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2025年6月

2025年6月30日 (月)

須磨フィルハーモニー管弦楽団第21回定期演奏会 06/29

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昨日6月29日は初めて聞くオーケストラ、須磨フィルハーモニー管弦楽団の第21回定期演奏会を聴きました。

兵庫県内のアマオケ、加古川フィルとか加東フィルとか姫路響とかまだ聞いていませんけれど。

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会場は神戸市営地下鉄西神中央駅から3分ほどのなでしこ芸術文化センターにある西神中央ホール、こちらも初めてやってきたホールです。

500席ということで、普通には中ホールという規模でしょうか、ボックススタイルで楽器が近くに聞こえる感じのとても響きがよいホールでした。

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演奏されたのはベートーヴェン、シューベルト、チャイコフスキーという王道のような選曲でしたが、とても充実した演奏、特にホルンを含む金管が素晴らしい響きを醸し出していました。

また、トランペットに指揮者の八木裕貴さんが入っているし、チェロのトップはお知り合いのオーボエ奏者藤井貴宏さんに瓜二つ(ただただ驚くほどに)だし、もうその演奏から目が離せません。

この演奏会、それだけではなく、指揮者のウィットに富んだ解説と聴きどころを実際にオーケストラを使って紹介するという、アマオケでないとできないようなコンサート作りに魅了されたのでした。

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そのおしゃべり指揮者が九州を中心に活躍する木村厚太郎さん、ロシアでも数多くの演奏会を指揮した経歴を持つ指揮者で、Youtuberとしても「指揮者は楽し!木村カンタービレ」をされているとか。

コンサートの前からステージに登場して、聞きどころを解説、しゃべりも上手いし、会場をノリノリにさせて盛り上げていました。

それも無駄なおしゃべりはなく、勘所を押さえた的確なお話はそれぞれの楽曲の特徴をわかりやすく説明されました、誰にもできることではありませんね。

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晴れ渡った空、会場近くの西神中央駅あたりの様子です。

絵にかいたようなニュータウンの街並みですが、道路も広いし、街路樹ものびのびしてるし、いい街ですね。

2025年6月29日 (日)

アンサンブル・コスモリバティ第33回定期演奏会 06/28

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昨日6月28日は、昼から兵庫芸術文化センターの小ホールで開かれたアンサンブル・コスモリバティ第33回定期演奏会を聴きました。

大ホールでは、アリス・沙良・オットのピアノコンサートがあるので、広いロビーはまさにごった返していました。

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20人ほどで構成される弦楽アンサンブルで、毎年1回の演奏会を続けておられる団体です。

コロナ禍の時期、2回ほど開催できなかったとかで、都合35年も続いているそうです。

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過去にも茨木市のクリエイトセンターなどで聴いていたアンサンブルです。

今回は初めて兵庫芸術文化センターで公演を開催できたそうです。

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指揮はヴァイオリンは中山裕一さん、もとテレマン室内管弦楽団などで活躍されていた方です。

丁寧な解説をされながら、コンサートを進められました。

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演奏されたのはイギリスで活躍した作曲家の作品をバロックから近現代まで並べての構成、とても凝った内容でした。

アンコール曲もビートルズのオブラデイ・オブラダとすべてイギリス音楽で締められました。

2025年6月28日 (土)

大阪新町の居酒屋「もだん」 閉店前に 06/12 06/16

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ここ数年お世話になっている大阪・新町の居酒屋「もだん」さんが今月20日をもって閉店してしまいました。

6月12日は関東からと四国からのお友達が来られるということで、6月16日は写真展でお世話になった阿波座の長楽庵の庵主をお連れして訪れました。

新町というと地下鉄の四ツ橋駅辺り、かつての厚生年金会館、今のオリックス劇場がある辺りで、かつての花街ですね。

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いつもながら、凝った内容の付出しです。

じゅんさいとろろ、自家製豆腐、南京と小松菜の煮物、とうきび、鯛のあら煮が少々とバラエティに富んだ内容です。

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お造りの数々、アコウダイ、鯛、たいらぎ貝、赤貝、等々、、、

だいたい、お造りはお任せでお願いしています。

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琵琶湖の小鮎の天ぷら、季節ものですね。

琵琶湖の鮎は餌の関係なのか、この大きさまでしか育ちません。

鮎の子供の稚鮎ではなく、琵琶湖の鮎は成魚でもこの大きさなので小鮎です。

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もだんさんは魚もいいのですが、肉もおいしいです。

好みの角煮です。

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四国からのお友達が絶賛した鶏の塩焼き、柚子胡椒が添えられています。

あまりに美味しいので、お替りされていました。

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子供のころは食べられなかったヌタです。

ハマグリとワケギを和えていて、これはお酒が進みます。

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季節ものと言えば、かつて泉州でしか育たないと言われていた水茄子の漬物です。

何気ない料理ですが、奥が深い味わいです。

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お酒はいつも20種類ほど置かれていて、これは珍しい東京東村山市の豊島屋酒造の屋守です。

もだんの大将! いろいろとお世話になり、ありがとうございました。

2025年6月27日 (金)

阿武山古墳へ 藤原鎌足の墓? 06/18

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6月18日は、近い将来の歴史探訪・番外編の下見に、一度は行ってみたかった高槻の阿武山古墳へ行ってきました。

JR摂津富田駅からバスで大阪医科薬科大学前まで行き、そこから歩いてこんな門のところまで来ました。

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門の中へ入ると、緩い坂道になっていてそこをどんどん進んでいきます。

途中、こんな見晴らし台があって、高槻市内を一望できます。

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実はこの門の中は京都大学地震観測所であり、一般の人は立ち入りができないのですが、阿武山古墳へ行く場合に限り許されるのです。

1927年に起きた北丹後地震(M7.3、犠牲者約3000人)後、京都大学が地震研究を進めるために1930年に設立されました。

現在はその役目を終えて、地震に関するレクチャーや施設見学をしているそうです。

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さて、地震観測所の前を通り過ぎて建物の裏側へ回ると、目指す阿武山古墳がありました。

この地震観測所を建てるときに、偶然この古墳が発見されました。

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古墳とはいうものの、大きな盛り土はなく、わずかにこんもりとした形状がわかる程度のものです。

阿武山古墳の発掘状況、出土品、研究結果、1982年に見つかったX線写真資料などから、ここが藤原鎌足の墓ではないかと推測されています。

となると、談山神社へ改葬されたと言われていた話しはどうなるんやということになり、古代の謎が深まるばかりなのではありますが。

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中南元伸 筒井順慶の悩める六月 文芸社文庫/読了・・・・・・・本能寺の変の後、日和見、洞ヶ峠を決め込むと言われた筒井順慶の心の内を一日ごとに面白く書き進めた作品。著者にとっては初めての作品のようですが、よくできているなぁと思います。時代は切迫している時とは言うものの、人により、地域により、温度差があっただろうと思いますし、こんな感じだったかもしれませんね。

2025年6月26日 (木)

初乗車! 近鉄観光特急「青の交響曲(シンフォニー)」 06/12

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6月12日は久しぶりに飛鳥を訪れた日ですが、夜の予定の時刻もあって、飛鳥駅を出るタイミングにぴったりの電車がこれになりました。

近鉄吉野線、南大阪線を走る観光特急「青の交響曲(シンフォニー)」、この日が初めての乗車となりました。

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車内は観光特急の名前に恥じない豪華な造りで、4人掛けのボックスと、二人掛けの対面シートに区分されています。

シートはリクライニングしませんが、ふかふかのシートはそれだけで十分です。

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テーブルの上にはライトがおかれ、高級感が漂います。

思いついて急に特急券をとったものの、車内は半分くらいの乗車率でゆったりと過ごせました。

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青の交響曲は3両編成で、その中間車はラウンジカーになっています。

この車両には売店があり、そこで購入した飲み物などを持って、この豪華なシートで自由に過ごすことができます。

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売店でもらった記念乗車証です。

青の交響曲は、阿倍野橋駅と吉野駅の間を一日2往復していて、通常の特急料金520円に追加して、210円の特別料金を支払うと利用できるということで、とてもリーズナブルな観光特急でした。

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白蔵盈太 みぎての左甚五郎 文芸社文庫/読了・・・・・・江戸時代の名工、左甚五郎が主人公の痛快な作品。とても読みやすく、おもしろく、あっという間に242ページを読み通しました。実は左甚五郎として名前が残る作品は、古くは安土桃山時代から江戸時代を通して残っていて、大工の名工が勝手に名乗っていたらしいですね。知らんかった。

2025年6月25日 (水)

牽牛子塚古墳と越塚御門古墳へ 06/12

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6月12日は飛鳥を訪れ、その西側にある真弓の里を歩きました。

やってきたのは、2022年に築造時の姿に復元された牽牛子塚古墳です。

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牽牛子塚古墳は、築造時にこのように切り石が覆われていたということで、まるでUFOのような姿であったとされています。

南側に開口部を再現し、階段を設けて石室に近づけるようになっています。

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階段を上がると、石室の内部を少し見ることができ、石室の中が2室になっていることがわかります。

これにより、牽牛子塚古墳は斉明天皇と娘の間人(はしひと)皇女の合葬墓ではないかと推測されています。

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発掘調査の結果、牽牛子塚古墳は古墳時代後期に見られる天皇陵の特徴である八角墳であることがわかりました。

実は、このような姿になる前の牽牛子塚古墳に何回も来ていて、ただただ復元された姿に接したかったのです。

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2010年に新たに牽牛子塚古墳の南東側に隣接して越塚御門古墳が発見されました。

こちらは石槨の一部を見ることができ、室内では映像による解説が流れていました。

この古墳は日本書紀の記述から、斉明天皇の孫の大田皇女の墓ではないかと推測されています。

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牽牛子塚古墳を見下ろす丘にやってきました。

ここからは牽牛子塚古墳越しに飛鳥の里の中心部を見ることができ、ここが一等地であることがわかりました。

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瀧音能之 監修 日本書紀が解き明かす日朝古代史の謎 宝島社新書/読了・・・・・・・題名の通り、日本書紀に書かれている日本というものについて書かれているのはいるのですが、その動向については朝鮮半島での内容が多く、そのあたりの知識がないので、理解が及びませんでした。意外にも、古代から半島での騒乱に巻き込まれていく九州豪族やヤマト政権があったということで、その部分は記憶にとどめました。

2025年6月24日 (火)

飛鳥、真弓を歩く 06/12

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6月12日は橿原考古学研究所付属博物館へ行った日で、その後は久しぶりに飛鳥を歩いてみました。

それも観光客が行く飛鳥ではなく近鉄飛鳥駅の西側、真弓の地です。

古い道標には、左おかてら(岡寺) 右こんかうさん(金剛山)などの文字が刻まれています。

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路傍の石仏、飛鳥には多くの石仏が歩いて通る人々を見送ってくれます。

おそろいの前垂れがかけられています。

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少し歩いていくと、許世都比古命(こせつひこのみこと)神社がありました。

許世都比古命は、巨勢氏の祖である武内宿禰の第五子であり「五郎(老)神」ともいわれる巨勢地方の産土神で、巨勢氏の祖神でもあるそうです。

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なにやら、たいそうな神社ですが、拝殿から振り返ると、静寂な雰囲気が感じられました。

まだまだ知らない飛鳥があるものですね。

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いろいろ歩いている道路沿いで大きな敷地をフェンスで囲う工事現場がありました。

なになに?とみると、「仮称・明日香村旅館計画 新築工事」とあり、なんと星野リゾートによる開発でした。

場所は真弓鑵子塚古墳(まゆみかんすづかこふん) の南側、こんなところに星野リゾートはいらんぞ!

2025年6月23日 (月)

西宮チェンバーオーケストラ第2回定期演奏会 06/22

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昨日は西宮チェンバーオーケストラという弦楽アンサンブルの第2回となる演奏会を聴きました。

2023年に立ち上げられたということで昨年に続いての演奏会だそうです。

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プログラムはシベリウス、グリーグ、ニルセンという北欧の作曲家のラインナップとなっています。

日本人作曲家の吉松隆さんの作品も並んでいますが、これはあまり北欧とは関係なさそうです。

でも、この吉松さんの作品の演奏が素晴らしかったです。

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指揮はアマオケを多く指揮されている白谷隆さん、この方が指導されているということで、新しいアンサンブルですが、安心してこちらの演奏会へ足を運びました。

そういうことで、この演奏会は失礼かもしれないけれど、思わぬ拾い物をしたと思うほどうれしい演奏会でした。

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プログラムにある、西宮チェンバーオーケストラの写真です。

昨日はさらにパイプオルガンも加わりました。

20数名ほどの弦楽アンサンブルですが、とてもしっかりと充実した演奏でした。

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会場の宝塚ベガホールです、程よい残響が弦楽器にやさしい響きを与えていました。

本当は涼みに行った程度の気軽な気持ちに行った演奏会でしたが、本当に充実した素晴らしい演奏が展開され、大満足でした。

2025年6月22日 (日)

飛鳥駅裏の岩屋山古墳 06/12

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6月12日は、橿原考古学研究所附属博物館へ「桜井茶臼山古墳」展を見に行った日ですが、さらに現物を見たくなって近鉄電車に乗って南下し、飛鳥駅で下車して、駅の西側すぐにある岩屋山古墳を訪ねました。

本当に駅から歩いて1分ほどのところにあって石室に入ることができる親しみを覚える古墳です。

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きちんと整備された階段を上ると石室が開口しています。

この季節すでに虫や蛇がいることが懸念されましたが、そのような気配はありませんでした。

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石室の中は見事な花崗岩の切り石が表面を磨かれて積まれています。

しかもその石の大きさがそろっていて、隙間を漆喰で固めている丁寧な仕上げとなっていることがわかります。

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その丁寧な造りは振り返って見る羨道部の構造からも明らかです。

玄室の長さ4.9メートル、幅2.7メートル、高さ3メートル、羨道の長さ12メートル、幅1.9メートルを測る巨大な構造となっています。

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岩屋山古墳は一辺45メートル前後の方墳と考えられていますが、天皇を葬ったとされる八角墳と見る説もあり、その丁寧な築造からは、さもありなんと思われます。

なんといっても、駅から近くて、高度な技術で作られている巨大な石室を見ることができる貴重な古墳です。

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吉川永青 高く翔べ 怪商・紀伊国屋文左衛門 中公文庫/読了・・・・・・紀伊国屋文左衛門というと、みかん船を仕立てて荒海を越え江戸へ運び巨大な富を得た物語が、三波春夫によっても語られた江戸の豪商ですが、それ以外にもその人生をたどるとこんなに面白いのかと大いに感じ取りました。莫大な富を築きながら、一代で店を閉じた商人の生きざまに感動しました。これは読み終えるのが惜しい、とても面白い本でした。

2025年6月21日 (土)

兵庫芸術文化センター管弦楽団第160回定期演奏会 06/20

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昨日6月20日は午後から兵庫芸術文化センター管弦楽団の第160回定期演奏会を聴きました。

ユベール・スダーン、円熟のベートーヴェン「田園」というタイトルのコンサートです。

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田園の前に、シューベルトの交響曲第5番がまず演奏されましたが、これが素晴らしい。

軽やかに音楽が進められますが、フレーズの始まりに細かなニュアンスがあり、身体がふわふわと音楽の流れに持っていかれます。

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ハイドンのピアノ協奏曲のソロは児玉桃さん、こちらも軽やかなタッチで音楽が流れます。

先日亡くなられたアルフレッド・ブレンデルによるカデンツァが用いられていました。

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後半のベートーヴェンの田園は、弦楽器の鳴りがよく、それぞれのパートが主張する音楽が分離してよく聞こえてきます。

管楽器群にもうすこしニュアンスが欲しいところですが、スダーンのナイーブな音楽に包まれたので、それも良しとしましょう。

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梅雨とはいえ、芸文センター前の公園も、すでに夏景色でした。

2025年6月20日 (金)

橿原考古学研究所付属博物館 国宝などなど 06/12

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6月12日は、橿原考古学研究所付属博物館へ「桜井茶臼山古墳」展を見に行った日ですが、同博物館の常設展示区域にも様々な出土品などが展示されていて、いつ見ても目を奪われます。

見事な流水紋が刻まれた銅鐸の数々です。

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こちらは奈良県川西町、少し前に歩いた太子道から近い島の山古墳から出土した鍬形石です。

島の山古墳は古墳時代前期、4世紀の築造ですが、鍬形石は貝で作られた腕輪をまねて作ったものと言われています。

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埴輪の中から見事な造形の馬埴輪です。

見たままではなく、馬具をつけた姿をデザインしてバランスよく表現しています。

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法隆寺近くの藤ノ木古墳から出土した金銅製馬具です。

製作当時の輝きを今に伝えています。

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上の馬埴輪の首にかけられたベルトに取り付けられたものがこれらなのでしょうか。

馬が歩くごとにきらきらと輝き、ジャラジャラと音がしたことでょう。

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これは、現存する日本最古の歴史書「古事記」を編さんした太安万侶の「墓誌」です。

太安万侶の墓誌は1979年1月、平城京から約7キロ離れた奈良市東部の此瀬町の茶畑から偶然発見されました。

2025年6月19日 (木)

「桜井茶臼山古墳」展 出土鏡と玉杖 06/12

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6月12日は橿原考古学研究所付属博物館へ「桜井茶臼山古墳」展を見に行きましたが、なんといっても見てみたかったのは、鏡でした。

2009年に行われた後円部墳頂部の再発掘では石室の構造の詳細が判明し、103面以上の銅鏡の破片など出土品の実態が明らかになっています。

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古墳から発掘された鏡の枚数は、椿井大塚古墳の36面以上や黒塚古墳の34枚が最大と考えられていましたが、桜井茶臼山古墳では破片ばかりですが、その103枚以上、一説には200~300枚とも考えられ、その枚数は群を抜いて多いということがわかりました。

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今回、その鏡の破片などを見ることができ、とても感激しました。

意外に鏡の厚みが薄いように感じましたが、一つ一つの破片に古代の勢力が宿っていることを思うと、さらに研究が進んでほしいところです。

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さらに、玉で作られた杖の持ち手になるのでしょうか、見事な造りの製品が目を引きました。

持ち手に続いて鉄製の杖がはめられていたようです。

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玉杖がどのように使われていたかという様子が図解されていました。

これは付属品として出土した勾玉風の部材がどのように使われていたかによる推定です。

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この玉杖の透過X線画像が示されていましたが、それによると玉杖の中心に鉄製の杖を通す穴が開いているのがわかります。

碧玉のような素材にこんな穴をあける技術はすごいですね。

穴をあけるというと、そのほかの小さな装飾品にもきれいに穴があけられているのを見ると、古代の技術レベルの高さに驚くばかりです。

2025年6月18日 (水)

「桜井茶臼山古墳」展 橿原考古学研究所付属博物館 06/12

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6月12日は、各所で開催されている国宝展に勝るとも劣らない期待感満載の「桜井茶臼山古墳」展を見に行ってきました。

桜井茶臼山古墳は古墳時代最初期、初期大和政権を代表する王陵のひとつで、今回の展覧会は待ちに待っていたものでした。

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桜井茶臼山古墳は、桜井駅南南東に1kmほどのところに位置する全長200mを越える巨大な前方後円墳です。

発掘の結果、竪穴式石室は朱で染められた割石を積んだ豪壮なもので、出土品に玉杖や玉葉が含まれていたことなどから、大王級の人物が葬られたと推測されています。

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その発掘によって出土した、いずれも口が大きく広がった特徴的な土器類が展示されていました。

竪穴式石室と埋葬された木棺の様子が写真で明らかになっています。

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写真にある木棺が展示されていました。

故意に削られた部分や埋葬時になにかを収めたと考えられる窪みなど、興味深く拝見しました。

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こちらは石室にあった石材で、水銀朱が付着している様子がそのまま残されています。

埋葬時の石室は魔よけのために真っ赤に彩られていた様子がうかがえます。

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こちらは桜井茶臼山古墳から出土した他に類例を見ない五輪塔形の石製品です。

大きさはせいぜい2センチほどでしょうか、それだけに精巧な技術によって製作されていることがわかります。

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「桜井茶臼山古墳」展が開催されていた橿原考古学研究所付属博物館です。

古墳時代の展示に関してはやはりここが一番充実しているでしょうか。

「桜井茶臼山古墳」展、明日も続きます。

2025年6月17日 (火)

エキスポライナーなどなど 06/07

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6月7日は写真展開催期間だったのですが、朝から新大阪駅へ向かいしばらく時間つぶしの撮影をしていました。

大阪・関西万博の開催に合わせ、万博期間中、新大阪駅と桜島駅を結ぶ この「エキスポライナー」が運行されています。

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おおさか東線の221系、さらに回送ですが関西線用のウイングなしの221系を撮りました。

やはりウイングなしの方がすっきりとした顔になりますね。

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大阪と敦賀を結ぶ特急サンダーバード、北陸新幹線連絡特急です。

敦賀までではあるのですが、いつも多くのお客さんが利用されています。

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京都から関西空港へ向かう特急はるか、多くはキティちゃんラッピング編成になっています。

この編成は関西空港開港30周年記念の帯が付いているだけで、すっきりとした面持ちです。

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新大阪駅では貨物列車も見ることができます。

最近はもうEF210ばかりになってしまいました。

以上、特に変わったものではないですが、時間つぶしにはちょうど良いくらいの収穫でした。

2025年6月16日 (月)

大阪大学ワンコイン市民コンサート 橋本京子ピアノリサイタル 06/15

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昨日6月15日は、大阪大学ワンコイン市民コンサートのお手伝いで、豊中市石橋の大阪大学会館へ向かいました。

昨日は、その経歴から世界で活躍するピアニスト橋本京子さんによる近現代のピアノ曲の演奏会でした。

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橋本京子さんは桐朋学園卒業後、ずっと海外で活躍され日本ではそれほど知られていないものの、世界の一流の演奏家との共演も数知れず、世界キャリアでは群を抜いているピアニストです。

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昨日は、メシアン、武満徹、ブーレーズ、シマノフスキー、スクリアビンという普段あまり聞くことのない、ということは好まれていないといってもいいかも、そういう作曲家の作品が取り上げられました。

近現代の作品ばかりということもあり、実際、お客さんもそれほど多くなかったですけれど。

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私はこれらの作曲の中では、メシアンのピアノ曲が好みで、今回も楽しみにしていました。

メシアンのピアノ曲を聴いていて想起されるのは、このジョアン・ミロの絵画の数々です。

すべてが素晴らしいというわけではないのも、逆にメシアンとミロにも感じるのではありますが。

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ナクソス・ライブラリーを見ると、8種類の録音がアップされていました。

時間がある時に、少しずつ聞いていこうかと思います。

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芝崎祐典 ベルリンフィル 栄光と苦闘の150年史 中公新書/読了・・・・・・ベルリンフィルの人生を描いたとする著者による、まさにその150年史という内容で、とても濃い一冊でした。ベルリンフィルが歴史の深みにはまり、音楽の世界だけでなく政治にも翻弄されていく姿が描かれています。この本を読み終えた日に、日本人指揮者の山田和樹がベルリンフィルの定期演奏会に出演するというタイミングもありました。

2025年6月15日 (日)

大阪ハイドンアンサンブル第29回定期演奏会 06/14

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昨日6月14日は、お知り合いの方からいただいたチケットを持って、大阪ハイドンアンサンブルの第19回定期演奏会を聴きました。

このオーケストラは、ハイドンを中心とした主に古典派の音楽を取り上げて演奏する40名ほどの楽団です。

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選曲された楽曲はまさにそのようであり、サリエリ、モーツァルト、ハイドンといったラインナップです。

サリエリの音楽も珍しいし、二人の優れたヴァイオリン奏者とヴィオラ奏者をそろえないといけないモーツァルトの協奏交響曲が演奏されるのも珍しいことです。

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そのヴァイオリンとヴィオラを任されたのは、高木和弘さんと田中祐子さんのご夫妻、とても息の合った演奏が披露されたばかりか、アンコールでの二人の掛け合いは見事、これだけでも聞きに来た値打ちがありました。

特に高木さんの凛とした透明感のある音色は素晴らしく、これは音楽の性格を表現するのに適していますね、彼のソロで何か別の音楽を聞いてみたくなりました。

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指揮はあっちこっちのアマオケを指揮されている深谷武生さん、その巨体を揺らしながらの丁寧な指揮ぶりには好感です。

この方が指揮されると、温かい音楽が流れてくるようで、そのお人柄を感じることができます。

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演奏会があった伊丹のアイフォニックホールです。

梅雨ということもあるのか、大変な豪雨の中出かけました。

ご自身のブログ用にパンフレットを掲げて写真を撮るF氏が写ってしまいました。

2025年6月14日 (土)

かぎろひ歴史探訪 聖徳太子が通った道・太子道 後半 06/05

結崎駅⇒都留伎神社⇒糸井神社⇒フレックスパーク(昼食と講座)⇒面塚⇒(太子道へ)白山神社屏風杵築神社⇒浄土寺⇒忍性菩薩御誕生之地碑⇒木抱かれ地蔵⇒伴堂杵築神社⇒万葉歌碑⇒西国三十三所霊場観音菩薩⇒黒田大塚古墳⇒黒田駅(約6km)

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6月5日は、かぎろひ歴史探訪で太子道を歩いた日ですが、いよいよ太子道に入り白山神社の向かいにある屏風杵築神社へ向かいました。

こちらは、奈良にいくつもある杵築神社の一つで、屏風というこの辺りの地名は太子が通う途中に休まれたとき、屏風を立てたことに由来するという由緒があります。

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こちらは菩薩号を持つ僧忍性(にんしょう)が建保5年(1217)に生まれた生誕地の碑です。

忍性は生涯をかけてハンセン病患者・貧民救済に当たり、今は行基さんと同じく生駒の竹林寺に眠る鎌倉時代の名僧です。

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太子道を南下し、次にやってきたのは伴堂(ともんど)杵築神社です。

こちらの絵馬堂にも大きな絵馬が奉納されていました。

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川西町から三宅町へ入ると、町の花とするあざさがシンボルとして各所に植えられていました。

これは万葉集の三宅の花として読まれたことにちなんだもので、犬養孝先生揮毫の長歌の万葉歌碑が太子道沿いにありました。

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ずっと歩いてきて、近鉄田原本線の黒田駅に近くに黒田大塚古墳がありました。

全長55メートルの前方後円墳、7世紀代の築造とみられています、当然墳丘に登りました。

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黒田大塚古墳の西側にある法楽寺は、桃太郎伝説の寺で、春に来たときは紅梅が見事に咲いていました。

この時期にやってくると、紅梅には見事な梅の実がなっていましたが、誰も採らないのか、多くの実が地面に落ちていて、もったいないことでした。

2025年6月13日 (金)

かぎろひ歴史探訪 聖徳太子が通った道・太子道 前半 06/05

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結崎駅⇒都留伎神社⇒糸井神社⇒フレックスパーク(昼食と講座)⇒面塚⇒(太子道へ)白山神社・屏風杵築神社⇒浄土寺⇒忍性菩薩御誕生之地碑⇒木抱かれ地蔵⇒伴堂杵築神社⇒万葉歌碑⇒西国三十三所霊場観音菩薩⇒黒田大塚古墳⇒黒田駅(約6km)

歩いたコースの地図は、ブログかぎろひNOWから拝借しました、ごめんね。

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6月5日は、春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で聖徳太子があすかと斑鳩の間の通ったとされる太子道として残っている磯城の里、川西町を歩きました。

季節は春を通り越してすでに初夏ですが、田植えが終わった水面に皆さんが歩く様子が映ります。

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まずとても小さな社の都留伎神社に到着です。

御祭神の都留比古(つるひこ)命は村の灌漑に貢献した人物?神様という伝承があります。

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次にやってきたのは、赤い鳥居が目立つ糸井神社です。

ここに祀られている神様の中に綾羽明神、呉羽明神がおられることから渡来人系の機織り集団にかかわる神社でもあるようです。

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糸井神社では、絵馬堂を開けていただき、宮司さんによる絵馬の説明を受けました。

こういうところがかぎろひ歴史探訪の魅力ですね、個人でやってきても、このような機会はありませんから。

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さらに歩いて、寺川の土手のそばにある面塚へやってきました。

天から面とネギが降ってきたという伝承があり、その面を埋めたというところですが、それが転じた観世流の能の発祥地とも言われています。

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太子道の途中にある白山神社には聖徳太子が太子道を通った姿を写した像が建てられています。

ここには太子の腰掛け石というのがありました、まぁ、こういうものはあっちこっちにあるものなのではありますが。

続く

2025年6月12日 (木)

近鉄電車、山陽電車 大物駅と甲子園駅 06/02

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6月2日は阪神電車の赤胴車を追いかけて大物駅と甲子園駅へいった日ですが、やってくる阪神電車以外にもカメラのレンズを向けています。

大物駅での大阪・関西万博仕様の近鉄電車です。

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近鉄電車のシリーズ21、奈良行きの快速急行、甲子園駅での撮影です。

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大物駅での近鉄電車の準急です。

そういえば、阪神電車本線ではすでに準急が消滅していましたね。

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こちらは大物駅での山陽電車、梅田行き特急です。

尼崎駅から上がってくるこの風景は好みのショットです。

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甲子園駅での山陽電車、5000系のリニューアル編成です。

山陽電車と台湾公司、国営台湾鉄路 股份有限公司との姉妹鉄道提携10周年を記念したHMを掲示しています。

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嵐山光三郎/磯田道史 影の日本史にせまる 西行から芭蕉へ 平凡社新書/読了・・・・・・歴史の知識に関して巨人ともいえる二人による「西行とその時代」、「連歌の流行と俳諧の誕生」、そして「芭蕉とその時代」という項で語りつくした一冊。今、芭蕉については大変興味を持っているので深く読みましたが、西行もこれから注目だなぁ。最後に語られた、日本の芸術、政治などにおける見立ての感覚については考えさせられそう。

2025年6月11日 (水)

阪神電車 8000系赤胴車のほかにも 06/02

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6月2日は阪神電車に復活した8000系赤胴車を撮影しに行って、その目的を達成しましたが、その他にもいろいろな車両がやってきます。

大物駅での5500系の普通車、ほかの私鉄でも多いですが、どうしてこんな黒い顔になってしまったのでしょうね。

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なぜか、鉄道友の会のブルーリボン賞を受けてしまった5700系です。

登場時は押し釦によるドアの開閉が推奨されていましたが、コロナのまん延によるボタンを触ることの忌避感から、その利用をやめてしまっています。

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阪神なんば線及び近鉄奈良線の走行にも対応した1000系、これはその酒蔵号ですね。

大阪なんば線は大阪環状線西九条駅や大阪メトロ九条駅など万博連絡の駅へつないでいますが、お客さんの利用は増えているのかな?

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場所を甲子園駅に移してしばらくの撮影、六甲山を背景にやってきた1000系です。

この近鉄黄色も赤に変えてくれないかなぁ、9000系の帯なんかそもそも赤色が採用されていたしなぁ。

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最後に5500系普通車、当初はライトブルーで登場しましたが、思い切って青胴車への変更とか、どうでしょうか。

8000系が赤胴車に戻るということで、いろいろと注文したくなってしまう阪神電車の車両たちです。

2025年6月10日 (火)

阪神電車 復活赤胴車8000系を追いかけて 06/02

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6月2日はいまいちの天候でしたが、気になっていた阪神電車に復活した8000系赤胴車を狙いに大物駅へ向かいました。

30分ほどしたときにようやくやってきた8215編成、目にも鮮やかなレッドです。

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梅田からの折り返し、背景に初めて阪神タイガースの2軍球場、SGLスタジアム尼崎が映りこんでいます。

この球場がある公園は、ゼロカーボンベースボールパークと名付けられています。

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場所を甲子園駅に移して、赤胴車の折り返しを待っていました。

懐かしい赤胴車が再び日常に戻ってきたのは大変うれしいですね。

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西宮駅からの折り返しを撮影して撤収しました。

曇天でしたが、赤い色はやはりいいですね。

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大物駅で撮影した8502編成、唯一昔の阪神顔を残す車両ですが、この日は姫路行き直通特急に充当されていました。

この編成こそ赤胴車に復活してほしいところですが、さてどうなるのでしょうか。

2025年6月 9日 (月)

K.G.R.鉄路写真展VOL.12「非電化路線」 06/03

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6月3日は、その日から始まったK.G.R.鉄路写真展、関西学院大学鉄道研究会OBの皆さんによる「非電化路線」と題する写真展を見に出かけました。

この写真展、毎年のようにお邪魔しておりますが、第12回とは長く続いていますね。

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非電化路線、すなわち今ではディーゼルカーが走る路線、古くは蒸気機関車が走る様子を集めた力作が並びます。

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写真展には非電化路線にかかる作品以外にも、最新の鉄道写真が並び、皆さんの近々における活動の一端がうかがえました。

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私的には、立山を背景としたこの作品に安定感を感じました。

冬の北陸での撮影で、シャキッと晴れたという幸運も感じさせる、家に飾りたい一枚です。

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非電化路線の中では、この一枚、北条鉄道のキハです。

木立の中をやってする様子が遠近感を伴っていて、キハが接近してくる様子は車両の音まで聞こえてきそうです。

 

一方、私の写真展「鉄道万葉集その3」は昨日6月8日を以って2週間の会期を終了いたしました。大勢のお知り合いの方にお越しいただき、ありがとうございました。

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畠山健二 新・本所おけら長屋(三) 祥伝社文庫/読了・・・・・文庫の帯に「累計222万部」とありますが、新シリーズになる前はPHP文芸文庫で出ていたので、こちらの祥伝社文庫になってからはどのくらいになるのでしょうね。他人のふんどしも勘定にいれているとしたら、ずいぶん厚かましいことではありますが。まっ、話としては面白いからどっちでもいいことですが。今回もおけら長屋の面々に楽しませてもらいました。

2025年6月 8日 (日)

かぎろひ歴史探訪 反省会と二次会、京都の夜 05/22

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5月22日はかぎろひ歴史探訪で京都へ行った日ですが、予定の行程を歩いたのちは懇親の意味もあり、反省会を催すのが恒例となっています。

いつもは奈良のよく知ったお店を利用するのですが、京都ということもあり、なじみのお店はなかなかありません。

昨年10月に下賀茂神社などを歩いたときに一度利用した三条のお店が今どきの京都らしからず、やたら安かったのでそちらへゴーゴーです。

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このお店は、長州藩士などが新選組に襲われた池田屋の少し東にあり、場所としては江戸時代からも繁華なところにあります。

嵐山から皆さんはバスでの移動、私はちょいと嵐電と地下鉄の乗り継ぎでやってきたので、早めの到着です。

店内はいたってシンプル、庶民的な感じで、実際、お財布に優しいお店でした。

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三条の大衆居酒屋で反省会を終えた後は、さらに有志で二次会です。

場所は三条から少し下がり四条手前にある柳小路、入り口に柳が植えられ、石畳が続く言わば裏四条河原町でしょうか。

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そのノスタルジックな雰囲気が残る柳小路を歩いてやってきたお店は、外からは瀟洒な雰囲気を漂わす「静」です。

写真は説明の都合から時間経過の逆になっています、これはもうお店を出て帰途に就いたところなんですが。

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さて、そのお店に入ってびっくり、ネットによると大正時代の創業という店内には所せましとサイン、落書きで埋め尽くされています。

昭和初期には詩人の中原中也もここへ足を運んだらしく、ある意味、学者、作家などに愛された京都、学生運動も活発だった京都、そういう歴史が刻み込まれているのかもしれません。

2025年6月 7日 (土)

かぎろひ歴史探訪 広隆寺と嵐電 05/22

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5月22日は、かぎろひ歴史探訪で京都太秦の広隆寺を訪れた日ですが、早めに到着してこの有名なアングルで嵐電を撮影しました。

自動車が並走する路面区間ですから、このようなトラックが画面に入るのは仕方ないですね。

モボ101形102号がやってきました。

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広隆寺の門の下にはすでに集合し始めている人影が見えています。

嵐電と姉妹提携する江ノ電塗装のモボ631形631号がやってきました。

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集合時刻が近づいてきて、門の下に移動してからも嵐電の撮影を続けます。

昔の嵐電の雰囲気を伝えるモボ301形301号がやってきました。

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広隆寺を出て常盤御前の墓所などを訪ねた後、嵐電常盤駅から嵐電で移動しました。

反対方向、北野白梅町へ向かう電車がやってきました。

新車のモボ1形1号です、初めて見ました。

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山本功次 角を曲がれば謎がある 大奥様陽だまり事件帖 徳間時代小説文庫/読了・・・・・・・もとは関西の私鉄に勤務していたとされる著者も何十冊も出版して、おそらく作家業に専念しているものと思われます。「八丁堀のおゆう」など面白いシリーズものを次々に出しているけど、これはまた新しいシリーズが始まるのかな。63歳の旗本の大奥様が冴えた推理で事件を解決していくというシリーズ、楽しみです。

2025年6月 6日 (金)

かぎろひ歴史探訪 太秦駅から大映通り界隈へ 05/22

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5月22日は、春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で京都太秦を訪ねたところですが、私はJR嵯峨野線、山陰線の太秦駅で下車して集合場所の広隆寺へ向かいました。

JRの太秦駅です、たぶん嵐山に近い嵯峨嵐山駅へ向かうのかインバウンドのお客さんで車内は混雑していました。

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たぶん初めて降りた太秦駅の駅舎です。

駅前にコンビニがあるというどこにでもある普通の駅という感じ、駅前はきれいに整備されていました。

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太秦駅から広隆寺の方へ歩いていると、最初に目についたのが、この豆大福の暖簾を掛ける「うずまさふたば」さんです。

ふたばというと、出町柳にあるお店が有名ですね。

そちらとの関係はわかりませんが、豆大福自体は京都であろうがなかろうが、あっちこっちにある和菓子ですね。

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店内に入ると、いたるところにポスター、写真が貼られています。

ここの菓子は時代劇などの撮影の小道具に使われることもしばしばあるといいます。

名物の豆大福を購入して、歴史探訪の方々とお昼にいただきました、美味し。

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ふたばの近くにある東映太秦映画村の入村入り口です。

こちらはたぶん裏門になると思いますが、修学旅行の生徒さんたちが入っていきました。

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しばらく歩いていくと、昔の雰囲気を残す天下一品のお店がありました。

京都発祥であるドロドロスープの天下一品、京都人は薄味の料理ではなく、本当はこんなドロドロや油ぎった王将の餃子が大好きなんですよね。

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広隆寺の近くまでやってきました。

この辺りは大映通り商店街ということで、大魔神の幟が電柱に取り付けられていました。

2025年6月 5日 (木)

かぎろひ歴史探訪 太子が与えた仏像を祀る広隆寺 05/22

広隆寺⇒大酒神社⇒源光寺⇒常盤駅⇒(嵐電)⇒帷子ノ辻駅⇒蛇塚古墳⇒帷子ノ辻駅⇒(嵐電)⇒嵐山駅⇒渡月橋⇒中之島公園

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5月22日は、春の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で奈良ではなく京都の太秦広隆寺に集合です。

聖徳太子が寄進したとされる弥勒菩薩さんがあり、こちらを参拝した後、境内を散策しました。

インバウンドで賑わう京都ですが、こちらの方は日本人も含めて観光客の姿はまばらでした。

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次に訪れたのは同じ太秦にある大酒神社で、こちらは秦河勝の先祖の秦大酒を祀る神社です。

秦大酒は赤穂の坂越に上陸した渡来人の一族で、坂越にも大避(おおさけ)神社があるそうな。

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さらに、嵐電の常盤駅近くにある源光寺を訪れました。

こちらは義経の母親である常盤御前の墓があるとされるお寺です。

常盤という地名も絶世の美女といわれた常盤御前にちなんでいます。

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さて、嵐電の帷子ノ辻駅まで戻り、南へ500mほど行くと、町中に突然巨大な石組が現れました。

こちらは、蛇塚古墳と呼ばれ、全長75メートルの前方後円墳と推定される石室部分です。

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これは京都府下最大の石室を持つ6世紀末から7世紀前半築造の巨大古墳で、石室の大きさは全国でも4番目の規模を誇ります。

この日はこの古墳を管理する地元の方に鍵を借りて、石室の中に入ることができました、これはうれしかったですね。

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昼からは嵐山へ移動、定番の渡月橋を渡って観光客の少ないエリアでのんびりしました。

嵐山はまさに新緑の季節を迎えていて、美しい山容が川面に映ってきれいでした。

 

この日から2週間、本日、春のかぎろひ歴史探訪で「聖徳太子が飛鳥へ通った太子道」を歩いてきます。

なんと、かぎろひ歴史探訪の参加100回目となる私的には記念の歴史探訪です。

2025年6月 4日 (水)

歴史探訪・番外編下見 岡町駅前の古墳群 05/20

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5月20日は、歴史探訪・番外編の下見を兼ねて豊中市内を散策していましたが、最後は阪急岡町駅の西側にある古墳群の紹介です。

ここも一連の桜塚古墳群の一角ではあるのですが、先の大塚古墳などとは少し離れています。

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そこには、大石塚古墳と古石塚古墳が、町中とはいえ本当にひっそりとした雰囲気の中に存在しています。

大石塚古墳は3段に築成され、全長80m以上、後円部径48mを測る群中で最も大きな古墳です。

小石塚古墳は2段築成で、全長49m、後円部径29m、前方部幅21mを測り、いずれも4世紀の中ごろから後半に築造された桜塚古墳群の中では古い年代の古墳に当たります。

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大石塚古墳、古石塚古墳は、先の原田神社との位置関係では、阪急岡町駅をはさんで反対側に位置しています。

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さて、大石塚古墳に隣接して地図上に伝統芸能館とありますが、こちらは、豊中市立伝統芸能館で、ここでは落語や大衆演劇などが、日々のイベントによって行われています。

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伝統芸能館の中には、大石塚古墳から出土した朝顔形埴輪と円筒埴輪が展示されています。

発掘調査により、3段築成である大石塚古墳の1段目と2段目のテラスには円筒埴輪が配されていることが明らかになっています。

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大石塚古墳の造出部に埋葬されていた円筒埴輪棺も展示されていて、その出土状況も写真で紹介されていました。

これは二つの円筒埴輪を組み合わせて棺としたもので、160センチほどもあるものでした。

服部緑地から西へ西へと歩いてきて、阪神間の北東辺の古代を感じることができました。

2025年6月 3日 (火)

歴史探訪・番外編下見 岡町の原田神社と名監督の生家 05/20

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5月20日は歴史探訪・番外編の下見として、豊中の服部緑地から西へ西へとルートをとってそろそろ阪急宝塚線岡町駅に到着というところまでやってきました。

駅前商店街のアーケードに入ったところのカーブの先に、深遠な神社のたたずまいが待っていました、原田神社です。

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原田神社は白鳳期に創建されたとする伝えがあるものの、はっきりした年代は不明ですが、鎌倉時代には吹田から尼崎にかけての広い地域の産土社としてあがめられていました。

中学生のころの火野正平さんが原田神社の境内で遊んでいたと、自転車旅の放送で語っていましたね。この辺りの方です。

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原田神社の本殿は、棟札から慶安5年(1652)の建立と判明しており、全国的にも珍しい五間社流造(ごげんしゃながれつくり)の形式ということです。

屋根は檜皮葺で、細部にこだわった重厚な雰囲気が伝わってきます。

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境内にある摂社の一つである十二神社の本殿、一部には桃山時代の建立とされる社殿ですが、こちらもなかなか立派なたたずまいです。

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境内にあるひときわ大きな楠です。

広い境内は近所の子供の遊び場としてぴったり、商店街に接する町中にある地域のオアシスとして、静寂な空間を保っています。

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さて、原田神社の近くにある瀟洒な洋館ですが、こちらは映画監督の山田洋次さんの生家で、当時のまま現存しています。

寅さんをはじめ、多くの作品がある山田洋次さんは昭和6年にここで生まれ、2歳まで過ごしていたということです。

現在住んでおられる方もそういうことを知っていて、できるだけ当時の様子を残されているそうです。

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下川裕治 シニアになって、旅の空 朝日文庫/読了・・・・・・・貧乏旅を旨とする著者による最新作でしょうか、今回は青春18きっぷの利用や長距離フェリー、成田空港や京都、そしてただただ歩くという国内の旅のルポでした。特に江戸時代の村尾嘉陵という人の江戸近郊への旅主には寺社参拝なのですが、その日記をもとに、現代の道をたどるという項は面白かったですね。

2025年6月 2日 (月)

歴史探訪・番外編下見 桜の庄兵衛 05/20

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5月20日は近い将来に予定する歴史探訪・番外編の下見に服部緑地から桜塚古墳群を見て歩いたあと、岡町の町中を歩きました。

そこにあったのは以前から気になっていた桜の庄兵衛です。

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桜の庄兵衛は、江戸時代は代々庄兵衛の名で桜塚村安部藩領の庄屋さんのお宅で、この家は明治時代は村長をつとめられていました。

屋敷地は能勢街道と箕面街道をつなぐ脇街道沿いにあり、敷地の中に江戸時代後期の主屋をはじめ門長屋、土蔵4棟、中門、露地門などが建っています。

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桜の庄兵衛の中に入らせていただきました、こちらはお客さんを迎える主屋の上がり間口です。

家族が出入りするところとは別に作られているのですね。

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その主屋を外から眺めてみました。

屋根は二重になっていますが、内部は平屋構造です、ぜいたくな造りです。

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主屋は「桜の庄兵衛ギャラリー」としてイベントに利用されていて、この日は椅子や机などの作品展が開催されていました。

とても素敵なものばかりでしたが、そこそこ良いお値段でしたね。

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主屋のほか、蔵がいくつかあって、その中央に中庭がありました。

阪神・淡路大震災によって内部の建物は大きな被害を蒙りましたが、再生工事により修復されたということです。

2025年6月 1日 (日)

服部緑地から桜塚古墳群 05/20

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服部緑地を出て西方向へ歩くと、そのあたりの地名は桜塚となります。

地名に「塚」が付くくらいですから、もう古墳群があったというのがわかります、桜塚古墳群です。

住宅街の中のロータリーのように残る南天平塚(みなみてんびんつか)古墳、もとは全長28mの二段構築の帆立貝式前方後円墳ですが、大きくその姿が変貌しています。

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北へ歩くと小学校に隣接してきれいに復元された御獅子塚古墳があります。

御獅子塚古墳は、周濠を含めた全長は70メートルで、墳丘は2段築成で2段目斜面のみ葺石を施すという特異な外観だったようです。

馬具や甲冑、朱塗りの皮製盾など多くの出土物があったそうで、大陸系技術導入期の様相を如実に表している貴重な資料になったとか。

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御獅子塚古墳の北側に隣接してあるのが大塚古墳、桜塚古墳群最大規模の古墳で、高さ約18メートル、直径65mほどの3段築成の円墳です。

築造は5世紀頃とみられ、円頂部に3か所の主体部が認められています。

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20日に回った桜塚古墳群の位置関係です。

周囲は完全に住宅地化しており、それでもよくこれだけ残ったものと思います。

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調査によって明らかになっている桜塚古墳群ですが、残念ながらその多くの古墳は開発とともに消失してしまいました。

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杉山尚次 西部池袋線でよかったね 郊外から東京を読み直す 交通新聞社新書/読了・・・・・・東京では西武線に住むということは、一段低いレベルの生活だということらしい。そんな自分の位置を卑下しながら、上下の対象を探してポジションをどこかに置くという、なんとも貧しい差別的な発想が流布している東京って何?  「いなかもの」という言葉に代表される地域差別が意識下であるみたい、東京は。ようわからんかった。

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