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2025年5月

2025年5月31日 (土)

服部緑地 日本民家集落博物館 05/20

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5月20日は、近い将来に予定する歴史探訪・番外編の下見に服部緑地へ出かけました。

ここには、日本の民家を一堂に集めた日本民家集落博物館があります。

河内布施にあった元財務大臣「塩爺」こと塩川正十郎氏の生家の長屋門が入り口になっています。

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「飛騨白川の民家」は、昭和31年に関西電力株式会社の寄贈によって服部緑地公園に移築され、この博物館が設立されるきっかけとなった建物です。

建物にはかつて養蚕を行っていた展示がなされています。

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「日向椎葉の民家」は、昭和34年(1959年)に宮崎県東臼杵郡椎葉村から移築復元されました。

昭和30年(1955年)、上椎葉ダムが完成し多くの集落が水没したため、旧椎葉家住宅も放棄されることとなりここへ移されました。

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「摂津能勢の民家」は、昭和35(1960)年に大阪府豊能郡能勢町から移築復元されました。

江戸期の寛政2(1790)年に亀岡藩が贅沢を禁ずるために発した「妻飾り制約令」に反して屋根妻に家紋と懸魚(げぎょ)が取り付けられていることから、江戸時代中期以前の「摂丹型民家」と考えられています。

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「小豆島の農村歌舞伎舞台」は、昭和38年(1963年)に香川県小豆島内海町吉田から移築復元されました。

小豆島では江戸時代から明治時代にかけて農村歌舞伎が盛んで、田植えや収穫を祝い、村人達が自ら歌舞伎を演じました。

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「南部の曲家」は、昭和39(1964)年に岩手県紫波郡矢巾町から移築復元されました。

曲家(まがりや)は昭和40年代後半まで岩手県内に137軒あったそうですが、現在ではほとんど見られなくなり、貴重な一棟となっています。

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「奄美大島の高倉」は、昭和33(1958)年に移築されたものです。

高床式の倉庫ですが、現在では奄美大島や沖縄といった南西諸島と、八丈島にわずかに残るのみとなりました。

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「堂島の米蔵」は、昭和35(1960)年に大阪市堂島から移築復元されました。

米蔵は曽根崎川(蜆川)に面して建てられていたようで、その川は大正末期までに埋め立てられてしまいました。

2025年5月30日 (金)

歴史探訪・番外編下見 服部緑地へ 05/20

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5月20日は、将来の歴史探訪・番外編の下見を兼ねて、大阪メトロから北大阪急行の緑地公園駅で下車、駅の名前通りに服部緑地へ向かいました。

集合は、この西改札口を出たところがいいかな、ショッピングセンターの建物へ直結、空調も効いて買い物もできそうです。

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緑地公園駅を出たところから、まっすぐに伸びる道はもうすでに服部緑地へ誘うかのようです。

新緑を過ぎて、本格的な初夏の緑が濃くなってきているようです。

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服部緑地へ入ったところに広場があり、一角に池がありました。

暑い日でしたから、このようなミストが沸き上がっている様子は涼しさを感じさせていい感じです。

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緑地の中へ進んでいくと、大きな円形花壇があります。

かつてここには梅塚古墳という前方後円墳があったということですが、その痕跡を見ることができませんね。

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その近くには史跡・長興寺焔硝蔵場跡というところがありました。

長興寺村にあった大阪城の火薬庫跡で、今は土塁を残すばかりです。

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服部緑地は甲子園球場33個分という広大な敷地を有していますが、その中には様々な施設がおかれています。

日本で初めての民家集落博物館がありますので、ここも歴史探訪のターゲットとしていこうと思います。

2025年5月29日 (木)

西宮甲陽園 アンネのバラ教会 05/19

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5月19日は、来年の写真展に用いるアングルを求めて、阪急甲陽線の甲陽園駅で下車、そこから山の方へ向かいました。

坂道を上っている途中にあったのは、アンネのバラ教会でした。

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ここは、アンネの日記で有名なアンネ・フランク(1929-1945)を記念する世界で唯一の教会です。

以前西宮に住んでいたころにもその存在は知っていましたが、やってきたのは初めてのことでした。

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教会の庭には、アンネ・フランクのブロンズ像がおかれていて、ちょうど満開を迎えたパラの花に包まれていました。

足元には、アンネの日記から「私は世界と人類のために働きます」と記されています。

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この教会に咲くバラは、アンネのバラと呼ばれる品種で、関西では須磨離宮公園でも見ることができるようです。

アンネの父、オットー・フランク氏は、家族でただひとりホロコーストから生還し、アンネの日記を1947年に出版しました。

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坂道をさらに上り、阪急甲陽線を望む撮影ポイントを探しましたが、マンションや電線に阻まれなかなか良いところはありませんでした。

山の上から、猪名野が広がる風景を捉えたかったのですが、またリベンジですね。

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荒木文宏・奥原哲志 てっぱく発 鉄道物語 岩波ジュニア新書/読了・・・・・・2007年に開館した埼玉の鉄道博物館について連載の新聞コラムを一冊にまとめた本です。写真が豊富に掲載されていて大変読みやすい本でした。知らなかったのですが、2018年にリニューアルされて展示施設が拡大したようですね。開館して10日目に行って以来、足を運んでいないので、機会があれば再訪したいところです。

2025年5月28日 (水)

上方の落語家大集合 彦八まつり 05/17

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5月17日は、阿波座の長楽庵でのお気軽クラシック音楽講座「きまぐれ音楽探訪」を終えて、昼から谷町9丁目にある生國魂(いくたま)神社で開催されている彦八まつりへ行ってきました。

彦八まつりは、大阪落語の始祖・米澤彦八の名を後世に残すために、彦八が活躍した生國魂神社の境内に、平成2年に『彦八の碑』を建立した事が始まりで、コロナ禍の時期を除いて開催されています。

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境内にはいくつものテントブースが設営されて、一門ごと、師匠ごとにいろいろなものを売っていたりします。

こちらは笑福亭福笑さんのブース、福笑さんはいつものようにビール片手に談笑されていました。

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桂小文枝さんというよりも、きん枝さんという方が親しみがありますね。

はっぴ姿のきん枝さんは、実に気軽にお客さんと語られていました、これもお人柄なんでしょうね。

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5代目の桂文枝さんのブース、もう20年前、2005年に亡くなられていますが、今だに愛されている名匠ですね。

奥に写真が飾られていますが、奥様も先月に文枝師匠のもとへ旅立たれました。

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長楽庵で何度もお会いして面識のある笑福亭遊喬さんがおられる6代目松喬さんのブースです。

背中の浴衣姿が、遊喬さん、レコードとCDを売ってはりました。

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♪ヨーデル食べ放題~♬の歌で有名な桂雀三郎さんのブース、左手で座っておられるのが雀三郎さんです。

♪ヨーデル食べ放題♬は、環状線鶴橋駅の駅メロディにも採用されていて、よく耳にします。

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先年亡くなられた笑福亭仁鶴さんのブースがありました。

生前、仁鶴さんは表札に用いるような木に文字をしたため販売されていて、私も一つ持っています。

このブースに現在の上方落語協会の会長でもある笑福亭仁智さんがエプロン姿でやってこられました。

2025年5月27日 (火)

久しぶりの加島陸橋 カメラの虫干し 05/15

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5月15日は、今一つの曇天でしたが、長い間その稼働を止めていた一眼レフカメラを持ち出し、虫干しのために加島陸橋へ向かいました。

上り貨物列車が通り、スーパーはくとが足元を通過していきました。

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加島陸橋は東海道線をまたいでいますが、その北側には山陽新幹線が高架で走りぬけています。

尼崎駅を出発した新快速電車は一気に大阪駅を目指してスピードを上げていきました。

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加島陸橋の南側には、ツバメ自転車の製造で有名な新家(あらや)工業の大きな工場があります。

赤い帯はあるものの、正面はのっぺらぼうの特急こうのとりが通過していきました。

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ところで加島陸橋へやってくるとご同業がパラパラとおられました。

???と思っていると、30分ほどして岡山や広島を中心として走る227系Uraraの試運転列車8連が通過していきました。

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昼間は貨物列車は朝夕に比べると本数が少ないのですけれど、ようやく一本やってきたのでこれで打ち止めとしました。

EF65PFの運用が終了したようで、ほぼこのEF210ばかりになってしまい、少々残念な風景ではありますが、カメラの虫干しにはとてもよかったです。

2025年5月26日 (月)

ヴァイオリンの柴田由貴さん バッハ演奏会 05/25

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昨日5月25日は、お知り合いのヴァイオリニスト、柴田由貴さんの演奏会、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ全な曲コンサートを聴きました。

柴田さんは桐朋女子高校を卒業後、フランスで研鑽を積まれ数々のコンクールで入賞、あのパトリス・フォンタナローザの弟子でもあります。

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会場の宝塚ベガホール、ステンドグラスに挟まれたパイプオルガンがとてもきれいで、素晴らしい音響のホールです。

昨日は奈良歩き、かぎろひ歴史探訪のT先生とご一緒させていただきました。

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今までの柴田さんの演奏は、まっすく直球で押し通す演奏スタイルでしたが、今回はホールの響きもあってか、ふくよかなやさしい響きも大切にしながら、音楽に迫ろうとする新しい面が感じられました。

全体的には技巧にウェイトを置いた演奏でしたが、少しずつ変わり始めているのかな、そんなことを感じつつ深いバッハの世界に浸っていました。

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写真がだんだん時間経過と反対になっていますが、阪急宝塚駅から乗車した8000系です。

今年は、6月に池田で、10月にも神戸元町のクラシックサロン「アマデウス」でコンサートをされるそうで、そちらも楽しみにしています。

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関口尚 芭蕉は我慢できない おくのほそ道随行記 集英社文庫/読了・・・・・・芭蕉の奥の細道の旅へ随行した曾良の目がら見た芭蕉の動向を小説仕立てにした作品で大変面白く大切に読みました。奥の細道自体を読んだことがなかったですが、このような旅だったとしたら、興味深々です。芭蕉の墓は本人の希望により木曽義仲の隣に置かれました、それが膳所にある義仲寺で、これは行かねばなりませんね。

2025年5月25日 (日)

奈良散歩 東向商店街から興福寺 05/14

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5月14日は、いつもの生駒詣でに合わせて、奈良国立博物館で開催されている「超国宝展」を観覧した日です。

まずは近鉄奈良駅で、行基さんにご挨拶、これもいつものことではありますが。

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東向商店街に入ると、ほぼインバウンドのお客さんで埋め尽くされています。

そんな中、天スタ、天理スタミナラーメンのお店ができていました、美味いですよねぇ。

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商店街を抜けるとこれも定番ですが、中谷堂の前にはインバウンドのお客さんが群がっていました。

まさに群がるですが、道路を車が通るのでお客さんを整理する人たちも大変です。

なぜ、この区間を通行止めにしないのかなぁ、毎日こんななのに。

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興福寺の境内に入ると、南大門の前では、恒例の薪能の準備が行われていました。

薪能は17日の土曜日に開催が予定されていました。

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興福寺の五重塔は修理中、大きな覆い屋がかぶせられています。

あと何年待てば、再びその姿を見ることができるのだろうか。

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興福寺の東金堂、神亀3年(726)に聖武天皇が叔母の元正太上天皇の病気回復を祈って建立されました。

現在の建物は、室町時代の応永22年(1415)に再建されたもので、薬師如来さんのほか魅惑的な仏像が多く安置されています。

興福寺の建物の中でもとりわけ私の好みのところです。

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さて、超国宝展も見たあと、仏像館へも立ち寄って吉野の仁王さんにご挨拶、堪能して帰途につきました。

2025年5月24日 (土)

兵庫芸術文化センター管弦楽団第159回定期演奏会 05/23

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昨日5月23日は、兵庫芸術文化センター管弦楽団の第159回定期演奏会を聴きました。

プレトニョフは初めて聞くのかもしれませんね、楽しみです。

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ブログラムはオール・チャイコフスキーとかで、ヴァイオリン協奏曲とバレエ音楽「白鳥の湖」からの音楽です。

これはまぁ、お気楽に聞けてゆとりゆとりと思ってコンサートへ臨みました。

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そんなゆとり気分を吹っ飛ばしたのが、このオケのジュニア版であるスーパーキッズオーケストラ出身で、ヴィニャフスキー国際コンクールで優勝した前田妃奈さんでした。

立派な体格を存分に使って、いかにも楽しそうに弾く姿から、豊かな響きと色彩、そして豊穣の音楽が会場を満たしました、ブラボーです。

こんなヴァイオリン聞いたのは、いつ以来でしょうか、これから妙に洗練されてほしくないなぁ、見事でした。

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指揮はプレトニョフ、ヴァイオリン協奏曲のバックでも、とても表情のある音楽をつけていて、バックを聴くのがこんなに面白いとは思いませんでした。

その指揮姿は、大きな身振りではなく、最小限のタクトの振りで思いを伝えようとする姿、何だか晩年のアバドの様子を思い出しました。

ピアニストとしての音楽は好き嫌いがありそうですが、指揮者としては、もう一度聞いてみたいと思わせました。

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昨日のゲスト・トップ・プレーヤーさんたち、日本国中から集まりました。

特に東京都響からの演奏者が多いですね。

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芸術文化センター前の公園も新緑に包まれていました。

日陰ががちょうどよい季節です。

2025年5月23日 (金)

超国宝展 奈良国立博物館 05/14

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5月8日はいつもの生駒詣でを終えた後、奈良国立博物館で開催中の超国宝展、その前期を観覧しました。

大阪関西万博の開催に合わせて、このような素晴らしい特別展が開催されるのはとてもうれしいことです。

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熱い日差しの中、奈良公園を通り抜けて奈良国立博物館へ向かいます。

周りはインバウンドの人たちで、いっぱい、もう人種のるつぼ状態でした。

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展示室に入って、とにかく驚きとともに不思議な感覚が降りてきたのが、法隆寺の百済観音さんです。

法隆寺ではガラスの中におられますが、今回は隔たりのない同じ空間で、同じ空気を吸っているかと思うと、思わず頭が垂れました。

写真は以下のものも含めてネットからの借りものです。

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東大寺の復興に大きな役割を果たした僧重源の座像です。

見かけたときは、「あっ、重源さんや」と思わず声を発してしまいました。

狭山池の整備にも尽力されましたね、そのあまりある実存感に驚くばかりでした。

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そして、石上神宮の宝、七支刀です、象嵌によって文字が刻み込まれています。

この秘宝を見ることができるなんて、なんと素晴らしい超国宝展なんでしょう。

2025年5月22日 (木)

かぎろひ歴史探訪 飛鳥から見える山々 05/08

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5月8日は、春の奈良歩き かぎろひ歴史探訪で香久山周辺から藤原京を横断するコースを歩きました。

新緑で萌えあがる三輪山、いつもの姿とは違って若々しさを感じます。

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葛城山、金剛山を背景にした畝傍山、藤原京から望む畝傍山です。

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民家の屋根越しに見える耳成山、そして藤原京大極殿跡の樹叢越しの耳成山です。

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香久山周辺を歩いていたので、最初はその麓を歩いていましたが、藤原京まで来ると、香久山の全景を見ることができました。

天香久山も新緑に包まれていました。

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香久山近くからの大和盆地からは、二上山、葛城山、金剛山の並びと、畝傍山を見ることができます。

ビルも高層マンションも煙突もない、ひろびろとした風景に癒されました。

2025年5月21日 (水)

かぎろひ歴史探訪 香久山周辺で出会った石? 万葉歌碑も 05/08

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5月8日は、春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で香久山周辺を歩きましたが、いろいろな場所で石に出会いました。

膳手寺跡にあった二つの礎石は、柱座の中央に20センチほどの円孔がありました。

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天香久山神社境内にあった末永正雄氏揮毫の万葉歌碑です。

久方の 天の香具山 このゆふべ 霞たなびく 春立つらしも    柿本朝臣人麻呂(巻十  一八一二)

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畝尾都多本神社にあった猪熊兼繁氏揮毫の万葉歌碑、控えめな文字が好感です。

哭沢の 神社(もり)に御瓶据ゑ 祈れども 我が大君は 高日知らしぬ    檜隈女王 (巻二 二〇二)

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本薬師寺跡のすぐ近くに作家の黒岩重吾氏揮毫の万葉歌碑がありました。

忘れ草 我が紐に付く 香具山の 故りにし里を 忘れむがため   大伴旅人巻 (巻三 三三四)

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その本薬師寺跡の境内には、金堂跡の大きな礎石がむき出しで遺されています。

腰掛けるにはちょうど良い高さですね。

2025年5月20日 (火)

かぎろひ歴史探訪 膳夫寺コース 05/08

JR香久山駅⇒阿弥寺地蔵堂⇒保寿院(膳夫寺跡)⇒三柱神社⇒T田さん宅(お弁当、講座)⇒天香山神社⇒興福寺(八釣山地蔵)⇒畝尾坐健土安神社⇒畝尾都多本神社⇒奈文研藤原宮跡資料室⇒鷺栖神社⇒木殿神社⇒本薬師寺跡⇒畝傍御陵前駅

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GWが終わった5月8日は春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で香久山周辺を歩きました。

JR香久山駅から歩き始め、天香久山を目指し、藤原京を横断して畝傍御陵前駅へ至るコースでした。

地図は、かぎろひNOWから拝借しました。

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膳夫(かしわで)寺跡は、付近から白鳳期の古瓦などが出土しており、現在は後身寺院とされる保寿院が建っています。

聖徳太子の愛妻である膳夫姫が養母古勢女の菩提を弔うために建立した寺だと伝わっています。

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膳夫寺に隣接する三柱神社はその鎮守社であり、本殿からの参道が北向きになっているという珍しい立ち位置にあります。

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香久山の興福寺、八釣山地蔵尊へやってきました。

こちらも聖徳太子ゆかりの場所で、物部守屋が寺を焼いたときに留まった地蔵菩薩を太子が寺を建てて祀ったとされています。

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八釣山地蔵尊の近くにある畝尾坐健土安(ウネオニイマスタケハニヤス)神社へやってきました。

こちらは香久山周辺で採集される埴土の地とされています。

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さらにその近くの畝尾都多本(つたもと)神社では、たまたまのことですが、ご神体である井戸を拝見できることになり、ちょい興奮でした。

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奈文研藤原宮跡資料室でひと休み、暑い日でしたからここで落ち着きましたね。

この資料室も平城京の建物の遺構の上に建設されていて、微妙に地下に眠る遺構を考慮した配置になっているそうです。

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平城京を横断して、何度も訪問している本薬師寺跡へやってきました。

手前に西塔の礎石が、向こうに見える樹があるところが東塔の基壇ですね。

2025年5月19日 (月)

大阪大学ワンコイン市民コンサート イングランドの涙 05/18

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昨日5月18日は、大阪大学ワンコイン市民コンサートのお手伝いに行ってきました。

13周年記念特別大公演と題して、イングランドの涙というテーマでのコンサートでした。

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演奏は、リュート、ヴィオラ・ダ・ガンバ、バロックヴァイオリンにテノールを配し、シェイクスピアになり切った語り手によってすすめられるというストーリーでした。

主宰の先生が1年以上の企画構成を考えた「500年の時を越えてとどく、悲しみの歌」の表現が会場に響きました。

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演奏されたのは、16世紀生まれのダウランドの楽曲から始まり、バード、パーセル、後半は近代のクィルターに続いて、ザ・ビートルズの楽曲まで連綿と続く、イングランドの音楽でつづられました。

ビートルズの音楽も、このような古楽器とテノールで聴くと、何だかイギリス民謡のように聞こえるから不思議です。

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ツツジの時期は過ぎましたが、新緑の大阪大学、そして大阪大学会館です。

昨日は学生の姿が少なく、静かなキャンパスでした。

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原武史 歴史のダイヤグラム(3号車) 「あのとき」へのタイムトラベル 朝日新書/読了・・・・・・歴史の一瞬に鉄道が絡んだとされる一瞬をたくさん集めて歴史の切り口として示した一冊、それぞれの時が流れる中で、接点として鉄道が果たしていた役割が描かれています。これも3号車、3集目なんですね。

2025年5月18日 (日)

京阪香里園駅 コンサート前鉄 05/05

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5月5日は枚方市でのコンサートの前に、せっかく京阪電車に乗るので、どこかで撮影しようと早めに家を出ました。

急行に乗って、さてどこで撮ろうかと思ってると香里園駅までやってきました。

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香里園駅は駅周辺をずいぶん開発しようとしているようですが、ホーム端からのアングルは変わりません

京阪を代表する8000系の特急を撮りました。

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京阪にあるもう一種類の特急3000系、機関車トーマスの小さなHMをつけています。

車内の座席は8000系に比べて背もたれが高く、クッションもよいので、こちらが好み、豪華な料金不要特急車両です。

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もともと宇治線での運用から始まったと記憶している13000系ですが、最近は本線でも幅を利かせています。

車内もとても清潔な印象で、また乗っていて車内が静かな、とても良い電車です。

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たぶん6000系からこのようなスタイルが始まったと思いますが、京阪電車の快適性がぐっと上がってきましたね。

こちらは9000系、安定した走りです。

2025年5月17日 (土)

江原和足作品展 ~総集編~ IKEDA文化DAYと共に四半世紀 04/28

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4月28日は、池田で開かれていた「江原和足作品展 ~総集編~ IKEDA文化DAYと共に四半世紀」を見てきました。

お知り合いの方のFacebookの記事で知り、さっそく足を運んだ次第です。

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会場のギャルリ VEGA、阪急池田駅の高架下にありました。

通りすがりの方もおられたのか、数人の方が鑑賞に来られていました。

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絵画展なのですが、主に阪急電車が描かれていて、それぞれの場所も見慣れた風景です。

震災で崩れてしまい姿を消してしまった阪急三宮駅を出発したところの800系です。

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書かれている年代は私も知らない時代のものから、現代に近い風景まで様々でした。

古い時代、地上駅の頃の阪急池田駅と、割と最近の石橋駅の様子が描かれています。

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展示されている絵画の数は、もう100枚くらいになるではないでしょうか、まさに堪能しました。

この写真 ↑ はクリックすると少し大きくなります、それぞれを見てください。

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阪急石橋駅の箕面線ホームに入線する900系の様子です。

作者の江原さんは池田生まれ、能勢町在住とかですが、ご高齢のため今回は会場には来られていませんでしたが、大変良いものを見させていただきました。

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畠中恵 おやごころ 文春文庫/読了・・・・・・江戸の町名主の跡取り息子が主人公の、ほっこりするシリーズ物の小説。著者にはいくつかのシリーズ物がありますが、そのひとつです。最近、著者の筆力が落ちているように感じていましたが、ちょいと戻ってきたような感じ。このメンバーなら、何も起こらなくても日常の様子を描いてもいいんじゃないかな。何も起こらない小説、そういうのがあってもいいような気がする。

2025年5月16日 (金)

伊丹散歩 古代へのいざない 04/22

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4月22日は伊丹での用事を終えて、その界隈をプラプラ、金剛院で華麗な牡丹の花を拝観しました。

その後、近くの猪名野神社へ向かいました。

かつては野々宮神社といわれ、伊丹城の惣構えの北端に位置しています。

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伊丹緑道から少し外れた高台に和泉式部の墓と伝わる五輪塔があります。

五輪塔とはいうものの、五つの石のうち二つが失われてはいるのですが。

和泉式部の夫が今の宝塚辺りの出身ということで、これがそうではないかという薄い根拠によるものではありますが、住宅地の中に文学の香りがします。

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緑ヶ丘公園の中に入ると藤棚のフジが満開になっていました。

藤棚の下に行きたかったのですが、ブンブンと熊蜂やマルハナバチが飛んでいて、近寄るのもどうかなという感じでした。

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さらに歩いて、好みの場所、伊丹廃寺跡へやってきました。

白鳳時代の瓦や、塔の水煙が発掘されており、このような金堂の基壇が復元されています。

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西側には塔の基壇が復元されていて、当時を忍ぶことができます。

伊丹廃寺跡は、その南側に広がる住宅街よりもやや高い土地にあり、見晴らしもよかったことでしょう。

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発掘調査で明らかになった伊丹廃寺の伽藍復元図です。

南門、中門から入ると左側に塔、右側に金堂があり、その奥に講堂があるというまさに法隆寺様式の寺であったことがわかります。

法隆寺のように、今も当時の建物が残っていたら、国宝になって、阪神間随一の観光スポットだったでしょうね。

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途中の臂岡(ひじおか)天満宮には、その伊丹廃寺で使われていた礎石ではないかといわれる加工された大きな石が残されています。

当時のこういう石は、建築素材として再利用されていることが多く、散逸していることも多いですね。

2025年5月15日 (木)

花の伊丹 金剛院のボタン 04/22

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4月22日は、いろいろいただきものをしたお返しを探しに、伊丹へ行ってきました。

用事が終わり、この時期だったかなと思い、宮ノ前地区にある猪名野神社の別当寺でもある金剛院を訪れました。

金剛院の薬医門は元禄15年・1702年の建立、忠臣蔵の頃ですね、立派なたたずまいです。

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さて、この時期と言ったのは、過去にこの寺院を訪れた時、立派なボタンの花に出会ったことがあるからです。

今回も、全体の株数は多くはないものの、満開のボタンを見ることができました。

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白いボタンでも、中が黄色い花や、赤いグラディエーションが中心に広がるようなボタンがありました。

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ピンクのボタン、中央部分にかけて赤が増していってます。

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全体に濃厚な赤、紅かな、華やかな印象のボタンです。

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同じ赤でも、明るい色合いのボタンです。

それぞれ20センチほどもある大きな花ばかりですから、見ごたえがありました。

2025年5月14日 (水)

再び廣田神社のコバノミツバツツジと夙川の八重桜などなど 04/17

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四国詣でから帰ってきた翌日の4月17日は、あまりの天気の良さに、4月6日に行って大感激だった廣田神社のコバノミツバツツジの群落をもう一度見に行ってきました。

さすがに4月中旬ともなると、まっ盛りを通り越して勢いがなくなっていましたが、それでも場所によってはまだまだきれいな花を見ることができました。

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廣田神社を出て、満池谷の墓地の入り口にある震災祈念公園に行くと、「小説火垂るの墓誕生の地」の碑がありました。

このあたりは野坂昭如の小説「火垂るの墓」の舞台となったところで、戦争の悲惨さを語り継ぐことを目的として2020年に建立されたとのことです。

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さらにニテコ池のまわりを歩いていると、まだソメイヨシノが咲いていました。

この池のほとりには、過去には、松下幸之助の自宅があったり、アメリカ領事館があったりしました。

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ニテコ池の先にあるのが、万葉時代にも歌われた名勝名次山に鎮座する名次神社です。

今は廣田神社の摂社ですが、元は独立の神社で、廣田社などとともに祈雨神祭に預かった延喜式内の古社です。

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夙川へ出て、土手沿いの道を南下してJR線の手前まで来ました。

GW前ということもあり、恒例のこいのぼりが川風に揺らいでいました。

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夙川の川沿いはソメイヨシノが終わり、八重桜が満開でしたが、JRさくら夙川駅近くへ来ると道路沿いにも八重桜が咲いていました。

このコースは、できれば来年の歴史探訪・番外編でたどっていきたいと考えているコースです、ちゃんとできればいいなぁ。

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風野真知雄 皆殺しの城 謙信を狙う姫 祥伝社文庫/読了・・・・・・・埼玉県加須市にあった騎西城は永禄6年・1563年に上杉謙信に攻められ、降伏を許されず全滅に至っています。ストーリーはその城にいた姫が勇ましい家臣の一人とともに数年の潜伏後、謙信を討ち果たすというものです。これはフィクションですが、実際に謙信は城の厠で突然死したということで、その後の葬儀もそそくさと済まされたと言われ、そうした謎もこの小説に結びつけられているかもしれません。

2025年5月13日 (火)

春の四国詣で 徳島の万葉歌碑 04/14-16

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4月14日からの四国詣で、最終の4月16日は徳島のお友達にお願いして、阿南市那珂町の社会福祉会館前の「万葉之苑」にある犬養孝先生揮毫の万葉歌碑を見に行ってきました。

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石走(いはばし)る 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも

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その後、室戸阿南海岸国定公園にある北の脇海岸へ案内していただきました。

夏は海水浴場になるということ、今は静寂の中にありました。

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北の脇海岸、四国でも紀伊水道に面したところになるので、大阪湾のぼんやりした海の様子とは異なります。

ここから直接太平洋につながっているという感じがまざまざと伝わってきます。

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さらに徳島への帰りに、日本一低い山とする弁天山へ案内していただきました。

山としての定義は種々ありますが、自然の山で国土地理院の地図に掲載されている山としては日本一低いそうです。

わずか6.1mの標高なので、楽々登山してきました。

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徳島市内に入り、徳島のシンボルである眉山が見えてきました。

四国詣でのついでではありますが、高松にも、徳島にもお知り合いがいて、深い四国を知ることができてうれしい限りです。

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近衛龍春 蒲生氏郷 信長に選ばれた男 実業之日本社文庫/読了・・・・・・・信長の娘、冬姫を娶った蒲生氏郷は、信長や秀吉に翻弄されながら、秀吉、家康、前田に次いで大きな石高にまでのし上がっていたそうです、しかも若い。最後は病を得て40歳で没するのですが、長生きしていれば、戦国時代を経て次の時代へのリーダーとして地位を収めていたことでしょう。この作家の特質ですが、調べて得た情報をすべて記載するようで、その間、文章の流れが停滞するのが惜しいです。その分、読みづらい。

2025年5月12日 (月)

セント・マーティン・オーケストラ第19回定期演奏会 05/11

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昨日5月11日は、ご招待をいただいたセント・マーティン・オーケストラの第19回定期演奏会を聴きました。

お知り合いの方がご出演で、楽しみにしていた演奏会です。

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会場は、2023年11月にオープンした新しい施設の茨木市のおにクル、その中の合田ホールです。

ここは文化・子育て複合施設として開館し、ホールだけでなく図書館やフリースペース、研修室などがあり、いつも多くの市民でにぎわっています。

普通、音楽ホールにはロビーがありますが、ここは公演がある時に出入口付近に区画を作るだけで、普段は共有スペースとなっていて、有効的な使い方がなされています。よく考えられていますね。

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昨日は2階の客席が開放されておらず、1階の客席で聴きました。

2階席ではややデッドな残響の少ない乾いた感じの音響なのですが、1階席では程よい残響と低音がよく響いていて、こんなに聞く場所で音響が違うのかと驚きました。

何回か通って、このホールの音響を体験してみたいものです。

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さて、演奏されたのは、メンデルスゾーン、ベートーヴェンによる古典派の名曲とリムスキー・コルサコフのシェヘラザードでした。

前半は時代的感覚もあるのか、コントラバスが左側に寄った対抗配置でしたが、後半では左から1stVn、2ndVn、VnC、Vla、Contの一般的な配置に、さらに前半の弦楽器はノンヴィブラートで、後半はヴィブラートありでした。凝ってますね。

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指揮はこのオーケストラの音楽監督である河崎聡さん、コンサートマスターは木村直子さんです。

木村さんはシェヘラザードのソロを朗々と美しく奏でられていました。

アンコールは、リムスキー・コルサコフの「金鶏」からウェディングマーチ、ラフマニノフのヴォカリーズでした。

2025年5月11日 (日)

高槻ユースオーケストラ・高槻少年少女ジュニアバンド第4回定期演奏会 05/10

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昨日5月10日は、お知り合いの方が賛助で出演されるということを聞き、高槻市の子供たちが集まって演奏するコンサートに出かけました。

指揮は、各地のアマオケで重厚な演奏を聞かせている横島勝人さん、様々な活動をされているのですね。

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高槻市へ行って、こちらの高槻市総合センターに向かいました。

ここには市役所のほか、中央図書館、生涯学習センターが入った総合的な施設です。

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演奏されたのは、こういうジュニアの楽団にふさわしい選曲、それでもベートーヴェンのロマンス第2番はヴァイオリンソロと合わせるのも大変だったでしょうね。

最後は、エルガーの威風堂々、合同演奏で締めくくりました。

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という子供たちの演奏だったのですが、素晴らしかったのは、この高槻市生涯学習センターの多目的ホールの音響です。

250人ほどが入る小さなホールですが、程よい残響と高音の抜けの良さ、楽器の分離がとてもよくて、低音から高音までのバランスも素晴らしかったです。

ここで弦楽四重奏曲や管楽室内曲など聞いてみたいものです。

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帰りに高槻の商店街にあるいろはでコロッケと串カツを買って帰りました。

梅田の阪神百貨店などにも入っているお気に入りのお店の本店です。

2025年5月10日 (土)

春の四国詣で 徳島駅花畑踏切の陸橋から降りました 04/14-16

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4月14日からの四国詣で、4月16日の朝はお友達との待ち合わせ時刻までJR四国の車両たちを撮影しに、徳島駅近くの花畑踏切にある陸橋の上に立ちました。

そこからの景色を楽しみながら、しばらく撮影を継続、1000形のディーゼルカーがやってきました。

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そして高松から2700形の特急うずしおがやってきました。

ほかの車両を圧倒するかのような堂々たる面構えです。

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そして、今度は陸橋から降りて踏切の横でしばらく撮影を続行しました。

通勤型の一般車両、1200形、1500形などが続々やってきます。

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と、撮影を続けているとキハ47が踏切へやってきました。

構内の入れ替えのために動いていたのですが、間近で見ることができてよかったです。

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先ほどの2700形特急うずしお編成とは別の3両編成の2700形が高松を目指して出発していきました。

そろそろ次のところへ行くための時刻が近づいてきたので、これで撤収しました。

2025年5月 9日 (金)

春の四国詣で 徳島駅花畑踏切の陸橋から 04/14-16

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4月14日からの四国詣で、4月16日の朝はお友達との待ち合わせ時刻までJR四国の車両たちを撮影しに、徳島駅近くの花畑踏切にある陸橋の上に立ちました。

陸橋からみた徳島駅構内の様子、キハ40、47の車両群が多数見えていてうれしい限りです。

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JR四国の普通車両1500形の7次車に当たる2両編成、徳島線の板野行きが発車していきました。

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上と同じ1500形ですが、こちらはオリジナルの形を保ったままの車両です。

いずれにしても、なかなかディーゼルカーには見えず、どちらかというと電車の感じがします。

徳島の人は、電車だろうが、ディーゼルカーだろうが、鉄道車両はすべて「汽車」と言われるそうです。

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徳島駅というと非電化のローカルな感じですが、高徳線、徳島線、さらに鳴門線から列車が次々とやってきます。

1500形に比べると何となくディーゼルカーの雰囲気が感じられる1200形がやってきました。

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徳島線の185形特急「剣山」が阿波池田へ向けて出発していきました。

数年前に美馬市で仕事していた時には、ずいぶんお世話になった特急です。

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同じキハ185形でも、先頭のグリーンカラーの車両はトロッコ列車やイベントに使われることが多いですね。

後ろの青い塗装の車両はJR四国の一般的なキハ185形です。

何だか彼らの運用もこれから減っていくようで、寂しい限りですが、今回記録出来てよかったです。

2025年5月 8日 (木)

春の四国詣で 徳島の夜は日本一の居酒屋(のひとつかも)安兵衛へ 04/14-16

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4月14日からの四国詣で、4月15日は徳島へ移動して夜は、ある意味日本一の人気を誇る居酒屋「安兵衛」を訪ねました。

安兵衛は徳島駅前のロータリーから少し路地を入ったところにあり、その店構えからも雰囲気が漂います。

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店内はほぼ満席でしたが、ラッキーなことにカウンターのひと席が空いていて座ることができました。

目の前には本日のおすすめがこれでもかというくらい暖簾のようにぶら下げられています。

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とりあえずのビールを頼みましたが、このお店の生中ジョッキの大きさは昔の大ジョッキクラスなのがうれしいです。

大の大きさのビールもありますが、さらにさらに大きな特大ジョッキは両手で持たないといけないぐらいの大きさです。

土手焼きを注文しました。

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焼き鳥と鳥のつくねをお願いして、のどにビールを流し込みます。

右隣りにいたのが韓国からやってきた韓国人夫婦で、片言ことばで会話しながら、楽しみました。

何やら初めて徳島へやってきて、たまたまこのお店に入ったようですが、大変気に入っていたようです。

鯖の生ずしをひと切れいただきました。

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いろいろなメニューを楽しみましたが、最後にとてもきれいな仕上がりのバッテラをいただき、本日の締めとしました。

ワイワイガヤガヤ、活気に包まれた、さすがに人気のある居酒屋さんでした。

2025年5月 7日 (水)

西宮交響楽団第122回定期演奏会 05/06

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昨日5月6日は、西宮交響楽団の第122回定期演奏会を聴きました。

ブラームス(1833-1897) 、シューマン(1810-1856) 、ドヴォルザーク(1841-1904) という、やや広い意味でのロマン派の代表的な作品が並びます。

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会場の兵庫県立芸術文化センター大ホール、この日は4階席は使ってなかったですが、3階席までみっしりとほぼ満席の状態でした。

一昨日の枚方フィル同様、市民オーケストラへの支持は高いものがあると感じます。

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シューマンのピアノ協奏曲を弾いたのは県立西宮高校音楽科から沖縄県立芸術大学へ進んだという珍しい経歴の崎濱杏さん。

少し硬さは感じるものの、はっきりとした主張のピアノ演奏で、好印象。くっきりとした音楽が聞こえてきました。

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指揮は西宮交響楽団だけでなく、あっちこっちでおなじみの白谷隆さん、きびきびとした指揮振りでオーケストラをぐいぐい引っ張っておられました。

ドヴォルザークの交響曲第7番という演奏機会がそれほど多くない楽曲ですが、おもしろく聞かせていただきました。

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芸文センター前の高松公園の木々も新緑となっていました。

連休最後の日によい音楽を聞かせていただきました。

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鼠入昌史 ナゾの終着駅 文春新書/読了・・・・・・ナゾというか、単なる末端駅ではなく、電車の行き先として途中で運転打ち切りになるような駅も含めての終着駅という観点から、なぜそこで運転が打ち切られているのか、またその先とは路線がどう違うのかというところを解読していくような一冊。関東、関西も含めて、路線を話しをしているけれど私には未知のところが多く、せめて路線図くらい載せてあればわかりやすかったのになぁ。それがないのでわかりづらい本でした。

2025年5月 6日 (火)

枚方フィルハーモニー管弦楽団第98回定期演奏会 05/05

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昨日5月5日は、枚方フィルハーモニー管弦楽団の第98回定期演奏会を聴きました。

GWは意外に演奏会が少なく、演奏者の皆さんもやはり大型連休を楽しんでおられるのかもしれませんね。

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演奏会が開かれる枚方市総合文化芸術センター、関西医大の敷地の中にあり、大きなホールがあります。

京阪枚方駅から歩いて5分ほど、エスカレーターで陸橋へ誘われる動線がいいですね。

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演奏されたのは、池川章子さんのソロによるブラームスのヴァイオリン協奏曲とラフマニノフの交響曲第2番という重厚な楽曲2曲でした。

指揮は団内指揮者の寺坂隆夫さんと安藤隆さんによって行われました。

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会場の関西医大大ホール、とても立派な施設で、オペラもできるようにオケピットが作られているのでしょうか。

これだけ素晴らしい施設があるので、市民オーケストラとしての枚方フィルには、お客さんに演奏会マナー・・・・演奏中は入らせないとか、席移動しないとか、しゃべらないとか、スマホを見ないとか、写真撮らないとか、楽章間で拍手しないとか、咳に気を付けるとか、その他云々、そういうものを植え付けていくようなこともしてほしいところですね。

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西條奈加 六つの村を越えて髭をなびかせる者 PHP文芸文庫/読了・・・・・・・江戸時代の中期から後期にかけての探検家、最上徳内(1754-1836)の半生を描いた一冊。貧農からの出自ながら、苦労を重ねて蝦夷地調査のエキスパートとなり、後に幕臣に取り上げられているという身分制度の時代にあって異例の人。西條奈加は初めて読んだかもしれないけれど、これから読んでいこうと思いました。

2025年5月 5日 (月)

春の四国詣で 高徳線で徳島へ 04/14-16

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4月14日からの四国詣で、15日の仕事を終えて一路徳島を目指して移動です。

高松駅から特急うずしおに乗って、車窓から望める名勝屋島です。

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高徳線の特急うずしおは、特急らしからず、やたら駅に停まりますが、屋島駅にも停車します。

屋島駅のホームにはたくさんのキンギョソウが花を咲かせていました。

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高徳線の池谷(いけのたに)駅で、ここから鳴門線が分岐していて、鳴門駅までの路線が続きます。

鳴門駅、ずいぶん前に訪れ、そこから高速バスで帰った記憶があります。

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さて、昼過ぎに卯之町駅を出て、夕方になってようやく徳島駅に到着しました。

駅は夕方のラッシュの様相、次々にディーゼルカーがやってきます。

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降りたホームでは、乗ってきた2700系特急うずしおの隣に1500系牟岐線阿南行き、さらに奥のホームにはキハ47系高徳線引田行きが並んでいます。

キハ47もこの時間帯はずいぶん活躍しているようです。さて、徳島到着です。

2025年5月 4日 (日)

写真展「津軽の四季」へ クラシックサロン・アマデウス 05/03

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昨日はお友達の写真展「津軽の四季」が4月29日から開催されているとのことで、神戸西元町にあるクラシックサロン・アマデウスへ出かけました。

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元町商店街を西へ西へ歩いていくと、左角にアマデウスが入るビルがあります。

三宮、元町へと続く繁華な商店街ですが、この辺りまでやってくると人出もずいぶん少なくなってきます。

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展示されている写真は、津軽地方に長く住んでいた友人が撮りためたもので、過去にもSNSやほかのお店でも出会ったものでした。

被写体として、関西圏では見当たらないものばかりですから、一つ一つに新鮮さが感じられます。

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アマデウスの店内では、30分おきにマンドリン演奏が行われ、クラシックサロンにふさわしい雰囲気が漂います。

お客さんもだんだん増えてきたので、頃合いを見て帰途につきました。

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帰りに三宮のジュンク堂に立ち寄ったら、稲葉克彦さんの本が何冊かあったので買い求めました。

以前からこれらの本が出ていることは知っていましたが、なかなか巡り合えなかったので良かったです。

2025年5月 3日 (土)

春の四国詣で 卯之町の朝は池田屋さん 04/14-16

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4月14日からの四国詣で、15日の朝はいつもの池田屋さんへ向かいます。

朝起きたら雨が降っていましたが、ホテルを出るころにはようやく雨も上がりました。

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いつも心のこもった美味しいモーニングセットをご用意いただける池田屋さんに感謝です。

なにせ、前の晩に居酒屋れんげそうで呑んだ次の朝ですから、温かいスープが疲れた胃に優しいです。

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コーヒーとともに、いちごのヨーグルト掛け、これも大変美味しくいただきました。

この時は、関川夏央の司馬遼太郎の跫音を読んでいました、出張の間に読み終えたと思います。

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池田屋さんの落ち着いた空間で過ごす卯之町の朝は格別のひと時です。

今回は15日の朝、一度だけでしたが、有意義な時間を過ごすことができました。

2025年5月 2日 (金)

春の四国詣で 高松駅から 04/14-16

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4月14日からの四国詣で、15日の仕事を終えて東へ移動です。

8000系アンパンマン列車に乗って高松駅に到着しました。

隣りにはエコトレインとされる7200系が並びます。

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隣りのホームには、岡山からやってきたマリンライナーが停車していました。

マリンライナーは昼間でもずいぶん混んでいますね。

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高松駅は昨年3月に「高松オルネ」という新しい駅ビルがオープンして土産物売り場などが拡張されました。

改札口の右上にあるスタバからは駅構内全体を見渡すことができるようです。

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さて、高松駅の1、2、3番ホームの3番ホームから出発する2700系デイーゼル特急「うずしお」に乗り換えです。

本来は高松で小学校時代の友人と会う予定でしたが、この日は高知大学へ行っているとかで会えませんでした。

ということで、一気に徳島へ行くこととしました。

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小林拓矢 京急 最新の凄い話 KAEADE夢文庫/読了・・・・・・関東の私鉄でも特に好みの京浜急行の話題ということで買った一冊。京急の歴史とか、その後の変遷とか、車両とか、沿線の様子とか、とにかくまとめられていました。京急の赤い車両は好みです。車両スタイルも基本的なコンセプトが変わらないのもいいですね。

2025年5月 1日 (木)

春の四国詣で 今治の山林火災の跡 04/14-16

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3月23日に愛媛県今治市長沢地区の山林から出火し、焼けた面積はおよそ442ヘクタールに拡大した山林火災は、3月31日にようやく鎮圧が発表されました 。

というニュースは知っていたのですが、そういえばJR予讃線の線路近くまで迫っていたような、そんなこともあったなぁと思っていました。

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松山から乗った特急の車窓、今治を出発して壬生川方面へ向かって10分ほど走った時に、その山林火災の跡が見えるようになってきました。

こんな民家の近くにある山が丸焼けになっていました。

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ここも民家があって、手前の丘の向こうの山が丸焼けになっています。

焼けた木々は葉をなくして枝だけになっています。

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ここも民家の背後まで火が迫っている様子がうかがえます。

夜に燃えている様子がこれだけ近くに見えていたら不安、恐怖以外の何物もありませんね。

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ここもとがった山頂まで丸焼けになってしまっています。

これらの家の人たちは避難したのでしょうか、ニュースの世界がまざまざと現実として迫ってきました。

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