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1月16日は、奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の方々を奈良以外の場所へ案内する番外編で、兵庫津を歩きました。

兵庫津は、古代には大輪田の泊といわれ、平清盛による明貿易の拠点となり、江戸時代には瀬戸内の海運の要となる港、そして明治時代になって最初の兵庫県庁がおかれたところです。
日本三大仏といわれる能福寺の兵庫大仏での記念撮影です。大きなものの1つ目です。
能福寺は、最澄によって創建された日本最初の密教教化霊場と言われています。

兵庫運河のあたりへ歩いてくると、明治になって開削した運河のあたりから見つかったという大きな石が置かれていました。
これは、古代において兵庫津の港を作った際に用いられた石らしく、連綿と栄え続けた兵庫津の遺跡の一つです。

昼食をとったイオンモールの地下には戦国時代に作られた兵庫城跡が眠っており、そこから発掘された遺物が展示されています。
兵庫城は秀吉の中国大返しの際には、重要な補給ポイントともなりました。

本来ならば兵庫津ミュージアムでいろいろ勉強する予定だったのですが、震災のイベントに出席される天皇陛下御夫婦が来館されるとのことで、こちらの予定は吹っ飛んでしまいました。
ということで、ミュージアムを飛ばして清盛塚へやってきました。
清盛塚は大きな十三重の石塔ですが、発掘調査の結果、清盛の墓ではないとされました。

一遍上人の墓所である真光寺などを経て、1173年に平清盛が安芸厳島神社から勧請した和田神社へやってきました。
拝殿に向かって進むと、自動的にジャラジャラと鈴を振る音が流れるというハイテク神社です。

和田神社から西へ歩くと巨大なノエビアスタジアム神戸が見えてきます。
サッカーとラグビーの拠点、大きなものの2つ目です。

最後は地下鉄に乗って新長田へやってきて、等身大の鉄人28号に出会いました。大きなものの3つ目です。
震災復興、それも被害が大きかった長田地区の復興の象徴として、作者の横山光輝が神戸出身というご縁から作られました。
この日は阪神大震災から30年となる前日だったのですが、長田あたりは特に催しの準備とかはなく、日常の時間が流れているだけでした。
日常が大切ですね。

鐵坊主 鉄道路線に翻弄される地域社会 「あの計画」はどうなったのか? ワニブックスPLUS新書/読了・・・・・・・鉄道解説系YouTuberという著者による案外まじめな将来の鉄道への展望を危惧した一冊。新規鉄道路線の話題というと、関東、関西地区では目にするものの、それ以外の地域ではなかなかそういうことはありませんね。とはいうものの、明るい話題もあるようで少しホッとしています。鉄道がいよいよ不要というか、車社会になっている地域の多さもあるので、どこまでしがみつくかということもあるでしょうね。いまさら新幹線でもないでしょうに。
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