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2024年7月12日 (金)

大阪天満宮界隈の歴史 6/29

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6月29日は堺筋本町から歩いて大阪天満宮までやってきました。

堂々たる姿の表大門が迎えてくれました。

しめ縄と、十二支をあしらった方位盤が門の上に掲げられています。

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大阪天満宮というよりも、「天満の天神さん」という方が親しみやすいでしょうか。

当然、菅原道真を祭神として、7月末に催される天神祭はここのお祭りでもあります。

「天、天、天満の天神さん」は「とん、とん、とんまの天狗さん」に通じるのだろうか?

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大阪天満宮から天神橋筋商店街を少し北へ上がり、寺町通りを西へ少し入ったところにあるのが、日蓮宗の成正寺です。

ここには、天保8年(1837)に起こって大塩平八郎の乱、その首謀者であった大塩平八郎と息子の格之助の墓所です。

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元大阪奉行所与力の大塩平八郎は飢えにあえぐ民衆たちを救うために、私利私欲を肥やしていた大阪の豪商を襲って金銭や米を奪いました。

ところが反乱は1日で鎮圧され、反乱に関わった人たちは厳しく処罰されました。

ただ、この乱により大阪市中の5分の1が焼失し、多くの犠牲者を出したのはどうなんだろう。

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今度は寺町通りを東へ向かうと、そこは与力町というところ、そこに善導寺があります。

ここには無神論の主張、地動説の支持、日本書記の真実性の否定など先進的な持論を展開した主著「夢の代」を表した山片蟠桃(1748-1821)の墓があります。

両替商に勤め、後に番頭になったことから自身の号を「蟠桃」とした、近世大阪が生んだ世界的町人学者です。

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さらに東へ向い、龍海寺までやってきました。ここには幕末の医師にして、多くの逸材を輩出した適塾を主宰した緒方洪庵のお墓があります。

これらだけを見ても、大阪の寺町通りには歴史がたっぷりと詰まっていますね。

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