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2024年4月

2024年4月30日 (火)

春の四国詣で 伊予鉄松山市駅 4/15-17

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4月15日から春の四国詣でに出かけました。仕事なんですけれど。

三宮から伊予鉄松山市駅に到着しました。

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松山市駅からJR松山駅まで伊予鉄の路面電車で移動します。

伊予鉄では、前は使えなかったイコカが使えるようになっていました。便利です。

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やってくるのは新しい車両ばかりで、旧型の車両はずいぶん減ってしまったようですね、残念。

松山市駅からJR松山駅までは10分ほど、久し振りの松山の町を車窓から眺めました。

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JR松山駅へやってきました。

従来のホームの北側では新しい高架駅の工事がずいぶん進んでいました。

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松山駅がどんな駅になるのか、楽しみです。

今年度も引き続き、四国詣でのお仕事が続きます。

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予讃線特急「宇和海」で松山から1時間、卯之町駅が近づいてきました。

卯之町駅の手前、伊予石城(いよいわき)駅の近くでわらマンモスがお出迎えです。

2024年4月29日 (月)

総持寺から乙訓寺へ 4/13

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4月13日は、歴史探訪・番外編の摂津富田コース、その下見の補完に出かけたあと、まだ時間があったので阪急電車に乗って一度足を運んでみたかった乙訓寺へ行ってきました。

阪急西向日駅から西へ直線距離で1.5kmほど、ただ道がグネグネで2kmほど歩きます。乙訓寺へ到着です。

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乙訓寺がある場所は、継体天皇弟国(おとくに)宮跡と言われていますが、それに関する記述は境内にはありませんでした。

乙訓寺から北へ1.0kmほどのところに継体天皇に纏わる角宮神社があることから、この辺り一帯が宮跡ではないでしょうか。

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さて、乙訓寺というと桓武天皇が藤原種継の乱に連座して早良親王(750-785)をここ乙訓寺へ幽閉しています。

その後淡路島へ流された早良親王が亡くなった後、桓武天皇の周辺に返事や不幸が起きたことから、乙訓寺には早良親王の供養塔が置かれています。

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乙訓寺はそれだけでなく、空海(774-835)が811年に嵯峨天皇から寺の別当に任じられ荒廃した乙訓寺の修理造営に努めました。

また812年には最澄と空海が初めて会ったのがここ乙訓寺であり、密教の法論を戦わせています。

その後空海は最澄に密教の奥義である灌頂伝授を行うことを約束しました。

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現在の寺の復興には5代将軍綱吉とその母、桂昌院が関わっているのですが、幾度もの盛衰を経て、今日の乙訓寺があるようです。

それだけ、重要な場所であるという土地の意識が連綿と続いているのですね。

乙訓の広野を歩いていると、この下に継体天皇弟国宮、ひと時の都があっても何ら不思議ではないと思った次第です。

2024年4月28日 (日)

歩き始めの前にJR総持寺駅で撮影 4/13

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4月13日は、歴史探訪・番外編の下見のために摂津富田を目指したものの、歩き始めを予定するJR総持寺駅に早めに着いたのでしばらくの駅撮りとしました。

歩き始めは番外編行程と同じ11時としていますから。早速やってきた関空特急はるか。

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ここからは白塗り3兄弟、敦賀行き特急サンダーバード。

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6両編成の特急くろしお。

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3両編成とさびしい特急こうのとり、これは回送かな。

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割りと好きな225系、全面の屋根が丸いタイプ。

若干の印象としては山陽特急5000系に似ているデザインかも。

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そして223系なんですけど、ウィングがあるのはわかるんですが。

その下に別のウィングカバーみたいなのが付いているけど、こんなの付いてたかなぁ。

調べるとウィング着装時から付いていたみたいですね。

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森下典子 茶の湯の冒険 「日々是好日」から広がるしあわせ 文春文庫/読了・・・・・・・エッセイの名手が書いた「日々是好日」という自伝のような作品が映画化されるに当たって、その茶道指導者として映画作りに携わった様子をまとめた一冊。さすが、言葉一つ一つを選んで、珠玉のエッセイとなっています。無駄がなく、品があり、静かな文章は読んでいても落ちつきます。

2024年4月27日 (土)

かぎろひ歴史探訪で出会った車両たち 4/11

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4月11日は春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で集合場所の橿原神宮前まで近鉄電車で移動です。

橿原神宮前なら阿部野橋から南大阪線化とも思いましたが、鶴橋から大和八木、橿原線に乗り換えていくことにしました。

鶴橋駅でのアーバンライナーnextです。すわり心地の良いシートの特急車両ですね。

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突然、キラキラのパステルカラーの阪神電車がやってきました。

阪神電車のキャンペーンロゴ「たいせつがぎゅっと」のカラーリング車両、とにかく目立ちます。

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鶴橋から乗ったのは、おさかな電車の快速急行松阪行でした。

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大和八木で大阪線から橿原線へ乗り換えです。

向いのホームにやってきた京都行きの普通電車です。

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橿原神宮前駅に到着しました。

隣のホームには京都行き特急が待っていて、ほどなく京都へ向けて出発していきました。

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飛鳥の野を歩いて、橿原神宮前駅までは歩いて戻ったのですが、一部の方々は奈良交通のバスに乗られました。

狭い飛鳥のの道を大型バスが走ります。

2024年4月26日 (金)

かぎろひ歴史探訪 春の飛鳥野を歩く 4/11

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4月11日は春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で飛鳥の野を歩きました。

れんげそうと桜、畝傍山の背後に金剛山がそびえています。

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春の明日香はレンゲソウの畑が似合います。

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菜の花もあちこちで黄色の絨毯を広げていました。

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甘樫丘の上から見ていた飛鳥川の桜並木のところまで来ました。

これが今年の桜の見納めだったかもしれません。

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加藤正人 碁盤斬り 柳田格之進異聞 文春文庫/読了・・・・・・落語の「柳田格之進」を時代小説に置き換えてストーリー性とさらにこまかな関連性を刻み込んだとてもとても力作ですね。武士の面目とは、そういうテーマが全編を貫いています。志の輔で聞いた落語の「柳田格之進」より、この本の方が良かったかも。なんか映画化されるようですね。

2024年4月25日 (木)

かぎろひ歴史探訪 桜の甘樫丘へ登った 4/11

近鉄橿原神宮前駅東口⇒本明寺(石川精舎跡)⇒孝元天皇陵⇒劔池⇒和田池⇒古宮遺跡⇒向原寺(豊浦宮跡、豊浦寺跡)⇒甘樫坐神社⇒甘樫丘⇒甘樫丘東麓遺跡⇒飛鳥バス停⇒橿原神宮前駅

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4月11日は春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で明日香を訪ねました。

お昼のお弁当を甘樫丘の下でいただいた後、久し振りに甘樫丘へ登りました。

桜、満開というよりも散り初めでしたが、そこそこ美しさを保っていて丘の上からの風景と溶け合いました。畝傍山と二上山。

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北方向の耳成山を見ます。

手前の飛鳥川沿いに並ぶ桜は満開の様子です。

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北東側にある天の香久山です。

桜が終われば新緑の季節へと移行していきます。

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東方向を見ると飛鳥村の中心部が望めます。

この風景は50年前とあまり変わりません。ありがたいことだと思います。

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その飛鳥の風景の保存に努められた犬養孝先生の万葉歌碑です。

150基ほどある犬養先生の万葉歌碑の第一号がここ甘樫丘にあります。

采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く 志貴皇子 巻1-51

さて、2週間経った本日も奈良歩き、かぎろひ歴史探訪でならまちを歩いてきます。

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畠中恵 いわいごと 文春文庫/読了・・・・・・しゃばけシリーズで有名な著者のおなじ江戸を舞台にした町名主の主人公の物語。これもシリーズで8作目とか。著者に関しては、最近の作品を読むと筆力がどうも弱っているのかと思っていたけれど、少し上がってきた感じかなぁ。描かれている人々の湖西をもう少し際立たせてもいいのかも。

2024年4月24日 (水)

かぎろひ歴史探訪 第八代孝元天皇の剱池嶋上陵と甘樫丘周辺 4/11

近鉄橿原神宮前駅東口⇒本明寺(石川精舎跡)⇒孝元天皇陵⇒劔池⇒和田池⇒古宮遺跡⇒向原寺(豊浦宮跡、豊浦寺跡)⇒甘樫坐神社⇒甘樫丘⇒甘樫丘東麓遺跡⇒飛鳥バス停⇒橿原神宮前駅

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4月11日は奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で近鉄橿原神宮前駅から東へ歩いて飛鳥を目指しました。

歩いたコースは、石川池から和田池、そこから飛鳥の野へ入り甘樫丘を目指したものでした。

地図はかぎろひさんのところから勝手にお借りしました、ごめん。

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まず訪れた石川池ですが、ここには孝元天皇嶋上陵があります。桜の季節が残っていました。

孝元天皇は第八代ということで、神話の世界と混交しておりその存在自体が疑われていますが、記紀には嶋上陵に葬ったとする記述があります。

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剱池にあった見事な枝垂れ桜です。

平日ということもあるのか、池の周りの桜の下には誰も来られてなくて、独り占めのようなお花見が出来そうですね。

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次に行ったのは和田池です。こちらは後代に築かれた灌漑用のため池です。

ただ、周囲に緑が広がり、また大和屋根の民家があるなど、池の周囲には飛鳥らしい風景を現出しています。

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この日は天気も良くて、ちょうど見ごろとなったレンゲソウの田の道を歩くことが出来ました。

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飛鳥に入り、古宮遺跡、伝小墾田宮(おはりだのみや)跡へ来ました。

ここは推古天皇の宮跡と推定されており離宮や兵庫として奈良時代まで存続していたと考えられています。

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さらに歩いて、向原寺、かつての豊浦寺、さらに豊浦宮跡ヘやってきました。

豊浦宮は推古天皇が593年に即位した場所です。

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発掘の結果、飛鳥として最初の宮跡である豊浦宮跡と思われる遺構が出土しています。

これを一度見て見たかったのですよ、ほんと。良かったぁ。

2024年4月23日 (火)

蛇行剣を見た! 橿原考古学研究所附属博物館 4/2

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4月2日はいつもの生駒詣での帰りに橿原考古学研究所附属博物館へ向いました。奈良歩きの方々とご一緒です。

めちゃくちゃ話題になった富雄丸山古墳出土の蛇行剣の展示が一週間行われていたのです。

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富雄丸山古墳は、近鉄学園前駅の南3キロほどのところにある直径109メートルを測る4世紀後半、古墳時代前期後半の日本最大規模の円墳です。

その造り出しから木棺が見つかり、さらにその近くから他に類例を見ない237cmの長さの蛇行剣が出土したのでした。

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展示資料にあった蛇行剣出土の状態を示す写真です。

隣りに粘土槨とその中から見つかった木棺、そして木棺を覆っていた粘土槨から蛇行剣が見つかったのでした。

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興味深く見たのは、木棺に付着していた赤色顔料の蛍光エックス線分析の結果です。

赤色顔料は水銀朱ですから、水銀のピークが鮮やかに出ていますね。

その他に鉄もあるし、チタンやジルコニウムのピークもわずかながら認められます。

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蛇行剣の把の部分です。これだけでもかなり大きなものです、手に持つ剣とは全然違う大きさです。

左から楔形把頭(くさびがたつかかしら)、黄色いのが把合(つかあい)、さらに把縁突起(つかぶちとっき)、鞘口(さやくち)、鉄剣と続きます。

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剣の部分は長い蛇行した鉄の棒のような感じなのでパスして、今度は鞘尻(さやじり)の部分です。

鉄剣に続いて鞘尻があり、その先に石突(いしづき)があるのがはっきり見てとることが出来ます。黒いのは漆だと言います。

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蛇行剣展示の様子です。たくさんの来場者のなか、たまたま人が写らない一瞬を捉えました。

この日は大変な混雑で、蛇行剣を見るまで2時間かかりましたが、見ることが出来た良かったです。

2024年4月22日 (月)

大阪大学ワンコイン市民コンサート 中桐望ピアノリサイタル 詩から生まれた音楽~ショパンとリスト~ 4/21

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昨日4月21日は、大阪大学会館で開催された中桐望さんのピアノリサイタルのお手伝いに出かけました。

中桐望さんは、東京芸大首席卒業、同修士首席卒業後、パリでリサイタルを行うなど活躍されている方です。

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「詩から生まれた音楽~ショパンとリスト~」と題されたリサイタルは、ショパンのバラード4曲と、リストの親しみやすい楽曲で構成され、中桐さんの解説付きで進められました。

中桐さんの音の特徴は何とも華やかなもので、バラの花束を思わせる印象でした。

こういう素晴らしい演奏をされる方がまだまだおられるのですね。

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会場となった大阪大学会館の中の様子です。

既にピアノも片づけてしまい、ステージの上もすっきりしています。

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大阪大学へ向かうときに乗った阪急電車の大阪万博みゃくみゃくHM付き編成です。

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宮脇俊三 古代史紀行 講談社文庫/読了・・・・・・・先に読んだ宮脇俊三の「平安鎌倉紀行」から、どうしてもその前作である「古代史紀行」を読まざるを得なくなり、何十年か前に読んだ一冊を取り出して読み返してみました。

今回も一字一句を読み落とさないように、またその背景となる事象についてもよく考えながら読んでいたのでずいぶん時間がかかりました。

しかし、何とも読書の喜びに浸れる一週間でした。特に壬申の乱の歴史的な推移のコースは自分でも辿ってみたいですね。なにか、新しい目標を見つけてしまったみたいです。

2024年4月21日 (日)

カタシモワイナリー訪問 4/1

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4月1日は柏原市にある河内六寺跡を南から北へ歩いてその痕跡を訪ねていましたが、その途中というか終盤で、西日本では最古となるワインの製造所、カタシモワイナリーに出会いました。

ワイン樽を門の前に置いたカタシモワイナリーの入り口、「ご自由にお入りください」とあります。

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ふらっと、カタシモワイナリーの中に入ると、たぶん社長と思しき方から丁寧に説明とご案内をいただきました。

奥の倉庫のようなところに、ワインを造るための昔の道具類が整然と並んでいて、その一つ一つが歴史を感じるものでした。

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ワイナリーというよりも、何だか酒蔵という方がしっくりと馴染む建物の中です。

この奥に昔の道具類を展示した建物がありました。

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ワインの直売所は工場を出たところの別棟にあり、ここで購入するようになっています。

この付近のもうひとつのワイナリーである河内ワイン館のようなオープンな感じではなかったですね。

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さて、この辺りの山すそを南北に通る道を昔から業平道と呼んでいます。

これは、在原業平が高安の河内姫のもとに行くときに通ったとみられる道だとする言い伝えによるもののようです。

2024年4月20日 (土)

河内六寺のうち、家原寺跡、智識寺跡 4/1

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4月1日は、関西線205系を撮影した後、河内六寺の遺構を訪ねるべく歩いていました。

鳥坂寺跡から山沿いの道を北上していると、安堂会館のあるところへ出ました。

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周りがもう完全に住宅に囲まれた安堂会館があるあたりが、河内六寺のひとつ家原寺跡とみられています。

この会館を建設するときの発掘調査で古代寺院の瓦や建物基壇に使われた凝灰岩や礎石が認められました。

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さらに北へ向い、ぶどう畑の中を抜けると満開の桜がある展望台へ出ました。

周囲のソメイヨシノはまだまだだったので、種類の違う桜なのでしょう。

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展望台の下にあったのが、石(いわ)神社です。

旧大和川に現在の藤井寺から柏原へ向って掛けられた河内大橋はこの石神社へ向って延びていたそうです。

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この辺りには河内六寺のひとつ智識寺があったことが比定されています。

石神社の境内には、その智識寺の塔の心礎石とされる大きな石が遺されています。

聖武天皇は智識寺にあった盧舎那仏を見て、東大寺に大仏を建立しようと思い立ったと「続日本記」に記述があるとか。

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智識寺の北側には鐸比古鐸比賣(ぬでひこ ぬでひめ)神社という古式ゆかしき名前の社がありましたが、これは未調査です。

背後の山をご神体としているそうで、とりあえず古社なのでしょう。

2024年4月19日 (金)

高井田を歩く 河内六寺の鳥坂(とさか)寺跡 4/1

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4月1日は、高井田で関西線の205系を撮影した後、あまりの好天に高井田界隈を歩きました。

関西線、近鉄線に沿って歩いていると、鳥坂寺跡に出会いました。

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7世紀後半、この辺りは古代寺院が集中していたところです。

特に旧大和川右岸にならぶ寺が河内六寺と呼ばれています。

「天平勝宝8歳2月24日、孝謙天皇が難波宮行幸の際、柏原に立ち寄り、知識、山下、大里、三宅、家原、鳥坂の六寺を参拝した」との記録が続日本紀にあります。

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発掘された鳥坂寺の伽藍配置です。

金堂を取り囲む回廊の北側に回廊に直結した講堂が置かれ、少し南に離れたところに塔跡が見られます。

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発掘された金堂基壇、それらの石材や階段などなどです。

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講堂須弥壇あたりの石材や礎石、回廊の礎石などです。

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少し離れた位置にある塔の心礎石です。

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鳥坂寺跡の説明板が設置されています。

旧大和川を上って、飛鳥へやってくる外国の使節に対して、日本にもこのような立派な寺がありますよう!とアピールしていたのかもしれません。

2024年4月18日 (木)

関西線高井田 大和川橋梁 4/1

昨夜、四国出張から戻ってきました。15日、16日は震度5弱を記録した西予市にいました。

今朝は関係各所へ連絡して、状況を確認せねばなりません。

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4月1日は皆さんが行くものですから、関西線の高井田駅から東へ10分ほど歩いて大和川を見下ろすことができるポイントへきて撮影しました。

山を背景として、風靡な風景が広がります。

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やってくるのはほとんど221系6連または8連です。

6連は普通、8連は大和路快速でしょうか、快速で通り抜けていきます。

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関西線には、今春のダイヤ改正の後も201系が走り続けているとのことで、201系が走る風景をここで撮影したかったのです。

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1時間ほど待っていると、王子行きの201系がやってきて、折り返していきました。

とにかく、この風景の中で201系の走行が撮れて良かったです。

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4月になったこの日でしたが、桜の開花状況はせいぜい1~2分ほど。

桜とからめて、この風景が撮れたら最高でしょうね。

2024年4月15日 (月)

摂津富田歩き 追加 4/13

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3月30日に散策してきた摂津富田の街歩きを歴史探訪・番外編にしてほしいとのリクエストを受けて、少し歩く距離を増やすために追加の街歩きを4月13日してきました。

JR総持寺駅から西へ歩いて安威川沿いに少し行くと、西河原公園がありました。とても気持ちの良い散策コースです。

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西河原公園を抜けた先にあったのが、新屋坐天照御神(にいやにいますあまてるみたま)神社です。

延喜式に明神大社として記載され、相嘗祭(あいなめさい 新嘗祭に先立つ11月の初めての卯の日に行われる神道祭祀 )に朝廷から幣帛(へいはく  神道の祭祀において神に奉献する、神饌以外のものの総称)を奉られた式内社の最高格をもつ神社です。

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本殿はコンクリート製の覆い屋の中に保存されていますが、長い間修復作業もされていないのか、もうボロボロの様子がうかがえます。

そして、もともとこの神社の中にあったという境内社が近くにあるというのでそちらへ向いました。

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新屋坐天照御魂神社から歩いて数分のところにあるのが、磯良(いそら)神社、通称、疣水(いぼみず)神社です。

1669年(寛文9年)同神社が現在の地に遷座されたとのことです。

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こちらの社殿は大変立派で、多くの参拝客がある様子が分かります。

神功皇后の伝承がある社頭の霊泉『玉の井』より湧き出る御神水は『疣水』の名で広く世に知られ、疣はもちろん病気平癒に霊験あらたかとして知られているそうです。

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その霊泉は、マンガンの濃度が高く現在では飲用に適していませんが、境内には、いぼざくらと言うものがありました。

『井保桜(疣桜)』は神功皇后がお手植になったと伝えられ、淡紅白色の八重咲き、花弁は23枚と珍しく、昭和2年に天然記念物に指定されていましたが、1944年(昭和19年)に枯れてしまい、現在ニ世樹を育て、郷土の名桜の保存に努めているとのことです。

さて、今日から久しぶりの四国詣で、17日水曜日に帰ってくるまで、ブログはお休みします。

2024年4月14日 (日)

摂津富田の行きかえり鉄 3/30

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3月30日は摂津富田へ向かう途中、普通電車を乗り降りしつつ向いました。

東淀川駅で降りて早速やってきた「お茶の京都」ラッピング221系電車、おおさか東線の運用についていました。

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その他は、EF210けん引のカモレがやってきたくらいで、何だかいつもの風景だなと先へ進みました。

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摂津富田歩きを始めるべく、JR総持寺駅にやってきました。

駅端が広く撮りやすいのでいいですね。キティちゃんラッピングの関空特急はるかです。

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JR総持寺駅は従来の複々線の緩行線の間を広げてプラットホームを造ったので、そこだけ複々線が膨らんでいます。

北陸新幹線延伸の為、敦賀発となって大阪を目指すようになった特急サンダーバード、何だか結構混んでるんですよね。。

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きれいな編成美を見せているEF210けん引のカモレです。

これを撮って、摂津富田歩きに向かいました。

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知らなかったのですが、摂津富田はいわゆる寺内町でした。帰りは阪急富田駅からになりました。

この駅とJR摂津富田駅は歩いて10分もないくらい、その間にはいくつも居酒屋さんがあって、番外編の反省会もこの辺りで出来そうですね。

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宮脇俊三 平安鎌倉史紀行 講談社文庫/読了・・・・・・・長年探していた一冊がいとも簡単に南米のアマゾンから届きました。ここしばらくは読書趣味の深淵に浸る時間を過ごしていました。読み通すのがもったいなくて一週間以上かかってしまいました。

鉄道旅行作家の著者は、年代別の歴史を縦軸にして順番に辿り、故地を鉄道で水平移動して現実を移動しながら、歴史旅行記にまとめています。何とも深い内容とその時の歴史的人物への哀惜、またこのひと独特の文学的表現に魅了されつつ、一つ一つの言葉も読み落としたくなくて、じっくり目を通していました。

前作に当たる「古代史紀行」、もう何年も前に読んでいますが、今とは知識も違うので、これを再読せねばなりません。

2024年4月13日 (土)

摂津富田さんぽ 3/30

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3月30日は、天気はいいけど桜にはまだ早いということで、思い立って摂津富田の町を散歩しました。

摂津富田の入り口にあるような総持寺、大きなお寺です。

総持寺は、西国第22番札所、カフェレストランもあって近代的なお寺という感じです。

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総持寺から東へ歩いて往くと、この慶瑞禅寺があります。

黄檗山万福寺に関係する中国風寺院、ピリッとした雰囲気が境内に漂います。

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さらに東へ歩いていると道路わきに大宅壮一生誕地の碑がありました。

大宅壮一(1900-1970)は、著名なジャーナリスト、評論家。日本のテレビメディア黎明期の名言「一億総白痴化」は有名。

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大家壮一の碑からさらに東へ向かうと浄土真宗教行寺がある。

教行というのは、親鸞の「教行信証」に因むものとみられ、富田寺内町のよりどころとなるお寺のひとつです。

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摂津富田は酒どころでもあったようで、江戸時代の最盛期には24軒の酒屋が並んでいたそうです。

その後衰退し、現在は2軒のみ。そのひとつ、清鶴酒造さんです。

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摂津富田にもあったのが、三輪神社です。

奈良の三輪神社から勧請されたとのことで、酒造りとの関係もあったのではないかと思われます。

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三輪神社に接してあったのが、禅宗の普門寺です。ここも黄檗山萬福寺に関係した寺院です。

禅寺らしいピリッとした空気感がありましたが、入山は事前申込とのことで入ることはかないませんでした。

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普門寺の北側にあったのが、浄土真宗東本願寺派の本照寺です。

浄土真宗のお寺は入り放題ですから、豪華な彫刻が施された本堂でひと休み、贅沢な時間でした。

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最後に阪急富田駅に近いところにもう一軒の酒蔵がありました。

有名な国乃長酒造です。現在、酒蔵を新規に建設中で、これからも発展していく感じです。

2024年4月12日 (金)

2週間前の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪 南山城、上狛 3/28

JR奈良線上狛駅 ⇒ 上狛墓地(行基千年遠忌記念碑) ⇒ 高麗寺跡 ⇒ 山城郷土資料館(屋上でお弁当) ⇒ 上狛天竺堂一号墳 ⇒ 重文小林家住宅 ⇒ 上狛(大里)環濠集落 ⇒ 上狛駅

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3月28日は、今年の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の春の回の始まりで、南山城、上狛を訪ねました。

10時にJR奈良線の上狛駅に集合して、菜の花の色彩の中を歩き始めます。

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まず、行基千年遠忌記念碑がある上狛墓地を訪ねます。

行基は749年2月に寂しており、記念碑はほぼ千年後の宝暦13年(1763年)に造られたものです。(写真は別ものです)

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さらに歩いて、飛鳥時代に創建された高麗寺跡ヘやってきました。

整備された講堂跡の礎石が整然と並んでいます。その他、塔の心礎石(本物は地中に、地表にはレプリカ)を見ることが出来ます。

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木津川沿いを歩いて、山城郷土資料館の屋上で雄大な景色を見ながらのお弁当タイム、その後の歴史講座となりました。

木津川の流れの先に、生駒山が見えています。

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山沿いを歩いて、老人ホームの敷地に近いところに上狛天竺堂一号墳の一部が再現されているのを見学しました。

この地に勢力を持っていた狛氏の有力者の古墳とみられています。

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奈良線の線路を渡って、住宅街の中に入ったところに、重要文化財に指定されている小林家住宅があります。

非公開なので、門の入り口からだけ拝見しました。

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さらに歩いて、上狛の環濠集落へ入りました。集落の中にある井戸の見学の様子です。

ここは室町時代には在地勢力の狛氏の集落として成立したようで、その後農民が維持する集落となって現在も続いています。

2024年4月11日 (木)

生駒市内の万葉歌碑ふたつ 犬養孝先生揮毫 3/27

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3月27日はいつもの生駒詣で、仕事なんですが、その帰りに生駒市内にある犬養孝先生気揮毫の万葉歌碑二つを訪ねました。

夕されば ひぐらし来鳴く 生駒山 越えてそ我が来る 妹が目を欲り 巻15-3589 秦間満

(夕方になるとひぐらしが来て鳴く生駒山を越えて、わたしはやってきたよ。あなたに会いたくて)

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この万葉歌碑があるのは、生駒市立大瀬中学校の校門の前で、生駒山全体を借景として大変景色の良いところにあります。

ここへ行くためには近鉄生駒線南生駒駅から急坂を登って10分ほど、そのほか、近鉄生駒駅から中学校近くまでのバスが運行されています。

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次に暗がり峠の峠道の途中にある万葉歌碑を訪ねました。

難波津を 漕ぎ出て見れば 神さぶる 駒高嶺に 雲そたなびく 巻20-4380 大田部三成

(難波津より船を漕ぎ出してから後ろを振り返ると、眼前にある生駒山に雲がかかっている様が見えた)

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この歌碑があるところから少し登って暗がり峠まで歩いてきました。

暗がり峠までは、南生駒駅近くのコミュニティセンターから市が運営するたけまる号というバスがあり、それを利用しました。

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暗がり峠からの帰り、石造阿弥陀如来立像があるのでお参りしてきました。

向って右側面に文永7年(1270年)の銘があるそうです。

2024年4月10日 (水)

今のうちにさくら鉄を 阪急京都線、嵐山線 4/7

今年の桜はどうも満開期間が短いのではないでしょうか。

昨日の雨風で今年の桜も終わってしまったかと心配して、話題が新鮮なうちにアップしておきましょう。

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4月7日は、京都の上桂にある青山バロックザールでのコンサートへ行く前に、阪急京都線の途中駅でさくら鉄を楽しみながら、徐々に北上していきました。

南茨木駅の南側の様子、1300系と5300系です。

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次に西山天王山駅で下車して、南側を狙って撮影です。

さくらのHMを付けた9300系と、観光特急「京とれいん 雅洛」です。

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次に西向日駅で降りて、下り側ホームに移動して西側に立ち並ぶ桜を入れて撮影です。

1300系のSDGsトレインと3300系です。

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京都線桂駅で嵐山線に乗りかえて、ひとつ先の上桂駅までやってきました。上桂駅の桜は満開でした。

以前は神戸や宝塚からの臨時直通特急が走っていたり、土日の嵐山線は特別に8両編成の車両が走っていたりしたものですが、この日は6300系4両編成のみの運用でした。

2024年4月 9日 (火)

大阪メトロ・北大阪急行、車両いろいろ 3/26

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3月26日は、北大阪急行の延伸区間を乗りつぶし、その帰りに新大阪駅でしばらく御堂筋線の車両を撮影していました。

大阪メトロの新大阪駅の北端には、これらの通過車両を見ることができる休憩コーナーが設置されています。御堂筋線用の21系です。

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2011年から御堂筋線に投入された大阪メトロ30000系です。

延伸開業の記念HMがつけられています。

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同じ大阪メトロの30000系ですが、これは大阪万博のみゃくみゃくラッピング車両です。

両端車両のみ、ラッピングされています。

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さて、延伸された北大阪急行の車両9000系です。

何だかデザインというカテゴリーが抜け落ちてしまったような顔ですが、もう少し何とかならなかったのでしょうか。

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同じ北大阪急行の9000系ですが、何だか塗装が違いますね。これはマイナーチェンジされた第3編成ということです。

延伸記念HMが付いていますが、大阪メトロの車両についているものとは別のデザインになっています。

2024年4月 8日 (月)

ヴァイオリンとピアノのためのフランス音楽へのいざない 柴田由貴さん 4/7

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昨日4月7日は、お知り合いのヴァイオリニスト、柴田由貴さんがフランスのピアニスト、パオロ・リグットさんと組んだデュオコンサートを聞きました。

お二人のデュオは、大阪大学ワンコインコンサートでも以前に披露されました。

パオロ・リグットさんは、著名なピアニスト、ブルーノ・リグットさんの息子さんです。

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「フランス音楽へのいざない」と言うことで、ルクー、ドビュッシー、フランクのソナタと、ショーソンの詩曲というプログラムで、フランス音楽をたっぷり聴くことが出来ました。

柴田由貴さんは、1700年代のアマティを貸与されていて、意外にもその太い音色、ヴィオラのようなマイルドな音に魅了されました。

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会場の京都青山音楽記念館、バロックザールです。

座席数200席という小さなホールですが、ステージ上の高さは11mあって、とても響きの良いホールです。

毎年、音楽賞を設定し、若手演奏家を顕彰する事業も展開しているとてもハイグレードな音楽ホールですね。

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バロックザールの最寄駅、阪急嵐山線の上桂駅です。

満開の桜が迎えてくれました。今年の桜は開花から満開までが早めではないでしょうか。

ここへの道中、阪急京都線のあっちこっちの駅でさくら鉄を楽しみながらやってきました。

2024年4月 7日 (日)

新しい二つのホール 箕面市立文化芸能劇場、おにクル 3/26

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3月26日は北大阪急行の新線開通の乗り初めと萱野に因んだ萱野三平記念館を訪ねた後、千里中央と箕面萱野駅間に新しく開業した箕面船場阪大前駅へ行きました。

この駅前には新しい建物が点在し、その一つが箕面市立文化芸能劇場という大きなホールを備えた施設があります。

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この大ホールは座席数1401席、2階席を見たところシーツピッチも広そうな感じで、余裕を感じます。

それにしても、文化芸能劇場って、なんだかなぁ。

兵庫県が芸術文化センター、豊中市が文化芸術センター、枚方市が総合文化芸術センター、東大阪市が文化創造館、高槻市が文化芸術劇場、、、、、名称が重ならないように皆さん苦労されているのかなぁ、覚えられませんけど。

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北大阪急行箕面船場阪大前駅の周辺の地図です。

駅から直結のエスカレーターで文化芸能劇場の前に上がることが出来ます。

図書館があって、その北側に大阪大学箕面キャンパスの建物があります。

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新しいホールをもう一つ紹介します。

茨木市の市役所の隣りに開館したのが、複合施設の中にある1200席のおにクルホールです。

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名称の「おにクル」は、茨木市のマスコットキャラクターである茨木童子が鬼であることから、おにが楽しみにしてクルような楽しいところということで、6歳の児童の命名によるそうです。

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新しい茨木市のホールは、阪急茨木市駅とJR茨木駅のちょうど中間に位置しています。

今年の内に、これらの新しいホールに行けたらいいですね。

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安部龍太郎 薩摩燃ゆ 角川文庫/読了・・・・・・・幕末の薩摩はややこしい、どの藩主が実権を握るかで藩の方針がコロコロ変わるものですから。その中で、借金を返し、富国強兵に方向転換するために表裏を使いこなし大きく貢献、貢献と言っても搾り取れるところからは徹底して絞りとったのですが、その役を担わされた家老の調所広郷の物語。最後は詰腹を切らされるのですから、なんだか切ないですね。

2024年4月 6日 (土)

箕面萱野駅の萱野って? 萱野三平記念館へ 3/26

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箕面萱野駅の名前の萱野はこの辺りの地名ですが、元々は赤穂浪士の討ち入りの物語で登場する萱野三平重実(しげざね)の実家があったことからの地名です。

箕面萱野駅から南西へ10分ほど歩いた西国街道沿いに、萱野三平の屋敷が残っています。

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萱野三平は、旗本の三男、俳人としても知られた人ですが、13歳の時に赤穂藩主浅野長矩につかえることになりました。

藩主が元禄14年(1701年)3月14日に起こした刃傷事件の報告を江戸から赤穂に伝えるために、大急ぎでわずか4日で第一報をもたらしています。

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本人は、大石らが進める義挙に参加するつもりだったのですが、三平を赤穂藩に推挙した大島家が吉良家と近いことから、義挙には参加せず大島家に仕官するよう父親から進められた三平は、その板場挟みから藩主の月命日である元禄15年(1702年)1月14日に自刃してしまいました。

写真は、三平が切腹したと伝えられる長屋門の一室です。

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元々あった萱野家の屋敷の模型です。

現在は右上の長屋門が残るのみですが、本宅は伊丹に移築されているそうです、そのうち見に行かねばなりません。

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なんだかやりきれない気持ちを持ったまま、萱野三平記念館を後にしました。

ころころ変わる天気でしたが、雨に降られることなく駅まで戻れたのは良かったです。

2024年4月 5日 (金)

新線開通 北大阪急行箕面萱野駅 3/26

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3月26日は、3月23日に開通した北大阪急行の千里中央—箕面萱野駅間を初めて乗車を体験しました。

延伸するすると言い続けて、50年ぶりの新線開通となりました。

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箕面萱野駅から南方向、千里中央殿間にある箕面船場駅方面を見ています。

ビル街の地下に新駅があります。そちらへは帰りに立ち寄りました。

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やってきた北大阪急行のポールスターです。

1986年に登場した8000系です。

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箕面萱野駅の様子です。

新駅の清々しい雰囲気が漂います。

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箕面萱野駅は、箕面キューズモールに直結しており、傘を差さずにこれらの施設を行き来できるようになっています。

とはいうものの、この日は昼過ぎに豪雨に見舞われ、屋根のある連絡通路でも吹き降りの雨にやられてしまいました。

2024年4月 4日 (木)

キャノンギャラリーで鉄道写真展 3/22

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3月22日は、昼からのコンサートの前に肥後橋のキャノンギャラリーへ行き、櫻井さんという方の鉄道写真展を見ました。

まぁ、天気も良かったし、義務感にかられての暇つぶしではあるのですが。

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北海道の道南いさりび鉄道だったかな、それと真冬の津軽鉄道の写真です。

北海道の夏はいいけれど、青森の吹雪く寒いときは大変でしょうね。

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関東鉄道が走る風景、遠くに筑波山が見えています。

この撮影場所には陸橋があって、広大な風景が撮れるところです。

上の道南いさりび鉄道の写真でもそうだけど、自分だったら景色と溶け合わせるために、もっと車両は遠く小さい画像を採用するでしょうね。

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大阪ものもひとつ、阪堺電車のあびこ道車庫。

雨の夜でしょうか、これも撮影するのは大変ですね。

誰かに傘をかけてもらっているのかな?

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写真展を見た後、阪急電車で西宮北口へ向いました。

乗車したのは、大阪万博、みゃくみゃくのHMを掲げた1000系でした。

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山本一力 背負い富士 角川文庫/読了・・・・・・・富士山と渡世人の絵はもうそのまま次郎長のイメージですね。次郎長と同じ日に生まれたとする幼馴染が、次郎長の思い出を語るスタイルで話が進められます。もともと米問屋の養子となった長五郎が、実家を出て渡世の道へ進んでいくのですが、そこの転換ポイントがあまり語られていないのは、なんだかストーリーが切れていたような。とはいうものの、面白い一冊でした。

2024年4月 3日 (水)

阪神電車特急に「センバツ100年&甲子園球場100年記念」副票を掲示 今津駅 3/21

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3月21日は、西宮北口で兵庫芸術文化センター管弦楽団のリハーサルを聞いた後、阪神電車今津駅でしばらく撮影です。

阪神電車の特急に「センバツ100年&甲子園球場100年記念」の副票が掲示されているとのことで記録しました。

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センバツ高校野球は100年前に初めて開催され、戦争とコロナで中止になった年があるので、今回が第96回です。

2枚のHMを付けた山陽特急にも100年記念の副票が掲げられています。

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この日は、なぜかやってくる特急が山陽特急ばかりで、阪神電車を待っていたのですが、結局冒頭の1本だけでした。

久寿川駅を通過して今津への急坂を駆け上ってくる山陽特急です。

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好みの9300系がやってきました。3編成しか作られなかったのは残念。

いつ見ても「カッコええなぁ!」と思うのですが、急行なので副票は掲げていませんでした。

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近鉄線へも乗り入れているので阪神線内で見かけることが少なくなっている9000系です。

そろそろ近鉄へ忖度した黄色帯をやめて、元々の赤に戻してくれへんかなぁ。

近鉄特急も黄色一辺倒の塗装をやめたのになぁ。

2024年4月 2日 (火)

コンサート前鉄 東淀川、千里丘 3/17

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3月17日は高槻での紫苑交響楽団の演奏会の前に、まずは東淀川駅で撮影しました。

なにやら人が集まってきて、なんやろ?と思っていたら、EF66-123に牽引されたEF64回送カモレがやってきました。

この通過後、潮が引くようにご同業が消えて行ったのは、ある意味見事ですね。

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関空特急はるかの通過です。キティちゃんラッピングが、、、、、、単なる模様に見えますが。

最近、インバウンドの増加によってか、乗車率が上がっていますね。

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おおさか東線の221系です。もうすっかり定着した感じがあります。

すこし前に久宝寺から新大阪まで乗ってみましたが、お客さんが結構多いのには驚きました。

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撮影場所を千里丘に移しました。

早速やってきたEF510-8号機牽引のカモレです。

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特急サンダーバードがやってきました。

北陸新幹線の開業によって、前日の3月16日から敦賀発大阪行きに改まったところですが、かなりのお客さんの乗り具合でしたよ。

2024年4月 1日 (月)

晴天に誘われて大阪市内歩き 3/14

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3月14日はあまりの好天に誘われて、大阪市内へ出かけJR東西線大阪天満宮駅で下車、歩き出しました。写真は天神橋のたもとです。

写真は出さないけれど、天神橋筋商店街を歩いていると何やら賑やかな音がするので行ってみると、先日若くして亡くなられた噺家の林家小染さんの葬送が繁盛亭前でされていました。合掌。

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天神橋を渡って土佐堀通りを歩いて今橋あたりを過ぎたところに、いわゆる料亭の花外楼がありました。

ここは歴史的なところで、明治8年2月に大久保利通・木戸孝允・板垣退助・伊藤博文らが集まり、いわゆる大阪会議を開催し、その後の国の方針を決定しました。

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有名なライオン像がある難波橋へやってきました。

橋の端っこにライオン像があるのですが、それぞれ阿吽の像になっているところは何とも日本的です。

ライオン像は北側にもあります。

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さて、やってきたのは、京阪なにわ橋駅構内にあるギャラリーで、そこで開催されているのが鉄道芸術祭という催しです。

過去にも来たことがあるのですが、こんなスクリーンがあるだけで、何が何だか。

もう来年からは足を運ぶことはないでしょうね。

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京阪なにわ橋駅から地上に出るエスカレーターに乗っていると目の前に中央公会堂が現れました。

とても印象的な光景だったので一枚撮影しました。

この日はお知り合いが指導されている専門学校の卒業式が行われていました。

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地上に上がると目の前に東洋陶磁美術館の建物があります。

長い間リニューアルのため休館していましたが、4月12日にオープンしますね。

安宅コレクションをはじめとする見事な陶磁器に再び会えるのは楽しみ以外にありません。

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梅田周辺まで戻ってきた所に北野の萩の円頓寺がありました。

落語の「鷺とり」では、主人公の男が冬の凍った円頓寺の大きな池に残された鷺をスイスイ刈り取る様子が語られます。

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