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2024年7月

2024年7月31日 (水)

夏の四国詣で カフェ・サウンド器 7/17-19

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7月17日からの四国詣で、18日の仕事を終えて訪れたのは定宿としているビジネスホテルの北隣に昨年8月にオープンしたカフェ・サウンド器さんです。

月曜、火曜が定休日ということで、昨年来西予市訪問とお休みが重なって足を運ぶことが出来なかったのですが、今回は18日木曜日に初めて行くことが出来ました。

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このお店のウリは、なんといっても世界最大のハリウッド映画用ホーンスピーカー、Western WE13Aホーンを置いていることです。

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ということで、そのホーンスピーカーの真ん前に陣取ります。

ホーンは一本だけですが、とにかくデカイ、その印象しかありません。

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このお店の音楽はジャズがメインのようですが、いくつかあるクラシック音楽のCDをかけていただきました。

シュタルケルのチェロ、コダーイの無伴奏ソナタの演奏、重量感がすごかったですね。

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その他、カール・リヒタ―の演奏でバッハのオルガン曲を聞かせていただいたのは圧倒的でした。

音量ではなく、音圧を身体に感じました。こんなスピーカーは初めてです。

これだけ大きなスピーカーだと、モノラルで十分でした。とにかくすごかったです。

2024年7月30日 (火)

夏の四国詣で 夜のれんげそう 7/17-19

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7月17日からの四国詣で、卯之町に着いてから市役所へ挨拶してホテルへ。

その後、恒例の居酒屋さん「れんげそう」へgo-go

まずは、カンパチ、イサギ、鯛の炙り、鯛のお造りからいただきます。

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鯛の南蛮漬け、暑い中やってきて、酢のサッパリ感がたまりません。

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デカイ、鶏のもも一本揚げ、豪快です。

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鯛の肝まみれ、そろそろ日本酒でしょうか。

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玉子25個の出し巻、もう何が何だか。

そのひと切れをアツアツでいただきました。

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とりあえずの日本酒、司牡丹、一ノ蔵、田酒、立山。

この日は辛口がメインでした。

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お客さんが持ってこられた竹の花、初めて見ました。

竹は花が咲くと枯れるといいます。

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葉室麟 峠しぐれ 文春文庫/読了・・・・・・・峠の茶店を舞台に、藩内抗争に巻き込まれていく夫婦の物語。歴史小説ではなく、時代小説なので自由な展開になっています。盗賊が出てきたり、お姫様で登場するなど、まぁドラマと思って読んでいました。それはそれで面白かったけど。

2024年7月29日 (月)

夏の四国詣で 松山駅 7/17-19

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7月17日から恒例?の四国詣で、仕事なんですが、二泊三日で出かけました。

四国の玄関口のひとつ、JR松山駅、三角屋根のエントランスが特徴的です。

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松山駅では、現在高架化工事が終盤を迎えており、この地上駅を見るのも今回の四国詣でが最後になりそうです。

松山駅1番ホームから高松方面を見ています。

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駅の高架化で、行き来が出来なかった駅の東西が通じるようになり、地域の活性化が進むことが期待されます。

1番ホームから宇和島方面を見ています。

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岡山、高松から8600系特急しおかぜ、いしづちが到着しました。

新車と思っていましたが、2014年6月23日のデビューですから、仕業10年を超えていました。

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一方、宇和島から2000系特急宇和海が到着しました。

こちらは1995年登場のN2000系です。

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松山市内で、塗装未更新の伊予鉄バスを発見しました。

バス、路面電車、郊外電車のすべてが塗装変更したと思っていましたが、未更新車があるとは。

おそらく廃車が迫っているので、塗装更新とならなかったのでしょう、お疲れ様でした。

2024年7月28日 (日)

第13回ビッグバンドJazzフェスタin茨木 7/27

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いつもはクラシック音楽ばかり追いかけていますが、実は吹奏楽やビッグバンド好きでもあります。

昨日7月27日は神戸の教会での弦楽アンサンブルを聴く予定でしたが、以前にあまりよくない印象(演奏ではなく音楽に対する考え方かなぁ)だったので、ほかを探していたら、たまたまこのジャズフェスティバルが目に入りました。

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近畿の10団体ものビッグバンドが登場し、13時から夜遅く20時半ころまで開催されるとてもハードなコンサートで、なかなか良かったのですが、16時ころに失礼しました。もう十分堪能しましたから。

それにしてもみなさん元気ですね、年齢も若い方からたぶん70代くらいの方までおられたような。

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普段はサラリーマンとかされている方が多いようですが、とてもパワフルな演奏に魅了されました。

お客さんもいっぱいで、これは楽しいフェスティバルに出会いましたね。来年も行ってみよう。

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茨木市役所の北側にある会場のクリエイトセンターです。

ホールが狭いので、来年は新しい施設、おにクルの大ホールで開催してほしいですね。

2024年7月27日 (土)

眠ってたカメラで試し打ち 新大阪駅 7/16

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普段使いのカメラのほかにいくつもカメラがありますが、もらったまま数年が経過し、使ったことが無かった超小型ミラーレスの試し打ちに出かけました。

早速やってきた289系特急こうのとりを撮りました。

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ひとつ京都寄りの東淀川駅の側線を通って225系新快速がやってきました。

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敦賀行になってしまったサンダーバードです。

お客さんは結構多いですね。

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207系のリニューアル編成、おもちゃのようなカメラですが、何とか撮れていますね。

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EF65-1128が宮原区のDE10-1028を率いてやってきました。

広々とした構内を走る姿は、まるで鉄道模型のようでした。

2024年7月26日 (金)

そういえば行ってました、「珠玉の西洋絵画」展 香雪中之島美術館 7/10

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そういえば、7月10日にキャノンギャラリーでの写真展「鉄道のカタチ」を見た後、同じビルの中にある香雪中之島美術館へ行ってました。

モネ、ルノワール、ピカソ、「珠玉の西洋絵画」と題する展覧会なんですが、香雪美術館所蔵ではなく、和泉市久保惣記念美術館から、わずか25点を借りて、大々的に宣伝しての展覧会です。これはやりすぎやろ。

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いかにもルノワールと感じる「花飾り女」です。

25点の中では、目立つ色彩でした。

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いかにもロートレックと感じる「マルセル・ランデ嬢 胸像」1895年り作品です。

写真は撮影出来ないので、ネットからの借りものです。

借り物の借りものです。

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さて、これらの絵画を所蔵しているのが、和泉市にある久保惣記念美術館です。

明治時代に綿業で栄えた和泉市の久保惣株式会社が美術品など約12000点を市に寄贈し、昭和57年に開館した美術館です。

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国宝の「青磁 鳳凰耳花生(ほうおうみみはないけ) 銘万声(めいばんせい)」です。

以前訪れた時は、あまりにさりげなく置かれていて、出会ったときにドキドキしたのを覚えています。

写真は美術館のデジタルミュージアムから借りました。

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剣豪として知られる宮本武蔵の「枯木鳴鵙図(こぼくめいげきず )」です。

スーッと書かれた一本の枝は実はかなり長い線で、剣の修業をした人ならではの力感です。

現在、久保惣記念美術館では、歌川広重が晩年に制作した「六十余州名所図会」全70点(目録含む)が展示されています。

 

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伊多波碧 裁判官三淵嘉子の生涯 潮文庫/読了・・・・・・・現在朝ドラで放送されている「虎に翼」のモデルである三淵嘉子さんの生涯をつづった作品です。「うーん、実際はそうだったのか、、、」が多すぎて、ドラマの見方が変わってしまいそうです。何がどうだかは、ねたばれになるので書きませんが、ひとつ、「麻雀は得意だった」くらいはいいかな。こういう人だったら、主演の伊藤沙莉さんはぴったりかも。そもそも「虎に翼」って、壬申の乱の前に天智天皇が弟の天武天皇に吉野へ逃げられた時の言葉なんやけど。

2024年7月25日 (木)

鈴木啓公写真展「鉄道のカタチ」 キャノンギャラリー 7/10

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7月10日は、中之島のキャノンギャラリーで開催中の鈴木啓公写真展「鉄道のカタチ」を見てきました。

鉄道車両や施設にある様々なカタチを追い求めた新鮮なアプローチの写真展でした。

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あぁ、なるほど、あれやなぁ

関東のほうを走る高級リゾート列車だよね。

まだ見たことないけどなぁ。

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これは新しい西武電車の特急、その窓ではないだろうか。

黄色い座席の背面、どんな車両についているのかな。

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おや、これは新幹線の幌、すき間なく繋ぐことで騒音の防止になっているんだ。

0系新幹線の座席の背面、面白い切り取り方だけど、保存車両で撮ったのかな。

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こちらは関西、南海空港特急の丸い窓。

そして、近鉄大和西大寺駅構内のぐちゃぐちゃ線路、これもカタチ?

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その他いろいろなカタチにこだわった写真が数多く並んでいました。

中には、?もありましたが、こういうカタチを探すのも面白いですね。

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おや、これも新幹線の座席シートなんだろうね、面白い。

色合いから東北新幹線E5系、カタチというよりデザインからイメージを伝える作品ですね。

「カタチから次のイメージを想起させる」という条件をもっと厳しく限定すれば、もっとレベルの高い写真展になったでしょうね。

2024年7月24日 (水)

近鉄東花園駅から河内永和駅で乗り換えて 7/9

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7月9日は東大阪市民美術センターで「近鉄電車のデザイン」展を見た後、帰途につきました。

近鉄東花園駅でのカットです。

この駅に隣接して東花園車庫があるため、入替えのために回送の特急電車が入線してくることがあります。

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奈良行の急行6連が通過していきました。

なんば側の車両がダブルパンタになっています。

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今度はシリーズ21編成の西大寺行き普通がやってきました。

阪神への乗り入れ15周年の記念副票を付けています。

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阪神電車のSDGs編成で河内永和駅まで移動してきました。

SDGs編成は、阪急、阪神とも最近新しい編成になりました。

なんもしないのも、ひとつのSDGsの考え方だと思うのですけれど。

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もう一つ、阪神電車の台湾コラボ編成が通過していきました。

花の画像が一杯ラッピングされているのですが、高速で通過していくともう何が何だか。

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河内永和でJRおおさか東線に乗り換えです。

すぐにやってきたのはEF510のトップナンバーでした。

ここから新大阪経由で帰りました。

2024年7月23日 (火)

「みんな大好き!近鉄電車のデザイン」展 東大阪市民美術センター 7/9

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7月9日は、いつもの生駒詣での帰りに近鉄東花園駅で下車して、東大阪市民美術センターへ向いました。

ここで開催が始まった「みんな大好き!近鉄電車のデザイン」展を見るためです。500円。

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驚かされたのは、展示品の数の多さです。

ポスターから切符から、書籍、車両写真、ガイドブック、近鉄に関する資料がところ狭しと並んでいます。

その一つ、展示ブースのひと部屋を占める大きさの行き先表示ロールです、文字は旧字で右から左へ読みます。

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数多くのポスターのひとつひとつを見ていたら時間がいくらあっても足りません。

これは車両の歩みという一枚、これだけでも見飽きることがありません。

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近鉄車が受けた鉄道友の会のブルーリボン賞の数々です。

これとは別に、それぞれの車両写真が掲示されていました。

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懐かしいあおぞら号に掲げられていた特急プレートです。

小学校の伊勢神宮参拝で二階建て修学旅行用のあおぞら号に乗車しました。

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最後のブースでは、現在運行中のならしかトレインのコーナーがありました。

目の錯覚かもしれないけれど、車両の中に入ると自分の立ち位置で車両の見え方が変わっていきます。わかるかなぁ?

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さて、会場の東大阪市民美術センターです。

右奥に見えるのは、花園ラグビー場、一度ここでラグビーの試合を見たことがあります。

この近鉄展の会期は9月1日まで、まだまだ間に合います。

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伊東潤 夜叉の都 文春文庫/読了・・・・・・大河ドラマ「鎌倉殿と13人」で描かれた北条政子と義時の物語。それを伊東潤が丁寧に描いています。武士の府を守ろうとする政子と北条氏の独占を狙う義時の思惑が複雑に絡まり合います。古代から繰り返し行われてきた権力を握るというのは、これほどすさまじく悲しいことなのかもしれませんね。

2024年7月22日 (月)

ジョワン第20回定期演奏会 ~楽聖の傑作の森を彷徨う~ 7/21

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昨日7月21日はご招待をいただいたジョワン(オルケストル・クラシーク・ジョワン)の第20回定期演奏会を聞きました。

今回は「楽聖の傑作の森を彷徨う」とサブタイトルが掲げられています。

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演奏されたのは、ベートーヴェンの交響曲第6番と第5番で、これは1808年にこの2曲が同時に初演されたことに因んだ選曲です。

こういう主張を持った演奏会を聞いてみたかったので、うれしかったです。

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指揮は、いつもの上塚憲一さん、かつて日本テレマン協会のチェリストとして活躍された方です。

柔かいお声での解説は短いながら的を得たもので、ユーモアを交えてとてもわかりやすいですね。

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会場の松方ホールです、低音から高音まで分離とバランスの良い音が届きます。

アンコールには、第5番第3楽章のテーマの由来から、モーツァルトの交響曲第40番の最終楽章が演奏されました。

また、最後にベートーヴェンのメヌエットの管弦楽版が演奏され、それについても演奏する意義が解説され、ひとつの無駄もない立派な演奏会に大感動でした。

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松方ホールが入る神戸新聞やラジオ関西が入るビルです、梅雨明けの青空が広がります。

この日の演奏会の写真撮影をされていた、とても面白そうな方とお知り合いになりました、ひとつの出会いですね。

2024年7月21日 (日)

阪急京都線 各種HMを撮る 7/15

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7月15日は茨木市の新しいホールでのコンサートの前に、久し振りに阪急京都線のHM装着編成を撮影しました。

とはいうものの、阪急梅田駅にやってくると天神祭のHMを付けた宝塚線の急行が入線してきたので早速パチリ。

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途中、上新庄駅で下車するも、先着ご同業がホーム端を占領していたため、ホームの途中で待ってひと編成、5300系のみ撮影。

阪急のほとんどの車両が白い屋根になってしまった昨今、懐かしいオールマルーンの編成は貴重です。

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場所を南茨木へ移してひと時撮影、9300系の特急がやってきました。

このHMは、PITAPAがサービスを開始してから20周年の記念HMです。

PITAPAって、もっと前からあったような気がしていたけど、まだ20年なんですね。

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茨木市駅に到着しました。コンサートまでまだ時間があったのでしばらく撮影です。

大阪・関西万博のラッピング編成がやってきました、みゃくみゃくのHM付きです。

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最後に阪急京都線の8300系、メモリアルトレイン章を付けた編成を撮影しました。

あと、15日は宵々山だったので祇園祭HM付きを撮りたかったなぁ。残念。

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河野一隆 王墓の謎 講談社現代新書/読了・・・・・・・世界の王の墓が造られた経緯とそれが衰退していった原因や、王墓を造っていく過程での使役についても従来のような「民に苦役を強いた」ということではなさそうだという観点からいろいろな事例をあげて解説しています。ただ、チョイと内容が難しかったかも。著者にしかわからない書き方というか用語の使い方があって、なかなか前へ進めませんでした。

2024年7月20日 (土)

新しいホール おにクル ゴウダホール 7/15

7月17日から行った二泊三日の四国詣でから昨日帰ってきました。

その報告はまた後日、今日は7月15日に茨木に出来た新しい施設、茨木市文化・子育て複合施設「おにクル」のホールの話題です。

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昔々、茨木に生まれた男の子が自分が鬼の子だと知って、丹後に移り大江山に住む山賊の頭、酒呑童子のもとに行き、茨木童子と名乗って副将格になったという伝説から、茨木童子が市の観光特任大使として活躍しています。

「おにクル」という名称は、名称募集により6歳のお子さんが命名した名前で、「楽しそうで怖い鬼さんも来たくなっちゃうところ」という由来によっています。素晴らしいですね。

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さて、会場の法へ移ります。このホールは、ステージから奥に向けてあまり広がらず、どちらかというとシューボックススタイルに近い形状かと思います。

神戸文化ホールやアルカイックホールのような奥に広がるホーン型とは少し違いますね。

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2階は途中に通路があって、傾斜も比較的緩やかではないかと思います。

演奏中の照明も余り落とさないので遅れて入ってきたお客さんも移動しやすいですが、階段を降りるときの手すりのようなのが無く、足の悪い方には少し難しいかもしれませんね。

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この施設は、文化・子育て複合施設ということで、いろいろなスペースや広々とした空間が広がっていて、何だか楽しそうなところがいっぱいあって、休日だということもあってか、子供さんがいっぱいでした。

一階には少しだけですが、カフェのようなものもあり、一日ゆっくり出来そうです。

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また、開放的な図書館もあって、のんびりできそうな感じです。

このように、とにかく空間に余裕があって、他人を気にせずに時間を過ごすことが出来そうな場所でした。

2024年7月17日 (水)

樹フィルハーモニー管弦楽団第10回記念定期演奏会 7/15

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7月15日は、2016年に創設された樹フィルの第10回になる記念定期演奏会を聞きました。

当初、お知り合いが入っておられたこともあり、調べると今まで5回聞いていましたね。

今回もトラでお知り合いの方がご出演でした。

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この日は、ベートーヴェンとチャイコフスキーの交響曲第5番を取り上げるという重厚なプログラムでした。

演奏するほうも、聴く方もなかなかエネルギーを必要とします。

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指揮は大阪出身の遠藤浩史さん、プロオケ、アマオケで活躍されていますね。

ベートーヴェンもチャイコフスキーも、オーケストラをぐいぐい引き連れて行って、張りのある音楽を聞かせてくれました。

オーケストラも大変頑張って素晴らしい演奏を披露してくれましたが、音楽のスタイルは不思議と少し昔風のベートーヴェンであり、チャイコフスキーでした。何がどう?と言われると辛いのですけれど。

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今回の演奏会は茨木市に新しくできた文化・子育て複合施設「おにクル」で行われました。

北側の交差点にある茨木童子の像と共に撮りました。

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新しいホールで聴けるって、ドキドキですよね。おにクルについてはまた改めてブログアップします。

1201名が入る比較的大きなホールがまた登場しました、うれしい限りです。

 

さて、今日から久しぶりの四国詣で、仕事なんですが、二泊三日でお出かけです。ブログはお休みします。

2024年7月16日 (火)

大阪大学ワンコイン市民コンサート チョ・ジンジョ&橋本京子 デュオ・リサイタル 7/14

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7月14日は、いつもの大阪大学ワンコイン市民コンサートのお手伝いで大阪大学会館へ向いました。

この日は、韓国出身のヴァイオリニスト、チョ・ジンジョさんと、先月に続いてベテランのピアニスト、橋本京子さんによるデュオ・リサイタルでした。

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チョ・ジンジョさんは、2006年の第5回モントリオール国際音楽コンクール第1位。2012年のエリザベート王妃国際コンクール、セミファイナリスト。2014年の第9回インディアナポリス国際ヴァイオリン・コンクール 第1位と素晴らしい受賞歴をお持ちです。

既に欧米では破竹の勢いで活躍され、カリスマ的ヴァイオリニストとして引っ張りだこなのですが、今回が日本デビューコンサートとなりました。

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先月に続いて登場の橋本京子さんは、桐朋学園大学卒業後、メニューインアカデミーとジュリアードを経て、ソロ・伴奏ともに数多くの国際コンクールで受賞されています。

世界各地でのソロリサイタルやオーケストラとの共演のほか、弦楽器、管楽器の著名音楽家とのアンサンブルで評価高く、現在カナダ・モントリオールのマギル大学主任教授として世界で活躍中、お話しに出てくる共演者の名前のレベルが違いすぎて,本当にすごいです。

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プログラムは、フォーレ没後100年の今年に因んで、フォーレのヴァイオリンソナタ2曲と、ドビュッシー、メシアンの作品が演奏されました。

チョ・ジンジョさんのヴァイオリンは輝かしく艶のある音色、さらに雄弁な演奏で、橋本さんのピアノと相まってぐいぐい音楽が推進していきました。素晴らしい。

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会場の大阪大学会館です。ピアノは1920年製のベーゼンドルファー、レジェンド・ピアノですね。

演奏終了後のインタビューでは、同時通訳機能のアプリを利用して、英語を次々に日本語に変換してスクリーンに綴っていくという見事な演出が披露されました。

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小泉武夫 江戸の健康食 中公文庫/読了・・・・・・江戸時代の食に注目、納豆をはじめとする発酵食、豆腐などの和食、海の幸、山の幸、さらに日本酒の喜悦など、当時食されていた食べ物に関してそれぞれ短いながらも食の有用性が次々に語られています。現代のさまざまな食物のビタミン類などの解析や効用とは別に、経験則によってその利用を促していった江戸時代の人々の智慧に感服です。

2024年7月15日 (月)

そういえば行ってました「ヴォーリズ建築写真展」 関西学院博物館 7/8

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7月8日は、関西学院へ行って博物館で開催中の「ヴォーリズ建築写真展」を見てきました。

関西学院の中には何回か入ったことがありますが、こんなに奥まで来たことは入試(落ちたけど)以来でした。

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作品は写真家の桃井一至さんが撮影したもので、各地にあるヴォーリズ事務所が関わった建築物の写真が20点ほど並んでいました。

建築物として全体を捉えた作品のほか、その一部だけを切り取った画像など、建物がある場所の雰囲気が伝わるものでした。

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また、写真として掲示できなかった作品はスライドショーとして流されていました。

暑い暑い平日の昼間でしたが、お客さんも数名来られていて熱心に見入っておられました。

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是もヴォーリズ建築のひとつである博物館の玄関ロビーです。

なかなか凝った造りで、こういう建築物が大学の中にあるのはいいですね。

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その博物館をゴジラが襲うという設定のジオラマ模型がありました。

これはもう、受け狙いでしょうね。

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帰りに撮った関西学院の博物館というか、時計台です。

広々とした芝生、背景に甲山がそびえるという、関学の代表的な風景です。

2024年7月14日 (日)

そういえば行ってました「ホケノ山古墳」展 橿原考古学研究所附属博物館 7/3

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7月3日はいつもの生駒詣でのついでに橿原考古学研究所附属博物館まで足を延ばして、ちょうど開催中(期間が短い)の「ホケノ山古墳」展を見ました。

ホケノ山古墳から見つかった大量の副葬品がことし国の重要文化財に指定されたことを記念する特別展です。

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桜井市にあるホケノ山古墳は、邪馬台国の時代と重なる3世紀中頃の前方後円墳です。

手前の三段の墳丘がホケノ山古墳、その向こうに見えるのが卑弥呼の墓とも言われる箸墓です。

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桜井市にあるホケノ山古墳は、珍しい埋葬施設を持つことで知られています。

これはこの博物館にある埋葬施設の復元模型です。

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ホケノ山古墳の埋葬施設を上から撮影した発掘時の写真で、埋葬施設の中に柱跡が見られます。

後円部中央に、大和の古墳では初の事例となる石囲い木槨で長さ5mの刳抜式木棺が収められていました。

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ホケノ山古墳では、ほぼ完形で出土した画文帯同向式神獣鏡があり、中国にも類例のきわめて少ない秀れた造形のものです。

この鏡は、直径19.1cm、白牙弾琴・東王父・西王母それに黄帝かと思われるものなど4体の神仙像と、獣は四乳を巡る蟠龍形が四体が刻まれています。

特別展の期間が2週間ほどしかなく、あわてて駆けつけましたが、とても充実した展示で大満足でした。明日15日まで。

2024年7月13日 (土)

ごちゃごちゃで楽しい天神橋筋商店街 6/29

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6月29日は堺筋本町から天神橋筋商店街を歩いて天六まで歩きました。

大阪天満宮へお参りしてから、いよいよ天神橋筋商店街を歩きます。

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この商店街は南から1丁目で始まり、最後、北の端っこで6丁目に至ります。

2丁目辺りはまだまだ普通の商店街というところでしょうか。

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少し北へ行くと、阪神高速守口線の下をくぐって3丁目から4丁目に入ります。

4丁目からは道幅が少し狭くなり、混雑が増してきます。

これは4丁目から3丁目、てんさんを見返しています。

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そしてJR環状線天満駅までやってくると、すごい人だかりです。

人気の大阪プロレスがイベントをやっていました。

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プロレスというものを初めて見ました。

それぞれの選手にユニークな名前があるようですが、ようわかりませんでした。

それにしてもプロレスの試合やるよりもギャグの応酬がほとんど(たまにファイトがあって)、でも、とても面白い興業でしたね。

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天六、天神橋筋六丁目までやってくると、少し商店街のにぎわいも落ちついてきました。

その商店街の端っこに、大阪市立「大阪くらしの生活館」という昔の大阪を再現した博物館があります。

以前に一度訪問しているので、この日は入場しませんでした。

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最後は天五まで戻って、今度は西へ延びる中崎商店街のほうへ向かって歩き、最後は梅田まで歩いて帰りました。

この日はほんま、よう歩きました。

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河合敦 絵と写真でわかる へぇ~!びっくり!日本史探検 祥伝社黄金文庫/読了・・・・・・多種多彩な写真などで歴史のひとこまをあらわす、例えば「西郷と勝の江戸開城会談」、「マッカッサーと昭和天皇」など有名なものがありますが、そういった歴史の証人となった画像の真実に迫った一冊。

それにしても、長年学校の歴史の先生をしていた著者によると、最近の歴史の勉強は年表に沿って過去から現代へ歴史をさかのぼるというような授業はもうやらなくなって、現代における環境問題、人権問題、地球温暖化問題などに沿ってその淵源を歴史的に考察するアクティブ・ラーニングへシフトしているとは。我々がいろいろ知っている歴史の常識が覆っているそうです。昔に習った歴史の勉強ってなんやったんやろか。

2024年7月12日 (金)

大阪天満宮界隈の歴史 6/29

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6月29日は堺筋本町から歩いて大阪天満宮までやってきました。

堂々たる姿の表大門が迎えてくれました。

しめ縄と、十二支をあしらった方位盤が門の上に掲げられています。

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大阪天満宮というよりも、「天満の天神さん」という方が親しみやすいでしょうか。

当然、菅原道真を祭神として、7月末に催される天神祭はここのお祭りでもあります。

「天、天、天満の天神さん」は「とん、とん、とんまの天狗さん」に通じるのだろうか?

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大阪天満宮から天神橋筋商店街を少し北へ上がり、寺町通りを西へ少し入ったところにあるのが、日蓮宗の成正寺です。

ここには、天保8年(1837)に起こって大塩平八郎の乱、その首謀者であった大塩平八郎と息子の格之助の墓所です。

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元大阪奉行所与力の大塩平八郎は飢えにあえぐ民衆たちを救うために、私利私欲を肥やしていた大阪の豪商を襲って金銭や米を奪いました。

ところが反乱は1日で鎮圧され、反乱に関わった人たちは厳しく処罰されました。

ただ、この乱により大阪市中の5分の1が焼失し、多くの犠牲者を出したのはどうなんだろう。

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今度は寺町通りを東へ向かうと、そこは与力町というところ、そこに善導寺があります。

ここには無神論の主張、地動説の支持、日本書記の真実性の否定など先進的な持論を展開した主著「夢の代」を表した山片蟠桃(1748-1821)の墓があります。

両替商に勤め、後に番頭になったことから自身の号を「蟠桃」とした、近世大阪が生んだ世界的町人学者です。

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さらに東へ向い、龍海寺までやってきました。ここには幕末の医師にして、多くの逸材を輩出した適塾を主宰した緒方洪庵のお墓があります。

これらだけを見ても、大阪の寺町通りには歴史がたっぷりと詰まっていますね。

2024年7月11日 (木)

天神橋を渡ると笑いが 6/29

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6月29日は堺筋本町から天六まで歩いたのですが、いよいよ天神橋筋を渡って天満方面へと足を延ばしました。

天神橋は文禄3年(1594)に架けられたといわれ、現在の橋は昭和9年に架け替えられたものです。

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天神橋から見た上流側の様子で、京阪天満橋駅あたりのビル群が見えています。ビル群の向こうには生駒山が望めます。

川の中の右側に見えるのが中之島の東端で、ここから右側が土佐堀川、下を流れるのが堂島川と名前を変えて流れていきます。

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天神橋を越えた先にあって目立つのは、大阪で唯一の落語の定席、天満天神繁盛亭です。

このときは、ちょうど昼席が始まるとあって、誘い込みの太鼓が打たれていました。

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日が高くなってきて、お腹も空いてきたので入ったのは繁盛亭の前にある喫茶ケルンです。

繁盛亭の前ということもあってか、店内には落語家のサインがところ狭しと掲げられていて、日ごろから利用されていることが分かりました。

なぜか、ディーン・フジオカのサインもありましたね。

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繁盛亭から少しも南へ戻り訪れたのは川端康成の生誕地です。

川端康成は明治32年(1899)6月14日に医師の父親と母親の間に生まれましたが、両親が相次いで亡くなったため、祖父母が住む茨木へ移り、そこで育ちました。

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川幡康成の生誕地は、大阪天満宮の表大門の東側すぐのところです。

さて、大阪天満宮へお参りして町歩きを続けることとしましょうか。

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白蔵盈太 実は、拙者は。 双葉文庫/読了・・・・・・これは面白い。ネタバレになるけれど市井に住む人々の裏の顔が事件の解決に導いていくというストーリーなのですが、それぞれ意外な裏の顔であること、さらに最後には真打のような大物も登場してくるという面白さ。ユニークな時代劇の小説を提供している著者の活躍に今後も期待です。

2024年7月10日 (水)

堺筋本町界隈の歴史から 6/29

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6月29日は堺筋本町から天六まで歩こうと出かけました。まだ堺筋本町あたりをうろうろしています。

宇野浩二の文学碑があった中大江公園の東側の道は、古代の難波(なにわ)から奈良の平城京へとつながる暗峠奈良街道です。

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その暗峠奈良街道を少し北へ上がったところに釣鐘屋敷跡があり、江戸時代初めに鋳造された釣鐘が保存されています。

この釣鐘は三代将軍徳川家光が大阪に来たときに大阪町中の固定資産税を免除したことから、地元民が感謝のしるしに釣鐘を造って時刻を知らせる役割りを果たしたということです。

そういうことで、今も釣鐘町という地名が残ります。

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釣鐘のあるところから少し西へ歩くと、日限地蔵尊というお寺?がありました。

この建物の中に、タイムスリップしたかのような地蔵堂があります。こんな町中に! これは驚いた。

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更に少し北へ歩くと坐摩(いかすり)神社、その行宮がありました。現在の坐摩神社はもう少し南の船場にありますが、もともと、ここで創建されたものの、秀吉によって移転させられたようです。

ここは、全国の渡辺さんの名字発祥の地であったり、熊野古道を歩く際の陸路の出発点であった渡辺王子が鎮座した場所であるとも言われています。

渡辺とは、川の渡しがあった辺りという程度の地名のようです。

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さて、その坐摩神社の前にある府立労働センターの一階に、1987年の発掘調査で、大坂夏の陣で焼け落ちたとみられる武家屋敷跡がこの地で見つかり、その発掘調査での出土品が展示してありました。

展示されていたのは陶磁器、魚名の書かれた木簡、瓦、日常使用された金属器や木製品、桔梗文の鬼瓦などです。

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府立労働センターをぐるり廻ると、日本郵政グループ大阪ビルがあり、その前に前島密の像があります。

前島密は、明治のはじめ、日本に郵便の仕組みを築いた人物で「日本近代郵便の父」と呼ばれ、現在でも1円切手の肖像として有名ですね。

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新田浩之 日本最大の私鉄 近鉄 知らなかった凄い話 KAWADE夢文庫/読了・・・・・・近鉄のさまざまな話が詰め込まれた一冊。路線、近鉄特急、車両、運行ダイヤ、駅、サービスなどなど。昨日はちょうど、東大阪市市民美術センターで開催されている「近鉄電車のデザイン」展を見てきたので、ちょうど良いタイミングでした。

2024年7月 9日 (火)

堺筋本町界隈の文学碑など 6/29

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6月29日は堺筋本町から天六まで歩くこと目的に歩き始めました。

本町橋を過ぎたところにあったのが、井原西鶴の文学碑です。

ここには、「日本永代蔵」からの抜粋が彫り込まれています。

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西鶴の文学碑のの少し北に、天野屋利兵衛の碑があります。

「天野屋利兵衛は男でござる」の名セリフがあり、歌舞伎では大石内蔵助に武器を調達した義商として描かれています。

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現在のマイドームおおさかと変遷していったがある敷地は、大坂城の惣構え ⇒ 江戸時代の幕府の米蔵「浜の御蔵」 ⇒ 西町奉行所 ⇒ 初代大阪府庁 ⇒ 府立大阪博物場 ⇒ 大阪府立商品陳列所 ⇒ 大阪府立貿易館 ⇒ 大塚府立貿易専門学校 ⇒ マイドームおおさか と変遷していったようです。

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近くの中大江公園の中に、「文学の鬼」と呼ばれた作家の宇野浩二の文学碑がありました。

宇野浩二は明治24年の生まれ、5歳のころからこの辺りの糸屋町で過ごしたそうです。

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大阪商工会議所の傍らに歴代の会頭の像がありました。

一番左が朝ドラでディーン・フジオカが演じた五代友厚です。

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安部龍太郎 生きて候 下 本多正信の二男・政重の武辺 朝日文庫/読了・・・・・・・いろいろあって最終的に加賀前田藩の家老になった本多政重は関が原の戦いで西軍として戦い、その後逃亡した宇喜多秀家の助命に奔走するなど、しています。一介の牢人でありながら、宇喜多家で2万石、加賀前田家で5万石で迎えられているので、相当の人物だったようです。その生き様はまさに戦国時代のありようであったという一冊でした。読み応え有りでした。

2024年7月 8日 (月)

柴田由貴さん、帰国10周年記念演奏会 7/7

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昨日7月7日は、お知り合いのヴァイオリニスト柴田由貴さんがフランスから帰国されてから10年になるということで記念演奏会が催されました。

フランスでは、国立管弦楽団のコンサートマスターのベルトラン・セルヴラ、コーガンの弟子でもあったグラツィア・アルトゥニアン、フランコ・ベルギー派の巨匠パトリス・フォンタナローザなどに師事されていました。

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演奏された楽曲はこのようなもので、受け狙いの音楽はひとつもありません。

一切の妥協のない厳しい選曲ですね、コンサートに望まれる意気込みが感じられます。

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会場となった池田市民会館のイベントスペースです。

空調の音が気になりますが、ヴァイオリンの豊かな響きが天井から下りてきて、まさに音のシャワーを浴びた感じでした。

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会場の池田市民会館のロビーにおかれていたダイハツのミゼットです。

いわゆる三輪車ですが、日本の自動車の歴史に残る車両ですね。

2024年7月 7日 (日)

関西学院交響楽団第143回定期演奏会 7/6

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昨日7月6日は、関西学院交響楽団の第143回となる演奏会を聞きました。

演奏はyoutubeでもライブ配信されるという、今の時代に通じるもの、こちらは無料で見られるようです。

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曲目はこのようなもの、「皇帝の花嫁」が楽聖による指揮でした。きっちりと振られていましたね。

イーゴリ公からの2曲は客演指揮の新通さんによる指揮で、盛り上げ方も上手いし、迫力満点でした。

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指揮の新通英洋さんはプロオケでも活躍されている方、今までにも何回かその指揮姿に接しています。

後半のブラームスは、ゆったりとしたテンポで大きな音楽を構築され、久し振りにクレンペラーのようなオールドタイプのブラ1を聴くことが出来ました。

これも指揮者がオーケストラを信頼して、いろいろと指示を出していた証ではないかと思います。楽しめました。

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それにしても、それほど多くないお客さんだったことは残念ですが、指定席ってどうなのかな。

お客さんが固まっている席と、ガラガラで大きな空間が出来ていた席があったりして、窮屈な感じでしたね。

自由席でいいんじゃないかな、これだけ大きなホールのことだし。

2024年7月 6日 (土)

堺筋本町から天六へ 6/29

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6月29日は、後々の歴史探訪のルート開拓として、堺筋本町から歩き始めました。

大阪メトロ堺筋本町駅の12番出口です。

天気も良かったですが、まだ真夏の日差しというほどではありませんでした。

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東へ数分歩くと、長さ46.5メートルの本町橋へ出会います。

東横堀川にかかる本町橋は、大正2年の建設で大阪市内に残る橋としては最古のものになります。

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本町橋の手前に本町橋と同じ大正2年創業のアイスクリームの老舗「ゼー六」があります。

モナカの皮の中にアイスクリームを入れた独特の味わいで、まとめて買うと新聞紙に包んでくれたことを覚えています。

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本町橋がかかる東横堀川、その船着き場が紅白の幕で飾られています。

実はこの日の午後から歌舞伎の7月興業に向けての「船乗り込み」が行われたそうです。

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その船付き場の東側には大きなドーム(天然温泉の露天風呂だそうです)を乗せたシティプラザ大阪(ホテルです)の建物がそびえています。

このシティプラザは大阪府市町村職員共済組合の運営であったり、このエリアには、大阪商工会議所があったり、展示会場のマイドーム大阪などが公的な関係施設があります。

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このエリアに公的な施設が集まっているのは、江戸時代ここに大阪西町奉行所があったからです。

明治に入って奉行所の建物をそのまま利用して初代の大阪府庁が置かれたこともあり、現在も公的な施設が集まっているというわけです。

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安部龍太郎 生きて候 上 本多正信の次男・政重の武辺 朝日文庫/読了・・・・・・・本多正信は「どうする家康」で松山ケンイチが演じた武将。さまざまな計略によって家康を補佐した人物である。その次男の政重は刃傷事件を起こした末に家を出奔して、後に自由にあちらこちらで武名をあげて行った人物のようです。とにかくスピーディで読みやすい著者の文章に吸い込まれるように読み通しました。面白い。

2024年7月 5日 (金)

私の写真展「鉄道万葉集」その2から (ラスト)

今から1300年前、万葉の時代の旅は徒歩でした。その道はできるだけ勾配も緩く、そしてまっすぐに延びる古代の道でした。

鉄道の黎明期、線路を敷いた路線もなるべく緩い勾配とまっすぐなルートを選んだため、万葉の時代と重なる風景が今に伝えられています。

そんな風景の中にみる「鉄道万葉集」を追いかけてみました。

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明石大門(あかしおおと) 山陽電車 霞ヶ丘駅 五色塚古墳上

ともしびの 明石大門に 入らむ日や 漕ぎわかれなむ 家のあたり見ず 柿本人麻呂 巻3-254

(ともしびの明るい明石海峡に入っていく日に、漕ぎ別れてゆくのだろうか、大和にある家のあたりを見ずに)

兵庫県最大の全長194mの前方後円墳である五色塚古墳は、4世紀末-5世紀初頭(古墳時代中期)頃の築造と推定されています。

撮影地は五色塚古墳の前方部の先端で、明石海峡に突き出した丘の上になります。

17時で門が閉まるこの古墳上から明石海峡に沈む夕日を撮影できるのは11月後半から1月半ばまでの間しかありません。

夕陽の撮影の向うこと数度、ようやく2019年の晩秋に撮影出来ました。

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有間山(ありまやま) 阪急今津線宝塚南口駅 宝塚大橋

しなが鳥 猪名野を来れば 有間山 夕霧立ちぬ 宿りなくて 作者不詳 巻7-1140

(しなが鳥が連れ飛ぶ猪名野を進んで来ると、有間山には夕方の霧が立っている。宿る所もなくて)

猪名野は、今の阪神間、海が内陸に入り込んでいたことから、主に、尼崎市北部、伊丹市、西宮市、宝塚市にまたがる広野と解釈されます。

猪名野と有間山は旅の風景としてセットで読まれることが多いテーマです。

有間山は特定されておらず、猪名野から有間の方向に見える山と言う程度です。

撮影した宝塚大橋を渡ると、宝塚音楽学校、宝塚大劇場へと向かう華やかな道が続きます。

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竜田川 (たつたがわ) 近鉄生駒線 元山上口駅北方

我が行きは 七日は過ぎじ 竜田彦 ゆめこの花を 風にな散らし 高橋虫麻呂歌集 巻9-1748

(われわれの旅は七日以上にはなるまい。だから龍田彦よ、けっしてこの花を風に散らすな)

竜田川というと、在原業平の「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」が有名ですが、万葉とは時代が異なります。

高橋虫麻呂は、旅先の歌、また伝聞を歌にすることが多く、想像の世界を歌で描いていたりします。この歌もそういう旅先の歌のひとつでしょうか。

龍田川のこの蛇行した淵には竜が住むという伝説があり、古くから水の神・龍神を祀る信仰があったと伝わり、撮影地の下流側では勧請綱掛けが行われています。

 

私の写真展には、期間中50人ものお知り合いの方々、古い友人、何年振りかとなる懐かしい友、そして、この写真展を開催するから毎年お会いできるお友達の皆さんにお越しいただき、拙作の撮影に費やした苦労も吹っ飛ぶ喜びを得られたことは何にも代えがたい財産となりました。

2024年7月 4日 (木)

私の写真展「鉄道万葉集」その2から

今から1300年前、万葉の時代の旅は徒歩でした。その道はできるだけ勾配も緩く、そしてまっすぐに延びる古代の道でした。

鉄道の黎明期、線路を敷いた路線もなるべく緩い勾配とまっすぐなルートを選んだため、万葉の時代と重なる風景が今に伝えられています。

そんな風景の中にみる「鉄道万葉集」を追いかけてみました。

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平群(へぐり)の山(矢田丘陵) JR関西線 三郷駅 大和川左岸の高台

八田の野の 浅茅色付く 愛発山 峰の沫雪 寒く降るらし 作者不詳 巻10-2331

(八田の野の浅茅が黄葉しはじめた。あの有乳山は峯の沫雪が冷たく降っているらしい)

有乳(あらち)山は、滋賀県と福井県にまたがる古来の愛発(あらち)の関があったところ。

奈良の矢田の山では黄葉が始まったけど、有乳山ではどうだろうと思いをはせています。

JR三郷駅から南の方向を見ると、高台の上に新興住宅街が立ち並んでいるのが見えました。

坂道と階段を苦労して登っていくと、平群の里を一望できる絶景と出会いました。

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武庫川 (むこがわ) 東海道線(JR神戸線)武庫川橋梁

武庫川の、水脈を早みと、赤駒の 足掻くたぎちに、濡れにけるかも 作者不詳 巻7-1141

(武庫川の水の流れが早いからと赤駒が足掻く水しぶきに、わたしは濡れてしまったことよ)

武庫川は、兵庫県中東部の篠山市から流れ出て、宝塚市付近を経由して西宮市で大阪湾に流れこんでいます。

武庫川には南と北に2ヶ所の渡しがありました。

ひとつは「西新田の渡し」で、大坂から尼崎を経て西宮へ向かう中国道(浜街道)で、現在の西宮市小松町あたりを渡っていました。

もうひとつは「髭(ひげ)」の渡し」で、京から昆陽(伊丹市)経て西宮へ向かう山陽道、西国街道で、西宮市里山町あたりを渡っていました。

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眉山(びざん) JR牟岐線 阿波富田駅 富田川橋梁

眉のごと 雲居に見ゆる 阿波の山 かけて漕ぐ船 泊知らずも 船王 巻6-998

(雲遠く眉のように見える阿波の山を目ざして漕いでゆく船が、どこに泊るかを知らぬことよ)

船王(ふなのおおきみ)は、天武天皇の孫のひとり。父の舎人親王は天武の息子として最後まで生き残った皇子。兄は孝元女帝に疎まれ、不遇の下に歿した第47代淳仁天皇。

この歌は天平6年、聖武天皇が難波宮へ行幸されたときに船王が随行して作った歌とも言われており、実際には見えない風景を詠んでいるようです。

この歌の「眉のごと」から、なだらかな稜線を持つ眉山の名前のもとになったといわれています。

2024年7月 3日 (水)

私の写真展「鉄道万葉集」その2から

今から1300年前、万葉の時代の旅は徒歩でした。その道はできるだけ勾配も緩く、そしてまっすぐに延びる古代の道でした。

鉄道の黎明期、線路を敷いた路線もなるべく緩い勾配とまっすぐなルートを選んだため、万葉の時代と重なる風景が今に伝えられています。

そんな風景の中にみる「鉄道万葉集」を追いかけてみました。

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須磨 (すま) ロープウェイ須磨浦公園山上駅展望台

須磨人の 海辺常去らず 焼く塩の 辛き恋をも 吾はするかも 平群郎女 巻17-3932

(須磨の海人(あま)がいつも海辺に焼く塩の如き、辛い恋をも私はすることです)

須磨を詠んだ万葉歌は3首だけですが、いずれも「塩」つくりに関わりのある歌です。

歌に出てくる「塩焼き」は「藻塩焼き」と言われ、ホンダワラやアマモなどの海藻に海水を注いで干したものを焼いて水に溶かし、その上澄みを煮詰めて塩を作ったとのことです。

須磨浦山上遊園へは山陽電車須磨浦公園駅からロープウェイ、そして日本一乗り心地が悪いといわれるカーレーターに乗っていきました。

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射行相(いきあい) の坂 近鉄大阪線 大和川橋梁 玉手山3号墳

い行き逢ひの 坂の麓に 咲きををる 桜の花を 見せむ児もがも 高橋虫麻呂歌集 巻9-1752

(竜田にある行きあいの国境の坂の麓に、咲きあふれている桜の花を見せるような子がほしいな)

難波から大和川沿いに飛鳥へ向かう道として龍田道、渋河道があり、大和川の北側にある低山を越える射行相の坂は今も残っています。

撮影場所の玉手山3号墳は、3世紀後半の築造、古墳時代最初期の前方後円墳です。この古墳の大きさは墳丘長110mと推定されています。

玉手山3号墳は別名「勝負山古墳」といわれ、大坂夏の陣で伊達正宗らの徳川軍がこのあたりで後藤又兵衛を打ち破ったことに由来しています。

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島熊山(しまくまやま) 大阪モノレール小路駅から東方を望む

玉かつま 島熊山の 夕暮れに ひとりか君が 山道越ゆらむ   作者未詳 巻12-3193

(島熊山の夕暮れ時に、一人さびしく、あの方はその山道を越えておられるのであろうか)

千里を詠んだ歌の中でも最も古いとされる一首。

撮影地近くの豊中不動尊には、歌人の安田青風の揮毫による万葉歌碑が建立されています。

島熊山を一望できるところを探していましたが、大阪モノレールの小路駅にやってくると、モノレールの線路の向こうに島熊山が一望できました。

ひとりさびしく超えた山道は、今ではモノレールだけでなく、無数の車が行きかう車道と化していました。

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植松三十里 梅と水仙 PHP文芸文庫/読了・・・・・・何ともタイミングの良いことか、本日発行の新紙幣の5000円札にその肖像が採用された津田梅子の生誕から、いよいよ後の津田塾大学の創設を決意するまでの前半生を、父親の津田仙との葛藤を中心に描いています。幕臣であった父親の仙も頑張っていますが、6歳で渡米して11年間を彼の地で過ごした津田梅子の心の葛藤もすさまじいものがあったようです。とても心にしみる一冊、さすがの植松三十里でした。

2024年7月 2日 (火)

私の写真展「鉄道万葉集」その2から

今から1300年前、万葉の時代の旅は徒歩でした。その道はできるだけ勾配も緩く、そしてまっすぐに延びる古代の道でした。

鉄道の黎明期、線路を敷いた路線もなるべく緩い勾配とまっすぐなルートを選んだため、万葉の時代と重なる風景が今に伝えられています。

そんな風景の中にみる「鉄道万葉集」を追いかけてみました。

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三輪山(みわやま) 万葉まほろば線 巻向駅南方

味酒  三輪の祝の  山照らす 秋の黄葉の  散らまく惜しも 長屋王 巻8-1517

(味酒三輪の神官がまもる山を輝かせている秋の黄葉が、散ってしまうのが惜しいことよ)

長屋王(ながやおほ)は、臣下の最高位である左大臣まで昇進しましたが、その後、謀反の罪で一族ともども自害に追い込まれるなど、悲劇的な最期を迎えた人物です。

長屋王がこの歌を詠んだ頃にはそんな自分が辿る将来の悲劇を想像もしていなかったのでしょうけれど、黄葉の散ってゆく様に人生の郷愁が重なって見えて心に響いてくる一首です。

撮影した場所は、背後に卑弥呼の墓とも言われる箸墓がある古代が息づくところでした。

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高師浜(たかしのはま) 南海高師浜線 高師浜駅 高石神社

大伴の 高師の浜の 松が根を 枕き寝れど 家し偲はゆ 置始東人 巻1-66

(高師の浜の松の根を枕にして寝ていても、思い出されるのは家に残してきた妻のことだ)

この歌は持統天皇の難波の宮行幸に従駕した置始東人(おきそめのあづまひと)が詠んだ一首。

高師浜は、現在の大阪府堺市南部から高石市一帯にあった浜ですが、工業化と海浜部の埋め立てが進み、その様子を見ることができるのは内陸となってしまった高石神社と浜寺公園の松林に求めるほかありません。

南海高師浜線は、南海本線羽衣駅付近での連続立体交差事業に伴って全線休止となっていましたが、今年46日より営業を再開しました。

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初瀬川 (はつせがわ) 近鉄大阪線 大和朝倉駅東方

岩走り 激ち流るる 初瀬川 絶ゆることなく またも来て見む 紀鹿人 巻6-991

(岩の上を走りほとばしっては流れる泊瀬川よ、絶え間なくまた来ては見よう)

「籠もよ、み籠持ち、掘串もよ、み掘串持ち、この岳に菜摘ます兒、家聞かな、告らさね・・・」で始まる万葉集の舞台が初瀬川、初瀬谷です。

紀鹿人は多くはわからないが、娘の紀女郎も歌人。紀氏は、もともと、紀伊国の紀ノ川下流を本拠とした古代豪族で、大和盆地の大和国平群県紀里に進出し、倭王権の外交や軍事を担いました。

撮影地のすぐ近くに脇本遺跡(雄略天皇泊瀬朝倉宮推定地)があり、白山比咩神社には「萬葉集發耀讃仰碑」があります。

2024年7月 1日 (月)

私の写真展「鉄道万葉集」その2から

今から1300年前、万葉の時代の旅は徒歩でした。その道はできるだけ勾配も緩く、そしてまっすぐに延びる古代の道でした。

鉄道の黎明期、線路を敷いた路線もなるべく緩い勾配とまっすぐなルートを選んだため、万葉の時代と重なる風景が今に伝えられています。

そんな風景の中にみる「鉄道万葉集」を追いかけてみました。

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山城久邇京(くにきょう) JR関西線 加茂駅東方

今造る 久邇の都は 山河の 清けき見れば うべ知らすらし 大伴家持 巻6-1037

(新しく作る久迩の都は、山や川の清らかさを見ると、まことにもここを都として君臨なさることと思われる)

この歌は大伴家持が、奈良の平城京から遷都されることになった山城の久邇京を褒め讃え詠んだ一首です。写真の奥が久邇京跡です。

ところが、聖武天皇は大宰府で藤原広嗣が反乱を起こしたことなどに動揺しかなり精神的に不安定になっていたようで、家持がこの歌を詠んだ翌年にはまだ完成もしていない久邇京から突如として難波宮への遷都を宣言してしまいます。

現在、関西線が通る加茂駅以東の道は当時の東海道に当たり、古代の国道一号線です。

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河内の大橋 近鉄道明寺線 柏原南口駅西方

大橋の 頭の家にあらば うら悲しく 独り行く児に 宿貸さましを 高橋虫麻呂歌集 巻9-1943

(大橋のたもとにわが家があったら、心なしか切なそうに一人で歩いていくあの子に一夜の宿を貸したいものを)

この歌は、「河内の大橋を独り行く娘子(おとめ)を見る歌一首」とする長歌の反歌です。

長歌には「紅の 赤裳裾引き 山藍もち 摺()れる衣着て ただひとり い渡らす児は」とあり、色鮮やかなスカートを穿いた乙女の様子が歌われています。

大和川は1700年頃に流れを堺方面に付け替える工事をしたので、古代の河内大橋は現在の河内橋とは違う場所に懸っていました。

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歌姫越え(うたひめごえ) 近鉄京都線 平城駅北方

佐保過ぎて 寧楽の手向けに 置く幣は 妹を目離れず 相見しめとぞ 長屋王 巻3-300

佐保を通りすぎ奈良山の峠に手向けとして置く幣は、妻にいつも逢えるようにしてくださいと祈ってのことだ。歌姫越えの道は、古代、大和国から山城国へ通ずる主要道路です。

平城宮内裏付近から北方歌姫を経て奈良丘陵の小谷を通り山城へ向かう正道で、当時の奈良坂越はこの歌姫越えの道でした。

近鉄平城駅から歩いて数分、家々の間から歌姫越えの峠を指して近鉄京都線が走ります。

ちょうど観光特急「あをによし」が大和西大寺駅を目指して通過していきました。

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