牽牛子塚古墳と越塚御門古墳へ 06/12
6月12日は飛鳥を訪れ、その西側にある真弓の里を歩きました。
やってきたのは、2022年に築造時の姿に復元された牽牛子塚古墳です。
牽牛子塚古墳は、築造時にこのように切り石が覆われていたということで、まるでUFOのような姿であったとされています。
南側に開口部を再現し、階段を設けて石室に近づけるようになっています。
階段を上がると、石室の内部を少し見ることができ、石室の中が2室になっていることがわかります。
これにより、牽牛子塚古墳は斉明天皇と娘の間人(はしひと)皇女の合葬墓ではないかと推測されています。
発掘調査の結果、牽牛子塚古墳は古墳時代後期に見られる天皇陵の特徴である八角墳であることがわかりました。
実は、このような姿になる前の牽牛子塚古墳に何回も来ていて、ただただ復元された姿に接したかったのです。
2010年に新たに牽牛子塚古墳の南東側に隣接して越塚御門古墳が発見されました。
こちらは石槨の一部を見ることができ、室内では映像による解説が流れていました。
この古墳は日本書紀の記述から、斉明天皇の孫の大田皇女の墓ではないかと推測されています。
牽牛子塚古墳を見下ろす丘にやってきました。
ここからは牽牛子塚古墳越しに飛鳥の里の中心部を見ることができ、ここが一等地であることがわかりました。
瀧音能之 監修 日本書紀が解き明かす日朝古代史の謎 宝島社新書/読了・・・・・・・題名の通り、日本書紀に書かれている日本というものについて書かれているのはいるのですが、その動向については朝鮮半島での内容が多く、そのあたりの知識がないので、理解が及びませんでした。意外にも、古代から半島での騒乱に巻き込まれていく九州豪族やヤマト政権があったということで、その部分は記憶にとどめました。
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