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2021年4月

2021年4月30日 (金)

暗(くらがり)峠 かぎろひ歴史探訪下見行 石仏 4/21

4月21日は、春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の下見に同行させていただき、奈良から大阪へ至る暗峠越えを歩いてきました。

近鉄生駒線南生駒駅⇒応願寺⇒石仏寺阿弥陀石仏⇒万葉歌碑⇒暗峠⇒上の山地蔵石仏⇒弘法の水⇒芭蕉句碑⇒枚岡神社⇒近鉄枚岡駅

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暗峠への道はいよいよ険しくなってきました。道に丸いぼこぼこがあるのが分かりますが、これはコンクリート舗装した後に滑り止めとして施工されるものです。

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坂を上るうちに、石仏寺に到着しました。ここには、先の応願寺の石仏の作者と同じ、伊行氏(いのゆきうじ)の作と伝えられています。以前は秘仏とされていましたが、今では拝観料を取って公開されています。この日の下見では、本番での拝観をお願いして次へ急ぎました。ネットで検索するとふくよかなお顔の地蔵さんのようです。 ⇒ 

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さらに坂を上ったところにある旧道を入ったところに、簡素なお堂に入った石造阿弥陀如来立像がありました。浮き彫りされたそのお姿はとてもきれいなものでした。このように、暗峠への道には鎌倉時代の石仏が並びます。

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さて、さらに急な坂道が続きます。しかし、ふと振り返ると矢田丘陵が眼下にひろがる風景が見えてきました。もうずいぶん上った感じですが、暗峠まではまだまだ坂道を登っていきます。

2021年4月29日 (木)

暗(くらがり)峠 かぎろひ歴史探訪下見行 4/21

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4月21日は、春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の下見に同行させていただき、奈良から大阪へ至る暗峠越えを歩いてきました。

近鉄生駒線南生駒駅応願寺⇒石仏寺⇒阿弥陀石仏⇒万葉歌碑⇒暗峠⇒上の山地蔵石仏⇒弘法の水⇒芭蕉句碑⇒枚岡神社⇒近鉄枚岡駅

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集合したのは南生駒駅のロータリーとは反対側。ここからは実は生駒山がきれいに見えるところです。駅から歩きだすと、ここから暗峠が始まりますよ~という看板がありました。大きめの車は通ることができませんということです。峠らしい感じですね。

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まず訪れたのは峠道の途中にある応願寺です。ここには、ひとの背丈ほどある大きな地蔵が安置されています。銘にある作者は伊行氏、鎌倉時代の東大寺再建で渡来した伊行末の子孫と考えられるとのこと。後で付け足したと思われる鼻は、まさにとってつけたといわれても仕方ないか。

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そのあたりから、暗峠への道は急な登りへと変わってきました。気を抜くと転んでしまうほどの急な坂道です。アキレス腱が伸びる感じで登っていきます。

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梶よう子 赤い風 文春文庫/読了・・・・・現在の埼玉県入間市と所沢市にまたがる三富新田(田というものの畑地です)の開発にかかわった人々の悲喜こもごもを中心とし、当時の藩主である柳沢吉明(のちの柳沢吉保)の施策への取り組みなど、多視点からの展開が話を大きく膨らませています。そこには、最近、何かと読んでいる本に出てくる赤穂藩の討ち入りの話題も絡んで、時代背景がうまく取り込まれています。さすがの、梶よう子でした。

2021年4月28日 (水)

ウィンドオーケストラ今津 第22回定期演奏会 4/24

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4月24日は、翌日から緊急事態宣言により外出が制限されることから、その前にと、西宮のアミティホールで開かれたウィンドオーケストラ今津の第22回定期演奏会を聴きに行きました。

アミティホールがある西宮市民会館も竣工からずいぶん年月が経ちました。2024年以降に阪神西宮駅北側に、中央図書館などとともに複合施設として建設、移転し、この跡地には新しい市役所が建設される予定とか。

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さて、ウィンドオーケストラ今津の演奏です。この吹奏楽団は、我々の世代では吹奏楽コンクールの全国優勝の常連だった西宮市立今津中学校のOBOGバンドです。今はどうなのでしょうね。我が西宮市立上甲子園中学校の吹奏楽部はマーチングでは全国レベルを保っているようですが。

演奏会は前半が吹奏楽の名曲、後半は映画音楽というプログラムでした。吹奏楽の楽曲は不勉強なのですが、それが却っていつも新鮮に聞こえます。映画音楽も知っているフレーズには思わず耳を傾けてしまいます。

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この日もコロナの対応で、体温の測定、手指の消毒をしてからの入場となりました。また、連絡先を用紙に記入して渡します。今のところはこれ以上の対策はないのでしょうね。最上階に座ると、付近にはほとんどお客さんもおられず、一人のんびり吹奏楽を楽しみました。

2021年4月27日 (火)

伊丹の歴史を歩く 花のころ 4/18

4月18日、あまりの好天に思わず家を出て、伊丹の街を歩いてきました。

JR北伊丹駅⇒⇒伊丹廃寺跡⇒⇒駄六川沿いの緑道⇒⇒緑ヶ丘公園⇒⇒臂岡(ひじおか)天満宮⇒⇒伊丹緑道⇒⇒伝和泉式部墓⇒⇒伊丹緑道⇒⇒白洲次郎邸跡⇒⇒猪名野神社⇒⇒金剛院⇒⇒伊丹郷町界隈⇒⇒白雪長寿蔵⇒⇒老松酒造⇒⇒江戸時代の復元大溝⇒⇒有岡城跡⇒⇒JR伊丹駅

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春になり、桜が咲くころから、色々な花がつられるように咲き誇る季節を迎えています。伊丹緑道の入口にある公園ではボタン桜が満開になっていました。緑道には様々な花がありましたが、墓地の垣に植えられたツツジが見事でした。

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伊丹郷町の中に、金剛院というお寺があります。ここはすぐ近くにある猪名野神社の別当寺、すなわち神社を管理するためにおかれた神護寺にあたります。門があいていたこともあり、ちょっとお邪魔することとしました。

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門を入ったところの右側、方向としては南側になりますが、そこには見事なボタンの花が今を盛りとして咲き誇っていました。しばらく呆然となって見とれているくらい、突然のこの色彩に目を奪われてしまいました。

いつもお世話になっている奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の方々を奈良以外の場所を紹介する番外編でぜひお連れしたい伊丹の街でした。花のことを考えると、来年の4月頃というのがいいタイミングでしょうか。ぜひ実現したいですね。

2021年4月26日 (月)

伊丹の歴史を歩く 伊丹で見たもの 4/18

4月18日、あまりの好天に思わず家を出て、伊丹の街を歩いてきました。

JR北伊丹駅⇒⇒伊丹廃寺跡⇒⇒駄六川沿いの緑道⇒⇒緑ヶ丘公園⇒⇒臂岡(ひじおか)天満宮⇒⇒伊丹緑道⇒⇒伝出雲式部墓⇒⇒伊丹緑道⇒⇒白洲次郎邸跡⇒⇒猪名野神社⇒⇒金剛院⇒⇒伊丹郷町界隈⇒⇒白雪長寿蔵⇒⇒老松酒造⇒⇒江戸時代の復元大溝⇒⇒有岡城跡⇒⇒JR伊丹駅

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伊丹を歩くと、実はひっきりなしに飛行機が飛び立つ様子を見ることになります。今回歩いたコースでは、空港を離陸した飛行機が、思いがけず近くを飛行する姿を見ることが出来ます。

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伊丹廃寺跡へ向かう途中にあるお店です。建物の側面は、壁の色と言い、窓の輪郭と言い、阪急電車そのものですね。実は大変有名なハンバーグレストランで、予約必至らしいです。⇒ 

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伊丹廃寺跡の北側に広がる場所は、自衛隊です。その門の脇には、なんと堂々と戦車が並べられています。迷彩塗装のその姿を遠くからではありますが撮影しました。本物だけが持つ迫力が伝わってきます。あまりじろじろ見ると怒られるかなと思い、恐る恐るの撮影でした。

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伊丹緑道を歩いていると、西国街道が横切っていました。阪神間に育った小生としては、西国街道は外せません。この道を行くと京都へ通じるというのは、古代ロマンの原点でもありました。ここは西国街道の伊丹坂と呼ばれる場所でした。

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白蔵盈太 あの日、松の廊下で 文芸社文庫/読了・・・・・・・・・梶川与惣兵衛が主人公です。誰や?という方には、「武士の情けである、離してくだされ梶川殿」と言えば分るでしょうか。「殿中でござる、殿中でござる」という言葉を発し、松の廊下で吉良上野介を襲った浅野内匠頭を背後から抱きかかえた人物です。実は、彼らは皆、宮中からの勅使を迎える饗応の役目にたっていた人物です。なぜ、浅野内匠頭が吉良上野介を襲ったかということをフィクションで綴った作品で、新鮮な視点から語られた忠臣蔵の物語でした。

2021年4月25日 (日)

伊丹の歴史を歩く 有岡城跡 4/18

4月18日、あまりの好天に思わず家を出て、伊丹の街を歩いてきました。

JR北伊丹駅⇒⇒伊丹廃寺跡⇒⇒駄六川沿いの緑道⇒⇒緑ヶ丘公園⇒⇒臂岡(ひじおか)天満宮⇒⇒伊丹緑道⇒⇒伝出雲式部墓⇒⇒伊丹緑道⇒⇒白洲次郎邸跡⇒⇒猪名野神社⇒⇒金剛院⇒⇒伊丹郷町界隈⇒⇒白雪長寿蔵⇒⇒老松酒造⇒⇒江戸時代の復元大溝⇒⇒有岡城跡⇒⇒JR伊丹駅

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伊丹郷町界隈を散策し、JR伊丹駅の方向へ向かうと、駅前に小高い丘があります。ここが荒木村重の有岡城跡です。石垣に囲まれたところは主郭部にあたります。その西側には広い堀跡が残っています。

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有岡城は荒木村重が織田信長に謀反を起こして立てこもったところで、陥落後、村重は家臣や家族をほったらかしにして尼崎城へ逃げています。家臣や家族はその後ことごとく斬首されるというむごい仕打ちにあっています。そんなことはお構いなしに、村重は秀吉のお伽衆として生き延びていきました。

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有岡城跡に入ると、建物の礎石跡が再現されています。黒田官兵衛が拉致されて長期間土牢に押し込められていたのも、ここ有岡城です。戦国の悲劇の舞台ですが、今となっては兵どもの夢の後ですね。

2021年4月24日 (土)

伊丹の歴史を歩く 伊丹郷町と酒蔵 4/18

4月18日、あまりの好天に思わず家を出て、伊丹の街を歩いてきました。

JR北伊丹駅⇒⇒伊丹廃寺跡⇒⇒駄六川沿いの緑道⇒⇒緑ヶ丘公園⇒⇒臂岡(ひじおか)天満宮⇒⇒伊丹緑道⇒⇒伝出雲式部墓⇒⇒伊丹緑道⇒⇒白洲次郎邸跡⇒⇒猪名野神社⇒⇒金剛院⇒⇒伊丹郷町界隈⇒⇒白雪長寿蔵⇒⇒老松酒造⇒⇒江戸時代の復元大溝⇒⇒有岡城跡⇒⇒JR伊丹駅

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先の猪名野神社の門前町として発展したのが伊丹郷町(いたみごうちょう)です。今も当時の民家、旧岡田家住宅などの当時をしのばせる建物が残っています。今は郷町記念館として存続していますが、改修工事の為来年3月末まで閉館中なのは残念です。

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伊丹郷町の産業の中心が酒造業でした。もともと池田や伊丹は日本酒発祥の地のひとつなんですが、江戸時代には澄んだ清酒を発明し、大いに隆盛を迎えました。その一つの酒蔵が白雪で有名な小西酒造です。この建物は白雪の蔵だった建物を地ビールレストランに改装したものです。

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今はコロナのこともあってでしょうか、駐車場の一部を青空レストランにしていて、気軽に地ビールをいただくことができるようです。また、ここにあるショップには数多くのベルギービールが置かれていました。ただ、この日は一人だったこともあり、パスしてしまいました。

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伊丹に残る酒蔵はもう一つ、老松酒造があります。江戸時代初めに伊丹には24軒の酒屋がありましたが、この老松は宮中への奉献酒や将軍への御膳酒として一番の格式を誇っていたそうです。以前は休日にこの店の前で有料試飲をしていましたが、今はどうなんでしょうね。そのうちに確かめてみたいと思っています。

2021年4月23日 (金)

伊丹の歴史を歩く 猪名野神社 4/18

4月18日、あまりの好天に思わず家を出て、伊丹の街を歩いてきました。

JR北伊丹駅⇒⇒伊丹廃寺跡⇒⇒駄六川沿いの緑道⇒⇒緑ヶ丘公園⇒⇒臂岡(ひじおか)天満宮⇒⇒伊丹緑道⇒⇒伝出雲式部墓⇒⇒伊丹緑道⇒⇒白洲次郎邸跡⇒⇒猪名野神社⇒⇒伊丹郷町界隈⇒⇒金剛院⇒⇒白雪長寿蔵⇒⇒老松酒造⇒⇒江戸時代の復元大溝⇒⇒有岡城跡⇒⇒JR伊丹駅

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伊丹緑道を歩いて行った先に、猪名野神社がありました。孝徳天皇の御代に猪名寺(いなでら=現・尼崎市猪名寺にあった寺、猪名寺廃寺跡が現存) に創建され、延喜4年(904年)に現在地に遷座したと伝えられています。緑の多い広い境内は落ち着いた空気感です。

この神社は伊丹郷町の氏神さんで、もともとは野宮(ののみや)と呼ばれていましたが、明治の廃仏毀釈の後、猪名野神社と改称しています。現在の本殿は貞享3年(1686年)に再建されたもので、本殿、拝殿、幣殿は去年3月、兵庫県の重要有形文化財に指定されました。

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その猪名野神社は、荒木村重で有名な有岡城の惣構の北端に位置し、岸の砦という城の一部になっていました。今も神社境内の端にその土塁が残っています。では、その有岡城へ向かっていこうと思います。

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葉室麟 影ぞ恋しき 下 文春文庫/読了・・・・・・・上巻に続き、切った張ったの立ち回りが多いので読んでいて疲れました。次々に強い剣豪が出てくるものだから、まるでドラゴンボール状態です。最後は、まぁ言わないほうがいいのかもしれませんが、それなりの落としどころへ落ち着きました。これが葉室麟の最終作品、白鳥の歌ということですが、読みやすいですが、全体にわたる緊張感には乏しかったかもしれません。

2021年4月22日 (木)

伊丹の歴史を歩く 伊丹緑道 4/18

4月18日、あまりの好天に思わず家を出て、伊丹の街を歩いてきました。

JR北伊丹駅⇒⇒伊丹廃寺跡⇒⇒駄六川沿いの緑道⇒⇒緑ヶ丘公園⇒⇒臂岡(ひじおか)天満宮⇒⇒伊丹緑道⇒⇒伝出雲式部墓⇒⇒伊丹緑道⇒⇒白洲次郎邸跡⇒⇒猪名野神社⇒⇒伊丹郷町界隈⇒⇒金剛院⇒⇒白雪長寿蔵⇒⇒老松酒造⇒⇒江戸時代の復元大溝⇒⇒有岡城跡⇒⇒JR伊丹駅

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伊丹の緑ヶ丘公園の南から、段丘の端を利用した緑道がずっと南へ1.2キロメートルほど続いています。これが伊丹八景のひとつ、伊丹緑道(そのままやん!)です。西側は段丘の崖、東側は住宅が並んでいます。段丘の木々が覆いつくし緑に包まれたような散歩道です。

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その途中に、伝和泉式部墓というものがありました。各地に和泉式部の墓や遺物があるようですが、和泉式部が嫁いだ藤原保昌が宝塚あたりの人だったのでその供養塔として建てられたということはありそうです。

伊丹にちなむ和泉式部の歌「津のくにの こや(昆陽⇒伊丹にある地名、昆陽寺が有名)とも人を いふへきに ひまこそなけれ 芦の八重茸」

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さらに緑道を進みます。南へ行くほど段丘の東側の視界が開けてきます。道はよく整備されていて、散策される方はずいぶんおられました。こんな道が近所にあったら素敵ですね。

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歩くうちに見つけたのが、白洲次郎の父親文平が建てた白洲屋敷と呼ばれる四万坪もの豪邸の跡がこの緑道に沿ったところにあったという案内です。

大正11年に芦屋市から一家でこの屋敷に移っているようです。その後、白洲次郎はイギリスへ留学しますが、帰国後政子と結婚して、この屋敷にも住んでいたようです。思わぬ歴史上の人物にまつわる遺構があって、興味をそそられました。

2021年4月21日 (水)

伊丹の歴史を歩く 臂岡天満宮へ 4/18

4月18日、あまりの好天に思わず家を出て、伊丹の街を歩いてきました。

JR北伊丹駅⇒⇒伊丹廃寺跡⇒⇒駄六川沿いの緑道⇒⇒緑ヶ丘公園⇒⇒臂岡(ひじおか)天満宮⇒⇒伊丹緑道⇒⇒伝出雲式部墓⇒⇒伊丹緑道⇒⇒白洲次郎邸跡⇒⇒猪名野神社⇒⇒伊丹郷町界隈⇒⇒金剛院⇒⇒白雪長寿蔵⇒⇒老松酒造⇒⇒江戸時代の復元大溝⇒⇒有岡城跡⇒⇒JR伊丹駅

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伊丹廃寺跡を出て、近くの駄六川沿いの緑道を歩きます。このあたりは伊丹でも高級住宅街なのでしょうか、比較的大きな家が目立ちます。そして、大きな桜の木が並ぶ緑道を気持ちよく歩くこと数分、開けたところに大きな公園がありました。

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緑ヶ丘公園です。かつては梅の名所として有名なところでしたが、梅につくウィルスに感染し、すべての梅の木が伐採されてしまいました。今は桜の木に植え替えられているようです。今回の目的とするものはなかったのですが、ちょうど藤の花が満開でとてもきれいでした。(熊蜂がブンブンでしたけど)

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緑ヶ丘公園の北辺を歩いていくと、臂岡天満宮に出ました。このあたりは鋳物師という地名で、中世に全国を移動し民に金物を供給したり寺の鐘を鋳造したりする鋳物師が住み着いたところです。ここも「いもじの天神さん」と親しまれています。

さて、境内に大きな石がゴロンとありますが、これが先ほどの伊丹廃寺の礎石の一つです。伊丹市内には、このように伊丹廃寺の礎石とみられるものがいくつか残っているそうです。さて、次へ進みます。

2021年4月20日 (火)

伊丹の歴史を歩く 伊丹廃寺跡 4/18

4月18日、あまりの好天に思わず家を出て、伊丹の街を歩いてきました。

JR北伊丹駅⇒⇒伊丹廃寺跡⇒⇒駄六川沿いの緑道⇒⇒緑ヶ丘公園⇒⇒臂岡(ひじおか)天満宮⇒⇒伊丹緑道⇒⇒伝出雲式部墓⇒⇒伊丹緑道⇒⇒白洲次郎邸跡⇒⇒猪名野神社⇒⇒伊丹郷町界隈⇒⇒金剛院⇒⇒白雪長寿蔵⇒⇒老松酒造⇒⇒江戸時代の復元大溝⇒⇒有岡城跡⇒⇒JR伊丹駅

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スタートはJR北伊丹駅。ずいぶん昔にここで蒸気機関車D51けん引の貨物列車の写真を撮っていたなぁと思い出しました。当時は福知山線のローカルな駅でしたが、今や、駅の様子は全く変わってしまいました。

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20分ほど歩いて、伊丹廃寺跡へ到着しました。そこには金堂と五重塔の基壇で再現されていました。

金堂の基壇は瓦と栗石詰めが交互の層に組み合わされています。塔の基壇は瓦を重ねたものとなっています。いずれも発掘調査時に明らかになった構造を再現しています。礎石は他所で利用されたものと考えられていて、ほとんど残っていません。

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伊丹廃寺は、依然からこの地に大きな寺があったことを知られていましたが、昭和33年に農家の人が水煙の一部を発見してから大騒ぎになりました。昭和40年までの発掘調査の結果、法隆寺の伽藍配置に似た伽藍や規模を持つ奈良時代前期の大きな寺であったことが明らかになりました。つづく。

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葉室麟 影ぞ恋しき 上 文春文庫/読了・・・・・・著者の「いのちなりけり」から続く話の続きようで、これは上下2巻に及ぶ大きな本になっています。ストーリーは置いといて、著者の史実に基づいた作品は息詰まる迫力で迫ってくるのですが、これは剣客の戦いが次から次へ続くので、読んでいてしんどかったです。まだ下巻が残っていますが、さらっと読んでいこうと思います。

2021年4月19日 (月)

最近のLPから バーンスタインのミサ

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先日、懐かしいレコードを入手しました。1971年にワシントンにあるジョン・F・ケネディセンターのオープニングのために作曲されたバーンスタインのミサです。

発売当時の最新技術、SX68MARKⅡ DP MASTERSOUNDという最高の音質のレコードで、2枚組で5200円もしましたから、高校生の私には17センチのサンプル盤しか買えませんでした。何十年ぶりかで、実際に本物を手にしたときは深い感慨に浸りました。

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ミサというと、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンからブラームス、ベルリオーズ、ヴェルディなどなど、大作曲家の作品がありますが、このバーンスタインの音楽は、いわば劇音楽になっています。

副題に「歌い手、演奏家そして舞踏手のための劇場用作品」とあるように音楽だけではなく、ステージでの劇も併せた複合的な作品です。

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この音楽はミサですから、ローマ・カトリックのミサ典礼文をベースにしていますが、クラシック音楽の範疇を大きく越えて、ロックあり、ジャズありで、音楽の表情がさまざまに変化していきます。

東西冷戦、ベトナム戦争、相次ぐ核実験、多様な社会不安を孕んだ50年前の世界がここに再現されています。

2021年4月18日 (日)

最近のCDから ヴェデルニコフのリスト、ラヴェル、フランク

コロナコロナで梅田へ出かけることも厭わなければならない昨今ですが、たまに所用でその近くへ行ったときは、ディスク・ユニオンに立ち寄り、好みのレコードやCDを買い求めるのは何よりの楽しみとなっています。

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大阪では老舗のレコード店というと、堂島にワルツ堂がありましたが、いろいろあってワルティとか店名も変え、駅前第一ビルの地下一階のお店を最後に消滅(シャイな店主のN氏のご病気が発覚)してしまいました。

その直後に立ち上がったのが、ディスク・ユニオンで、さらにそのクラシック館という専門店も出来、足しげく通うことになりました。

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さて、先日出会った一枚が、幻のピアニストと言われたアナトリー・ヴェデルニコフによる、リスト、ラヴェル、フランクの作品集です。

ヴェデルニコフ(1920-1993)は、主にロシア国内で活躍していたため、西側に知られることは晩年までありませんでした。ソ連が崩壊したときにはすでに演奏活動を終えていたというタイミングの悪さもあります。

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リストもそうでしたが、こんな透明感があって軽やかなラヴェルのピアノ演奏って他で聞いたことがありません。音を通して聞こえてくる音楽に崇高ささえ感じます。音楽を聴くというよりも精神を聴いているという実感があります。

それは彼のバッハの演奏でも感じることですが、よく音楽表現の精神性の現れとか、批評家が使う言葉ですが、まさにその言葉通りの音楽がここにはあります。

ヴェデルニコフについては、彼の死後に作られた「あるロシア人ピアニストを巡る対話」という放送が残されていて、その中で彼の演奏を目にすることが出来ます。⇒ 

2021年4月17日 (土)

かぎろひ歴史探訪 平城の郊外に山城を辿る 4/15

4月15日は春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で京都府の一番南のあたり、京田辺市界隈を歩きました。

近鉄三山木駅⇒寿寶寺(十一面千手観音)⇒同志社大学(継体天皇筒城宮跡)⇒田辺天神山遺跡(弥生遺跡)⇒大御堂観音寺(国宝十一面観音)・歴史講座⇒光照寺と南山城跡⇒山崎神社⇒佐牙神社⇒三山木廃寺跡⇒近鉄宮津駅

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今回、いろいろと印象的な場所がありましたが、まず注目は寿寶寺で拝観した十一面千手観音です。三山木駅から東へ数百メートル行ったところにそのお寺がありました。

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この十一面千手観音(写真はネットから拝借)は、平安時代中期の作で重要文化財。本日のコースの最後に訪れる佐牙神社境内にあった恵日寺(廃仏毀釈で廃寺)から移されたものです。本当に千の手があったみたいです。像の高さは180cm、一木造りです。思わず頭を垂れる威厳がありました。

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菜の花の川沿いの道を歩いて到着したのが、大御堂観音寺(普賢寺)です。広い境内の散策も楽しめるところでした。

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観音寺の十一面観音(写真はネットから拝借)は、天平時代の木心乾漆作りで国宝です。乾漆の十一面観音で国宝に指定されているのは、この方と聖林寺の方のお二人なんですね。大きさは先の寿宝寺の方と同じくらいでしょうか。とても良いお顔をされていました。

★かぎろひ歴史探訪の写真は、ブログ内、左側のマイフォトにまとめてアップしています。

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葉室麟 いのちなりけり 文春文庫/読了・・・・・・・・今月発売される著者の「影ぞ、恋しき」の前篇だということで急きょ読んだ一冊です。時代は300年ほど前の忠臣蔵のころ。史実にはない話しですが、引き込まれて読み通してしまいました。さすがに葉室麟の作品です。この著者を知った時にはすでに亡くなられていたのが残念です。

2021年4月16日 (金)

芦屋の会員制音楽サロン クラシカでの憩い 4/12

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4月12日は、JR芦屋駅近くにある会員制サロンクラシカへ行きました。一度行ってみたいという友人からの依頼があり、既に会員である小生がご案内した次第です(会員でないと入れませんので)  何とも敷居の高いサロンですが、それだけの価値はありますから。

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広々としたホールには、スタインウェイのフルコンサートピアノが鎮座しているほか、アキュフェイズのアンプやCDプレーヤーなどのオーディオ装置、タンノイの大型スピーカーが置かれています。サロンにおかれているCDやレコードを選択して聞かせてくれる他、持参した音源を聴くこともできます。

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珈琲、カフェオレ、ジュースなどのドリンクは1000円とやはりお高い感じですが、この贅沢な空間で時間の制限もなく音楽に浸れることを思うと、十分な満足感が得られます。

同行した友人も、これだけのオーディオ装置での音ですから、もともとの音源のレベル、質を問われることに目覚めたみたいでした。

2021年4月15日 (木)

生駒のボタン桜 近鉄生駒線 4/14

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昨日4月15日は、いつもの生駒での野暮用でした。市役所近くの公園では今を盛りとボタン桜が満開になっていました。

その公園の向こうを近鉄生駒線の電車が通過していきます。

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ソメイヨシノの爆発的な満開もいいですが、ボタン桜の圧倒的なボリウムと濃厚な色合いもいいですね。桜餅が食べたくなってきました。

生駒駅を出発した電車とともに撮影しました。

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近鉄生駒駅には、奈良線、東大阪線、生駒線の電車がやってきます。写真は、大阪メトロのコスモスクエア行きの東大阪線の近鉄車両です。昼からの会議の前に素敵な写真が撮れました。

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吉田秀和 私のモーツァルト 河出文庫/読了・・・・・・・モーツァルトが大好きだった著者の初めての文庫収録となった中編を軸に、モーツァルトの音楽、演奏に関する著述をまとめた一冊。「私が音楽で聞いているもの モーツァルトの場合」は、とくにオペラに関しての論文的な内容でした。それにしても、ザルツブルグで、フルトヴェングラー、クナッパーツブッシュをはじめとした伝説の指揮者の実演に接したという話は何ともうらやましい限りです。

2021年4月14日 (水)

自宅でスポーツジムを!

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現役を終えた後、日ごろの健康維持と運動量確保を目的として、近所、歩いて5分ほどのスポーツジムに入会して利用していました。

しかし、コロナのこともあり、だんだんスタッフの数も減ってきて、なんだか掃除も行き届かなくなってきているようだし、お客さんの数もさびしい状況になってきていました。

写真はネットからのもので、イメージです。こんな若い人ばかりということはなく、お客さんのほとんどは年配の方ですね。

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ある日、ジムにあるような健康器具、運動器具の価格を調べていたら、えらい手ごろな値段であることが分かりました。ジムに1年間支払っていた費用を考えると、いくつか購入しても、1年間使用したらペイするくらいのレベルなんですよね。

で、早速、このエアロバイクを購入しました。負荷のかかりかたを段階的に変えることが出来、走った距離、速度、消費したエネルギー(kcal)などが表示されます。

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さらに、これもジムにあってよく利用していたブルブルマシン、振動により体幹を鍛える器具も購入しました。

乗っているだけなんですが、15分もやるとかなり疲れます。当然、エネルギー消費もあるようで、手軽に利用するにはとても良い装置です。

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これからまだ少しずつ器具をそろえていこうと思いますが、一つの候補はこのステッパーです。階段の上り下りを意識した器具ですが、これが案外足の筋肉、とくにふくらはぎに効いてきます。いろいろなタイプがあるようで、これから調べてみたいと思います。

健康器具は、頑張りすぎなくても、継続しやすいもののほうが良いように思います。最初からハードルが高いと飽きてしまうことがありそうです。

また、器具を置くスペースが必要で、そこには小さなテレビや、簡易なオーディオを置いて、楽しく続けられるような工夫もしてみました。これが毎日の運動にかなり好影響を与えていますね。

2021年4月13日 (火)

大阪・西天満を歩く 4/11

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4月11日は西天満のモーツァルトサロンでのピアノトリオのコンサートを聴きましたが、そこからの帰途に天満界隈を歩いてみました。すぐ近くにあったのが、蓮興寺で、門柱の脇に大塩家墓所とあります。大塩平八郎ゆかりのお寺ですが、ここには、平八郎の祖父(政之丞)の先妻と後妻、平八郎の父(敬高)の妻の墓があるそうです。平八郎の墓は西隣の成正寺にあります。

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その蓮興寺の塀から見事に満開となった八重桜が覗いていました。これを見ると桜餅が食べたくなりますね。

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阪神高速道路の脇に堀川戎神社がありました。高名な神社ですが、こんなにひっそりとしたところだったのですね。初めての訪問です。大阪市内で戎神社というと今宮戎神社とともに、こちらも有名です。大きな楠が歴史を伝えていました。

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キタの少し建物が込み入ってきたあたりに菅原道真由来の綱敷天神社があります。周りはお店でびっしりですが、この空間だけが時間を別にしています。茶屋町にもこの神社の御旅社があり、一帯に影響を持っていた神社のようです。

繁華街、ビル街にも歴史が埋まっている大阪でした。

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野口卓 からくり写楽 蔦屋重三郎 最後の賭け 新潮文庫/読了・・・・・・・・謎の絵師、東洲斎写楽は実は阿波の能楽師であった斉藤十郎兵衛であったというのが昨今の歴史的研究によってほぼ確定されています。ではなぜ、謎にしなければならなかったのかという点に切り込んで、さらに推理を巡らせてみたというのが、この小説の骨幹ですね。それは別として、時代の背景をしっかりととらえたとても面白い一冊でした。

2021年4月12日 (月)

サロンコンサート モーツァルトサロン 4/11

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昨日4月11日は、西天満のモーツァルトサロンで、ピアノトリオ、ピアノ、ヴァイオリン、チェロによる演奏会があるということで出かけました。

ベートーヴェンの「街の歌」と「大公」ですが、なかなかこういうプログラムのコンサートには出会えないのでよい機会でした。

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今では当たり前になった手消毒ですが、今回はチケット代金を自分で封筒に入れて支払うという徹底ぶり。

受付すらおかないで、チケット代金の支払いをするという新しい試みでした。

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席は間隔をあけて、全部で18席。来られない方もありましたので、なんと16名のお客さんのための贅沢な演奏会でした。

壁にはベルナール・ビュッフェをはじめとする絵画が並べられ、高貴な雰囲気が醸し出されています。

この日のピアノはスタンウェイ。脇にあるのがベーゼンドルファーですが、これは滅多に使われないようです。

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プログラムでは「街の歌」が上にあったのですが、いきなりピアノで「大公」の主題が始まったので驚きました。

一つ一つの旋律を聴きながら、ベートーヴェンという人が、なんだか近くにいるように感じられました。彼の考えとか気持ちとか、そういうものが、直截的に届いたという印象でしょうか。

とにかく、とても貴重な音楽体験となった日曜午後のひと時でした。

2021年4月11日 (日)

近鉄12200系の残像 ドイツ・ライプチヒ

ブログのスタイルを一部変更中、です。どうも写真を貼る大きさがままならないのですが、今日は少しサイズダウンして貼ってみようと思います。さて、どうなって画面上に現れるものやら。やってみないとわからないのですが。

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近鉄の12200系が引退してもう2か月近いのではないでしょうか。かつての近鉄特急の塗装が残っていた唯一の形式でした。とはいうものの、廃車になる予定だったので、塗装の更新が行われなかっただけなのですが。でも、長い間目にしていた近鉄を代表するカラーでした。

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自分の部屋に掲げているライプチヒの路面電車の写真を見ていて、ふと、これは近鉄と同じカラーではないかと思い立ち、2017年に行った時の写真をあらためて見てみました。ライプチヒの路面電車、2000系というのか、2100系というのか、21系かもしれないのですが。ライプチヒ中央駅前でのショットです。

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ライプチヒの街中での路面電車です。背景の黒っぽい教会は戦争で破壊されたものを、使える部材はできるだけ再利用して再建したため、焼けた石材と新しい石材が混じってモザイク模様になっています。

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ライプチヒの路面電車の中でも新しい形式の電車が走っています。こちらの電車にも前出の2100系?の塗装カラーが受け継がれています。こういうのはうれしいですね。

写真のサイズを少し落として貼ってみましたが、これでちょうど良いくらいになりました。後は文字の大きさが変えられるかどうかですが、また試行錯誤を続けてみます。

2021年4月10日 (土)

かぎろひ歴史探訪 歩きながら見たもの 4/4

いろいろあって、ちょっとブログのスタイルを変えてみました。

う~ん、写真が欠けるのでまた明日に修正して見ます。一度アップするとこれは直らないみたいです。今日はこれで行きます。

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4月4日の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で訪ねたのがJR関西線の加茂駅でした。ここから亀山までは非電化区間となります。221系快速でやってきた場合、ここからディーゼルカーのキハ120系に車両が変わります。一挙にローカルムードが広がる加茂駅です。

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歩いていて見つけたのがこれ。カップヌードルの自動販売機です。お金を入れるとお湯が入ってかき混ぜるのかな? 3分ほどするとそれが下の取り出し口に出てくるのでしょうか。とても現役とは思えませんが、珍しいものを見つけました。

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歩いていると、茶畑がある風景に出合いました。これを見て少なくとも関西人は茶畑とわかりますが、この日来られていた方で、北海道から最近関西へ移住された方が居られました。これを見て、初めて茶畑を見た!と感動されていました。

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これもすごいなぁと思ったものです。キャデラックです。栄光の時代のアメリカを象徴するような威圧感を感じます。しかし、これだけノーズが長いと運転しにくいやろうなぁと思うのですが。

さて、文字の大きさをもう少し大きくしたいのですが、いまのところその技が見つかりません。

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長野正孝 古代史の謎は「海路」で解ける PHP文庫/読了・・・・・・国土交通省の研究所長や大学の客員教授をしてる著者、もう少し理詰めで論理の展開があるかと思ったら、まぁ、せきゆうじまでとは言わないけれど、自分の仮定に結論を上乗せするという展開には飽き飽きでした。そして、最初から考えの基本に間違いがありました。古代の日本に道はなかったということから論理展開しています。古代の道はしっかりありましたから。しかも、どこまでもまっすぐの羽場の広い国道がありましたから ⇒ 

2021年4月 9日 (金)

かぎろひ歴史探訪 海住山寺と恭仁京跡へ 4/4

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4月4日は春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で懐かしの恭仁京(くにきょう)を訪れました。まずは山の上にある海住山寺(かいじゅうせんじ)へ向かいます。その途中はとても急な坂で、かなり上ったと思う案内看板のあるところに、まだ800mとあります。上ったところから振り返ると、手前に恭仁京が、はるか向こうに奈良市街、遠く二上山、葛城山が見通せます。

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海住山寺へ到着しました。このお寺は聖武天皇の勅願寺で、天平7年(735年)に創建されたとのこと。国宝の五重塔は一番下の階に裳階(もこし)と呼ばれるひさし上の屋根がついています。これは解体修理でもともと裳階がついていたことが分かり復元されたものです。鎌倉時代の文殊堂もきれいな姿でした。

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さて、山から下りて恭仁京跡を目指します。このころから雨が降ってきました。しかし、雨に打たれた古京跡というのも風情があっていいですね。その都の後に作られた山城国分寺跡に残された七重塔の礎石の大きさに、恭仁京の壮大さを感じずにはいられませんでした。

2021年4月 8日 (木)

かぎろひ歴史探訪 恭仁京へ 4/4

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4月4日は、春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で朝10時にJR加茂駅を出発して歩き始めます。道沿いに万葉歌碑があるので、まずはそこへ。この日は朝から雨の予報でしたが、結局降りだしは午後1時半頃から、しばらくは歩くのに支障はありませんでした。

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歩くうちに、恭仁大橋に差し掛かりました。木津川を渡る大きな橋です。この道は学生時代にも歩いていて、この橋から眺める木津川の景色をはっきり覚えていました。

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季節がら、あちこちで花に出会います。桜、菜の花、彩りがきれいです。平坦だった道がだんだん上りに変わってきたあたりです。

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坂を上りかけたところに大井手という用水路がありました。この水路は鎌倉時代に開かれたもので全長は6755メートルもあるという大規模なもので、今も利用されています。そのあたりから振り返るとひろびろとした傾斜地が広がっていました。このあたりが、天平12年(740年)から5年間だけ恭仁京(くにきょう)という都があったところです。⇒ 続く

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畠山健二 本所おけら長屋 (十六) PHP文芸文庫/読了・・・・・・・この シリーズを読み始めてもう何年になるのだろうか。とうとう16巻まで来ました。いずれも文庫描き下ろしで総部数が125万部ってすごいですね。一つ一つの話しも練られていてとても好感があります。長屋シリーズとして大好きなのは都築道夫のなめくじ長屋シリーズでしたが、これもいいですね。まだまだ続けてほしいものです。

2021年4月 7日 (水)

定番 阪急武庫之荘のさくら鉄 4/1

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コロナコロナで、さくらの季節でも気軽に撮影に出かける気持ち、モチベーションが今一つ盛り上がらないのですが、自転車でさらっていくことができる阪急武庫之荘へはやはり行かざるを得ません。そういうことで、天気が良かった4月1日の午後から小一時間ほど線路端へgo-go!

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阪急武庫之荘のさくらはまさに満開で、できるだけ桜をたくさん入れたカットで撮影しました。その分、電車は画面から少なめとなりました。

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場所を踏切まで移動し、線路沿いのさくらを背景とします。今年のさくら鉄は先の奈良線とこの阪急武庫之荘だけとなりました。

2021年4月 6日 (火)

近鉄南大阪線 かぎろひ歴史探訪 3/25

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3月25日はかぎろひ歴史探訪で近鉄南大阪線の二上山駅で集合。近鉄でも普段は奈良線や大阪線に乗ることが多く、南大阪線は阿部野橋から出ることもあるので、わざわざ乗りに行くという感じがあるのは否めません。古市駅で乗り換えて二上山駅へ到着しました。到着後、待ち時間がありましたので、特急電車を撮りました。16000系と16400系です。

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特急以外にもやってくる近鉄車両はとりあえず撮っておきます。古市-橿原神宮前間では、2両編成の普通電車も走っています。

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この日たまたまですが、駅の看板の取り換えが行われていました。脚立を立てて、従来の看板の上に接着剤を付けて新しい看板を張り付ける方法でした。作業は本当にあっという間に終わってしまいました。

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この日の歴史探訪では、大阪と奈良を結ぶ古代の道、穴虫峠へも行きました。現代ではそのルートを近鉄南大阪線が走っています。鉄道はできるだけ緩い勾配となるルートを選んで路線が引かれるので、古代の歩きやすい道と重なるのは当然のことかもしれませんね。

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車浮代 蔦重の教え 双葉文庫/読了・・・・・・・これはやられた。はなから江戸時代が舞台かと思ったら、なんとタイムスリップもののストーリー。その中で蔦屋重三郎と主人公の交流を描いた逸品でした。その中で歌麿や後の北斎、さらに写楽まで登場する面白さは、最盛期を迎える浮世絵の時代を彷彿とさせられます。うれしい意味で期待を裏切られた一冊でした。

2021年4月 5日 (月)

かぎろひ歴史探訪 どんづるぼう 3/25

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3月25日は、春の奈良歩き、かぎろひ歴史探探訪で近鉄南大阪線の二上山駅に集合、雨の中、駅前の地図を見ながらさっそく歴史講座が始まります。まず近くの安遊寺へ行きます。江戸時代にこの近くで国宝となった骨蔵器が発掘され、ここに収められていたとか。これは教科書にも載るレベルの品ですね。

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次に穴虫の大阪山口神社へ行きました。穴虫は今もそうですけれど、奈良と大阪をつなぐ穴虫峠のあるところで交通の要所でした。そこに天使のいる図書館という映画の撮影地だという案内がありました。このバーコードからとてもきれいな映像を見ることが出来ます。

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さて、いよいよどんづるぼうを目指して移動しますが、その途中に大阪越えの万葉歌碑がありました。「大坂を 我が越え来れば 二上に 黄葉葉流る 時雨降りつつ」

どんづるぼうは、千数百万年前の二上山の噴火で灰が堆積して隆起、風化、浸食を経て出来た奇観です。とてもスリリングな場所でした。

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最後に立ち寄ったのが専称寺というところで、一本のしだれ桜がこのお寺の境内全体を覆っている景色は見事としか言いようがありません。朝からの雨もこのころには上がって、満開のしだれ桜を堪能することが出来ました。

2021年4月 4日 (日)

大和郡山歩く(続き) 3/22

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3月22日は大和郡山城のしだれ桜を撮影した後、大和郡山市の市街地をうろうろし、今度はさらに足を延ばしてその周辺を歩いてみました。駅の南西へすこし歩いたところに陵墓参考地となっている新木山古墳があります。全長122.5メートルの前方後円墳です。

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古墳をぐるりと回ると再び金魚の養魚池があり、その向こうに近鉄線が見えました。歩いていると地元の掲示板があり、お城祭りと何と100回を迎える金魚の品評会のポスターがありました。今年は桜の開花が早いので、満開の桜の下での開催となったことでしょう。桜と金魚、それもありですね。

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また町中に戻ってきました。和風の建物のお風呂屋さん、いい感じです。商店街の入り口にあったのが郡山八幡神社です。野球のグローブをまつる珍しい神社でした。

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さらに町中を歩くと、源九郎稲荷神社がありました。ここは吉野へのがれた義経、静御前を助けた狐にちなんで名づけられた神社です。なにやらご主因が有名みたいで、この日もそれを求める参拝者が多く来られていました。もうひとつ、薬園八幡神社へも立ち寄りました。ここは奈良時代の薬草園にあった神社です。なにげない街角に千年以上の歴史が埋もれる奈良だけのことはありますね。

2021年4月 3日 (土)

柴田由貴 バッハ無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルテイータ全曲コンサート

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昨日4月2日は、阪急武庫之荘界隈の満開を桜を見て、そこから西宮北口で乗り換え、今津線で宝塚経由、清荒神を目指しました。宝塚線の急行に5100系が少なくとも2編成入っていたのがうれしいですね。

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やってきた清荒神駅のすぐ前に目指すベガホールがあります。その玄関前にはウィーン市から送られたヨハン・シュトラウスの金ぴかの像が置かれています。

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昨日は、お知り合いのヴァイオリニスト、柴田由貴さんがバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータの全曲を一度のコンサートで披露されるとのことで、これはもう行かねばなりません。新しくリリースされたCDも購入しました。会場のベガホール、響きもよく、とても雰囲気のあるコンサートホールです。

クラシック音楽を知っている方は、この楽曲を一度で演奏するというのはどんなに無謀なことかはお分かりでしょう。CD2枚分の演奏時間、それにも増して、あらゆるヴァイオリンの技法が詰め込まれた巨大な音楽です。柴田さんは、それらのバッハの音楽に対していつものように真正面から取組み、ド直球の演奏を披露されました。一つのぶれもないその姿勢には感心させられました。演奏者も聴衆も大変な緊張の中で時間が過ぎていきました。素晴らしい音楽体験をありがとうございました。

2021年4月 2日 (金)

大和郡山を歩く 3/22

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3月22日は大和郡山城のしだれ桜と近鉄特急などを撮影したのち、大和郡山市内を散策しました。まずは市役所前にある菊屋さんを撮りました。建物は江戸時代末期のものということですが、その割には傷んでいる印象ですね。間口の大きさが強度を下げているのかも。その先、紺屋町には道路の真ん中に水路があります。高知の火曜市が開かれる上町あたり、坂本龍馬の生家の裏にも同様の景色がありました。

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柳町商店街は金魚の幟が続きます。その一角に、命のメッセージ展をしているところがありました。今回大和郡山を訪れた目的の一つです。若くして事故や事件で亡くなられた方の遺品とともに、その遺族からのメッセージを展示しているもので、以前にも近鉄奈良駅前で拝見しました。深刻に考えるよりもまっすぐそのことをとらえてくださいとのこと、係の方としばらくお話しさせていただきました。

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さて、大和郡山というと金魚の町です。町のあちこちに金魚の水槽が置かれています。高価ならんちゅうのほか、黒い出目金やなんだか名前が分からない種類の金魚など、それを巡るだけでも面白そうです。

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町から少し離れて歩くと、金魚の養殖池が見られます。飼育している池には鳥からの被害を防ぐためのピアノ線が張られています。さらに大和郡山を歩きます。

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山内聖子 蔵を継ぐ 日本酒業界を牽引する5人の若き造り手たち 双葉文庫/読了・・・・・・伝統的な酒造りは、経営者の蔵元と技術者の杜氏によって組織が構成されてきていましたが、杜氏の高齢化などに伴って、蔵元自体が杜氏の技術を継承するケースが増えてきています。これは杜氏という技術者が技術継承に消極的(自分の職場を守るためにも)であったことの反映であったでしょう。この本はそうした蔵元杜氏となった若き蔵元へのインタビューです。それぞれの蔵の酒を飲んでみたくなりました。最後にそれらの酒の酒販店と飲食店を掲載したのは、それが行き届かない地域の読者にとっては蛇足以外の何物でもないですが。

2021年4月 1日 (木)

大和郡山城のしだれ桜 3/22

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3月22日は、近鉄に乗って一路大和郡山を目指しました。途中、花園車庫に留置されている12200系を眺めながらの通過です。石切りあたりからの大阪平野はきれいに晴れ上がっています。この広々とした眺望、大好きです。

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大和郡山に到着しました。目的はこのお城の石垣に垂れ下がる大きな枝垂れ桜です。毎年、お城のソメイヨシノが開花した時期には満開になっています。ソメイヨシノより一週間ほど満開が早いのですね。10時35分過ぎに通過するしまかぜをとらえることが出来ました。

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他の特急電車も撮影します。この週の半ばからはお城がさくら祭りも始まります。お城に桜、全国どこでも似合うシチュエーションです。この日は雲が多く、晴れたり曇ったりの天候で、なかなか冴えた写真とはなりませんでした。

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一般の通勤電車も撮影しました。お城が満開のソメイヨシノで埋まる頃には、この枝垂れ桜はもう装いを変えていることでしょう。また、来年にこの桜と再会したいものです。

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宮部みゆき 作/皇なつき 画 あやし 角川ホラー文庫/読了・・・・・・・・宮部みゆきのお江戸ふしぎ噺「あやし」のストーリーを基にした漫画でした。こういう話は、活字を読んで頭の中で想像しながらのほうが良いみたい。画像として出されると、それが固定してしまいそうで、なんだか後々まで固まって残りそうです。

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