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2025年1月

2025年1月31日 (金)

松下幸之助創業の地 野田阪神 01/18

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1月18日は、長楽庵でのお気軽クラシック音楽講座「きまぐれ音楽探訪」の後、野田阪神の吉野にある市立図書館でカードの更新をしました。

野田阪神にある吉野という地名は、牛丼の吉野家の創業の地名としてそのまま利用されています。

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もう一つ野田阪神界隈で創業したのは松下幸之助(1894-1989)の松下電気器具製作所、現在のパナソニックHDです。

和歌山で生まれた松下幸之助は、9歳で丁稚奉公に出て、転々と職場を変えたのち現在の関西電力で7年勤め電気の知識を得、1918年24歳の時に野田阪神で会社を創業し1932年まで工場ありました。

公園に置かれた大きな石碑の石は、和歌山から四国吉野川沿いにかけて広がる緑泥片岩、徳島で言う「青石」で、この巨岩は伊予西条の川で採取されたものです。

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松下幸之助の家や工場があったのは、野田阪神の西側に広がる一帯、大開(おおびらき)と呼ばれるところで、操業するにはおめでたい地名ですね。

今もこの一帯は、昭和の雰囲気を残す商店街があったりするレトロなところです。

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今はそれらの建物は残っていませんが、町にあちこちに当時の様子を伝えるプレートが掲げられています。

創業の家、第一次本店・工場の写真です。

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第2次本店と工場、ここで自転車に取り付ける電池ランプやその電池を製造していたのでしょうか。

松下幸之助は野田阪神、大開の地に感謝し、生涯、自身の本籍をここに置いていました。

2025年1月30日 (木)

精緻なアンサンブル 藤井貴宏さんと室内オーケストラ演奏会 01/29

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昨日1月29日は、お知り合いのオーボエ奏者、藤井貴宏さんが主宰するドイツアメリカなにわアカデミー室内オーケストラの演奏会というか、アカデミーとして勉強、体験した成果を聴いてもらおうという演奏会です。

とてもユニークなチラシですね、私はとん平とビールがええなぁ。

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会場の大阪市の阿倍野区民センター、天王寺駅から500メートルくらいでしょうか。

とても立派な施設にびっくりです。大阪市にはとても充実した施設が多いですね。

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会場の小ホール、多目的に使えるように設定したホールでしょうが、とても音がよいのに感心しました。

ここには大ホールもあるようで、そちらでも一度聞いてみたいですね(ひょっとすると来ているかも知れんけど忘れました)

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主宰の指揮者でオーボイストの藤井貴宏さんです。

写真では指揮棒を持たれていますが、実際の指揮は両手を巧みに駆使しての柔らかい指揮ぶりでした。

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コンサートマスターを務められた関西フィルコンサートマスターでもある木村悦子さんです。

豪快な人柄は知る人ぞ知るところでしょうか。藤井さんとの愉快な曲目解説が好感です。

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もうひとつ、チェロの首席として参加されていた川上徹さん、仙台フィルをはじめ九州響、新日本フィルなどの首席チェリストを務められていました。

これら三人のプロによるアカデミーがあって、演奏会となりましたが、メンバーにはプロ、セミプロもおられて高度なアンサンブルが披露されました。

曲目がハイドン⇒モーツァルト⇒(コレッリは飛ばして)シューベルトとなったので、その響きの構成の違いが如実に感じられ、とても面白い演奏会となりました。(これはまた機会があれば書きます)

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さて、演奏会前に阿倍野ベルタの地下のネパール料理店「わのわ」で晩御飯としました。

キーマカレーライスですが、とてもクリーミーというかバターリッチなカレーで、後々まで口内にまったり感が残りました。

辛さは1-5のうち4にしましたが、これは最強の5にしてもよかったかも。880円。

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香原斗志 お城の値打ち 新潮新書/読了・・・・・・・この人はお城の再建について、木造で当時の姿を細部にまで再現しなければならないという思想に凝り固まっているようですね。そりゃそれがいいかもしれないけど、地元の歴史意識を喚起し、そこにお城があったということを思い起こさせるだけでも十分じゃないかな。今も残る天守の意義はわかるけど、ちょいと強引な感じ。「・・なければならない」というような表現が多いのには閉口します。

2025年1月29日 (水)

ノエビアスタジアム神戸に残された足跡 01/16

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1月16日はかぎろひ歴史探訪・番外編で、ノエビアスタジアム神戸へ立ち寄った時に見つけた足跡広場です。

スター選手が足跡を残していますが、その数が多すぎて、すべてを確認したわけではないのですけれど。

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サッカーチームのヴィッセル神戸に在籍した世界のスーパースター、アンドレス・イニエスタです。

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柔道でオリンピックの金メダルを連続した獲得した阿部一二三です。

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一二三の妹で、柔道の阿部詩の足跡、世界最強の兄妹ですよね。

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ラグビーのリーチ・マイケルの足跡です。

私はこのスタジアムでサッカーを見たことはないですが、ラグビー観戦はしたことがあります。

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ラグビーで超有名になった五郎丸歩の足跡です。

ゴールを狙うキックを行う前の独特のポーズをみんな真似していましたね。

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陸上選手の朝原宜治の足跡です。

皆さん、それぞれ特徴的な足跡ですが、朝原さんの足跡はほとんど土踏まずがありませんね。

2025年1月28日 (火)

かぎろひ歴史探訪・番外編 兵庫津を歩く 大きなもの3つ 01/16

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JR兵庫駅11時集合 ⇒ 西国街道 柳原惣門跡 ⇒福海寺 ⇒ 柳原戎神社 ⇒ 能福寺・兵庫大仏 ⇒ ランチ・イオン ⇒ 兵庫津ミュージアム ⇒ 清盛塚 ⇒ 真光寺・一遍上人墓所 ⇒ 薬仙寺 ⇒ 和田神社 ⇒ 和田岬線和田岬駅 ⇒ ノエビアスタジアム神戸 ⇒ 神戸市営地下鉄御崎公園駅 ⇒ 新長田駅 ⇒ 鉄人28号広場 ⇒ 魚河岸のすし「えびす」で反省会

1月16日は、奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の方々を奈良以外の場所へ案内する番外編で、兵庫津を歩きました。

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兵庫津は、古代には大輪田の泊といわれ、平清盛による明貿易の拠点となり、江戸時代には瀬戸内の海運の要となる港、そして明治時代になって最初の兵庫県庁がおかれたところです。

日本三大仏といわれる能福寺の兵庫大仏での記念撮影です。大きなものの1つ目です。

能福寺は、最澄によって創建された日本最初の密教教化霊場と言われています。

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兵庫運河のあたりへ歩いてくると、明治になって開削した運河のあたりから見つかったという大きな石が置かれていました。

これは、古代において兵庫津の港を作った際に用いられた石らしく、連綿と栄え続けた兵庫津の遺跡の一つです。

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昼食をとったイオンモールの地下には戦国時代に作られた兵庫城跡が眠っており、そこから発掘された遺物が展示されています。

兵庫城は秀吉の中国大返しの際には、重要な補給ポイントともなりました。

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本来ならば兵庫津ミュージアムでいろいろ勉強する予定だったのですが、震災のイベントに出席される天皇陛下御夫婦が来館されるとのことで、こちらの予定は吹っ飛んでしまいました。

ということで、ミュージアムを飛ばして清盛塚へやってきました。

清盛塚は大きな十三重の石塔ですが、発掘調査の結果、清盛の墓ではないとされました。

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一遍上人の墓所である真光寺などを経て、1173年に平清盛が安芸厳島神社から勧請した和田神社へやってきました。

拝殿に向かって進むと、自動的にジャラジャラと鈴を振る音が流れるというハイテク神社です。

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和田神社から西へ歩くと巨大なノエビアスタジアム神戸が見えてきます。

サッカーとラグビーの拠点、大きなものの2つ目です。

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最後は地下鉄に乗って新長田へやってきて、等身大の鉄人28号に出会いました。大きなものの3つ目です。

震災復興、それも被害が大きかった長田地区の復興の象徴として、作者の横山光輝が神戸出身というご縁から作られました。

この日は阪神大震災から30年となる前日だったのですが、長田あたりは特に催しの準備とかはなく、日常の時間が流れているだけでした。

日常が大切ですね。

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鐵坊主 鉄道路線に翻弄される地域社会 「あの計画」はどうなったのか? ワニブックスPLUS新書/読了・・・・・・・鉄道解説系YouTuberという著者による案外まじめな将来の鉄道への展望を危惧した一冊。新規鉄道路線の話題というと、関東、関西地区では目にするものの、それ以外の地域ではなかなかそういうことはありませんね。とはいうものの、明るい話題もあるようで少しホッとしています。鉄道がいよいよ不要というか、車社会になっている地域の多さもあるので、どこまでしがみつくかということもあるでしょうね。いまさら新幹線でもないでしょうに。

2025年1月27日 (月)

大阪大学ワンコイン市民コンサート バッハ 01/26

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昨日1月26日は、毎月のことですが、大阪大学ワンコイン市民コンサートのお手伝いに出かけました。

昨日は、バッハのヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ全六曲演奏会のその1というコンサートでした。

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バッハのヴァイオリンソナタのうち、第1番、第3番、第5番とそれぞれに比較すべきコレルリ、ヴィヴァルディ、フォンターナの曲と並べて演奏するという考えつくされたプログラムは素晴らしいですね。

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バロック・ヴァイオリンはワンコインコンサートご常連の蓑田真理さんです。

その自由な演奏、そして独特の雰囲気にはいつも魅了されます。

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チェンバロは国内外で通奏低音奏者として活躍する三橋桜子さん、とても繊細な音楽が流れてきました。

演奏会後に、リリースされたCDを購入して持ち帰りました。聞くのが楽しみです。

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今回のステージに置かれたチェンバロです。

演奏する曲ごとに調律し直さなければならないとは、なんとも面倒な楽器ですが、音量の少ないバロック・ヴァイオリンにはちょうど見合う音の大きさで、それぞれ現代楽器とは違う魅力に溢れていました。

2025年1月26日 (日)

Favorite Collections Wind Orchestra 2nd Concert 01/25

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昨日1月25日は、Favorite Collections Wind Orchestraという吹奏楽団の第2回演奏会を聴きました。

暇つぶしに、あまり期待せずに出かけたのですが、とても内容の濃い演奏会に大感激でした。

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会場の西宮市民会館アミティホールです。早く建て替えてほしいなぁ。

たしか中学3年生の頃に竣工した古いホールで、バリアフリーも何もなく、トイレは2階、4階にしかありません。

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指揮は、このお二人、生真面目な、まだ初々しい指揮姿にかえって好感です。

演奏された曲目も初めてのものばかりでしたが、とても凝った選曲、そしてなかなか素晴らしい演奏でしたね。

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ブラスバンドではなく、 Wind Orchestra 吹奏楽団というだけあって、様々な打楽器群、ピアノ、ハープ、コントラバスも入った大きな編成の楽団でした。

吹奏楽の演奏会の場合、ソロの演奏にスポットライトが当たったり、拍手を要求したりするのが嫌なのですが、この演奏会ではそんなのもなかったですね、好感です。

2025年とかあるけど、次回は来年1月とか、また聞きたいと思う演奏会でした。

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西宮市民会館からぷらぷら歩いて阪神百貨店で買い物して、さくら夙川駅から帰りました。

さくら夙川駅へ向かう途中の風景です。

そういえば30年前の今ごろは、このあたりも大変な惨状でしたね。

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鼠入昌史 トイレと鉄道 ウンコと戦ったもうひとつの150年史 交通新聞社新書/読了・・・・・・・列車内のトイレは長い間垂れ流しでしたね。紀勢線でも天王寺-鳳間はトイレの使用ができないとか、駅に停車中はトイレの使用ができないとか覚えています。今では清潔なたたずまいとなった列車のトイレですが、完全に垂れ流しがなくなったのはつい最近のこととか。大変な歴史と戦いがあった様がわかりました。

2025年1月25日 (土)

生駒市の万葉歌碑 高山竹林園、四季の森公園へ 01/15

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1月15日はいつもの生駒詣での帰りに、生駒の高山地区にある竹林園を訪れました。

冬の寒い時期、茶筅(ちゃせん)の材料の竹を蒸してから寒干ししている様子を見ることができました。

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竹林園の中の展示室には、お茶の各流派ごとに茶筅が置かれています。

ひと口に「茶筅」といっても様々な様式があることがわかります。

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さて、高山竹林園には、犬養孝先生揮毫の万葉歌碑があります。

伊毛尒安波受 安良婆須敝奈美 伊波祢布牟 伊故麻乃山乎 故延弖曽安我久流 巻15-3590 遣新羅使人

妹に逢はず  あらばすべなみ  岩根踏む  生駒の山を  越えてそ我が来る

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高山から下ってくると、四季の森公園があり、こちらにも犬養孝先生揮毫の万葉歌碑があります。

君之當  見乍母将居  伊駒山  雲莫蒙  雨者雖零  巻12-3032  作者未詳

君があたり  見つつも居らむ  生駒山  雲なたなびき  雨は降るとも

2025年1月24日 (金)

今年の近鉄初撮りは恩智-法善寺間で 01/13

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1月13日は昼から近鉄八尾駅近くのホールでコンサートがあるので、その前に近鉄恩智駅と法善寺駅の間にある撮影スポットに立ち寄りました。

JR志紀駅から歩いて行ったのですが、思ったより時間がかかり、この場所での撮影時間は45分ほどしか取れませんでした。

とりあえずやってきた車両をバンバン撮影するのみです。8連の特急はやはりいいですね。

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45分間もいると、ひのとりも上下の通過が撮影できました。

手間の畑は冬枯れです。

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もう一つの名阪特急、アーバンライナー+プラスも通過しました。

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特急よりも一般通勤編成が一番多く通過するわけですが、ほぼ同じ姿なのでまとめておきます。

これらの写真は、現場のブロック台に座ったままの撮影という、なんとも安直な初撮りでした。

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千田嘉博 平山優 戦国時代を変えた合戦と城 桶狭間合戦から大坂の陣まで 朝日新書/読了・・・・・・城郭考古学の専門家と日本中世史・近世史の専門家による戦国時代における合戦と城のかかわりについての濃密な対談と、それぞれの局面についての解説がまとめられたすごい一冊でした。航空レーザー調査による産学地形の解析が例えば関ヶ原の陣張りの様子まで見て取れるとはすごいですね。今後、膨大なデータが出てくるものだから、これらの研究も尽きることがなさそうです。

2025年1月23日 (木)

野田新橋筋商店街と地獄谷ぷらぷら 01/11

さて、20日からの四国詣で(仕事なんですが)、そこから帰ってきました。

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1月11日は肥後橋から歩いて福島、野田とやってきて、野田恵比寿神社に立ち寄った帰りに、野田の新橋筋商店街で買い物です。

ごひいきの鳥屋さんで胸肉の塩焼きと唐揚げ、それと焼き鳥を購入、その日の晩御飯になりました。

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新橋筋商店街の西側には、戦後のごたごたが残っているような細い路地街があります。

古民家と酒場が共存するこの一角は、昭和の雰囲気を色濃く残すレトロな呑み屋街として、今もその姿を現代に語り継いでいます。

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以前は串カツの五右衛門さんが私のたまり場でしたが、マスターがコロナで体調を崩されてからランチ営業だけになってしまい、夜のお店を探さなくてはなりません。

五右衛門さんの裏にある餃子さんかくさん。隣にさんかくさんのたこ焼き屋ができていました。

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五右衛門さんの斜め向かいにあるお好み焼きさん。

ここへも一度行ってみたいなぁ。

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以前は阪神野田駅の高架下にあった大きな居酒屋さんの桜百番のマスターがこじんまりと地獄谷で始めた桜ねくすとさん。

一度訪問したことがあり、なかなか良かったです。

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さて、新橋筋商店街に戻ると、ウナギの川繁さんが目につきます。

ウナギを焼いて売るだけのお店ですが、連日完売、夏の土用の日あたりは長蛇の列になります。

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新橋筋商店街の北の入り口あたりに新しいお店ができているのを見つけました。

以前は、安い立ち飲みのお店だったと思いますが、落ち着いたお好み焼き屋さんになっていました。

2025年1月20日 (月)

残り福、野田恵比寿神社へ 01/11

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1月11日は肥後橋のキャノンギャラリーへ写真展を見に行った帰りに福島、野田かいわいを散策しました。

福島から野田へ向かう途中、阪神電車が梅田駅、福島駅を経て地上に出てくるところを撮影しました。

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野田へやってくると、福笹を持った人たちがいたので、少し南下して野田恵比寿神社へやってきました。

十日戎の最終日、いつもは静かなたたずまいの野田恵比寿神社もこの期間ばかりは大賑わいです。

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福笹を売る福娘さんたち、なかなかきれいな方々がそろわれていました、コラコラ。

売れると皆さん立ち上がってお声がけしていたかな? 高い福笹は数万円もしていました。

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野田恵比寿神社の名物、鯛鉾が鳥居を入ったすぐのところに置かれていました。

昭和天皇のご大典が行われた昭和4年に、地元有志の人々によって作られたとてもきれいな鯛鉾です。

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とても多くの方々のお参りが続く、野田恵比寿神社の拝殿です。

実はこの後、振り向くと福島のイタリアン、ポルチーニの顔なじみのシェフとバッタリ!

いきなり、福がやってきた感じで、うれしかったです。

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野田恵比寿神社から大阪環状線野田駅方面続く露店の様子です。

さて、今日から3か月ぶりの四国詣で、しっかり仕事の準備もしているので頑張ってまいります。

2025年1月19日 (日)

福島天満宮とポルチーニ 01/11

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1月11日は、肥後橋のキャノンギャラリーへ写真展を見に行った帰りに福島、野田方面へプラプラ歩き、福島へやってきました。

鳥居の西側におでんの名店「花くじら」がある福島天満宮、学問の神様「菅原道真公」をお祀りする社です。

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ここは、「愛と死に見つめて」で、ミコの病気治癒を祈ってマコともに二人でお参りした神社です。

しかし、願いはむなしくミコこと大島ミチ子さんは1963年8月7日、わずか21歳で亡くなりました。

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さて、福島天満宮から国道2号線を渡った界隈は魅力的なレストランや居酒屋が立ち並ぶ一帯です。

ここポルチーニは20年くらい前から通い続けている好みのイタリアン、退職した日の夜もここへやってきました。

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ポルチーニのレストランの近くにあるポルチーニのパン屋さんです。

いつも長蛇のお客さんの列ができているのですが、この日は数人が並ぶ程度。

好みのフォカチョを買って店を出ると、あっという間に10数人の列ができていました。

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このあたりの細い路地を入ったところに強烈な張り紙がありました。

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葉室麟 草雲雀 文春文庫/読了・・・・・・・2017年に66歳で亡くなった著者の2015年刊の作品、ただし、2005年に作家デビューという遅咲きの作家だけに晩年の作とは言えない。それほど、作家人生は短かった。とはいうものの、この短い期間に膨大な量の作品を生み出していることには驚きです。すべての作品が秀逸というわけではないだろうけど、この作品はちょっと疑問に思う展開があったりと、少し残念な一冊でしたね。えらそうに言ってすみません、葉室さん。

2025年1月18日 (土)

兵庫芸術文化センター管弦楽団第156回定期演奏会 千人の交響曲 01/17

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昨日1月17日は、あの阪神大震災から30年目の日ということで、世間もテレビも追悼、追悼の一日でした。

兵庫芸術文化センター管弦楽団の定期演奏会も、佐渡さんの思い入れか、17時46分開演、まずは黙とうから始まるという異例の体験でした。

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演奏されたのは、大友良英さんの「そらとみらいと」という30分ほどのこの日のための委嘱作品と、マーラーの大曲、交響曲第8番「千人の交響曲」でした。

演奏する奏者、歌手、合唱団を集めるだけでも大変なマーラーの楽曲ですが、これで3回目の体験となりました。

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指揮の佐渡さん、その他しっかりとした歌唱ができる歌手が集められたほか、この日のために結成された合唱団、伊丹市、三田市、宝塚市、西宮の夙川の少年少女合唱団、千人とまではいかなかったけど総勢500人くらいでしょうか、ステージ一杯の演奏者で埋まりました。

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いつも芸文オケの若手メンバーの指導をされたりするゲストプレーヤーの顔ぶれもすごいです。

オーボエの吉村さんとごひいきの山田涼子さんがご出演とは嬉しかったですね。

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遅い時刻からの開演ですから、休憩時間にロビーへ出てみると、ホール前の木々のライトアップがきれいです。

寒々とした外の風景とは裏腹に、熱い演奏が繰り広げられました。

2025年1月17日 (金)

大阪のビル群と福沢諭吉 01/11

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1月11日は肥後橋のキャノンギャラリーで鉄道写真展があるということで、それを見に行こうとJR東西線北新地駅から歩いて中之島へやってきました。

朝日新聞のビルとフェスティバルホールが立ち並ぶ肥後橋界隈のビル群です。

その向こうは大同生命ビルです。

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キャノンギャラリーでは「若手13人の鉄道写真」という写真展が開催されていました。

それぞれの個性というか、なんだか自分とは違う方向性やなぁという感じ、さらっと見てギャラリーを出ました。

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肥後橋から堂島川沿いに西へ向かってプラプラ歩いてみました。

大阪にも巨大なビル群が立ち並びます。

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福島までやってきました。

左の茶色の建物は朝日放送ですね。

高層マンションが青空を背景にすくっと建っています。

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堂島川から東方向を見た川沿いのビル群です。

フェスティバルホールから続くビル群、対岸には新たなビルの建設も進んでいます。

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歩いていると、堂島の古跡、蛸の松がありました。

江戸時代、この辺りは全国の藩の米蔵が立ち並び、各藩自慢の松が植えられました。

そのうち、広島藩の米蔵に植えられた松がことのほか見事であったことから、「蛸の松」と呼ばれ、名所になりました。

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さらに福島の方へ進むと、豊前国中津藩蔵屋敷之跡という石碑とともに、そこで生まれた福沢諭吉の生誕地の碑がありました。

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福沢諭吉の「学問のすすめ」にある有名な言葉が刻まれた石碑もありました。

さらに歩き続けます。

2025年1月16日 (木)

百済寺の万葉歌碑 01/10

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1月10日は臨時で生駒詣でをこなした後、昼から奈良県広陵町にある百済寺を訪れました。

ここは大好きな鎌倉時代建立の三重塔が残されています。

無駄をそぎ落とし、すっきりとした立ち姿は、興福寺の三重塔に匹敵するくらい美しいです。

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この百済寺は聖徳太子が建立した熊凝精舎を引き継いだ百済大寺の故地とされています。(最近は否定的な見方が多いようですが)

百済大寺は7世紀前半に創建された官寺で、移転、改称を経て現在の大安寺へと引き継がれていますので重要なところです。

本堂は大織冠(たいしょくかん)と呼ばれています。

大織冠は藤原鎌足にだけ下賜された位であり、建物は鎌足が不比等によって埋葬されたとされる談山神社から移築されたと伝わります。

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百済寺には犬養孝先生揮毫の万葉歌碑が建立されています。

百済野乃 芽古枝尒 待春跡 居之鴬 鳴尒鶏鵡鴨 巻8-1431 山部赤人

百済野の  萩の古枝に  春待つと  居りしうぐひす  鳴きにけむかも

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この日は奈良県にも寒気が流れ込み、百済野から見える葛城山、金剛山は雪雲に覆われていました。

遮るものが何もない百済野を3キロほど歩いて近鉄松塚駅へ向かいました。

速足で歩くことで少しでも温まろうと努力しましたけど、寒かったです。

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帰りの電車の中から見た金剛山です。

かなり麓の方まで積雪している様子がうかがえます、冬本番ですね。

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安部龍太郎 家康はなぜ乱世の覇者となれたのか 幻冬舎文庫/読了・・・・・・・戦国時代というものを世界の上から見たらずいぶん視界が広がってまた違うものに感じられてきました。今まで、国内だけの問題ととらえていましたが、鉄砲伝来の本質、鉛と硝石の供給とキリスト教、スペインとポルトガルの確執、本能寺の変、秀吉の大陸侵出、それらの事象が外圧によって引き起こされたのではないかという考えにも一理ありそうですね。国際情勢が家康の動きにどう影響したかという点でも面白い一冊でした。

2025年1月15日 (水)

アンサンブル・フリーNEXT第2回演奏会 01/13

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一昨日、1月13日は、アンサンブル・フリーNEXTの第2回演奏会を聴きました。

浅野亮介さん率いるアンサンブル・フリーの4つ目にオーケストラになるでしょうか、初めて聞きました。

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アンサンブル・フリー自体は2000年に活動を開始したアマチュア・オーケストラですが、その後2014年に関東にEASTができたことで本来の団体がWEST、さらに関東でプロ・アマ混合のオーケストラJAPANができて、今度は若手中心にNEXTができたそうです。なんだか、すごい。

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指揮は木村あみさん、ピアノは伏尾佳悟さんで、グリーグのピアノ協奏曲とベートーヴェンの交響曲第1番が演奏されました。

40名に満たない編成のオケですが、いずれの曲も、若さというのはいいものだなぁと思って聞ける初々しさにあふれた演奏でした。

ただ、指揮者が出てきてもオーケストラが座ったままとか、ステージの上での演奏以外の部分での改善点はありそうです。

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会場の八尾プリズムホール、その中でも初めて入った小ホールです。

この建物にそんなスペースがあったとは知りませんでした。

今度はもっと大きなホールでの演奏でもいいんじゃないかな。

2025年1月14日 (火)

大神神社初詣で 01/08

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1月8日は、いつもの生駒詣での帰りに少し足を延ばして大神(おおみわ)神社、三輪明神へ参拝に行ってきました。

もう松の内(関西では15日までとするところもあるようですが)も過ぎたというのに、多くの参拝者で賑わう大神神社参道です。

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ピリッとした空気が清々しい参道を歩いて、拝殿へやってきました。

大神神社は、背後の三輪山がご神体なので、神様が降りてこられる本殿はありません。

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少し並んで、大神神社に参拝しました。

大神神社はお酒の神様ですから、「今年もええ酒が飲めますように」と祈願しました。

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大神神社の今年の干支の絵馬です。

大神神社の境内にある大きな杉の木には白蛇さんが住んでいるということで、昔から信仰を集めています。

しかし、この絵馬ではまるでプロントサウルスやなぁ。

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帰りのJR万葉まほろば線三輪駅での一枚、三輪駅から奈良方面へ向かう2両編成の227系です。

こちらは桜井駅までのひと駅だけ乗って、近鉄大阪線で帰りました。

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佐々木裕一 忠臣蔵の姫 阿久利 小学館文庫/読了・・・・・・・忠臣蔵の舞台でいつも陰ながらとなる浅野内匠頭長矩の妻、阿久利の側から見た赤穂浪士の討ち入りを描いた長編。600ページもあって、一日100ページくらい読んでいたけど、松の廊下が終わった300ページ以降の残りは一日で読み進みました。吉良と柳沢は、ほんま悪い奴やなぁ。うーん、この本、おもしろかった。

2025年1月13日 (月)

ひばりガ丘合奏団第4回演奏会 01/12

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昨日1月12日は、ひはりガ丘合奏団の第4回演奏会を聴きました。

コロナ禍真っ最中の2022年、創立の第1回演奏会に聞いて以来のことです。

合奏団という名前のわりに、50~60名ほどの団員がいて、堂々たるオーケストラ編成です。

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会場の伊丹アイフォニックホールです。

指揮の中村晃之さんは珍しいサウスポーの指揮者、海外ではパーヴォ・ベルグルンドが有名ですね。

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最初のリストの前奏曲から、きびきびとした中村さんの指揮がさえて、しっかりした音楽が聞こえてきました。

チャイコフスキーの交響曲第4番は、これでもかという強い押しが感じられ、聞いていただんだん音楽に吸い込まれていきました。

初春からとても素晴らしいオーケストラ演奏に接し、今年もいくつこんな演奏会に出会うのか、楽しみのスタートとなりました。

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会場を出ると、猪名野神社の参道には、3月の大相撲春場所で秀ノ山部屋が伊丹にやってくるようで、今からの歓迎ムードです。

秀ノ山部屋は、大関琴奨菊が作った新しい部屋なので、こういう新しい土地での宿泊もあるのでしょうね。

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帰りに、伊丹に残る2つの酒蔵のひとつ老松に立ち寄り、来週出張する四国のお店へお酒を一本送っておきました。

酒ところの伊丹には江戸時代を通じて数多くの酒蔵がありましたが、今では白雪と老松だけになってしまいました。

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送ったのは、新種の初しぼり、本醸造生原酒一升瓶です。

アルコール度数が19~20度もあるということで、これはかなり効きますね。

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老松では、土日・祝日にはもこれらのお酒を格安で試飲することができます。

四国へ送った初しぼりがどんなものかと、一杯いただきましたが、ドンとくる濃い味わいにいい気分になってしまいました。

2025年1月12日 (日)

兵庫津ミュージアム 震災30年特別展示 01/07

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1月7日は、歴史探訪・番外編の下見を兼ねて兵庫津界隈を歩いていましたが、兵庫津ミュージアムでは震災30年特別展示として「30年のあゆみ そのとき みらい」と題する催しが開催されていました。

思えば、1月17日で、あの衝撃的な災害から30年を迎えます。もう30年、まだ30年ですね。

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震源は明石海峡の中間部、真っ赤な色分けが震度7で、私が住んでいたところは赤い帯の東端あたりになるでしょうか。

意外に埋立地は大きな揺れを記録していません、震度計がなかったのかも。それでも液状化で大きな被害が出ましたけど。

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1月17日の神戸新聞夕刊です。夕刊!

当時、神戸新聞は京都新聞との災害時協定が整っていて、印刷は京都新聞側で行ったとか聞きましたけど、新聞すごいですね。

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大都市を貫いた衝撃と題するコーナーです。

崩れた家屋、中層階がつぶれた神戸市役所と阪急伊丹駅、実際に見た倒れた阪神高速道路、並んで倒れた電柱、今も目に焼き付いている光景です。

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「消せなかった火災」「救出と避難生活」のコーナーです。

17日の朝が明けて住んでいたマンションの階段を上がると、見渡せる範囲で何か所も火災が発生していたこと、その日は一日中サイレンが鳴り響いていたこと、焼け落ちた神戸市長田の町がモノクロの世界だったこと、尽きることのない記憶が続きます。

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「被害者支援の活動」「安否確認・仮設住宅」のコーナーです。

思えばボランティアという言葉が広まったボランティア元年だったかも。

携帯電話もなかった時代、みんながみんな、頑張りましたね。

2025年1月11日 (土)

兵庫津のレアスポット紹介 01/07

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1月7日は来週に予定する歴史探訪・番外編の直前下見に兵庫津へ出かけ、今まで何回か歩いたものの、見落としていたスポットを確認しました。

兵庫城の発掘に関する資料がその後敷地の上に建ったイオンモールの中に展示スペースがあります。

事前発掘調査による状況を明らかにした写真があり、江戸時代の兵庫城の様子が初めて明らかになりました。

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現在と当時の比較を写真の上で表現したり、兵庫城の解説が書かれています。

兵庫城の発掘現場から見つかった瓦の数々、鬼瓦の一部、そして土師器類や大陸からの陶磁器が並べられています。

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戦国時代、荒木村重の反乱に対して池田恒興が攻めて、その時に兵庫津の町も焼き尽くされてしまいました。

その時の焼け跡も発掘されていて、町屋の暮らしを示す茶道具類や陶器類も数多く発掘されました。

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町屋の発掘現場からは当時の暮らしを思わせる土人形をはじめ、煙管、硯、櫛、下駄などの生活に密着したものも出土しています。

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兵庫津のある真光寺は、1289年に時宗の開祖、「捨て聖」と称された一遍上人が入寂、亡くなったところです。

ここで荼毘に付されて、墓所も築かれて、現在まで伝わっています。

ちょうど、山本功次の「一遍踊って死んでみな」という本を読んでいた時なので、あらためて立ち寄りました。

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一遍上人が唱えたのは、一度でも「南無阿弥陀仏」と唱えると阿弥陀さんが救ってくれるという教えです。

それをわかりやすく伝えるために「踊り念仏」というスタイルで広めました。

兵庫津にある薬仙寺には、幕末に踊り念仏が盛んであったことを示す碑が残されています。

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さらにずっと歩いて古代の兵庫津の砂州の先にできたとされる和田神社を訪れました。

ここには巳塚というものがあり、今年の干支、巳さんの置物に願いを書いて奉納する習わしがあります。

願所には、無数の白蛇の置物が収められていました。

2025年1月10日 (金)

兵庫津歩き、新春の賑わい 01/07

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1月7日は、今月に予定している歴史探訪・番外編で、漏れていた見学個所を確認するために兵庫へ出かけました。

駅近くにある柳原えびす神社では十日戎の準備が進んでいました。

そういえば、昨日9日が宵戎、今日が本戎、明日が残り福ですね。

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柳原戎神社の東隣には大国さんを祀る福海寺があります。

ここも、十日戎のお客さんを呼び込もうとするのか、大国尊天の大きな幕とたくさんの提灯をぶら下げて準備もたけなわのようです。

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兵庫津は、行基さんによって開かれた5つの泊りのひとつ、大輪田泊(おおわだのとまり)として瀬戸内海の主要な港として開発されたところです。

この大きな石は、昭和27年に行った浚渫工事で見つかったものですが、平清盛の時代、あるいは奈良時代から平安時代にかけての港整備で使われた石材の可能性もあり、古くから港として整備されていた歴史を今に伝えています。

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先に進んだイオンモールの入り口には、兵庫城の石垣が再現されています。

兵庫城は、戦国時代末期に端を発し、荒木村重反乱の花隈城の石材が利用されたとか、秀吉の中国大返しの中継点になったとか、江戸時代の朝鮮通信使の宿泊地になったとか、明治時代初めには兵庫県庁になったとか、いずれにしても、兵庫の経済、政治の中心だったところです。

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イオンモールの敷地の発掘調査結果の図です。

広大な三角形の敷地の中央に兵庫城の区画が明らかになりました。

敷地の右側は明治時代に開削された兵庫運河によって遺跡は消失しています。

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山本功次 千夏の光 蘭学小町の捕物帖 幻冬舎時代小説文庫/読了・・・・・・・跳ね返り娘が蘭学、科学の知識を駆使して難事件に挑む新シリーズだそうで、いわゆるリケジョを主人公に置いた時代小説というのは珍しいかもしれませんね。とはいうものの、あまり理系の突っ込んだ話が出てこないのは少し残念かなぁ。もう少し、理屈っぽい???理系の論理に置いた思考とかを盛り込んでほしいところですね。

2025年1月 9日 (木)

かなりレトロなJR兵庫駅 01/07

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1月7日は、山陽本線兵庫駅まで行きました。神戸駅の一つ西側の駅ですね。

駅の南側は、昭和59年まで貨物の取り扱いをしていた操車場があったということですが、現在はキャナルタウン兵庫という再開発エリアで、駅前には広い広場が設けられています。

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兵庫駅はそもそもは明治21年に明石との間に開通した山陽鉄道の兵庫駅として営業を開始し、翌年には神戸駅との間もつながりました。

現在の駅舎は昭和5年に、線路の高架化とともに建設されたということで、このような柱にみられるようにかなり重厚な威容を誇っています。

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赤御影石がきれいな意匠の兵庫駅の階段です。

古い役所や学校建築に、このような重厚な階段があったりしましたね。

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さて、兵庫駅というと駅ができた2年後、明治23年に和田岬までの路線が開通し、現在も朝夕の工場への人員搬送に寄与しています。

ここは、和田岬線への乗り換え口になりますが、和田岬線は昼間は運行がないためその間は閉ざされています。

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山陽線から和田岬線への乗り越しの際には、この精算機で手続きをする必要があるようです。

今ではイコカでこのような手続きの頻度も減っているでしょうが、珍しい機能が残っています。

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兵庫駅は、全国で唯一都道府県名を駅名にしているものの県庁所在地駅ではない在来線駅です。

とはいうものの、初代の兵庫県庁は明治元年1868年の5月から9月までの間、駅南の旧市街地、兵庫津にあった大阪奉行所の勤番所をもとに発足していて、そもそもはという話になります。

1月16日に開催するかぎろひ歴史探訪・番外編「兵庫大仏と兵庫津ミュージアム、兵庫のルーツを歩く」では、この兵庫駅から出発します。

2025年1月 8日 (水)

阪神電車、レンガ倉庫の話題 01/05

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1月5日はアルカイックホールへ行くために、阪神電車のセンタープール前駅まで歩いていきました。

ガード下に保存されているオールド阪神の2両、和歌山の野上電鉄から里帰りした車両です。

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センタープール前駅では、各停がやってくるまでの短い時間、撮影しました。

まったくのついで鉄ですが、8000系、急行西宮行きを貼っておきます。

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阪神と相互乗り入れしている山陽電車6000系、直通特急姫路行きです。

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尼崎駅へやってきました。

好みの9300系が梅田方面へ出ていくところでした。

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さて、阪神尼崎駅のすぐ近くにある元の火力発電所だったレンガ倉庫は老朽化のため解体工事が進んでいました。

市内で二番目に古い1904年に作られたレンガ建築建物でしたが、その役目を終えて消えていくことになりました。

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白蔵盈太 一遍踊った死んでみな 文芸社文庫/読了・・・・・・タイムスリップした高校生の主人公が、時宗という宗派を創立した一遍上人(1239-1289)と出会い、現代のポップな音楽用語を駆使して時宗の踊り念仏を開拓していくというストーリー。面白い。一遍は全国を遊行し、最後は神戸の真光寺で入寂しました。昨日、その墓所へ詣でてきて、「本を読んでる!」と声掛けしてきました。すべてのものを捨てるという主張をし「捨て聖」と呼ばれた一遍のことですから、こんな墓も要らんと言うでしょうね。

2025年1月 7日 (火)

家族で初詣で 廣田神社 01/04

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1月4日は、そろそろお正月を切り上げてそれぞれの住まいへ戻る息子たちと少しドライブ、お昼を食べて、お土産を買って、というコースの流れで、かつて平成元年から25年間、そのすぐ近くに住んでいた西宮の廣田神社へやってきました。

廣田神社の境内も背後の廣田山公園も、わが庭のうちでした。

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今年巳年の廣田神社の絵馬です。

毎年、廣田神社には大きな絵馬が掲げられています。

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おみくじやお守りを買うために長い列ができていました。

安井の少年野球チームの子供たちがたくさん来ていましたね。

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廣田神社は平安時代の主要な人気神社列伝、ほとんどが京都、奈良の神社が占める二十二社の一つに数えられ、それだけ社格の高さを誇っています。

お参りをを終えて振り返ると、まだまだ続々と参拝の人々が押しかけていました。

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廣田神社の境内を出るとお正月らしい屋台が並びます。

廣田神社はその社格の高さからなのか、本来の境内の中ではこれらのお店の営業を認めていません。

そういえば、こんなお店で買い食いとかしたことないなぁ。

2025年1月 6日 (月)

常田麻衣 ファゴットリサイタル 01/05

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昨日1月5日は、今年初めてのコンサートとして、常田麻衣さんのファゴットリサイタルを聞きました。

新年最初にこんなのがあるというチラシを残していたのが、聞きに行く動機という不埒な今年のスタートです。

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会場のアルカイックホール・ミニです。去年の夏にもここへやってきました。

レトロな雰囲気の会場、お正月でほかに演奏会もあまりないのか、多くのお客さんが来られていました。

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演奏されたのは、こういう演奏会特有というか、本来のファゴットのための音楽のほかに、編曲ものもいくつか並びました。

後半の曲の編曲を担当されたのは、クラリネット奏者の竹内久力さんですね。この方の演奏も以前聞いたことがあります。

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会場へ向かう途中に会ったみっきいファゴットさんによると、常田さんはオオサカシオンのファゴット奏者さんで、その道では有名な方だそうです。応援のファゴットさんとピアニストさんです。

そういえば、会場のあちこちで、演奏者同志と思しきご挨拶が重ねられていたようで。

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ファゴットというと弦楽器ではチェロに当たるでしょうか、確かなテクニックに基づく豊かな響きが会場を満たしました。

会場のアルカイックホールの横を流れる川の水道管でしょうか、その上にカモメがきれいに整列して見送ってくれました。

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畠中恵 こいごころ 新潮文庫/読了・・・・・・・薬種問屋の病気に弱い若旦那が、その家に住まう妖たち繰り広げるほっこりした話というのがコンセプトの人気シリーズ。とはいうものの、この作者の筆力の低下がほかの作品でも見られていて少し心配ですね。話の筋が定まらないというか、焦点があっちこっちへ動いてしまって、散漫な話になっています。今一度、原点回帰して楽しい話をカチッとまとめてほしいところです。

2025年1月 5日 (日)

上宮(かみや)遺跡公園の万葉歌碑 12/25

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12月25日は、いつもの生駒詣での帰りに王寺からJRに乗って法隆寺駅へ行き、30分ほど歩いて上宮遺跡公園へ到着しました。

ここには犬養孝先生揮毫の万葉歌碑があります。

斑鳩之  因可乃池之  宜毛  君乎不言者  念衣吾為流 巻12-3020 作者不詳

斑鳩の  因可の池の  宜しくも  君を言はねば 思ひそ我がする

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ここは、聖徳太子が住んでいたという言い伝えが残っている土地にある奈良時代の大規模な遺跡群跡を整備した公園です。

平城宮跡と同種の瓦や宮殿並の柱跡が出土したことから、称徳天皇が使用した幻の離宮「飽波宮」(あくなみのみや)跡かとも言われています。

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上宮遺跡公園の看板です。遺跡の来歴と周辺の遺跡について記されています。

遺跡はまだその一部しか発掘調査されておらず、周辺には聖徳太子が晩年を過ごした飽波葦墻宮(あくなみあしがきのみや)の成福寺跡があります。

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上宮遺跡公園の北300メートルほどのところにある5世紀代とされる調子丸古墳です。

直径約15mの円墳で、聖徳太子の愛馬・黒駒のお世話係だった調子丸の墓と伝えられ、発掘調査では土馬の頭部が出土しています。

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さらにその北100メートルほどのところにある4世紀後半とされる駒塚古墳です。

聖徳太子の愛馬「黒駒」を埋葬したと伝えられる推定墳丘長60メートルの前方後円墳です。

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JRで奈良駅へ戻ってきました。戻ってきたというのもおかしいか。

曳家工法で以前の場所から移動してきた昔の奈良駅舎です。

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JR奈良駅から近鉄奈良駅へ向かう三条通の途中に、奈良の土産物を集めたお店「きてみてならSHOP」があります。

そこには大和高田の丸栄製菓の製品が置かれていて、お正月用にエビマヨネーズのおかきを買いました。美味し!

2025年1月 4日 (土)

南海高野線金剛駅 12/20

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12月20日は、かぎろひ歴史探訪・番外編で南海高野線金剛駅で集合しました。

早めに着いたので時間つぶしの撮影です。

ここで下車するのは久しぶりことですが、撮影はたぶん初めてのことでしょう。一枚扉のレア車種、6000系。

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駅の北側、難波方面のホーム端で待つと6300系急行がやってきました。

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最新鋭の8300系です。

なにせ車内が静かで、軽やかな加速が良くて、南海電車の中でも好きな車両です。

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持つうちに、ノーメイクの6000系がやってきました。

意外によく出会う編成です。

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金剛駅に停車中のノーメイク6000系です。

今見ると新鮮ですが、かつては普通に見られた風景だったのでしょうね。

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ホームの南端、河内長野、高野山方面の様子です。

現代のズームカー2000系が8連でやってきました。

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30000系の特急こうやがやってきたところでタイムアップ、集合場所へ向かうこととしました。

2025年1月 3日 (金)

かぎろひ歴史探訪・番外編 ~最古のため池狭山池と堺の土塔、行基さんを訪ねて~ 12/20

南海高野線金剛駅西出口11時集合 ⇒ 狭山神社 ⇒ 狭山池 ⇒ 狭山藩下屋敷跡 ⇒ 狭山遊園跡 ⇒ 狭山池博物館・ランチ ⇒ あみだ池バス停 ⇒ 15時発南海バス ⇒ 深井東町バス停 ⇒ 土塔 ⇒ 大野寺跡 ⇒ 泉北高速深井駅 ⇒ 反省会(や台ずし)

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12月20日は、奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の方々を奈良以外のところへ案内する番外編で、大阪狭山市と堺市の一部を歩きました。

南海高野線金剛駅から近い狭山神社、その中にある狭山堤神社、狭山池を作ったとされる印色入日子命(いにしきいりひこのみこ)が祀られています。

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人口の灌漑用池としては最古とされる狭山池へやってきました。

狭山池の周りには、江戸時代の狭山藩下屋敷跡があり、そこがのちの狭山遊園になりました。

狭山池の堤から見た二上山、葛城山、金剛山、そして白いPL教団の塔です。

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狭山池から見た南方向の山々、和泉山脈です。

狭山池は7世紀ころまでに築造され、その後、僧行基、僧重源、秀頼による慶長の大改修、昭和の改修、平成の改修、ダム化工事を経て今日に至っています。

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狭山池博物館では、たまたま解説員の方による詳細な説明を受けて、大変狭山池の歴史や構造が勉強できました。

そうでなかったら、この安藤忠雄建築特有のわかりにくい動線にうろうろするばかりで効率的に見ることもできなかったでしょう。

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狭山池から2、3キロほど歩いて阿弥陀池バス停からバスで泉北高速鉄道深井駅方面へ向かい、行基さんが建立した大野寺にあったという土塔へやってきました。木造ではなく土を盛り上げた塔、土塔です。

その表面は瓦で覆われていますが、このあたり泉北地方は500~600もの瓦窯跡があったところで、陶器という地名が今も残されています。

無事に番外編を終えて、深井駅前のお店で反省会、忘年会を開催してこの日の予定を完遂しました。

2025年1月 2日 (木)

きまぐれ歴史探訪 箕面大滝と写真展 12/17

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12月17日は、学生時代のお友達をお誘いしてのきまぐれ歴史探訪で箕面大滝への道を歩きました。

緩やかなアップダウンの道が、阪急箕面駅から2.8キロ続き、箕面大滝へやってきました。

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箕面川に沿ってある箕面大滝への道沿いは、時期は少し過ぎたものの、紅葉のなごりを残していました。

箕面大滝までの道沿いにはカフェや昆虫館、役行者が開いたとされる瀧安寺などがあり、やはり一流の観光地だといえます。

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さて、箕面からやってきたのは阪急今津線小林駅近くのカフェで開かれていた友人の写真展です。

「津軽の四季と鬼」と題した珍しい題材で、さすが弘前在住期間が長かった蓄積が結晶した良い写真が数多く展示されていました。

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きまぐれ歴史探訪の面々も写真主とは共通の友人なので、一所懸命のご説明です。

そんな師走の一日を過ごしていました。

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梶よう子 吾妻おもかげ 角川文庫/読了・・・・・・・浮世絵の祖と言われる菱川師宣の生涯を描いた作品。武家に特化していた狩野派に対抗して町人文化を花咲かせた絵師の葛藤とそのほろびを見事に描いています。さすが梶よう子といったところでしょうか。

2025年1月 1日 (水)

謹賀新年 2025年 令和7年

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皆さん、明けましておめでとうございます。

大みそかに届いた今年のお節料理、4段重です。

日本一の中華マスターが営む愛媛県西予市の中国料理「舞華」にここ数年お願いしている逸品です。

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あとはお正月らしく、阪急梅田駅のエンドにあるお正月飾りを披露しておきます。

撮影した大みそかのこの日、これらのお正月飾りはまだ手を入れている途中ということで、元旦にはさらに映えたものとなっていることでしょう。

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私の住んでいるあたりは、今年の元旦はとても良いお天気で始まりました。

このように安らかで健康的な日々が続くことを祈念します。

本年もよろしくお願いいたします。

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