私の写真展「鉄道万葉集」その2から (ラスト)
今から1300年前、万葉の時代の旅は徒歩でした。その道はできるだけ勾配も緩く、そしてまっすぐに延びる古代の道でした。
鉄道の黎明期、線路を敷いた路線もなるべく緩い勾配とまっすぐなルートを選んだため、万葉の時代と重なる風景が今に伝えられています。
そんな風景の中にみる「鉄道万葉集」を追いかけてみました。
明石大門(あかしおおと) 山陽電車 霞ヶ丘駅 五色塚古墳上
ともしびの 明石大門に 入らむ日や 漕ぎわかれなむ 家のあたり見ず 柿本人麻呂 巻3-254
(ともしびの明るい明石海峡に入っていく日に、漕ぎ別れてゆくのだろうか、大和にある家のあたりを見ずに)
兵庫県最大の全長194mの前方後円墳である五色塚古墳は、4世紀末-5世紀初頭(古墳時代中期)頃の築造と推定されています。
撮影地は五色塚古墳の前方部の先端で、明石海峡に突き出した丘の上になります。
17時で門が閉まるこの古墳上から明石海峡に沈む夕日を撮影できるのは11月後半から1月半ばまでの間しかありません。
夕陽の撮影の向うこと数度、ようやく2019年の晩秋に撮影出来ました。
有間山(ありまやま) 阪急今津線宝塚南口駅 宝塚大橋
しなが鳥 猪名野を来れば 有間山 夕霧立ちぬ 宿りなくて 作者不詳 巻7-1140
(しなが鳥が連れ飛ぶ猪名野を進んで来ると、有間山には夕方の霧が立っている。宿る所もなくて)
猪名野は、今の阪神間、海が内陸に入り込んでいたことから、主に、尼崎市北部、伊丹市、西宮市、宝塚市にまたがる広野と解釈されます。
猪名野と有間山は旅の風景としてセットで読まれることが多いテーマです。
有間山は特定されておらず、猪名野から有間の方向に見える山と言う程度です。
撮影した宝塚大橋を渡ると、宝塚音楽学校、宝塚大劇場へと向かう華やかな道が続きます。
竜田川 (たつたがわ) 近鉄生駒線 元山上口駅北方
我が行きは 七日は過ぎじ 竜田彦 ゆめこの花を 風にな散らし 高橋虫麻呂歌集 巻9-1748
(われわれの旅は七日以上にはなるまい。だから龍田彦よ、けっしてこの花を風に散らすな)
竜田川というと、在原業平の「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」が有名ですが、万葉とは時代が異なります。
高橋虫麻呂は、旅先の歌、また伝聞を歌にすることが多く、想像の世界を歌で描いていたりします。この歌もそういう旅先の歌のひとつでしょうか。
龍田川のこの蛇行した淵には竜が住むという伝説があり、古くから水の神・龍神を祀る信仰があったと伝わり、撮影地の下流側では勧請綱掛けが行われています。
私の写真展には、期間中50人ものお知り合いの方々、古い友人、何年振りかとなる懐かしい友、そして、この写真展を開催するから毎年お会いできるお友達の皆さんにお越しいただき、拙作の撮影に費やした苦労も吹っ飛ぶ喜びを得られたことは何にも代えがたい財産となりました。
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