秋のはじめ、聖林寺へ 09/26
9月26日はいつもの生駒詣でのついでに足を延ばし、桜井から山腹にある聖林寺さんを訪れました。
おなじみの山門、やってくるとホッとした気分になります。
聖林寺への階段を上がる脇には、清水比庵の揮毫による万葉歌碑があります。
倉橋の 山を高みか 夜隠りに 出で来る月の 光乏しき 巻3-290 間人大浦
揮毫者の清水比庵(1883-1975)は岡山生まれの書家、後に日光町長になるなど政治の世界でも足跡を残し、歌人、書家という活動から「今良寛」と呼ばれました。
聖林寺さんには、その姿があまりに美しい十一面観音さんがおられます。
この方は、三輪山の神宮寺の一つ「大御輪寺(だいごりんじ)」の仏さまでしたが、明治初めの廃仏毀釈の嵐を避けるために聖林寺に移され、その後こちらを住まいとされています。
以前はフェノロサたちが寄贈した可動式のお厨子の中におられましたが、現在は2022年に完成した観音堂の中にすくっと立っておられ、360度の角度で全体を拝観することができます。
聖林寺から見た桜井へ続く街並み、三輪山、それに続く巻向方面の広がりです。
いつの季節に来ても、聖林寺のお堂からの景色はいいですね。
聖林寺を後にすると、稲を刈ったあとのあぜ道に、この季節ならではの彼岸花が咲いていました。
このころはまだ暑さが残る日々でしたが、季節は確実に移ろっていることを知らせてくれました。
ちょいと野暮用があって出かけますので、明日、明後日のブログ更新はお休みいたします。
葉室麟 霖雨 PHP文芸文庫/読了・・・・・・・江戸時代の儒学者で教育者として、佐賀県日田市に初めて私塾「咸宜園」を開いた広瀬淡窓とその弟 久兵衛を主人公にした一冊。咸宜園は江戸時代の中でも日本最大級の私塾となり、80年間で、ここに学んだ入門者は約4,800人におよんだそうです。話しはその私塾を舞台に、天保の飢饉や大塩平八郎の乱などと絡めた時代小説という感じで、著者らしい情緒にあふれた作品でした。この塾の出身者には、高野長英や大村益次郎、清浦奎吾、上野彦馬、長三州、横田国臣、松田道之などがいるそうです。なお、2003年から20年間佐賀県知事を務めた広瀬勝貞は広瀬淡窓の弟、久兵衛の子孫である。
« かぎろひ歴史探訪 近江大津京 09/25 | トップページ | 聖林寺からの道 桜井まで 09/26 »
「奈良歩き」カテゴリの記事
- 西ノ京巡り 西方院など 11/19(2025.12.06)
- 正倉院展と東大寺散歩 10/29(2025.11.20)
- 奈良大和郡山の永慶寺、実相寺 10/08(2025.10.31)
- 聖林寺からの道 桜井まで 09/26(2025.10.22)
- 秋のはじめ、聖林寺へ 09/26(2025.10.19)







コメント