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2024年12月

2024年12月31日 (火)

2024年総括 ベストの本、美術展、演奏会 12/31

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江戸時代の海運に革命を起こした船の帆の生地、松右衛門帆を発明した工楽松右衛門の物語。

場所は兵庫県高砂の港で、この本を読了した瞬間、高砂に残る松右衛門の家へ、最近整備されて2018年から公開されていると知り、さっそく見に行きました。

松右衛門は帆の発明にとどまらず、内航海運、舶用工業、港湾・海洋建設、内国貿易、地場産業育成に心血を注ぎ、淡路島出身の高田屋嘉兵衛が憧れた海の男でした。

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ふらりと訪れた六甲アイランドにある神戸ファッション美術館で開催されていた新・山本二三展。

ジブリアニメの背景作家の作品展だなぁと思って会場に入った瞬間、それらの絵に目が釘付けになりました。

せいぜいA3程度の大きさの紙に書き込まれたいわば肉筆画でしょうか、そのあまりの精緻さに息をのむ、気が付いたら息をするのを忘れていた自分がありました。あんぐり、口を開けたままだったかもしれません。感動すると言葉をなくすとはこのことだったでしょうか。

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11月8日に聞いたカーチュン・ウォン指揮兵庫芸術文化センター管弦楽団のマーラー6番の感動がまだ耳に残る11月24日にさらにすごい演奏と出会ってしまいました。

11月24日に聞いたアンサンブル・フリーによるブルックナーの交響曲第9番ニ短調補筆完成版は、楽章が進むごとに客席の緊張が高まるのがわかります。この先、いったい何が起こるのだろうか、そんな期待と不安が入り混じった空気感が時間の経過とともに会場を覆いつくしていきました。

演奏が始まって1時間半後、日本人による補筆第4楽章が壮大に終了した瞬間、会場は静まりかえりました。指揮者の浅野さんが両腕を下げていって脱力してもまだしわぶき一つ聞こえません。さらにそれから1、2秒の静寂の後、たまりかねたように拍手が沸き上がりました。

演奏も素晴らしかったけど、聴衆も素晴らしかった。演奏会は、演奏者は選べるけれど、聴衆は選べない。しばし席から立ちあがることもできなかった今年一番の演奏会でした。(前半のヒンデミットの交響曲変ホ調のすごい演奏にも、たいがい打ちのめされていたのは確かなんですが)

昨日、新しいパソコンへ切り替えました。なんとか順調に立ち上げることができ、ブログの更新もできています。

今年も弊方ブログ「鉄道の旅 音楽の旅」をご覧いただき、ありがとうございました。来たる新年もよろしくお願いいたします。

2024年12月30日 (月)

芦屋の文化財再発見 最新のヨドコウ迎賓館温室跡発見まで 芦屋市立美術博物館 12/12

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12月12日はJR芦屋駅から南へ15分ほど歩いて、芦屋市立美術博物館へ行きました。

この「芦屋の文化財再発見」と題する企画展を見るためです。

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芦屋市立美術博物館の庭には、かつて芦屋にあった芦屋廃寺跡から出土したとされる塔の心礎石が遺されています。

これは長い間芦屋市内の民家(と言っても普通の家ではなさそうですが)の庭石として置かれていたものということで、そこもなんだか芦屋らしい話です。

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芦屋廃寺跡は、阪急芦屋川駅の北側の道に沿って西側へ少し歩いた辺りにあったとされています。

現在は住宅地と化していて、その痕跡を辿ることはできませんが、飛鳥・白鳳時代に創建された大寺であっただろうと考えられています。

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芦屋廃寺跡から出土した飛鳥時代の蓮華文を配した瓦です。

これだけでもその時代を代表しています。

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また、同じ時期の塼(せん)と呼ばれる、いわばレンガに当たるものです。

何に使われていたかは不明ですけれど。

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飛鳥時代の後にも芦屋廃寺があった証拠として、同じ敷地から平安時代の瓦も出土しています。

文献にもそのお寺のことは何も出てきませんが、同地に長らく大きな寺院があったことが伺われます。

 

さて、現在使用しているパソコンがどうも不具合が生じたようで、これによる最後のブログ更新となります。

2012年春モデル、Windows7のパソコンを長らく使っていましたが、明日からは新しいパソコンでの更新になる予定です。

更新作業、それを思うだけでなかなか悩ましいものですが、頑張ります。

2024年12月29日 (日)

フェニックスフィルハーモニックオーケストラ 第15回演奏会 12/28

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昨日12月28日は、暮れも押してきた日でありますがスポッと時間が空いたので、お知り合いの方がご出演のこちらの演奏会を聞きに行ってきました。

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「キャンディード」と「運命の力」の2つの序曲、それに新世界交響曲ということで、これは早めに終わるかなと思ったらトークがあったりして意外に長い時間楽しめました。

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指揮は、関西フィルの前身であるヴィエールフィルで打楽器担当だったという井上勝義さん、ということはむかしむかしに聴いていたことになります。宇宿允人さんの志貴の時代ですね。

演奏が終わって、アンコール前のトークが面白すぎて、ずいぶんざっくばらんな方のようですね、好印象。

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会場の神戸文化ホール、今年最後の演奏会を楽しみました。

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今村翔吾 幸村を討て 中公文庫/読了・・・・・・・大阪冬の陣、夏の陣における真田幸村の動向とそれを取り巻く家康、織田有楽斎、南条元忠、後藤又兵衛、伊達正宗、毛利勝永らの関わりを基にそれぞれの戦の中で真田兄弟が成しえた作戦を推理するというミステリー仕立ての時代小説でした。うーん、なんか違うんですよね、今村翔吾。人気あるけど、自分の好みの方向とは違うところに力点が置かれています。

2024年12月28日 (土)

猪名野界隈を歩く 12/11

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12月11日は、猪名野あたりの確認のため、まずJR猪名寺駅北東方向にある猪名寺廃寺跡を訪ねました。

ここは、塔と金堂が東西に並び、北側には講堂を配した「法隆寺式」伽藍配置の白鳳時代の寺院跡です。

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境内の中には、円形凹状の柱坐跡がある大きな塔心礎が遺されています。

塔があったと思われる場所には別の神社があって、その部分の発掘は行われていないようです。

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猪名寺廃寺跡から東へ向い、園田競馬場の南東側に広がるのが猪名川公園です。

そのなかに犬養孝先生揮毫による万葉歌碑が建てられています。

志長鳥  居名野乎来者  有間山  夕霧立  宿者無而 (作者未詳 巻七 一一四〇)

しなが鳥 猪名野を来れば有馬山 夕霧立ちぬ 宿りはなくて 

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猪名川公園の西側に隣接してあるのが、豊宇気受毘売神をご祭神と奉じる十九(とうく)神社です。

このあたり椎堂(しどう)の氏神さんとしてあがめられています。

2024年12月27日 (金)

兵庫津の東部を歩く 横溝正史と東山魁夷 高田屋嘉兵衛本店 12/10

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12月10日は、最近気になっている兵庫津(ひょうごのつ)界隈の地図を見ていると、ずっと歩き回っていた中心部から少し離れた東側に見どころが多いのに気が付きました。

黄色の道は、かつての兵庫津の海岸線から少し離れた内側に走っていたメイン道路の跡です。

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神戸駅から東進した黄色の道が弧を描くところの屈曲点あたりにあるのが「横溝正史生誕の地記念碑」です。

横溝正史(1902-1981)は、東川崎町のこの辺りで生まれて、地元の神戸二中(現在の兵庫高校)を出て、第一銀行神戸支店に入行しています。

いわば、神戸っ子だったのですね。

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今度は、黄色い道をぐるっと回って終点あたりの内側に西出町公園というのがありますが、この辺りに東山魁夷(1908-1999)の父親の店、船具を商う東山商店がありました。

東山魁夷は横浜で生まれましたが、3歳の時、父親の仕事の関係で神戸へやってきて、横溝正史と同じ現在の兵庫高校を卒業しています。

年齢は6歳違いますが、同じ兵庫津のエリア、子供時代を同じ環境で過ごしていたばかりか、顔見知りだった可能性もありますね。

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さて、東山魁夷が住んでいた辺りの南側には魁夷が通っていた入江小学校跡があり、その南には高田屋嘉兵衛の本店がありました。

淡路島に生まれ、日本の海運に大きく寄与したばかりかロシアとのゴローニン事件解決で功績を遺した江戸時代の海商ですね。

司馬遼太郎の「菜の花の沖」にその生涯が描かれています。

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高田屋嘉兵衛本店から少し歩くと、当時の海岸線とあまり変わらないところに、現在の岸壁でありました。

この辺りから、日本全国ばかりか、蝦夷地、択捉へと出かけて行ったものと思われます。

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黄色い道の末端の外にあるのが、平清盛がその創建に関わったとされる七宮神社です。

神戸には一宮神社から順番に八宮神社(六宮と八宮は明治時代の区画整理のため合祀)まであって、そのうちの七番目の神社に当たります。

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地図の外側になりますが、兵庫津の商人の集会施設として昭和2年に建設された岡方倶楽部へやってきました。

ここは今年の3月に一時閉館し、神戸市歴史公文書館として2026年にリニューアルオープンする予定です。

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最後に神戸駅に戻る途中、2号線沿いにあったのが、西出町鎮守稲荷神社です。

ここには高田屋嘉兵衛が奉納し、裏に「高田屋」の銘がある石灯籠が現存しています。

兵庫津は、歴史探訪・番外編で来年1月に訪れる予定ですが、これは2部構成にしなければなりませんね。

2024年12月26日 (木)

大和川の所用の後は南海電車へ、粉浜⇒天下茶屋⇒萩ノ茶屋 12/07

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12月7日は大和川での所用を終えて、というかミッションは都合によってすぐ終わってしまった、南海電車七道駅から帰途につきました。

とりあえず粉浜駅で撮影しようと下車しましたが雨も降ってきて、あべのハルカスを背景に8300系を撮影して退散した次第です。

8300系、軽やかな走りと清潔な車内、とてもお気に入りの電車です。

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次に天下茶屋駅ではどうかと思いまたまた下車しましたが、なかなか撮れるアングルはなかったですね。

特急サザンの並びを撮影したくらいで、やはり定番スポットへ行くしかないと、本線から高野線に電車に乗り換えた次第です。

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ということで、定番スポットの萩ノ茶屋駅へやってきました。

ただ、雲が多く夕方も近いということで初めてホームの南端で撮影しました。

ここは背景がうるさいですが、電車はすっきりと撮れますね。

純正の7100系4+2連、関空急行です。

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難波行きの関空特急ラピートですが、赤い帯はセレッソ・大阪の応援ラッピングです。

この後の関空行きのラピートは、全席完売、ソールドアウトでした、何だかインバウンドすごい。

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地味にやってきたのが一枚扉が特徴的な高野線の6000系です。

1962年に登場して、長らく全車活躍していましたが、今年の4月の記録とした全72両の内残存は20両と激減してきました。

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そして、無塗装の復活デザインの6000系がやってきたところで撤収です。

このノーメーク6000系で難波へ戻りました。

2024年12月25日 (水)

阪堺線で大和川へ 12/07

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12月7日は所用で大和川へ行くこととなり?(大和川に何の用事があるねんとはおっしゃらないで)、久し振りに天王寺駅前から阪堺線に乗りました。

松虫を過ぎて、専用軌道に入ったところ、あべのハルカスが見えます。

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古風な出で立ちを残す、姫松電停の待合室です。

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車道との併用軌道に入りました。

帝塚山あたりでしょうか、瀟洒なお店がいくつも見られました。

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再び専用軌道に入って、大阪市内南端の我孫子道電停へ到着します。1001系です。

よく考えると、「我孫子」で「あびこ」は読み慣れてるから読めるけど、普通は読めませんね。

大阪の我孫子は、渡来人系の依羅吾彦 (よさみあびこ) が居住していたからといわれています。

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うだうだ乗ってきて、大和川電停で下車しました。

乗ってきたのは、阪堺線では2020年に登場した一番新しい形式の1101系でした。

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ちょうどやってきた反対側の天王寺駅前行きの604号を撮影して、所用のほうへと向かいました。

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伊東潤 威風堂々(下) 明治佐賀風雲録 中公文庫/読了・・・・・・先の本の続きで、明治になってからの大隈重信を取り巻く歴史の流れが書き込まれています。全体として特に大隈を礼賛する内容でもないのが好感です。ありのままの大隈を描き切ったというところでしょうか。維新の元勲たちが消えていく中で大正11年1922年まで、83歳の長命でした。早稲田卒の著者の割りには早稲田のことにあまり触れてないですね。

2024年12月24日 (火)

かぎろひ歴史探訪 安寧天皇の片塩浮孔宮と、もう一つの武烈天皇陵 12/05

近鉄南大阪線高田市駅⇒石園座多久虫玉神社⇒高田旧市街⇒古道横大路⇒長谷本寺⇒高田御坊・専立寺⇒昆布寅西井⇒春日神社⇒大中公園(昼食・講座・トイレ)⇒高田川遊歩道⇒弘法井戸⇒狐井塚古墳⇒築山古墳⇒かん山古墳⇒大谷山自然公園⇒築山駅

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12月5日は秋の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で近鉄南大阪線の高田市駅で集合、そこから歩き始めです。

長いかぎろひ歴史探訪の回で、大和高田は初めてということで楽しみです。

大和高田へ向かう途中、車窓から見えた紅葉の二上山です。

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まず駅近くの石園座多久虫玉神社へ向いました。

ここは、延喜式にある神社で、安寧天皇の片塩浮孔宮跡とされています。

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石園座多久虫玉神社から北上して古代の国道である横大路にあたる道を西進すると長谷本寺がありました。

ここではご住職によるお話を伺いました。また、ここの御本尊である十一面観音さんは、長谷寺の御本尊と同じ木で作られたとされます。

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鐘楼が上がり、どこから見ても浄土真宗の様相のお寺は専立寺です。

ここは、大和の浄土真宗普及の拠点のひとつで、高田御坊と呼ばれています。

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趣きのある大和高田市内の町並みを歩いて、アーケードのある商店街に入ると、老舗の昆布寅西井商店へ立ち寄りました。

皆さん、ここで昆布の製品を買い求められていました。

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次にやってきた春日神社は、この辺りの出身である静御前ゆかりの場所です。

境内にある7つの巨石は、頼朝に追われる義経一行が静御前の母親がいるこの地を訪ね、ここで休息した腰掛石とされています。

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お弁当をとった大中公園には、静御前を顕彰する記念碑がありました。

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昼からいくつかの古墳をめぐった最後に大谷山自然公園に立ち寄りました。

ここはまさに隠れた紅葉の名所で、このような今を盛りとした紅葉に出会うことが出来ました。

2024年12月23日 (月)

大阪大学ワンコイン市民コンサート 松尾久美ピアノリサイタル「ドビュッシーの美学」 12/22

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昨日12月22日は、いつもの大阪大学ワンコイン市民コンサートのお手伝いで、石橋の大阪大学会館へ向いました。

「ドビュッシーの美学」と題したピアニストの松尾久美さんのリサイタルです。

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松尾久美さんは桐朋学園を卒業後イギリスで研鑽をつまれ、内外のいくつものコンクールを制覇されました。

現在もイギリスを中心に活躍される一方、王立音楽大学で後進の指導をされています。

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昨日は、「ドビュッシーの美学」と題したコンサートで、子供の領分と12の練習曲が演奏されました。

いずれの演奏も、よくこんなに指が回るものだと感心しきり、旋律線もくっきり浮かび上がり、見ごとな演奏でした。

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会場の大阪大学会館、今年もお世話になりました。

ここへ毎月やってきて9年が経過しました。

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紅葉がちらほら見える大阪大学構内、大阪大学会館と、その3階から六甲山方面をみた風景です。

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帰り道、阪急梅田駅からJR大阪駅へ向かう陸橋の上から見たクリスマスツリー、今日はクリスマス・イブイブですね。

2024年12月22日 (日)

芦屋交響楽団 クリスマスチャリティコンサート 12/21

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昨日12月21日は、毎月のことで大阪阿波座の長楽庵でのお気軽クラシック音楽講座「きまぐれ音楽探訪」を終えたのち、来られていたお客さんと4人で、昼からの芦屋交響楽団クリスマスチャリティコンサートへ向いました。

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コンサートがあったのは、神戸の甲南女子大学の中にあるホールです。

摂津本山駅から歩いて5分ほどの大学専用バス乗り場からバスに乗車、大学がある山へ向いました。

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このホールは座席数1600、素晴らしいパイプオルガンを備えた本格的なコンサートホールであるだけでなく、関西屈指の音響を誇っています。

とはいうものの、女子大学内にあるため余り一般利用されていないのが本当に残念です。

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コンサートは、芦屋交響楽団によって、エルガーやモーツァルト、土橋薫さんのオルガン演奏でギルマンの作品、そして女子大生によるナレーションを入れたチャイコフスキーのくるみ割り人形からの音楽が演奏されました。

ビシッと決まるだけでなく、ピアニッシモになっても音型が崩れることのない芦屋交響楽団の素晴らしい演奏を堪能しました。

2024年12月21日 (土)

歴史探訪・番外編の下見 生駒山西麓を歩く 12/04

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12月4日は、いつもの生駒詣での帰りに近鉄枚岡駅で下車、枚岡神社から生駒山の西麓を南下していくコースの下見に行きました。

黄葉がいい感じで迎えてくれた枚岡神社、春日大社はここから勧請したということで「元春日」と言われ、狛犬ならぬ狛鹿が迎えてくれます。

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枚岡神社を出て、南下するとそのあたりは古墳群が連なる一帯です。

マンションの敷地の中にある出雲井古墳群の4号墳です。

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南下する道沿いにある方墳の五條古墳です。

墳丘の保存がよく、南面に開口部があって石室もしっかり保存されているとのことですが、敷地に入ることはできません。

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山麓にあった東大阪市立郷土資料館は建物の老朽化によって閉館していました。

施設の見学もそうですが、トイレ休憩もできるところだったので、ルートとしてここが使えないのは痛いところです。

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その郷土資料館の前の公園にある山畑22号墳です。

羨道の土砂も取り払われているので、立ったまま石室へ入ることが出来ます。

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更に南下していったところの公園の中に大きな二本松古墳があります。

蓋石が崩れかかっていることから今は立ち入りが禁止されていますが、以前に入った時は広々とした玄室に魅了されました。

このように生駒西麓には古墳が点々とあり、来年3月に番外編で案内できるよう予定しています。

2024年12月20日 (金)

神戸電鉄の新旧車両と出会った 12/03

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12月3日は所用で神戸市北区へ行った日ですが、有馬へ行く道中は神戸電鉄を利用しました。

何だか、神戸電鉄を見るのも久しぶりでしたが、やってきたのは1000系列ということでテンションが上がります。

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静かな山間に重いモーター音を残し、黄葉の山を背景に電車が出ていきました。

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次にやってきたのが、リバイバル塗装の1000系列だったので、一気に気合が上がります。

これは期待していなかっただけにうれしかったですね。

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有馬口で乗り換えですから、数駅だけのお付き合いでしたが充実した邂逅でした。

電車は三田方面に向かって出ていきました。

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よく見ると背景の山は紅葉を残す風景があり、坂を下っていく姿をもう一枚撮っておきました。

これがずいぶん好みの写真になって、今はパソコンの壁紙に使っています。

クリックすると少し大きめの写真になりますよ。

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有馬口駅から有馬温泉駅まで乗車したのは最新の6500系でした。

短い区間の乗車でしたが、新旧との出会いがあって満足の神戸電鉄でした。

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伊東潤 威風堂々 幕末佐賀風雲録(上) 中公文庫/読了・・・・・・・大隈重信の物語。時は幕末。ところは佐賀から始まります。薩長土肥と言われた4藩の一角に加わった鍋島の佐賀に現れた大隈重信が成長しながら動乱に巻き込まれていく様子が描かれています。一気に200ページほど一日で読むなど、まさに目が離せないストーリーに呑みこまれました。これから読む下巻が楽しみです。

2024年12月19日 (木)

有馬の紅葉を愛でて 12/03

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12月3日は所用で神戸市北区へ行ったついでに、有間の紅葉を見に行ってきました。

太閤橋辺りから見た有馬川の赤い橋と紅葉です。

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有馬は秀吉が幾度も温泉に浸かりにやってきたと言われ、秀吉の像もあるのですが、こちらはねねのほうの像です。

背景に真っ赤な紅葉が映えて、多くの人がカメラを構える撮影スポットです。

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土産物屋の後ろにも紅葉が綺麗に広がります。

なるべく人が写らないように撮ろうと思いますが、平日だというのに、まさにごった返す人波に襲われている有馬でした。

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そうはいっても、裏通りに回るとそこは閑散としながらも、落ち着いた有馬がありました。

温泉の湯が流れ込むのでしょうか、水路から湯気が立つ風景はまさに温泉街の風情でした。

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神戸電鉄の有馬温泉駅です。

不覚にも、こんなモダンな建物に建て替えられていることを知りませんでした。

このクリスタルビルという駅舎になって、もう35年が経つそうです。

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さて、六甲山の裏側へやってくるのには神戸電鉄もありますが、最近は三宮から市バスでトンネルを潜ってくるルートが多く利用されているようです。

三宮と六甲北側の蓑谷まで15分もかからずにつないでいるそうで、これでは神戸電鉄もなかなか太刀打ちできませんね。

2024年12月18日 (水)

歴史探訪・番外編の下見 甲子園⇒浜甲子園⇒今津 12/02

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12月2日は、この冬の間に実施する予定の歴史探訪・番外編の下見として、阪神甲子園球場へ向いました。

今年が100周年、来年は新たな1世紀への踏み出しとなる101年目です。

ここで、球場に隣接する甲子園歴史館を見学する予定です。

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甲子園球場の南西側に、球場に寄り添うように甲子園素戔嗚(すさのを)神社があります。

素戔嗚神社の設置には、付近にあった枝川、申川の洪水を防止してほしいという願いが込められています。

素戔嗚神社にある星野仙一元監督揮毫による「夢」の碑です。

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甲子園球場から南へ15分ほど歩くと海のそばまでやってきます。

海岸沿い、防波堤の内側に広がる広大な空き地は少年野球などに使われるグラウンドです。

実は、阪神大震災の前まではここに広い厚生年金プールがあり、夏の賑わいはすごいものでした。

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甲子園の浜へ出てきましたが、海岸沿いには戦前にここにあった初代の阪神パークの建物基礎や残骸が散らばったままになっています。

実は浜甲子園と呼ばれる一帯は、日本を代表するレジャー施設や100面のテニスコート、大型のプール、陸上競技場、競馬場、野球場などが立ち並ぶ大規模エンターテイメントエリアだった歴史があります。

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甲子園浜の遊歩道を歩いて今津の浜までやってきました。

ここには、江戸時代の酒蔵屋、現在の大関酒蔵が酒の積出しのために設置した今津灯台があります。

背後に見える閘門の設置に伴い、この奥の方から少しだけ海側に移設された現役最古の灯台です。

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今津の町中へやってくると明治15年に建設された六角堂と呼ばれる小学校建築があります。

ここは現在も西宮市立今津小学校の校舎であり、空襲も阪神大震災も乗り越えた歴史があります。

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今津小学校の向かいにあるのが大関酒造のアンテナショップ、カフェを併設した関寿庵です。

ここでは大関のお土産を買うことも出来ますし、有料試飲でいろいろな大関のお酒を楽しむことが出来ます。

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関寿庵から阪神今津駅辺りまで戻ってきて、商店街に入ると「ゲゲゲの鬼太郎 水木しげる邸跡」という看板があります。

昭和28年から32年まで、この辺りに住んで「ゲゲゲの鬼太郎」の前身となる「墓場鬼太郎」という紙芝居を書いていたそうです。

こんなコースの歴史探訪・番外編の予定です。

2024年12月17日 (火)

長岡天神の紅葉 11/30

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11月30日は、長岡京市でのコンサートの前に阪急西向日駅で撮影したり、古代の長岡京の故地を歩いたりして、長岡天神までやってきました。

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長岡天神へやってくると、長岡もみじめぐりという幟が立っていて、池の周りの紅葉がちょうどいい塩梅になっていました。

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池の東側に立つイチョウも黄葉が綺麗で、池の水面に映えていました。

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池の南側に沿って立つ建物は、筍料理で有名な錦水亭でしょうか。

こんなところで料理をいただければ最高ですね。

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天満宮のあたりは人が多く写真にならなかったので、外周を歩いてみると、そこここに盛りの紅葉が見られ、今年一番の紅葉狩りとなりました。

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水野由多加 「そうだ京都、行こう。」が長く続くわけ 多くの人に受け入れられる良い広告とは 交通新聞社新書/読了・・・・・・このCMがあるのは知っていたけれど、まだやっていたとは驚きです。どうも関西では流れていないのでは?こういうことが、東京人が思い描く京都というものを作り上げてしまったんでしょうか。京風というのが、なんでも付いて売られていたり、ラーメンでもそんなのがありますね。このCMでは人っ子ひとりもいない寺社を満喫しているようなポスターがあったりしますしね。京都には、王将の餃子、天下一品のラーメン、コテコテ度合マックスの面のあるのにね。今の観光公害と言われる京都は、場所によってはうんざりしますしね。

2024年12月16日 (月)

兵庫芸術文化センター管弦楽団第39回名曲コンサート 12/15

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昨日12月15日は、兵庫芸術文化センター管弦楽団の第39回名曲コンサートを聞きました。

15時から開演ということで、定期演奏会と同じ時刻からの演奏会でした。

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出演はオランダ出身の名指揮者ユベール・スダーン、今までもドイツ・オーストリア系の音楽では素晴らしい演奏を聞かせてくれています。

ピアノは、なにせ長身で長い髪の菊池洋子さん、何回かその豪快な演奏に接しています。

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今回はいずれもブラームスのピアノ協奏曲第1番、そして交響曲第1番が演奏されました。

ピアノ協奏曲は、ピアノとオーケストラとの丁々発止、とても力強い演奏が展開しました。

交響曲第1番は、スダーンがぐいぐい引っ張る展開で、オーケストラも上手い、とても隙の無い音楽としては立派な演奏でしたし、聞いていて幸福感に包まれる温かい音楽でもありました。

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ところが、こういうブラームスをはじめ、ベートーヴェン、ブルックナーというと、どうしても私らの年代は朝比奈御大に手籠めにされているため、その息遣いや力の入れ具合というものが音楽の中に沁みついているみたいです。

家に帰ってから、朝比奈のブラームスを聞きなおしてみました。

そうそう、そこそこ、これこれという具合に、壺にはまった朝比奈隆のブラームスの演奏に改めて納得した次第です。

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芸文センターの前の公園は、冬らしく電飾がきらびやかでした。

年末ですね。

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原武史 最終列車 講談社文庫/読了・・・・・・鉄道というものを様々な視点からとらえ、語るエッセイ。菊と鉄道、駅と西武と、鉄道の政治学、年年歳歳、列車は何を運ぶのか、鉄道と私、コロナと鉄道というカテゴリーでそれらの話題が語られます。広い視点で鉄道というものがとらえられているのではありますが、どうしても東京中心での見方に偏っているように思います。また、四季島のような豪華列車を非難すること数度、少々飽き飽きしました。

2024年12月15日 (日)

高橋真珠ヴァイオリンリサイタル スメタナ生誕200年ベートーヴェンの誕生月に捧ぐ 12/14

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昨日12月14日は、お知り合いのヴァイオリニスト高橋真珠さんのリサイタルが久しぶりに大阪であるとのことで出かけました。

まぁ、Facebookつながりでどこで演奏会をされるのかはチェックしているのですが。

今回は「スメタナ生誕200年ベートーヴェンの誕生月に捧ぐ」というタイトルでの演奏会でした。

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高橋真珠さんは、桐朋大学からアメリカで研鑽をつまれ、その後、私が初年から定期会員を続ける兵庫芸術文化センター管弦楽団の第1期のメンバーとして参画されました。

その後、香港やニュージーランドなどで活躍された後、現在は三重、名古屋を中心にリサイタルなどの演奏活動をされています。

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昨日の曲目は、メインにベートーヴェンのソナタ第9番「クロイツェル」を置いた多種多様な音楽に接することができるプログラムでした。

いずれも、ピアニストの土橋礼佳さんとの協調、寄り添いあいというイメージの演奏が披露されました。

イザイは無伴奏の演奏でしたが、別のお知り合いのヴァイオリニスト柴田由貴さんのような剛腕ド直球というのではなく、どことなくまろやかなイメージを伝えるもので、これも好感です。アンコールにチャイコフスキーのメロディなど。

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会場のヒビキミュージックサロン・リーブスというところは初めて訪れた会場でした。

西天満のビルの中、なんともわかりにくいところにありましたが、隠れ家的サロンというのもなかなかいいですね。

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演奏会のあと、JR北新地駅までプラプラ歩いていると、クラシック輸入レコード専門店「パストラーレ」というお店がありました。

これはもうほぼ趣味でされているお店なんでしょうが、中に入らせていただくと、なんとも幸せな空気が流れる心地よい空間でした。

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さらに西天満の町を歩いていると懐かしい昭和ビルの前に出ました。

お知り合いの先生の事務所があり、仕事で何度も通っていたビルです。

中には様々な小さな会社やスタジオがあって、実にユニークなビルなのです。

2024年12月14日 (土)

阪急京都線西向日駅の紅葉鉄 11/30

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11月30日は、長岡京でのコンサートへ行く途中、阪急京都線長岡天神駅のひとつ先にある西向日駅まで行き、頃合いとなった駅近くの紅葉を背景に紅葉鉄を楽しみました。

もみじHMを掲げた9300系です。

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地味に屋根が白くない5300系。

背景に溶け込んでいます。

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9300系特急プライベース編成です。

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土曜日、日曜日だけ運用がある阪急京都線の観光特急「京とれいん雅洛」です。

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この新しい2300系がプライベースとして登場してから阪急京都線の特急に魅力が増しました。

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トムとジェリー号が通過したときは残念ながら曇ってしまいました。

これを最後に、西向日駅を出て、長岡天神まで歩きました。

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長岡天神へ向かう途中、古代の長岡京の風景を今に残すあたりを歩きました。(写真をクリックするとかなり大きくなります)

京都西山という余り観光客がいかないところですが、ゆったりとした風景に癒されます。

2024年12月13日 (金)

阪急京都線南茨木駅 紅葉鉄も 11/29

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11月29日は、茨木市立文化財資料館へ向かうため阪急京都線南茨木駅で下車しました。

梅田側を見ると桜の紅葉がいい感じだったので、逆光ながらしばらく鮮やかな紅葉を阪急電車と共に撮影しました。

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9300系プライベース編成が通過していきました。

今年から見ることができる南茨木駅での新しい光景です。

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5300系の準急が通過していったところで、南茨木駅を出ました。

屋根が白くない編成と紅葉、こちらの方が好みです。

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文化財資料館での企画展を見た後、再び南茨木駅付近の陸橋で撮影を開始しました。

もみじHMを掲示した9300系が通過していきました。

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雲の流れが速い日でしたが、なんとかそれに邪魔されずに撮っていたのですが、トムとジェリー号の時は被ってしまいました。

京都線のトムとジェリー号を撮影したのは初めてかもしれません。

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新車の2300系プライベースが通過していきました。

この日は特急に1300系、8300系や7300系が多く運用されていて、これでは京阪間をつなぐ特急の高級感が削がれてしまいますね。

京阪電車は特急はもちろんのこと、快速急行でもプレミアムカーを組み込んだ3000系を運用するなど、ずいぶん印象が違います。

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小松左京 大震災'95 河出文庫/読了・・・・・・久しぶりに小松左京の著作が出たので読んでみました。年明け1月17日に震災から30年になる前にもう一度震災と向き合うために読むには良い本でした。というか、以前にも読んでいたことが分かり、少々がっかり。でも、良い追体験にもなりました。

2024年12月12日 (木)

藤原鎌足と大織冠信仰 茨木市立文化財資料館開館40周年 第40回テーマ展 11/29

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11月29日は会期終了が迫っていた企画展を見るために、茨木市立文化財資料館へ出かけました。

「藤原鎌足と大織冠信仰」と題する茨木ゆかりの藤原鎌足に関する展示です。

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阪急南茨木駅から5分ほどのところにある会場の茨木市立文化財資料館です。

この建物の地下にも東奈良遺跡という広大な弥生時代から中世にかけての複合遺跡があり、銅鐸の鋳型が出土したことで有名です。

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藤原鎌足は、乙巳の変、大化の改新の前には茨木の興福寺領にあった三島別業(別荘)に隠棲していたといわれています。

また大織冠とは、647年から685年までの用いられた冠位の最上位で、史上藤原鎌足だけが授かった位です。

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今回はこの左下にある、今年修理を終えた地福寺蔵の「紙本著色大織冠像」を中心とした鎌足と息子の不比等に関する展示でした。

これは買い求めた40ページ余りの立派なカラー図録ですが、茨木市はこういうものに補助が出ているのか、200円で購入できました。

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茨木市にある藤原鎌足関係の古跡の分布図ですが、大織冠神社、地福寺などが気になります。

左下に奈良の談山神社の図がありますが、鎌足の息子の不比等が、いったん阿武山に埋葬された鎌足をそちらへ改葬したとされるからですね。

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南茨木駅を出て、次はチラシを置いていただくために、高槻のクラシック音楽カフェ・バーの華ノ音さんを訪れました。

店内にかかっていたブラームスのピアノ協奏曲第2番は私には少し重い音楽なので、軽めのハートランドビールでまったりと過ごしました。

2024年12月11日 (水)

阪神電車で移動鉄 11/28

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11月28日は、西宮市立東高校の鳴尾ホールでルネサンス音楽の講座があるということで、阪神電車に乗って出かけました。

まずは、大物駅で少し撮影をして、そこから少しずつ西へ流れました。8502編成。

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回送ではあるけれど、好みの9300系がやってきました。

幾度、このアングルで撮影したことやら。

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普通の中で、孤独の存在5550系がやってきました。

これくらいの柔かい色合いでちょうどいいんですけれどね。

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尼崎駅へやってくると、5000系が出ていくところでした、残念。

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武庫川駅では、山陽特急の大阪関西万博ラッピング車両が通過していきました。

たぶん、開幕まで残り123日、何だかパビリオンも順調に建設に入っているようですね。

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鳴尾駅でもしばらく撮影。どんだけ余裕で出かけたものかと思います。

急カーブの鳴尾駅を山陽特急6000系が通過していきました。

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東高校での木曜講座も終わり、バスで帰るつもりが、弘前リンゴさんと話しながら鳴尾駅まで歩いたので、阪神電車で帰ることとなりました。

センタープール前駅まで来ると、向かいのホームに5000系が停まっているのではありませんか!

とりあえず、カメラに収めました。

2024年12月10日 (火)

11月の鉄道ついで写真 小さな話題から

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お出かけするのはほとんど電車ですが、その都度、出会った車両を撮影するのは、性(さが)でしょうか。

11月12日、狭山池へ向かう途中、下車した金剛駅で姿を見た6000系無塗装編成。

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11月21日、秋の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で見た関西線201系です。

新今宮駅から久宝寺駅まで乗ってきて、ここで快速に乗り換えて王寺駅へ向い、和歌山線に乗り換え志都美駅まで行きました。

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11月22日、生駒詣での帰りに近鉄から阪神を乗り継いで尼崎駅へやってきました。

12月2日に陸送で解体場所へ運ばれてしまった電動貨車の201-202号の最後の姿を記録することが出来ました。

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11月24日、枚方へ演奏会を聞きに行った帰り、枚方市駅にやってきた臨時特急は4連の13000系でした。

この時期だけ土日を中心に1往復運転されているというレアな臨時特急「宇治・伏見もみじ」号です。

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11月29日、茨木市へ用事で出かけた時に南茨木駅で下車、しばらく阪急京都線の撮影をしていました。

トムとジェリー号がやってきたので、上から覗き込むと運転席にいたトムとジェリーがすぐそこに。思わず撮影しました。

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同じ南茨木駅で下車して駅の階段を降りている途中、大阪モノレールがやってくるのが見えました。

カメラを出す間が無かったのでスマホで急いで撮影したら、離合の瞬間を撮ることが出来ました。

窓のカーブといい、色違いのおなじ塗装のモノレールといい、撮影のタイミングといい、我れながら見事な一枚となりました。

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鯨統一郎 徳川埋蔵金はここにある 歴史はバーで作られる2 双葉文庫/読了・・・・・・・バーの常連客とバーテンダーの女性との会話によって歴史の謎が解き明かされていくシリーズの第2弾。徳川埋蔵金のほか、天草四郎の正体、応仁の乱の本質、伝説の龍とドラゴンの比較というテーマが語られます。特に応仁の乱の中で語られた、日本史における乱、変、戦いまたは合戦、役、征伐、戦争はそれぞれ意味が違っていましたね。これは目からうろこでした。

2024年12月 9日 (月)

第35回大東第九コンサート 大東第九を歌う会&千里フィル・大阪 12/08

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昨日12月8日は、年末の締め、ではないですが、恒例の第九コンサートを聞きました。

大東第九を歌う会は、以前住道のショッピングモール内での第九演奏を聴いたことがありますが、今回はホールでの演奏会でした。

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プログラムは、いろいろな人が出て、少しずつ演奏を楽しんだ後、後半で第九の第1楽章、第4楽章を演奏するものでした。

オーケストラが千里フィル・大阪というアマオケというよりも、セミプロみたいなオーケストラなのでそこは安心して聞けました。

第九を演奏するのに、弦楽器6+6+4+4+3の総勢としても23名というのは驚きです。

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指揮は御年82歳の守山俊吾さん、若々しい指揮姿は昔と変わりません、指揮台の上で飛んでましたよ。

第九の第1楽章のみ、若手の山本健太さんによる指揮でしたが、そちらもきびきびした指揮姿で好感度でした。

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さて、大東第九を歌う会の皆さんは、かなり高齢のメンバーかと思いますが、皆さん、大きな声を出されていました。

もうずいぶん第九を歌い続けている自信というのはすごいですね、壺にはまったコーラスはかなり音楽の感動が届いていました。

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会場の大東市サーティホールです。

以前にも一度やってきたホールですが、バリアフリーとかにも問題があるのでしょうか、車いすの方が移動に難渋されていました。

2024年12月 8日 (日)

奈良きたまち歩き 万葉歌碑を訪ねて 11/22

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11月22日は、いつもの生駒詣での帰りに奈良へ行き、奈良のいわゆるきたまちエリアを散策しました。

かつての遊園地、奈良ドリームランドの東側一帯にロットフィールドなどのスポーツ施設が立ち並び、それらに沿うように万葉苑乃道があり、そこに犬養孝先生揮毫の万葉歌碑がありました。

烏玉 黒髪山 山草 小雨零敷 益〻所思

ぬばたまの 黒髪山の 山菅に 小雨降りしき しくしく思ほゆ 巻11-2456 柿本人麻呂歌集

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さて、そこから少しずつ南下しつつ、奈良きたまちの名所を見て歩きます。

ちょうどコスモスが見ごろの般若寺の裏になりますが、国宝の般若寺楼門です。

鎌倉時代に再建された般若寺に残る建物で、楼門としては最古の遺構だそうです。

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奈良少年刑務所のロマネスク調様式の表門です。

奈良少年刑務所の前身は明治の五大監獄のひとつである奈良監獄で、これらの建物は明治41年に竣工したものです。

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奈良少年刑務所は、耐震性などの問題もあり、平成28年度に廃止されました。

その後、星野リゾートが2026年春までの開業を目指し、ホテルや監獄史料館を運営する予定とのこと、楽しみです。

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更に南へ南へ歩いていると、元の奈良奉行所跡にある奈良女子大学の正門に来ました。

そこから明治41年に竣工した奈良女子高等師範学校の本館が見えます。現在は記念館として保存されています。

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最後に、旧鍋屋交番として利用されていた建物を紹介します。

現在は、きたまち案内所として活用されています。

古いものを現在につなぐ奈良の町の生き方があっちこっちに感じられる散策でした。

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畠山健二 新本所おけら長屋(二) 祥伝社文庫/読了・・・・・・超人気シリーズも新シリーズになっての2作目です。前シリーズから3年の時を経て長屋の様子にも変化が。あらたに登場した幸一郎、おなじみの金太、そして幼子の雷蔵、それぞれを中心としておけら長屋が廻り始めました。

2024年12月 7日 (土)

かぎろひ歴史探訪 二上山東麓に彷彿とする古代の影 11/21

JR志都美駅⇒念通寺⇒志都美神社⇒武烈天皇傍丘磐坏丘北陵⇒平群1号墳⇒杵築神社⇒平野塚穴山古墳⇒正楽寺⇒白鳳台3号児童公園(昼食・講座)⇒地域交流センター⇒(太子道)⇒尼寺廃寺跡⇒白山姫神社⇒JR畠田駅

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11月21日は秋の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で二上山の東麓を歩きました。

集合のJR志都美駅、初めて降りたかな。

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念通寺の不動明王の石仏を見て、志都美神社へやってきました。

俗に清水八幡とも呼ばれる神社で、シズミ ⇒ シミズとなったのでしょうか。

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志都美神社のすぐ北側にある武烈天皇陵へ来ました。

武烈天皇は25代、ここで一旦天皇の系譜は切れて、北陸の王、26代継体天皇へ引き継がれていきます。

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更に歩いて平野塚穴山古墳へやってきました。

周囲は古墳公園として整備され、このように柵越しですが、石室の中を見ることが出来ます。

紙一枚入る隙間もない精緻な石組みの様子は終末期古墳の特徴、たいへんな技術ですね。

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最後に訪れたのは、法隆寺様式の伽藍配置を持つ尼寺(にんじ)廃寺跡です。

日本でも有数の巨大な塔の心礎石は休憩室の床下におかれていて、ガラス越しに覗き込むことが出来ます、想像以上にデカイ。

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最後は反省会で王寺駅北側のや台ずしへ。

チェーン店であり、早めから開店しているや台ずしは、かぎろひ歴史探訪反省会の頼りになるお店です。

2024年12月 6日 (金)

きまぐれ歴史探訪 ~三輪そうめん山本から黒塚古墳へ~ 11/14

近鉄天理駅 ⇒ JR天理駅 ⇒ JR巻向駅 ⇒ 巻向遺跡 ⇒ 三輪そうめん山本 ⇒ 上ツ道 ⇒ 黒塚古墳・資料館 ⇒ JR柳本駅 ⇒ JR天理駅 ⇒ JR奈良駅

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11月14日は、学生時代のお友達を奈良などへ案内するきまぐれ歴史探訪で、巻向へ向いました。

JR巻向駅で降りると、そこはもう古代の一大都市、巻向遺跡の真っ只中、箸墓と三輪山が近くに見えます。

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まず向かったのは、三輪そうめん山本の直販店、ここでランチをとろうというのが今回このあたりを選んだ理由です。

三輪そうめんを使った温かいにゅうめんと柿の葉寿司のランチをいただきました。

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お昼の後は、古代の国道、上ッ道を歩いて北上します。

現在はこんなどこにでもある道ですが、飛鳥時代には道幅43メートルの途轍もなく立派な直線道路でした。

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歩いて到着したのは、古墳時代最初期3世紀中ごろの前方後円墳である黒塚古墳です。

全長130m、きれいに復元されて周濠にその姿を映し出しています。

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この黒塚古墳からは、33枚の三角縁神獣鏡と1面の画文帯神獣鏡が発見されています。

古墳隣りに発掘当時の様子を伝える資料館があって、その生々しい様子を伝えています。

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JR奈良駅で解散して近鉄奈良駅へ向かう途中、奈良の物産を集めたお店に立ち寄ると、なんと大和高田の丸栄製菓のおかきがあるではないですか。

この海老マヨネーズ味を購入して帰りました。590円、旨し。

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山本巧次 大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 殺しの証拠は未来から 宝島社文庫/読了・・・・・・著者による大ヒットシリーズではないでしょうか。タイムトラベルものですが、なかなか凝った設定となっています。江戸時代と現代を行き来して事件を解決していくのですが、それに絡む人物の設定が面白いですね。今回は、東京の四谷で見つかった古い人骨から江戸時代での事件の解明につながります。

2024年12月 5日 (木)

バンクシー展 東大阪市民美術センター 11/13

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11月13日は、いつもの生駒詣での帰りに近鉄東花園駅で下車して、東大阪市民美術センターで開催中のバンクシー展を見てきました。

バンクシーの作品って見られるんだ!というのが意外な印象でしたが。

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バンクシーの作品は、町の中の壁や塀に書き込まれたものというくらいしか知らなかったですが、なんとシルクスクリーンで何枚も擦られて販売されているらしいです。

テレビでいつか見た、少女とハートの赤い風船の作品です。

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バンクシーの作品のモチーフとしてよく使われているネズミの作品です。

ハートが書かれていますが、血で書いたような印象を与えます。

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キース・ヘリングの犬を取り込んだバンクシーの作品、ここにも犬の目に象徴的な赤が使われています。

メッセージ性の強いバンクシーの作品ですが、何枚も擦られたシルクスクリーンの複製?を売ることで活動費用が捻出されているそうです。

そういうことか。

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会場の東大阪市民美術センター、向こうに見えるのが花園ラグビー場です。

広々としたこれらの敷地の中には、野球場や別のラグビーグラウンド、広い公園など様々な施設があって、ゆったりとした気持ちになるところです。

バンクシー展、12月26日までです。

2024年12月 4日 (水)

狭山池から堺の土塔へ 歴史探訪・番外編の下見 11/12

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11月12日は、後日に予定する歴史探訪・番外編の下見に南海高野線の金剛駅まで行って、まず近くの狭山神社を訪れました。

狭山神社は、狭山池築造以前から有ったとされ、境内にある摂社に祀られている印色入日子命(五十瓊敷入彦命・いにしきいりひこのみこ)が狭山池を造ったという記述が古事記にみられます。

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7世紀初めに造られたとされる日本最古のため池である狭山池へやってきました。

行基さんが奈良時代に狭山池の改修にあたっています。

池の西側から東側を見ると、二上山、葛木山、金剛山が遠望されます。

手前の池の中に、狭山池の守護神とされる龍神社が見えます。

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狭山池の堤防に連なり、広い公園があります。

ここは、元狭山藩下屋敷跡であり、もっと馴染みの名前でいうと、かつて南海電車の経営で作られた狭山遊園の跡地になります。

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狭山池の北側には、安藤忠雄建築らしく、無機質な外観で動線が分かりにくい狭山池博物館があります。

現在は電気系統の工事のため休館中で、12月中旬に再オープンする予定です。

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狭山池を出て堺方面へ歩いて、あみだ池のバス停へ向いました。

バス停には、周辺を流れる陶器川の散策路の表記があり、気になったので歩いてみました。

数キロにも及ぶ散策路でしたが、それほど整備されているわけでもなく、目指す土塔からどんどん離れていくのでこれは不採用です。

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ずいぶん遠回りをして、足を棒にして、ようやく堺の土塔へ到着しました。

土塔は、この辺りに奈良時代に行基さんが建立した大野寺の施設とされ、奈良の頭塔のような外観です。

ということで、行基さんを巡る狭山池と土塔を訪ねる歴史探訪・番外編は12月20日に実施します。

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風野真知雄 恋の川、春の町 江戸戯作者事情 角川文庫/読了・・・・・・・小説の名手、風野真知雄がちょっと悲惨な最期を迎えたとされる江戸時代の戯作者、恋川春町を描いているというので、さてどんなお手並みかと読み始めました。ここには著者がこの小説を書きながら恋川春町とオーバーラップしていったかのような少し重い筆だったかな。どんな結末にするのか心配しましたが、恋川春町が溶けて消えていくような展開にはさすがの風野真知雄を感じました。読み終えると、重いテーマを軽妙に扱った著者のマジックにはまっていました。

2024年12月 3日 (火)

かぎろひ歴史探訪 謎多い平群氏の跡 11/07

近鉄生駒線竜田川駅 ⇒ 烏土塚古墳 ⇒ 西宮古墳 ⇒ 平群中央公園 ⇒ 平群神社 ⇒ 竜田川遊歩道 ⇒ 平群坐紀氏神社 ⇒ 吉備内親王墓 ⇒ 長屋王墓(長屋王御陵公園) ⇒ 三里古墳 ⇒ 平群駅

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11月7日は秋の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で生駒の少し南、平群町にある古墳を中心に歩きました。

近鉄生駒線竜田川駅から西側を見ると、こんもりとした丘が見えます。これが烏土塚(うどづか)古墳です。

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町役場で鍵を借りていただいたので、烏土塚古墳の中へ入ることが出来ました。

巨岩が組み合わされた石室で、天井の高さは4.5mで、奈良では石舞台古墳に次ぐものということです、積み上げましたね。

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次に訪れたのは烏土塚古墳の北方向にある西宮(にしのみや)古墳、一辺36メートルほどの方墳です。

現在は公園の中で整備されて、方墳だったという形状を再現しています。

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西宮古墳の中には、大きな石をくりぬいた石棺が残されています。

この古墳は、近鉄飛鳥駅のすぐ西側にある岩尾山古墳と同じ形式であるとのことで、また飛鳥へも行ってみたくなりました。

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いろいろ歩いて、吉備内親王のお墓へやってきました。

奈良時代初頭、藤原氏の陰謀に倒れた左大臣長屋王の夫人の墓です。

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そしてその近くにある長屋王の墓へも訪れました。

長屋王は、天武天皇の長男・高市皇子を父に持ち、皇親勢力の中心的人物でしたが、藤原氏と対立し無実の罪に落とされ、一族ともども滅びました。

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最後に、奈良では3例だけとされる珍しい棚付き古墳の三里(みさと)古墳へやってきました。

棚付き古墳は和歌山の紀氏に特徴的なものとされますが、対岸の徳島にはさらに精緻な棚付き古墳が認められています。

2024年12月 2日 (月)

西宮交響楽団第121回定期演奏会 12/01

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昨日12月1日は、西宮交響楽団の第121回定期演奏会を聞きました。

演奏されたのは、ベートーヴェンの交響曲第7番とチャイコフスキーの悲愴という鉄板の名曲2本立てです。

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指揮は、佐々木宏さん。今年も何回か、その指揮姿に出会いましたね。

演奏は佐々木さんらしいきびきびとしたテンポで進められ、堂々たる音楽が披露されました。

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会場の兵庫県立芸術文化センターは3階まで開放されていましたが、そこそこ満杯のお客さんが詰めかけていました。

ところが、ベートーヴェンが始まった瞬間、オーケストラの音がジャーンではなく、グシャーンと聞こえました。

その後も強奏されるたびに音が濁って聞こえましたが、弦のピッチが乱れていたのでしょうか?

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会場の芸術文化センター界隈です。

快晴の下、秋から冬への気配を感じました。

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次回、来年の西宮交響楽団の演奏会の予定です。

ドヴォルザークの7番は演奏機会が少ないので期待大ですね。

2024年12月 1日 (日)

龍谷大学交響楽団第31回定期演奏会 11/30

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昨日11月30日は、龍谷大学交響楽団の定期演奏会が長岡京であるというので出かけました。

13時半の開場よりも早めに現地へ向い、阪急京都線の撮影もしていましたが、それはまた後日の報告です。

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この演奏会へやってきた理由は大好きなカリンニコフの交響曲第1番が演奏されるからです。

一時はアマオケでよく演奏されていたのですが、昨今プログラムに上がるのは珍しいことです。

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指揮は、カリンニコフのもゆかりがあるウクライナで指揮の勉強をされた浦さんです。

カリンニコフの交響曲第1番は、ウクライナのキーウで初演されました。

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チャイコフスキーの演奏でも、思っていたよりもしっかりとした演奏レベルで、大学オケとしてはなかなか充実した演奏でした。

カリンニコフも前半の幽玄の世界から最後は大変な盛り上がりで大団円を迎えました。

久し振りにカリンニコフの音楽を聞けて大満足でした。

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会場の長岡京記念文化会館、座席1000人のところ400人くらいのお客さんだったでしょうか。

ここへやってきたのもずいぶん久しぶりのことでした。

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文化会館の南隣りには長岡天神があり、ちょうど長岡京もみじめぐりという催しが開催中でした。

池の向こうに筍料理で有名な錦水亭があり、紅葉の木々に包まれていました。

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眉村卓 その果てを知らず 講談社文庫/読了・・・・・・・2019年11月に亡くなったSF作家の眉村卓さんの遺作で、闘病生活もSFに仕立ててしまった作品です。常に死というものが底に主題として流れていて、そこに日常生活と人生への諦念が比較されながら語られていきます。私はまだこの心境は実感できないけれど、更に歳を取ると感じられてくる世界なんでしょうね。

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