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2025年10月18日 (土)

かぎろひ歴史探訪 近江大津京 09/25

10月15日からの四国詣でから帰ってきました。その報告はまた後日に。

JR大津京駅⇒京阪大津京駅⇒(電車)⇒近江神宮前駅⇒近江大津宮錦織遺跡⇒近江神宮前駅⇒(電車)⇒大津市役所前駅⇒皇子山運動公園⇒弘文天皇陵⇒新羅善神堂⇒フェノロサの墓⇒東海自然歩道⇒大津市歴史博物館⇒琵琶湖疎水口

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9月25日は秋の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で奈良ではなく、大津市を訪れ、近江大津京へ行きました。

まずは近江大津京錦織遺跡という近江大津京の宮殿跡へやってきました。

近江大津京は天智天皇が半島の脅威を恐れ、667年に都を飛鳥から近江へ移し、そこで即位しました。

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大津市役所の裏にあるのが天智天皇の息子である大友皇子の墓、のちに弘文天皇と名を送られた弘文天皇陵です。

壬申の乱による混乱で実際に大友皇子が亡くなられたのがどこかははっきりしていないのですが、「山前(やまさき)」の地で自殺したと記録により、この地にある陵が比定されています。

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弘文天皇陵の西側の荒れた道を行くと急に視界が広がり、見事な檜皮葺の建物、国宝の新羅善神堂があります。

新羅善神堂は井寺の鎮守社のひとつで、北院伽藍の中心建築であり、現在の建物は、足利尊氏によって貞和3年(1347)に再興されました。

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新羅善神堂から山へ上がっていく道を行くと、ひっそりとアーネスト・フェロノサの墓があります。

フェノロサは、日本が欧化政策を進め、日本古来の文化財が軽視されていた明治時代に、その価値を認め、保護に努めました。

亡くなったのはロンドンですが、この法明院ので僧籍を得たご縁もあり、墓が築かれています。

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さらに東海自然歩道を歩いて大津市歴史博物館へやってきました。

2022年11月に番外編でやってきたときは、この辺り一面真っ赤な紅葉に包まれていたことを思い出しました。

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最後は琵琶湖疎水が琵琶湖から水を引き、京都へ流す疎水口へやってきました。

タイミングよく、疎水へ向かう船がやってきました。

季節が良いころだと、とても優雅でよい気分なるのでしょうが、その料金の高さにはびっくりしてしまいました。

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