大山崎町を歩く 山崎廃寺から行基の山崎院 6/27
6月27日は、7月20日に予定している番外編の下見に大山崎町へ行ってきました。
山道を抜けると、アサヒビール大山崎美術館がありました。モネの睡蓮が数多く所蔵されている関西屈指の印象派作品の宝庫です。
残念ながら現在は改装の為休館中ですが、7月中旬にはリニューアルオープンするとのことで、番外編の折りは新しい美術館を訪れることが出来る予定です。
山を降りてくると、山崎院跡の石標がありました。山崎はたぶん山前ですよね、目の前に天王山があり、桂川、宇治川、木津川の三川合流地点に張り出している地形ですから。
そもそも、山崎には7世紀ころからの瓦が大量に発掘されていて山崎廃寺の存在が指摘されているうえに、その廃寺跡に行基が山崎院を建立した歴史があります。山崎院は、淀川に掛けた山崎橋の維持管理や仏教の教えに寄与したとのことです。
山崎廃寺、山崎院の推定位置は黄色の範囲となります。狭い土地ですから、おのずと寺院の建設位置というのは決まってくるということですね。
もう一つ、大山崎というと山崎宗鑑の名前が出てきます。戦国時代の連歌師・俳諧作者で、幼少時より室町幕府9代将軍足利義尚に仕え、一休禅師とも親しかったと伝えられています。
淀川河畔の山崎に庵を結び、いまだ連歌から余興としかみられていなかった俳諧を独立した芸術として世間に広めました。
永井路子 王者の妻 上 豊臣秀吉の正室おねねの生涯 朝日文庫/読了・・・・・・・今年1月に97歳で亡くなった永井路子が1969年から書いた新聞小説です。秀吉の妻、ねねの目から見た秀吉をはじめとする戦国時代の武将や女たちの様子が描かれています。今では歴史感が覆った事象もあるかもしれないけれど、生き生きとした人物の動きが読み取れて、とても上質な文学となっています。後半をこれから読めるという楽しみがまだ残っています。
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