやすらぎの道との交差点近くにあるじゅん平へ移動します。

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何を頼んだか?、奈良らしく大和肉鶏のあぶりをメインとしたランチにしました。まずホタルイカの酢味噌和え、出し巻、茄子のお浸しが出て、シャキシャキのサラダが続きます。メインの大和肉鶏は香ばしい香りとともにその歯ごたえ、旨味を味わいました。

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食後は奈良県立美術館へ向かい、広重の名所江戸百景と題した展覧会を見ます。先に一度これを見ていますが、途中で一部の作品の入替があったので、その後の作品も見たかったのです。しかも、高齢者は無料で見ることが出来るのでお得でしたしね。

2021年3月 8日 (月)

神戸アンサンブルソロイスツ第35回定期演奏会

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先月、2月28日は昼から尼崎のアルカイックホールで行われた神戸アンサンブルソロイスツの第35回定期演奏会を聴きました。アルカイックホールも久しぶりのことになります。当然、手指の消毒、検温を経て、座席ナンバーを自分で記入して帰りに投函するという一連の作業をしています。

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この日の指揮は、平林遼という今年33歳の若手の方。このオケと以前にリハーサルを行い、オケ側がすっかり惚れ込んでしまったという指揮者さんです。主に関東で活躍されているとのことで、関西初お目見えです。

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この日はドヴォルザークの交響曲第8番、チャイコフスキーの交響曲第5番という重量級の楽曲が2曲です。演奏はいずれもエネルギッシュなもので、平林さんがオーケストラに魔法の粉をかけていくと、オケがだんだん乗ってきて、決して上手いとうなるほどのレベルではない(と思っているのですが、失礼)このオケが、分厚い整ったアンサンブルに代わり、ホールを揺るがすほどの響きを生んだのには舌を巻きました。

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神戸アンサンブルソロイスツの演奏会の愉しみはもう一つ。団員某氏がいつもまとめておられる演奏聴き比べの小冊子です。今回はチャイコフスキーの5番の聞き比べで、メンゲルベルクからムラヴィンスキー、コパケン、カラヤンなどなど。これも大変興味深く読みました。そんな中、クルツとあるので、エフレム・クルツのことかと思ったら別の指揮者、ジークフリート・クルツでした。まったく聞いたこともなかった指揮者ですが、ドレスデンの重鎮という経歴のすごさからNAXOSのサイトから聞いてみました。それはそれはとてもしなやかな演奏で魅了されました。

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山本功次 開化鉄道探偵 創元推理文庫/読了・・・・明治12年、京都から大津へ抜けるトンネル工事、この工事は外国人技師の手を借りずに日本人だけで施工した、当時としては画期的な土木工事でした。その工事現場を舞台にして殺人事件を解決していく探偵が登場します。もともと、ミステリーの謎ときにはあまり関心がないので、背景となる現場の雰囲気を楽しんで読み通しました。

2021年3月 7日 (日)

相愛オーケストラ第75回定期演奏会

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昨日3月6日は、大阪南港のポートタウン東駅で下車し、相愛大学へ向かいました。昔の言葉でいうならば新交通システム、ポートライナーは新しい車両に入れ替わり、とてもユニークな車両が走っています。相愛大学があるあたりも、何十年かのうちにすっかり森が形成されました。

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相愛大学の南港ホールです。パイプオルガンが備えられていて、内部は教会風のイメージでしょうか。浄土真宗系列の大学なのにね。

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さて、昨日はクレストンのマリンバ協奏曲、マリンバの協奏曲って珍しいですね。以前に一度聞いた記憶があるくらいで滅多に聞くことができません。そして、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲とビゼーの交響曲ハ長調が演奏されました。音楽大学の学生ばかりのオーケストラ、上手くないはずがありません。指揮は、円光寺雅彦さん、一流の指揮者さんが振られました。

2021年3月 6日 (土)

塩屋から滝の茶屋へ 2/21

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2月21日は、須磨から歩き始め、お昼を塩屋でとって、またそこから歩き始めました。グッゲンハイム邸脇のおなじみの踏切で山陽電車を待ちました。

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このあたりは山が迫ってきているので、補強のための石垣が続きます。海からの光を浴びて、電車も光ってるかのように映えます。

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どうしても海を入れて撮りたいものですから、少し戻って撮影場所を探しました。遠くに須磨の海釣り公園の塔屋が見えますが、少し前の台風で設備が傷んでしまって今は閉鎖されてしまっています。

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歩くうちに、風見鶏を屋根の上に掲げる異人館を見つけました。崖の上にあるのでとても景色はいいでしょうね。滝の茶屋駅の近くまで来ました。ここでも海を背景として撮影します。

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最後は滝の茶屋駅で一枚撮影し、須磨駅まで移動。ここで山陽からJRに乗り換えて帰宅しました。須磨から滝の茶屋、これだけ歩いても10キロには満たない歩行距離でした。

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中谷美紀 オーストリア滞在記 幻冬舎文庫/読了・・・・・・ウィーンフィルのヴィオラ奏者と結婚した女優の中谷美紀が、昨年の5月から7月にかけて毎日書き留めた日記です。ザルツブルグの郊外に住み、ときどきウィーンに出かけたりと、コロナの中にあっても慎重な生活を過ごす中で、とても上質な時間が流れる様子が伝わります。日本とヨーロッパの文化の違いも垣間見え、大変興味深く読みました。ドイツ語の習熟に励んでおられるようで、それはそれで大変な苦労だと思います。

ただ、もう日本語の使い方がおかしくなってきているようで、「・・・にて」という言葉を随所に多用していて、文章の流れが止まってしまいます。・・のために、・・・で、・・・において、・・・・だから、などをすべて「・・・・にて」という言葉にしてしまうので、いちいち読み返さなくてはなりませんでした。編集部で推敲しなかったのかなぁ?

2021年3月 5日 (金)

塩屋散歩 2/21

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2月21日は須磨から歩き始め、山陽電車の沿線を塩屋までやってきました。駅手前の陸橋からはジェームス山に寄り添う異人館がいくつも見えます。陽光を浴びてその色彩が映えています。

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さて、塩屋についたころがお昼時だったので、早速ランチが出来るところを探してみました。まず目に入ったのは、蕎麦とパンを提供してくれる「SOBAR」というお店でした。人通りがそれほど多くないと思われる塩屋の町ですが、このお店ではすでに蕎麦は売り切れ、パンも少ししか残っていませんでした。

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少し歩くと、クラシック&ジャズを聴くことができるカフェがあり、食べ物の持ち込みが出来るとあるではないですか。早速近くにあったドリアをテイクアウトできるお店を見つけるも、既に売り切れ。どうなっているんでしょうね?、塩屋の町という感じです。

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仕方なくさらに歩くと、ようやく空いているカレーのお店を見つけました。外からはカレーのお店には見えないのですが、しっかりとした味付けのタイカレーをいただくことが出来ました。入店したときはがらがらだったのですが、すぐに多くのお客さんが詰めかけ、ギシギシの状態になってしまいました。塩屋界隈、人気の場所なのかもしれません。

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食後、駅から5分圏内のあたりを散策していると、細い道筋にピッツァ、パン、ケーキ、カフェなど、決して大きなお店ではないのですが、それぞれ主張しているお店が点在していました。塩屋の町、坂と路地とおしゃれなお店がいくつもあるなかなか面白そうなところでした。

2021年3月 4日 (木)

須磨散歩 2/21

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先月2月21日は晴れて春めいた風が吹いてきたので、カメラを持って須磨方面へ出かけました。JR須磨駅に到着するとEF510牽引のカモレが上がってくるタイミングだったので、これを待って撃墜。駅から歩き始め、かつての撮影名所である須磨Sと呼ばれたカーブへ来ました。今は柵が張り巡らされ、その隙間から何とか撮れる程度になってしまいました。

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この日は日曜日で、天気も良かったので須磨の海岸への人出も多く、皆さんのびのびと遊んでおられました。ふと、その先を見ると大きな帆船がいるではないですか。日本丸でしょうか、それとも海王丸でしょうか。さらに歩くと、みどりの塔がありました。この上の急斜面が、義経の逆落としで、義経主従が馬でこの坂を下りて平氏を急襲したらしいです。時代が下り、日露戦争の取材途中で結核を発症した正岡子規が療養した病院(須磨浦保養院)がこのあたりにあったとのことです。

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須磨から歩く道は、山陽電車とJRが並走している区間でもあります。須磨浦公園駅の待避線に入った阪神の9300系、歩くうちに通過していった山陽電車。燦々と降り注ぐ陽光に生える姿がまぶしいです。

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歩く道の海側にはJR線が走ります。このあたりは、海と絡めた撮影名所でしたが、海側への立ち入りが困難なため、なかなか良いポイントが見当たりません。塩屋駅の手前で陸橋が大きく海側に張り出したところは唯一海を入れて撮影できるところです。須磨-塩屋間は散歩も撮影も好みの散歩道です。

2021年3月 3日 (水)

アマチュアオーケストラ演奏会情報 2021年3月2日現在

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アマチュアオーケストラ演奏会情報 202132日現在

いくつかの新しいコンサートを追加しました。

また、いくつかのコンサートが中止、延期、日程変更、オンライン配信に変更となっています。

 

きっちり予定が組まれていない団体もあり、また予約しないと入場できない団体もあるようなので、それぞれのサイトで確認されるようご注意ください。

しかし、少しずつ日常に戻そうという努力がされているようでうれしい限りです。

 尚、間違いや新しい情報があれば、コメント欄にお願いします。

 今後時々各サイトをチェックして追加、変更していきたいと思っています。

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NEW  2021.03.06 相愛フィル https://www.soai.ac.jp/information/event/2021/02/36sat-75.html

中止2021.03.07 滋賀県立大学オーケストラ https://usp-orchestra.jimdofree.com/

中止2021.03.07 東京大学音楽部管弦楽団 http://ut-orch.com/concerts

NEW  2021.03.07  オーケストラ・アンシャンテ https://twitter.com/orche_enchante

NEW  2021.03.13 墨染交響楽団 

http://www.sumizomeorchestra.com/?fbclid=IwAR1a6CHqFYI469hnfBRo-4PQ3bTEgb_6yJvy3YhwN-AjPMpYVYFHn0wmPqA

2021.03.14 天理シティオーケストラ http://tenricity.webcrow.jp/concerts.html

中止 2021.03.21 八尾フィル http://orchestra.musicinfo.co.jp/~poy/service.html

2021.03.21 大阪市民管弦楽団 https://osaka-shiminkan.org/www1/index.html

2021.03.21 明石フィル http://www.taco-phil.jp/concert.html

2021.03.28 関西医科学生交響楽団

https://kansaimedicalorchestra.wordpress.com/?fbclid=IwAR3yEgDgWZ7DR_hy-6TkTg_BNQlERXxCyMwX20wM6BbRPmYRlYTKfoEmZt0

中止2021.03.28  加東フィル http://www.kato-phil.com/

2021.03.28 湖北オーケストラ

 https://kohokuorchestra.amebaownd.com/pages/1676802/page_201802192227

2021.03.29  ホール・バルティカ 大阪教育大学シンフォニーオーケストラ

http://www.xop-baltic.com/

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2021.04.02 六甲ヒルズ室内オーケストラ

https://www.facebook.com/%E5%85%AD%E7%94%B2%E3%83%92%E3%83%AB%E3%82%BA%E5%AE%A4%E5%86%85%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9-1532157230444882/

2021.04.03 オーケストラ・ファムファタール https://lorchestre-de-femme-fatale-1.jimdosite.com/

2021.04.04 西宮きらきら母交響楽団 https://nkirakyo.web.fc2.com/

NEW  夙川室内合奏団 https://ameblo.jp/shukugawagassoudan/entry-12659037206.html

2021.04.11 ノートルダム女学院中学高等学校 https://www.notredame-jogakuin.ed.jp/13405/

中止 2021.04.17 川西市民オーケストラ https://kawanisiorchestra.web.fc2.com/page3.html

2021.04.18  西播磨交響楽団 http://nisiharimaok.starfree.jp/

2021.04.25 オーケストラ・アンサンブル・フォルツァ

    http://www.e-forza.net/#concert

NEW  2021.04.25 グリーン交響楽団 http://www.green-symphony.com/concert.html

2021.04.29 尼崎弦楽アンサンブル https://amagen.jimdofree.com/

2021年3月 2日 (火)

浮世絵展の準備完了

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連日お知らせしている大阪、阿波座での浮世絵展の準備、昨日、会場の長楽庵に伺い、ほぼ完了しました。ここにあるように、3月3日から28日(月曜日、火曜日は休み、午前10時から午後6時営業)の予定で開催いたします。

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お店に入ったところに豊原国周の役者絵を並べました。一枚目の左のものは、演目は不詳ながら、九代目市川団十郎をはじめとする明治初めの名優が並びます。右は同じ団十郎と片岡我童による関取稲川にまつわる演目です。 右側の一枚は、国周と門人の国輝による合作で、名人彫師、横川彫竹の手になる素晴らしい作品です。

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次の3枚並びは、明治10年の西南戦争に勝った官軍の諸将が天皇からねぎらいを受けた際の宴の様子です。これは大阪の絵師、2代目長谷川貞信による作品です。さらに、一連の浮世絵を裏打ちしていた新聞に書かれていた明治29年の三陸地震の現地ルポ、それを現代語訳(私が行いました)を並べています。

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音響珈琲「長楽庵」は予約制による貸切となっています。お越しの際は、必ず事前に電話(080-7009-8739)で予約してください。貸切料金は1時間500円です。珈琲は500円~、紅茶は700円~です。

2021年3月 1日 (月)

豊原国周・浮世絵と明治三陸沖地震・津波の新聞記事公開

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昨日、2月28日の記事にありますように、納屋から見つかった豊原国周の浮世絵とその裏打ちされていた明治時代の新聞に書かれた明治三陸沖地震・津波の現地ルポの記事を大阪で公開します。

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場所は、ここ数年続けて写真展を開催してきた阿波座の音響珈琲「長楽庵」です。大阪メトロ阿波座駅2号出口から信号を渡って1分ほどです。

長楽庵 - 阿波座/カフェ [食べログ] (tabelog.com)

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会期は、3月3日から3月28日(月曜日、火曜日は休み)、営業は午前10時から午後6時までとなっています。また、長楽庵は、新型コロナウイルス対策のため、事前予約・貸切制としております。事前に電話(080-7009-8739)で予約してください。貸切料金は1時間500円です。

なお、訪問される日時をお知らせいただければ、都合のつく限り小生も長楽庵へ伺います。

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