かぎろひ歴史探訪 番外編 ~百舌鳥古墳群と環濠都市の名残り、利休と晶子も~ 6/2
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6月2日は、いつもの奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の方々を私がご案内する番外編で堺を訪れました。集合場所とした阪和線百舌鳥駅を通過する関空特急はるかです。コロナ禍で長期の運休、間引き運転とかもありましたが、今はしっかり走っています。
最初に訪れた御廟山古墳です。5世紀前半の築造の前方後円墳で、墳丘長203mの巨大な古墳です。これでも巨大だと思ったのですが、この後、歯が立たないほどの巨大古墳がいくつも待っていたのですけれど。
次に訪れたのは、いたすけ古墳です。この古墳は周辺の住宅開発に伴って破壊されるところでしたが、昭和30年に破壊への反対運動が盛り上がり保存が決定した古墳保存運動の象徴のような古墳です。ここには、今も破壊のため掛けられた橋が残されていて、生々しい当時の様子を伝えています。墳丘長146mのこれでもそこそこ大きな古墳です。
阪和線を渡ってさらに訪れたのは履中天皇陵です。ここは巨大すぎてその周囲を歩くだけでもかなりの距離を稼ぎます。なぜなら履中天皇陵は、仁徳天皇陵、応神天皇量に次ぐ墳丘長365mの日本第3位の規模を誇る巨大古墳なのです。古墳の北端には後円部を一望できるビューポイントがありました。
三好徹 土方歳三の生と死 上 集英社文庫/読了・・・・・・・新選組副長の土方歳三の物語。上巻では、新選組以前の姿から場所を京都へ移し、新選組を立ち上げ池田屋事件などを経て、いよいよ幕末の動乱の世界に巻き込まれていくところまででした。土方歳三の目線から新選組を見ていて、下巻でもその変遷を見つめながら読んでみたいです。著者は土方をなにも英雄視していないのがいいですね。
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