« 2025年11月 | トップページ | 2026年1月 »

2025年12月

2025年12月31日 (水)

歴史探訪・番外編の下見 びっくり!鴻池新田鴻池新田会所 12/18

Dsc09233

12月18日は年明け1月15日に予定している歴史探訪・番外編の下見に大東市の野崎観音・慈眼寺や堂山古墳群へ行った後、今度は電車で移動し、鴻池新田駅近くにあるその名も「鴻池新田会所」を訪ねました。

鴻池新田会所の表長屋門、なんと堂々としたたたずまいでしょうか、単なる長屋門とかではないですね。

Dsc09237_20251231061901

鴻池新田会所は、1704年の大和川の付け替えによって河内の地域に新たな土地ができ、それを大阪の豪商鴻池家が新田の管理・運営を行った際の施設です。

なだらかな屋根によって瀟洒な感じを受ける本屋ですが、これがとても豪壮な造りであることか内部に入ってわかりました。

Dsc09253

本屋に入ったところの土間から見た勘定場10畳、玄関の間8畳、内の間10畳、次の間8畳の4部屋続きの様子、これだけでもうびっくりです。

しかもそれぞれの部屋の凝り方というと見るほどに丁寧な造りを感じました。

Dsc09246_20251231061901

土間の上を這うように伸びる一本の大木による梁です。

今まで古民家も数多く見てきましたが、こんな大きな木を使った木組は見たことがありませんでした。

Dsc09241

外に出ると敷地の3分の1ほども占める庭園と弁天池がありました。

様々なお客さんをもてなすための施設なんでしょう。

とにかく江戸初期の豪商の実力を余すことなく見せつけられた次第です。

Dsc09242

以上で今年のブログの千秋楽、長らくご覧いただきありがとうございました。

来たる年も、よろしくお願いいたします。

91dxz1eefil

畠山健二 新・本所おけら長屋(四) 祥伝社文庫/読了・・・・・・いつものおけら長屋のおせっかいメンバーによるドタバタ人情劇ですね。この本は購入して気が付いたのですが著者のサイン入りでした。さらにおけら長屋の印もあり、何だかとても得をしたような気持になりました。今年読んだ本はこれで131冊目、次に読んでる本は年越しになりそうですね。

2025年12月30日 (火)

歴史探訪・番外編の下見 絶景の堂山古墳群 12/18

Dsc09221

12月18日は、1月に予定する歴史探訪・番外編の下見で野崎を訪ね、その後大東市にある堂山古墳群へ向かいました。

堂山古墳群は飯盛山地の南西方の尾根の出っ張りに築造された、8基からなる古墳群で、これは1号墳です。

Dsc09223

1号墳が古墳群で最初に築造されたとみられ、出土物から5世紀前半のものとみられています。

そこからは短甲や冑などの数々の鉄製品や須恵器が発掘されました。

Dsc09225

1号墳は尾根の先端にありますが、その他の2号墳から8号墳はさらに上ったところに点在しています。

ここまで登ってくるのはなかなか疲れますが、登ってきた甲斐がある景色を楽しむことができます。

Dsc09224_20251230062601

堂山古墳群から眺めた大阪平野、まさに一望です。

正面右が六甲山、街並みの一番左側にあるのがあべのハルカスです。

堂山古墳群がある位置が飯森山の端山では最も突出しているため、180度以上の範囲で景色を楽しむことができます。

Dsc09229_20251230062601

山を下りてきたところにある大東市立歴史民俗資料館には堂山古墳群から出土した鉄製品などのレプリカが展示されています。

ここまでやってきて、大東市内のポイントは終わり、次は電車で鴻池新田へ移動します。続く。

2025年12月29日 (月)

歴史探訪・番外編の下見 野崎詣りの慈眼寺(じげんじ) 12/18

Dsc09192

12月18日は、年明け1月に予定する歴史探訪・番外編の下見で野崎の慈眼寺を訪ねました。

慈眼寺は天平勝宝年間(749 - 757年)に天竺から来朝した婆羅門僧正が行基に「野崎は釈迦如来が初めて仏法を説いた鹿野苑(サールナート)に似ている」と語り、それを受けた行基が、白樺で十一面観音を刻んで当地に安置したのが始まりと伝えられます。

Dsc09195

こちらが慈眼寺の本堂になります。

ここに信仰を集める野崎観音、十一面観音菩薩さんと普賢菩薩さん、文殊菩薩さんがおられます。

この本堂は、 昭和25年(1950年)に東大阪の山沿い、日下にある大龍寺の観音堂を譲り受けて移築したものです。

Dsc09196

境内にある南條神社からの景色です。

遠く北摂方面を望む景色になります。

Dsc09198

慈眼寺の山門(西門)です。

これは観光案内などにもよく使われているカットです。

Dsc09199

境内には、石造九重層塔や鐘楼などもありますが、物語で有名なお染久松の塚があってその悲しみを伝えています。

近松門左衛門の「女殺し油地獄」で描かれたお染久松の心中物語では久松の実家が野崎にあり、お染が野崎観音へお参りに来たということにちなんでいるそうです。

2025年12月28日 (日)

歴史探訪・番外編の下見 野崎 12/18

Dsc09180

12月18日は年明け1月に行う歴史探訪・番外編の下見のためにJR東西線の野崎駅までやってきました。

大阪市内からも比較的近いところですが、山がぐっと迫ってくるところに駅があります。

Dsc09181

改札口前にはコンビニもあるのでお弁当の調達にも便利です。

とりあえず、こういうところをチェックします。

Dsc09182

駅の改札口を出たところの天井には、船形がモチーフとしてはめ込まれていました。

野崎詣りは屋形船で詣ろう♪なんでしょうかね、屋形船にしては小さいですけれど。

Dsc09183

駅前にある、この辺りの飯盛城跡への案内図です。

ここは三好長慶が自身最後の居城としたところで、ここからは京都から淡路島まで、長慶が支配した地域を一望できる場所とのことです。

Dsc09185_20251228060001

駅から野崎詣りの道沿いには商店が並んでいて、こんな安いお弁当を販売しているお店もありました。

これは本当に安いかも。

Dsc09186

さて、山沿いを走る東高野街道までやってくると、その案内マップがありました。

今から行く野崎詣りの慈眼寺、専応寺、さらに堂山古墳群も地図に示されていました。

01_20251228060001

山本功次 大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう その蔵はなぜ狙われる 宝島社文庫/読了・・・・・・シリーズ物の八丁堀のおゆう、今回は意味不明に立てられた大きな蔵の謎に潜んだ事件と思惑についてというのが焦点。それが解決したのちのずっと後世にもその存在意義が発揮されたというところまで時間を引きずっているところも面白い。

2025年12月27日 (土)

近鉄堅下駅 集合待ちの駅撮り 12/11

Dsc09148

12月11日は私が主宰の歴史探訪・番外編で近鉄堅下駅に集合です。

一応主宰なので1時間ほど前には到着してみなさんが来られるのを待っていました。

通勤型ながら3扉クロスシートの5200系です。

Dsc09149_20251227051601

堅下駅は1927年の開業、もう少しで100周年を向かえます。

近鉄が商標登録している「ビスタカー」30000系です。

Dsc09152

堅下駅ができた時は近鉄ではなく、大阪電気軌道という会社の駅でした、大軌ですね。

名阪特急のアーバンライナーです。

Dsc09156

堅下駅があるのは柏原市大県(おおがた)というところです。

実際の大県は山側の地名なので、堅下(かたしも)になったのでしょうか、ひのとりが通過していきました。

Dsc09154

志摩グリーンアドヴェンチャー_WESTのラッピング編成が通過していきました。

近鉄は思えばラッピング編成が多いですね、大阪メトロ乗り入れの地下鉄にもラッピング編成がありますし。

Dsc09158

最後に伊勢志摩特急「しまかぜ」が通過していきました。

予定の11時にはほぼほぼ皆さん集合されたので、さて出発しましょうか。

2025年12月26日 (金)

かぎろひ歴史探訪・番外編 ~河内六寺から河内大橋を渡り河内国府跡を訪ねる~ 12/11

近鉄堅下駅11時集合 ⇒ 鐸比古鐸比賣神社 ⇒ ぶどうの小径 ⇒ 観音谷展望台公園  清浄泉 ⇒ 石神社・智識寺跡 ⇒ 歴史の丘展望台公園 ⇒ 業平道 ⇒ 家原寺跡 ⇒ 市民会館前で弁当 ⇒ 築留二番樋 ⇒ 中甚兵衛像、虫麻呂万葉歌碑 ⇒ 大和川・新大和橋 ⇒ 国府遺跡 衣縫廃寺跡 義侠熊田氏之碑 ⇒ 志貴縣主神社(河内國府社) ⇒ 允恭天皇陵⇒ 伴林氏神社 拝志廃寺塔礎石 ⇒ 尊光寺・伴林光平生家 ⇒ 近鉄土師ノ里駅

Dsc02449

12月11日は奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の方々を奈良以外の場所へ私が案内する番外編、新大和橋で大和川を渡って藤井寺市へやってきました。

そこには旧石器時代から中世にかけての人の住まいが地層に重なって発見された国府(こう)遺跡があります。

Dsc02451

国府遺跡の中には、近鉄の前身である河陽鉄道、現在の近鉄道明寺線などを建設するときに仕事を地元の住民に差配し、窮乏を救ったとされる熊田氏への感謝の碑が建てられています。

Dsc02452

その熊田氏の碑の下にあるのが、飛鳥時代にこの辺りに創建された衣縫(いぬい)廃寺の塔の心礎石です。

衣縫廃寺を創建した衣縫氏は古代に衣服の縫製で大和政権に仕えた衣縫部で、その末裔が国府に移住しています。

Dsc02454

志貴縣主(しきのあがたぬし)神社(河内國府社)へやってきました。

ここは河内国府が設置されたところで、境内にも国府址を示す石碑が建てられていました。

Dsc02458

西へ進むと、5世紀中ごろの築造とみられる市野山古墳、第19代允恭天皇陵があります。

墳丘長230mの巨大な前方後円墳で、古市古墳群中で4番目の大きさ、全国でも19番目の大きさを誇ります。

Dsc02461

さらに西へ向かい、伴林氏(ともはやしのうじ)神社へ来ました。

ここは、大伴氏の支族である伴林氏が創建した神社で、戦前には軍事の神を祀る神社として西の靖国神社と言われたところです。

Dsc02465

最後に伴林氏神社の南側にある尊光寺へやってきました。

この寺は僧となった雑賀孫一が戦いで亡くなった人々を供養するためにお堂を建てたのが始まりとされています。

また、幕末の天誅組に51歳にして参加し、六角の獄で断罪に処せられた伴林光平の生誕地として知られています。

以上、12月11日に実施した番外編のまとめ、写真はすべて下見の時のものを使用しました。

参加いただいた方々、お疲れさまでした。

2025年12月25日 (木)

かぎろひ歴史探訪・番外編 ~河内六寺から河内大橋を渡り河内国府跡を訪ねる~ 12/11

近鉄堅下駅11時集合 ⇒ 鐸比古鐸比賣神社 ⇒ ぶどうの小径 ⇒ 観音谷展望台公園  清浄泉 ⇒ 石神社・智識寺跡 ⇒ 歴史の丘展望台公園 業平道 ⇒ 家原寺跡 ⇒ 市民会館前で弁当 ⇒ 築留二番樋 ⇒ 中甚兵衛像、虫麻呂万葉歌碑 ⇒ 大和川・新大和橋 ⇒ 国府遺跡 衣縫廃寺跡 義侠熊田氏之碑 ⇒ 志貴縣主神社(河内國府社) ⇒ 允恭天皇陵⇒ 伴林氏神社 拝志廃寺塔礎石 ⇒ 尊光寺・伴林光平生家 ⇒ 近鉄土師ノ里駅

Dsc02435

12月11日は奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の方々を奈良以外の場所へ私が案内する番外編、柏原市役所の展望スペースでお昼をとってから大和川を渡ります。

渡る手前に、1704年に大和側の流れを堺方面に付け替える工事に尽力した中甚兵衛の像がありました。

赤穂浪士の討ち入りが1700年ですから、そうした時代のことですね。

Dsc02445

中甚兵衛は治水計画を46年にわたって訴え、ようやく幕府に認められて付け替え工事を完成させました。

それにより、現在の大阪市内方面には多くの新田が開発された一方、堺の港は川によって運ばれる砂によって埋まっていき、一時の繁栄が失われていきました。

Dsc02434_20251225043601

現在の大和川を歩いて渡る新大和橋のたもとに、万葉時代の河内の大橋を歌った高橋虫麻呂の万葉歌碑があります。

河内の大橋を独り行く娘子(おとめ)を見る歌一首 并せて短歌  巻9 1742・1743

しなでる 片足羽川の さ丹塗りの 大橋の上ゆ 紅の 赤裳裾引き 山藍もち 摺れる衣着て ただひとり い渡らす児は 若草の 夫かあるらむ 橿の実の ひとりか寝らむ 問はまくの 欲しき我妹が 家の知らなく

【反歌】大橋の 頭に家あらば ま悲しく ひとり行く児に 宿貸さましを

Dsc02437

中甚兵衛の像や万葉歌碑がある土手の下に築留二番樋という分水設備があります。

大和川の流れは堺方面に付け替えましたが、一定の水量は必要だということで当初から設けられていて、明治末期から大正初めに新たに設けられたレンガ造りのアーチ状の樋が現在は使われています。

Dsc02440

新大和橋を渡ります。

遠く川面に移る紅葉の二上山が見えます、鉄塔が邪魔してますが。

Dsc02442

反対方向では生駒山地の南端、信貴山から龍田山にかけての紅葉が見事でした。

これらの写真はすべて下見の時のものを使っています、本番ではなかなか写真を撮る余裕がないもので。

Dsc02443

新大和橋に沿って走る近鉄道明寺線の電車です。

この線の工事に尽力し地元の農民からも感謝された人については明日のブログで紹介します。

T_700x780_20251225043801

野田隆 鉄道で楽しむ英語 意外や意外!駅や列車のネイティブ表現 交通新聞社新書/読了・・・・・・もと都立高校の英語教師でもあった著者による鉄道英語の本、とてもユニークな視点から鉄道を捉えているばかりでなく、一つの鉄道史にもなっているところがユニークでした。また、日本語では同じことなのですが、鉄道会社によって表現が変わっているとか、なかなか気が付かないこともありました。

2025年12月24日 (水)

かぎろひ歴史探訪・番外編 ~河内六寺から河内大橋を渡り河内国府跡を訪ねる~ 12/11

近鉄堅下駅11時集合 ⇒ 鐸比古鐸比賣神社 ⇒ ぶどうの小径 ⇒ 観音谷展望台公園 ⇒ 清浄泉 ⇒ 石神社・智識寺跡 ⇒ 歴史の丘展望台公園 ⇒ 業平道 ⇒ 家原寺跡 ⇒ 市民会館前で弁当 ⇒ 築留二番樋 ⇒ 中甚兵衛像、虫麻呂万葉歌碑 ⇒ 大和川・新大和橋 ⇒ 国府遺跡 衣縫廃寺跡 義侠熊田氏之碑 ⇒ 志貴縣主神社(河内國府社) ⇒ 允恭天皇陵⇒ 伴林氏神社 拝志廃寺塔礎石 ⇒ 尊光寺・伴林光平生家 ⇒ 近鉄土師ノ里駅

Dsc02416

12月11日は奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の方々を奈良以外の場所へ私が案内する番外編、大阪の柏原市の山の中腹を歩いたのち、ようやく里へ出る道を下ります。

生駒山地の中腹くらいまではかつての街道もあり、かなり家が建ちこんでいたりしますが、里へ下りる道は風情があって好みです。

Dsc02417

里へ下りる途中に弘法太子、空海が井戸を掘って干ばつから人々を救ったという伝えがある清浄泉があります。

今も水が湧いていて取水することができますが、現在では生のまま飲用にすることはご法度、たとえ水道水質基準をクリア(実際はそんな調査していないし)していても、飲まないように指導されているのが一般的な考えです。

Dsc02423

里に下りたところにある石(いわ)神社へやってきました。

ここからの参道は古代の河内大橋、大和川を渡る橋から一本道だったされています。

石神社の樹齢800年と言われる大楠の木です。

Dsc02421

石神社の境内に残された河内六寺のひとつ智識寺(ちしきじ)の塔の心礎石、一部が削り取られていますが巨大ですし、開けられた穴の細工がとても丁寧です。

智識寺は、この辺りに7世紀後半に築かれた河内六寺のひとつで最大の規模を誇る寺でした。

聖武天皇はこの智識寺を訪れ、寺にあった巨大な廬舎那仏をみて東大寺の大仏建立を思いつきます。

Dsc02425_20251224052101

石神社の南側の丘の上にある歴史の丘展望公園から石甚社あたりを俯瞰します。

智識寺は、この辺りに東西の五重塔を従え、中門、金堂、講堂を配した薬師寺形式の伽藍配置だったと推測されています。

Photo_20251224054801

7世紀頃、飛鳥周辺にいくつも寺がありましたが、数も密集度も実はこの柏原市、大和川が今の大阪市内へ流れ込む周辺の方がたくさんありました。

それは、大陸からの使者へのデモンストレーションでもあったでしょうし、大陸からの侵攻に対する防衛拠点でもあったのではないかと思います。

2025年12月23日 (火)

かぎろひ歴史探訪・番外編 ~河内六寺から河内大橋を渡り河内国府跡を訪ねる~ 12/11

近鉄堅下駅11時集合 ⇒ 鐸比古鐸比賣神社 ⇒ ぶどうの小径 ⇒ 観音谷展望台公園 ⇒ 清浄泉 ⇒ 石神社・智識寺跡 ⇒ 歴史の丘展望台公園 ⇒ 業平道 ⇒ 家原寺跡 ⇒ 市民会館前で弁当 ⇒ 築留二番樋 ⇒ 中甚兵衛像、虫麻呂万葉歌碑 ⇒ 大和川・新大和橋 ⇒ 国府遺跡 衣縫廃寺跡 義侠熊田氏之碑 ⇒ 志貴縣主神社(河内國府社) ⇒ 允恭天皇陵⇒ 伴林氏神社 拝志廃寺塔礎石 ⇒ 尊光寺・伴林光平生家 ⇒ 近鉄土師ノ里駅

Dsc02398

12月11日は奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の方々を奈良以外の場所へ私が案内する番外編で近鉄大阪線の堅下駅に集合です。

早めに来られた方もありましたが、本当に何もないところなので事前にお伝えしておくべきでしたが。

なお、使用している写真はすべて事前の下見の時のものです。

Dsc02399

5分ほど歩いて、鐸比古鐸比賣(ぬでひこぬでひめ)神社の鳥居までやってきました。

この辺りは大県地区と言い、古代5世紀から7世紀にかけては大和王権を支える大規模な鉄器生産の地でした。

Dsc02400

坂道を上がって鐸比古鐸比賣神社までやってきました。

鐸という金偏が使われているのも鉄器生産と関係があるのかもしれません。

Dsc02403

鐸比古鐸比賣神社からの絶景です。

中央にあべのハルカス、その後ろは六甲山地です。

Dsc02405

南方向には二つの大きな前方後円墳を見ることができます。

右が允恭天皇陵、築造時期は5世紀後半。墳丘長は230m、後円部の径140m、高さ22.3m、前方部の幅160m、高さ23.3mです。

左が応神天皇の妃であった仲津姫命の陵墓と伝わる巨大な前方後円墳。全長290メートルに及び、環濠がほぼ完全な形で残っています。

Dsc02406

生駒山地の最南端あたりの中腹をずっと歩く道は、葡萄畑が多く、ぶどうの小径と言われています。

下見のころはイチョウの木が黄色く色づいていました。

Dsc02407

途中にある観音谷展望公園、ここへ上がります。

水道局の施設の周囲に展望のための柵とベンチが置かれています。

ここからはさらなる絶景を望むことができます。続く。

2025年12月22日 (月)

鉄道めぐり「ぶらりと鉄道写真旅」展 ソニープラザ 12/10

Image8_20251222045601

12月10日は梅田のソニープラザで開催されていた鉄道めぐり「ぶらりと鉄道写真旅」展を見に行ってきました。

ソニープラザは西梅田のハービスの5階にあり、梅田の喧騒とは隔絶した静謐な空間でとても落ち着きます。

Image0_20251222045601

撮影者は藤井博信さん、奈良新聞社のカメラマンで、以前奈良県立図書情報館で開催されていた鉄道写真展を見に行ったことがあります。

その時もお知り合いで、各所をとにかくウロウロすることを得意とされるF田さんに突然お声をかけられるというハプニングがあったことを思い出しました。

Image5_20251222045601

和歌山線の西笠田あたりにある水路での撮影ですね、この背景に紀ノ川の妹山背山があります、私はそちらの方を撮影しましたが。

伊勢志摩ライナーの横顔、デビューして30年以上になりますが今も古さを感じさせませんね。

Image2_20251222045601

有名な富山の氷見線、雨晴海岸で冠雪の立山を背景とした一枚ですね、私はここで海を主体と地して撮りました。

北陸線の南今庄あたりのトンネルで撮影されたサンダーバード、私は南今庄の帰(かえる)の地で山並みの重なりを撮影しました

Image1_20251222045601

餘部鉄橋でのリゾート特急瑞風を捉えた一枚ですね、私は撮影したことがないカットです。

そして1月の若草山の山焼きを背景として平城宮址を通過する近鉄電車ですね、このカットも撮影したことがないです。

このように自分の体験と重ね合わせて見られる写真が多く、楽しませていただきました。

 

今日は奈良歩き、かぎろひ歴史探訪のメンバーの方々と二上山へ登ってきます、何十年ぶりのことになるでしょうか。

71tbgm29oyl_ac_uf10001000_ql80_

松木武彦 古墳時代の歴史 講談社現代新書/読了・・・・・・古墳というものの定義もあるのでしょうが、その発生の前段階の様子から従来の古墳と大王の関係性について厳しく言及されていたり、当時の日本を取り巻く海外情勢との関係で日本の豪族がどのような反応して古墳の築造に影響したかなど多角的に古墳の歴史を解説した一冊。昨年62歳で亡くなられた著者、よくテレビの歴史番組などでお見掛けしていたのに残念です。

2025年12月21日 (日)

武庫之荘の阪急 7000系いろいろ 12/09

Dsc02548

12月9日は、西北の芸文ホールでの兵庫芸術文化センター管弦楽団のリハーサルを聴く、見るべく、武庫之荘まで行って阪急電車での移動としました。

その前に線路端で少しだけ撮影、ついで鉄ですが、この日はとにかく7000系がたくさんやってきました。

Dsc02540

同じ7000系でも車番が顔の左側に寄ったタイプの車両です。

少し間が抜けた感じになりますね。

Dsc02546

車番が左側に寄り、さらに貫通扉の正面窓が下まで伸びたタイプです。

オリジナルの車両とはずいぶん印象が異なっています。

Dsc02531

同じく車番が左に寄り、貫通扉の窓が下へ広がったタイプの7000系、12月14日に阪神競馬場で開催されたジュベナイルフィリーズのHMをつけての運用です。

確かに車番を寄せたことで、HMが付いても車番がわかりますが、そのための車番を寄せたのかなぁ?

Dsc02542

何だか賑やかな1000系のカービィ号が通過していきました。

車番が左に寄っているのでHMをつけても車番がわかります。

Dsc02536

6000系の4両編成、おそらく伊丹線運用での送り込みだと思います。

このように何本か撮影してから西宮北口へ向かいました。

2025年12月20日 (土)

JR千里丘駅でコンサート前鉄 12/07

Dsc02527_20251220063501

12月7日は高槻でのコンサートの前に、好みの撮影地のひとつ、JR千里丘駅でしばらく撮影していました。

好みというか、安直にそれなりに撮れるというだけかもしれないけれど。

Dsc02524

赤いのも青いのもEF510ですが、阪神間ではあまり見かけない、運用が少ない機種なので撮り逃しはもったいないですね。

スマートではない、やや角ばった顔や独特の色、青いのには金色のラインとか、これも好みのスタイルです。

Dsc02525

日本全国、どこでも見られるEF210ですが、高速貨物列車網を構築するためには絶対的地位を誇っています。

これは300番台なので、黄色い線が入っていますね、ちびっ子ファンが「桃太郎」という機関車です。

Dsc02526

関空特急はるか、最近はかなり多くのお客さんが乗り込んでいます。

コロナのころの閑散とした運用ではなくなって良かったですね。

Dsc02530_20251220063501

北陸新幹線への連絡運用とはいうものの、長大編成で今も多くの本数が運行されているサンダーバード。

阪神間に比べて、大阪駅以東はこのように特急本数が多くてにぎやかですね。

Dsc02528

225系の快速ですが、「びわこおおつ紫式部とれいん」のラッピング編成です。

紫式部が源氏物語を書いたと言われる石山寺をアピールするために令和6年1月から走り始めました。

2025年12月19日 (金)

かぎろひ歴史探訪 大津皇子が眠る二上山 12/04

当麻寺駅⇒當麻蹴速塚⇒當麻寺⇒中将姫の墓塔⇒石光寺⇒高雄寺(跡)⇒傘堂⇒鳥谷口古墳⇒當麻山口神社⇒二上山ふるさと公園・道の駅ふたかみパーク當麻⇒加守神社(葛木倭文座天羽雷命神社)⇒加守廃寺跡⇒二上神社口駅

Dsc09071_20251219053301

12月4日は秋の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の秋の最終回で二上山の近くを歩きました。

集合は近鉄南大阪線の当麻寺駅です。

Dsc09074

当麻寺駅の駅前には、中将餅のお店があり、開店間もない時刻なのに、すでにお客さんが並んでおられました。

中将餅は、ヨモギ餅にあんこが載せられていて、その素朴な味わいがとてもいいですね。

Dsc09087_20251219053301

相撲の始まり、當麻の蹴速塚などを見つつ、お弁当の柿の葉寿司を調達したりして、當麻寺へ到着しました。

當麻寺は、612年、聖徳太子の弟、麻呂子親王が創建したと伝えられ、豪族當麻氏の氏寺として栄えました。

天平建築として東・西に二基の三重塔を持つお寺で、近世以前建立の東西両塔が残る日本唯一の寺としても知られています。

Dsc09091

當麻寺を出て歩くルートから少し離れると、犬養孝先生揮毫の万葉歌碑があります。

あしひきの 山のしづくに 妹待つと 我立ち濡れぬ 山のしづくに    巻2-107 大津皇子

あしひきの山の雫に、あなたを待ってわたしは立ちつづけて濡れたことだ。山の雫に。

Dsc09124

さて、今回のテーマである大津皇子のお墓ですが、近年有力視されている鳥谷口古墳へやってきました。

いかにも急ごしらえで作ったかのような組み合わせ石棺に大津皇子が眠っていたのでしょうか。

Dsc09112

寒牡丹で有名な石光寺へやってきて、今回はお昼のお弁当タイムとしても利用させていただきました。

今までは短い時間の滞在で失礼していたのですが、お庭を歩くと意外に広さがあって、初めて奥の方まで行きましたね。

Dsc09101_20251219053301

今年の紅葉は暑い時期から寒くなるのが急だったためか、とてもきれいですね。

二上山の紅葉も見事で、ひときわ映えていて山が大きく見えました。

2025年12月18日 (木)

大山崎の名所ところどころ 12/02

Dsc02495

12月2日は大山崎美術館を訪ねた日ですが、せっかくの山崎、大山崎なので、そのほかの名所も回らなければもったいないですね。

まずは鉄道撮影地の名所でもある山崎のカープ、ここを通過する青地に黄色い線の西濃運輸コンテナの貨物列車です。

Dsc02519

国指定史跡の大山崎瓦窯跡の公園から見た石清水八幡宮、男山方面です。

ここは、平安京へ瓦を生産して送った大規模な瓦工場跡です。

この日は少し暖かいこともあってか、靄が出ていて遠望はききませんが、手前の東海道線を特急サンダーバードが駆け抜けていきました。

Dsc02520

JR山崎駅前にある離宮八幡宮、荏胡麻油発祥の地で油の製造と販売の中心「油座」として栄え、現在は油の神様として親しまれています。

司馬遼太郎の「国盗り物語」では、後の斉藤道三、山崎屋庄五郎がここから油商人としてのし上がっていく姿が描かれています。

Dsc02522

山崎の宿の大阪寄りにあった門の跡にある関大明神社、そこは今も大阪府と京都府の府境とされています。

うららかな晩秋の山崎界隈探訪、有意義な一日でした。

01_20251218050801

海野聡 宮殿の古代史 飛鳥から藤原、平城、平安へ 集英社新書/読了・・・・・・「天皇が目指した国家の姿が宮殿建築から見えてくる」という帯の言葉そのままに、古代の宮殿について、国家の威信をかけてきた様子が解説されています。難波京や平城京、平安京でも中心となる大極殿や京域を移動させたりしていて、そんな理由や構造の変化も解説されていました。これらの宮殿の多くは遷都の度に移設、リサイクルされていました。

2025年12月17日 (水)

紅葉の大山崎山荘美術館 「美術館で大航海 ! ~コレクションをたどって世界一周~」展 12/02

Daikokaia4omote

12月2日は、京都の大山崎山荘美術館で開催中の「美術館で大航海 ! ~コレクションをたどって世界一周~」展を楽しんで見てきました。

こういう展覧会は万博の影響でしょうか、それにしても目の保養、素晴らしい所蔵作品の数々に魅了されながら、美術の世界一周をしてきました。

この美術館は、展示物だけでなく見事な装飾や家財の建物の内観、外観を見るだけでも値打ちがあります。

Dsc02505

この日のお目当ては、展覧会のほかにも。

この美術館の広い庭園では、名残の紅葉が見事でした、美術館本館前の紅葉です。

Dsc02512

庭園の下の方から美術館本館を見上げたところです。

背景の山は天王山、天下分け目の山崎の戦いの舞台でもあります。

Dsc02502_20251217045601

美術館の入り口から続く道沿いの紅葉、平日にも関わらず多くの方が訪れていました。

今年は秋の訪れが遅かったですが、サクラの紅葉もきれいだったし、モミジも赤い色が普段より鮮やかなように思います。

Dsc02510

庭園の広場の紅葉、美術鑑賞の後の散策にはとてもいいですね。

この美術館は山の中腹、歩いて登るのも大したことはないのですが、足が悪い人は阪急大山崎駅、あるいはJR山崎駅から送迎バスが、この時期ならピストン輸送で運んでくれるのでらくちんです。(阪急からJRへまわるのでJRでは乗れないこともあるかな)

Dsc02513

丸い穴が開いた石のモニュメント、あえて空間が空くように撮影して周りの紅葉が目立つようにしましたが、どうかな?

小型の無料バスで運んでもらえるので、美術館に入らず紅葉の庭園だけを見に来るというのもありかな、コラコラ。

2025年12月16日 (火)

KGOB鉄道模型運転会の前に紅葉鉄 11/28

Dsc02366

11月28日は、西宮の中央図書館の建物の中で、KGOB、関学の鉄道研究会の方々が鉄道模型運転会を行っているとのことで出かけました。

その前に最寄りのJRさくら夙川駅でしばらく紅葉鉄を楽しみました。12両編成の223系新快速列車です。

Dsc02369

11月も終わろうとしていた頃なので、既に桜の紅葉のピークは過ぎていましたが、とりあえずの記録です。

EF210牽引のカモレが通過していきました。

Dsc02374

さくら夙川駅を出て、夙川沿いに歩き国道2号線の夙川橋までやってきました。

背景に西宮市の象徴である甲山が見えるスポットです。

Dsc02380_20251216045701

夙川橋から見える紅葉もすでにピークは過ぎていましたが、こちらもとりあえずの記録です。

カモレとか特急を撮りたかったですが、普通と快速、新快速くらいしか通過していきませんでした。

Image0_20251216051401

夙川沿いに南へ歩いて図書館を目指します。

途中の夙川オアシスロードはこんなぜいたくな風景でした。

Dsc02388

10分ほど歩いてオジサンたちの楽園に来ました。

こういうことをやり始めると、みなさん子供に戻っているかのようでした。

2025年12月15日 (月)

大阪大学ワンコイン市民コンサート トリオ・トリプティック 12/14

Image1_20251215055401

昨日12月14日は、毎月のことですが、大阪大学ワンコイン市民コンサートのお手伝いに行ってきました。

昨日は、ピアノ三重奏団トリオ・トリプティックによる演奏会でした。

Image2_20251215055401

ピアノトリオによる演奏会ってそれほど機会がないので貴重です。

昨日はシューベルト、ブラームス、そして初めて聞くコルンゴルドの楽曲は12歳の時の作品とは驚きでした。

Image3-2_20251215055401

Image3-3

Image3_20251215055401

トリオ・トリプティックのメンバーは、若手の腕っこきばかり、そのうちヴァイオリンの佐藤一紀さんさんとチェロの吉田円香さんは兵庫芸文オーケストラのメンバーでした。

ピアノの贄川二葉さんはアメリカ、メリーランド大学で教鞭をとられる方です。

Image0_20251215055401

秋の風景からすっかり冬めいた景色に替わってしまった大阪大学構内です。

会社を辞めてから10年間お手伝いしてきたこの催し、今年のワンコイン市民コンサートは今日で終わり、また来年ですね。

01_20251215055401

田中ひかる 明治のナイチンゲール 大関和物語 中公文庫/読了・・・・・・明治初期、家老の家に生まれた大関和(ちか)が生涯をかけて看護婦として先鞭をつけていったという物語。実話です。看護婦の制度や技術の向上、精神の確立といった完コピ負の基礎を鈴木雅とともに作り上げていったということ。偉人です。図らずも、来春からの朝ドラの原作とは読んでから知りました。

2025年12月14日 (日)

阪神電車鳴尾・武庫川女子大前駅で撮影 11/27

Dsc02355

11月27日は西宮東高校に隣接する鳴尾文化ホールでの木曜講座を拝聴すべく、阪神鳴尾・武庫川女子大前駅でしばらく撮影してから向かいました。

武庫川女子大学は、再来年になるのかな、男女共学大学として新たに模様替えするらしく、この名称も変わることになるのでしょうね。

Dsc02357

ホーム端から梅田方向を捉えるとゆるくカーブして電車が進入してくる様子がわかります。

高架化前の鳴尾駅も極端なカーブの途中の駅でしたが、そのままの形状で高架化されています。

Dsc02351_20251214050201

用地があれば、少し武庫川方向へホームを移して直線のプラットホームにできたのではないかと思えるくらいの直線区間はありそうです。

そうすると武庫川女子大方向へのアクセスが少しは便利になっていたかもしれませんね。

Dsc02365

したがって、極端なカーブの駅のまま、鳴尾駅は生まれ変わりました。

電車が大きく傾くので、乗り降りの際にかなりの傾斜を感じながらということになります。

Dsc02359

かつては鳴尾駅の北側に阪神電車のための変電所があったのですが、今のシステムではそれほど各所になくても大丈夫なのかなぁ。

電車ポッポを愛でるだけの趣味だから、どうやって電車が走っているとか、本当の深いところはようわかりませぬから。

2025年12月13日 (土)

兵庫芸術文化センター管弦楽団第165回定期演奏会 第九 12/12

Image0_20251213054601

昨日12月12日は兵庫芸術文化センター管弦楽団の定期演奏会でベートーヴェンの第九交響曲を聴きました。

この時期に第九というのも何だかなぁですが、チケットがあるもんだから聞くしかないでしょう。

Image1_20251213054601

このオーケストラにしても今週は水曜日に淡路島で第九、木曜日は芸文ホールで特別演奏会として第九、そして昨日から3日間連続の定期演奏会で第九と5日間連続での第九というのはどうなんでしょうね。

それにしてはなかなかの熱演で頑張っていたように思いますが、オーケストラも合唱もどんどん疲れがたまるんじゃないでしょうかね。

Image2_20251213054601

指揮は佐渡さん、今年は兵庫芸術文化センターが開館20周年ということで、その特別な演奏会でもあったようです。

確かに3日間連続の定期演奏会がほぼ満席という実績と、3年間の在籍を限度としたアカデミーのオーケストラからの人材輩出という面では成功したと言っていいかもしれませんね。

Image3_20251213054601

とはいうものの、お客さんが多くなるとそれだけ客層の質が低下するのは否めません。

たぶん、今一番客層が悪い、レベルが低い、客の態度が悪いのはここの定期演奏会かもしれない。

兵庫芸文オーケストラは、優れた演奏者を排出し続けてきたけれど、お客さんはよう育てられなかった20年かもしれないなぁ。

2025年12月12日 (金)

生駒 緑ヶ丘美術館へ 11/26

Dsc09046

11月26日はいつもの生駒詣で、仕事なんですが、その帰りに生駒にある緑ヶ丘美術館へ足を運びました。

私が思うところの日本一のおもてなしを受ける美術館、大好きなスポットです。

Dsc09047

今の期間12月25日までは、本館で「光の詩を刻む」高橋朋子展が開催されています。

金銀の箔が幾何学模様を織りなす独特の質感の磁器です。

Dsc09048

「謳月」と名付けられた鉢です。

グスタフ・クリムトの絵画を思い起こさせるような輝きがありました。

Dsc09052

緑ヶ丘美術館の別館でも少し趣が異なる萩焼の「白きながれのままに」田原崇雄展が開催されていました。

本館でも別館でもそれぞれの展示にまつわる15分ほどのビデオを見て予習してから拝見することになっています。

Dsc09055

萩焼という粗目の土による質感があるのかと思っていたら、そんな感じではありません。

造詣がしっかりとした作品が多かったですね。

Dsc09056

このような美しさに主眼を置いた作品もありました。

これらは萩の白土を用いた作品で、釉薬による独特の質感がありました。

2025年12月11日 (木)

阪急宝塚線曽根駅から大阪モノレール大阪空港駅へ 11/21

Dsc02332

11月21日は同窓生のヴァイオリニスト女史が駅コン、駅でコンサートをするというので、応援お出かけです。

その前に阪急曽根駅でしばらく撮影、ようやく宝塚線を走る新車2000系を撮影することができました。

Dsc02325

2000系を撮影したら、あとは惰性で撮影続行です。

7000系に取り付けられたもみじHM編成です。

Dsc02319

もう絶滅危惧種になってしまい、最後の活躍(なんだろうと思いますが)の5100系です。

屋根が白くない阪急電車自体、もう数少なくなってきましたから貴重です。

Dsc02317

前パン編成の6000系です。

Dsc02320

メモリアル8000系のエンブレムが取り付けられた編成です。

Dsc02337

阪急電車で蛍池駅まで移動し、大阪モノレールに乗り換えてひと駅、大阪空港駅に到着しました。

早めに着いたので、次のモノレールを撮影してから現場へ向かいました。背景は池田の五月山。

Dsc02348

駅コンはモノレール駅の改札前で15時から始まりました。

飛行機に乗る場合は、ここから左へ曲がって空港ビルへ向かうことになります。

2025年12月10日 (水)

かぎろひ歴史探訪 名張 夏見廃寺 11/20

近鉄大阪線名張駅⇒(バス)⇒夏見バス停⇒夏見廃寺展示館⇒夏見廃寺跡⇒積田神社⇒宇流冨志禰神社⇒城下川⇒(ひやわい)⇒一の鳥居⇒はなびし庵⇒妙典寺⇒江戸川乱歩生誕地⇒名張駅西口

Dsc08969

11月20日は秋の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で近鉄名張駅に集合、快晴の好天です。

緑色の像はこの町の出身である江戸川乱歩の像です。

江戸川乱歩は津の藤堂藩の藩士の家系、2歳まで名張で過ごしました。

Dsc08991

名張駅からバスに乗って、さらに少し歩いて夏見廃寺跡へやってきました。

7世紀後半から8世紀前半にかけて、大津の皇子の姉である大来皇女が父・天武天皇のために建立した昌福寺の跡と推定されています。

Dsc08975

ここには犬養孝先生の万葉歌碑が建てられています。

磯の上に 生ふる馬酔木を 手折らめど 見すべき君が 在りと言はなく 大伯皇女 巻二 一六六

岩のあたりに生い茂る馬酔木の枝を手折りたいと思うけれども、これを見せることのできる君(大津皇子)がこの世にいるとは、誰も言ってくれないではないか。

Dsc09007

垂乳根がある大イチョウや紅葉のモミジがきれいな積田(せきだ)神社です。

すぐそばを流れる名張川は古代における畿内の境界とされていました。

Dsc09020_20251210050801

紅葉がきれいな宇流冨志禰神社(うるふしねじんじゃ)です。

この神社は8世紀以前の創建と伝わる古社で、主祭神は水・穀物の神である宇奈根命(うなねのみこと)です。

Dsc09016

川岸にススキが光る名張川、その鉄橋を4両編成の近鉄特急が通過していきました。

一瞬のことでしたが、うまくとらえることができました。

Dsc09040

江戸川乱歩の生誕地が公園になっていて、生誕地とする碑が建てられていました。

ちなみに鉄道模型月刊誌「とれいん」の社長で日本鉄道模型の会理事長でもある平井憲太郎さんは乱歩の孫なんですよね。

2025年12月 9日 (火)

国宝・藤ノ木古墳出土品修理事業成果展1 橿原考古学研究所附属博物館 11/19

G29aabmbwaew603

11月19日はいつもの生駒詣での帰りに西ノ京辺りを散策したのち、まだ時間があったので、橿原考古学研究所附属博物館で開催中の「国宝・藤ノ木古墳出土品修理事業成果展1」を見てきました。

6世紀前半に築造されたと考えられる藤ノ木古墳の石室内・石棺内の遺物は、2004年に国宝に指定されました。

Image4_20251209052201

副葬品のひとつ、「 金銅履こんどうくつ 」です。

これは長さ39センチ、幅12・4センチ、高さ11・2センチと、実用的な靴と比べるとかなり大きなものです。

Image8_20251209052201

これは金銅製の冠、鳥形や花弁状の飾りがたくさん付けられています。

冠や靴は現代の技術で当時はこんなのだっただろうと思われる復元品が作られて別室に展示されています。

Image7_20251209052201

被葬者の頭のあたりに置かれていた金銅製筒形品です。

長さ約40センチ、最大径6センチで中央が細くなる形状、表面には歩揺(ほよう)と呼ばれる飾りが多数付けられています。

Image3_20251209052201

藤ノ木古墳では金銀に装飾された刀子が7本シュッとしていますが、そのうちの銀装刀子です。

被葬者の権威を示すもので、きれいな姿で残っています。

その他いくつも修復された出土物が展示されていて、見ごたえがありました。

Uvhwc9tiucl9mhrcyhfnfqr8xzhhypaye4fnoilh

矢野隆 籠城忍 有岡城救出戦 講談社時代小説文庫/読了・・・・・・伊丹の有岡城、荒木村重に捉えられ1年近くも幽閉されていた黒田官兵衛を救うべく家臣が籠城している城内に忍び込んで救出したとする小説です。実際にはどのような幽閉状況だったのか、史料があまり残っていないのでわからないのですが、救出に当たった実在の人物や荒木側の人物の名前が登場しています。

2025年12月 8日 (月)

高槻フィルハーモニーオーケストラ 第19回定期演奏会 12/07

Image2_20251208060201  

昨日12月7日はお知合いの方がご出演ということで、高槻フィルの第19回定期演奏会へやってきました。

会員になっているからなのか、ご招待を受けてのことです、ありがたいことです。

Image4_20251208060201

指揮は最近アマオケの演奏会でよくお見掛けする八木裕貴さん、ずっと指揮棒を持たないスタイルでしたが、この頃は指揮棒を持って指揮されていますね。

何か心境の変化でもあったのでしょうか、お人柄か、朴訥とした感じの指揮姿です。

Image0_20251208060201

会場の高槻城公園芸術文化劇場、高槻城の跡地に築かれています。

元の大ホールがあった場所はすっかり整地されて更地になっていました、何か建物でも建つのかなぁ。

Image3_20251208060201

高槻にあるクラシック音楽bar華乃音さんが広告を出されていました。

演奏ではベートーヴェンの英雄が一番練習を重ねていたのかなぁ、市民オケということもあってか、多くのお客さんが来られていました。

2025年12月 7日 (日)

フェニックスフィルハーモニックオーケストラ第16回演奏会 12/06

Chirashi16

昨日12月6日は、寒気も去って快晴の土曜日でしたが、昼から神戸文化ホールへ行って、フェニックスフィルハーモニックオーケストラの第16回演奏会を聴きました。

フィランディアに続いてチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番と交響曲第4番です。

Image4_20251207051701

ピアノは河内仁志さん、時折お名前を聴きますが、県西音楽科大活躍中ですね。

バックの演奏もそうでしたが、この曲にあった豪壮なバリバリの演奏で圧倒されました。

アンコールにシベリウスの軽妙な音楽、とても柔らかいニュアンスが伝わってきました。

Image3_20251207051701

指揮はこのオーケストラの音楽監督でもある井上勝義さん、ゆったりとしたインテンポで音楽を進められます。

関西フィルの前身のヴィエールフィルのメンバーとか、私はそれがヴィエール合奏団のころから聞いています。

強弱はそれほど頓着しない、小細工をしない演奏は、かつての朝比奈さんの音楽のようで、何だか懐かしい感じ。

足がお悪いのでスツールにお座りになっての指揮、そのスツールが高いので転げ落ちないかと心配しながらの鑑賞でした。

Image1_20251207051701

この演奏会、司会の方も置いて簡単な楽曲の説明もあり、とてもいいですね。

さらに指揮者の井上さんの軽妙なトーク、これが聴きたいためにフェニックスフィルに足を運んでいるようなものです。

Image0_20251207051701

最近のアマオケの演奏会で2回続けて「拍手は指揮者が指揮棒をおろしてからにお願いします」とのコールがあり、聴衆もそれに従って最後まで聞き入るということがありました。余韻を楽しむことを初めて知った方もおられるかも。

これは「フライングブラボー」問題、ブラボーならまだしも、ギャーとかワァーとか気勢を上げる連中が特にプロオケの聴衆の中にいて、コンサートをぶち壊すんですよね。「殺意を覚える」とも言われるくらい、反感を持つ人もいるようです。

アマオケの使命として「聴衆を育てる」というのもあると思うので、ぜひとも「拍手は指揮者が指揮棒をおろしてから」ということを徹底してほしいところです。今回はまぁまぁ普通でしたけど。

02_20251207051601

葉室麟 闇中問答 PHP文芸文庫/読了・・・・・・葉室麟が文壇に出る前に書いていた小説ということで注目して読みましたが、なんのなんの、もう歴史小説家として立派な作品です。信長の出生の秘密に迫ったという内容ですが、なんとも夢幻な印象が文章から感じられます。またエッセイがよかったです。解説も充実していてとても中身がある一冊でした。

2025年12月 6日 (土)

西ノ京巡り 西方院など 11/19

Dsc08939_20251206050301

11月19日はいつもの生駒詣での後に、せっかくの快晴でもあったので、西ノ京あたりへ足を延ばしました。

近鉄尼ヶ辻駅で下車、すぐ近くにある垂仁天皇陵を訪れました。

手前にある小島は伝田道間守の墓、実は江戸時代に陵墓の周郷を広げた際に残された堤の一部だということです。

Dsc08945

垂仁天皇陵から少し南へ下って訪れたのは西方院です。

元は唐招提寺の塔頭のひとつでしたが、今は独立した寺です。

鎌倉時代の仏師快慶の作と伝わる阿弥陀如来さんがおられ、予約すると拝観できるそうです。

Dsc08946

西方院の外壁は瓦を挟んで構築された奈良壁というものらしいです。

瓦があることで、一定の強度と雨水の浸入防止と排出ができるそうです。

Dsc08947

境内の中にある唐招提寺中興二世の證玄和尚の五輪塔です。

唐招提寺中興の祖と仰がれる鎌倉時代の僧、覚盛上人を継いでさらに寺の復興に寄与されました。

この五輪塔は大陸からやってきた石工、伊行末(いぎょうまつ)の集団によってつくられたものだそうです。

Dsc08950

さらにもう一つ、壁に近いところには江戸時代中期の大僧正隆光(りゅうこう)さんの五輪塔があります。

隆光さんは5代将軍綱吉の帰依を得、奈良、京都のお寺の再興を将軍に促し、現在の東大寺大仏殿の再建もこの方からの具申でかなえられました。

Dsc08951_20251206050301

さらに近くの薬師寺の墓域である龍蔵院墓地にやってきました。

その敷地の北西角、鬼門やん、そこに薬師寺別當、探題大僧正とある高田好胤さんのお墓があり、お参りさせていただきました、合掌。

01_20251206050301

伊東潤 巨鯨の海 光文社文庫/読了・・・・・江戸時代の和歌山県の太地町を舞台に、鯨漁に命を懸ける男たちの中編物語を6篇集めた大した作品集でした。太地の鯨漁は何艘もの船のシステマチックな作業による組織捕鯨で、その漁に命を削る壮絶な鯨漁の様子に魅了されました。伊東潤は読ませますね。

2025年12月 5日 (金)

京阪野江駅 コンサート前に撮影 11/16

Dsc02291

11月16日は枚方でのコンサートの前に、少しだけの時間ですが、京阪野江駅での撮影。

特にねらい目もなかったので、暇つぶし鉄です。

8000系特急の離合、何とか収めることができました。

Dsc02303

8000系特急に季節柄「もみじ」のHMが付いていました。

京阪は特急電車がすべてクロスシート車両、プレミアムカーを連結した編成で運転されています。

ときおりロングシート車を特急に運用する阪急とはお客さんに対するサービス精神のレベルが違います。

Dsc02280

こちらは3000系の特急、ときおり快速急行での運用も見られるクロスシート車両です。

3000系はその人気からプレミアムカーをそれまでの1両から2両に増やしてお客さんのニーズに応えています。

Dsc02277

一般通勤車両の最古参1000系ですが、改造を受けてその姿を近代的なものに変えています。

1967-1970年ころの製造なので車歴も50年以上、そろそろ引退が迫っているのではないでしょうか。

Dsc02299_20251205053701

Dsc02287_20251205053701

通勤型一般車両の10000系と7000系です。

どこが違うかは外観からはなかなか判別しづらいですね。

2025年12月 4日 (木)

古の京都を感じる柳小路 11/15

Dsc08932_20251204044401

11月15日は三条高倉にある京都文化博物館で縄文展を見た後、プラプラと四条河原町まで歩きました。

この辺りだったかなとたどり着いたのは、奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で反省会が京都の時の二次会場所である柳小路です。

いつも夜に歩いているので、昼間の間隔ではわかりづらかったですが、着いてみるとなぁーんだというくらい以前から知っている場所でした。

Dsc08934

二次会の場所はこの「静」というお店です。

何だか入りづらそうな感じでもありますが、いたって庶民的、戦後から長く続くお店のようです。

壁いっぱいに落書き、サイン、その他書き込みがされていて、京都の学生にも愛されたお店でもあることがわかります。

Dsc08935

「静」の少し南側にこんなお店、名曲喫茶「ウグイス堂」を見つけました。

今どき、名曲喫茶とは珍しいですね、次回はこれを目指してやってきてもいいかもしれませんね。

Dsc08936_20251204044401

柳小路の南側の出口、いや、こちら側が入り口かもしれませんね。

一本の大きな柳の木、そしてずっと続く石畳、京都の良きところです。

02_20251204044401

柳小路はこんなところです。

錦市場を東へ通り抜けたところにある錦天満宮を南へ、最初の角を曲がると広い道に出ますが、次のどん突きの手前の見逃してしまいそうな細い路地がそうです。

柳小路へ入った瞬間、それまでの喧騒が消えて、時代が数十年前に戻ってしまいます。

2025年12月 3日 (水)

特別展「世界遺産 縄文」 京都文化博物館 11/15

Dsc08898

11月15日は、京都文化博物館まで行って、開催中の特別展「世界遺産 縄文」を見てきました。

この博物館は時々とても素敵な展覧会をやっているのですが、なかなか京都まで足を運んでというわけにはいかず、今回はこの展覧会のチケットをいただいたし、縄文という関西、西日本ではあまり点数が多くない世界なので、せっせこやってきました。

Dsc08908

有名な遮光器土偶ですね。

どうもレプリカであったようですが、そんなの関係ねぇ、素晴らしい。

ドラえもんの映画「のび太の日本誕生」に登場したギガゾンビのしもべにこれが採用されていました。

Dsc08915

こちらも遮光器土偶、出土場所が違うのに、発想が酷似のデザインというのは、どうしてでしょうね。

広範囲の交流、勢力分野の拡大、そんな縄文世界が見えてきます。

Dsc08919

とても有名な国宝「縄文の女神」です。

これは本物だったかな、見ていてそんなことはどうでもよくなりましたけど。

ここまでデザインが突出してバランスよく作られていて、近代のものかと見間違ってしまいます。

Dsc08921

こちらも有名な「しゃがむ土偶」です。

このように撮影しても構わないというのはありがたいですね。

自分の印象としても思い出としても残っていきます。

Dsc08928_20251203051901

館内の休憩室の庭先には石仏がたくさん並べられていました。

これらは織田信長が自身の二条城(今の二条城とは別です)を造営したときに急遽石材を集めるよう命じ、各所から奪われたものです。

信長が神仏を信じず、いかに即物的な思想を持っていたかを示す証拠ですね、さらにせっかちでもあったわけですね。

2025年12月 2日 (火)

京都散歩 京都文化博物館へ 11/15

Dsc08891

11月15日は、午前中の大阪阿波座の長楽庵でのお気軽クラシック音楽講座を終えた後、久しぶりに京都へ出ました。

人通りの多い三条大橋から見た京都鴨川の少しだけの紅葉です。

Dsc08894

西へ歩いて高瀬川に来ると、なにやら川にいわゆるアートっぽい(嘘っぽい)作品が置かれています。

何だかとってつけた感のあるアートで、こういうものは感心しませんね。

あれば何か主張があるのかもしれませんが、何もない方がよいとか思わないのでしょうか。

Dsc08893

高瀬川にかかる橋のそばに、佐久間象山と大村益次郎の遭難碑がありました。

二人ともここから北へ少し行った辺りで、象山は1864年、益次郎は1869年に襲われています。

京都にはいたるところにこんな碑があり、まだ歴史の中で血が乾いていない気がします。

Dsc08897_20251202053901

そのまま西へ西へ、多くの観光客とすれ違いながらやってきたのは京都文化博物館です。

1906年、日本銀行京都支店として建設された建物、明治中後期を代表する洋風建築物です。

Dsc08899

建物の中に入ると、いかにも銀行の窓口というのが並んでいます。

その中は展示スペースとして利用されているようで、この日はランプか何かが並んでいたような。

数年前に訪れた岩手銀行赤レンガ館も同時期の建設で、概観も中もこんな感じでしたね。

91fqiu4jiql_ac_uf10001000_ql80_

下川裕治 週末ちょっとディープなベトナム旅 朝日文庫/読了・・・・・・東南アジア諸国といっても、それぞれお国柄で国民気質かずいぶん違うようです。その中でベトナムというのはどうも狡猾なイメージ、よく言えば機転が利いて積極的に動くような感じを持っていましたが、本書においてもなかなか一筋縄ではいかないベトナム人が描かれていました。タイやカンボジアとはずいぶん違うようですね。行ったことないけど。

2025年12月 1日 (月)

Rayフィルモニックオーケストラ第3回演奏会 11/30

01_20251201052001

昨日10月30日は、お知り合いの方がご出演(fg)ということでしたので、Rayフィルモニックオーケストラの第3回演奏会を聴きました。

入場無料とありますが、任意寄付制とか、「演奏が良かったら払ってね」ということなんでしょうね。

Image3_20251201052101

この日はスメタナの交響詩「わが祖国」、交響詩6曲から成る交響組曲ですね。

これだけの楽曲をプログラムに挙げるのは、ハープが2台必要だし、アマオケとしてはなかなか大変なことでしょう。

Gzzflkuaoamylnh

指揮は前回(第1回演奏会)もそうでしたが、このオーケストラの音楽監督で常任指揮者の平林遼さんです。

前回は奇異をてらうかのようなチラシの文句に惹かれて聞きに来ましたが、実際には大変的確で丁寧な指揮をされる方です。

見事なテクニックで律儀に指揮する姿が、もう音楽全体を表現しているかのようです。

Image2_20251201052101

このオーケストラ、数多くの団員の方々はプロとアマチュアの混合ということでしたが、全体にすっごく高いレベルでの演奏となりました。

ちょいと調べると音楽大学卒、海外留学経験あり、音楽教室講師、音楽事務所所属など、もうプロとしてやっておられる方も多く参加されていました。よくこれだけの人を集めましたね。

Image0_20251201052101

大曲の「我が祖国」、すでに何回も聞いていますが、こんなに面白くまた表情豊かに聞いたのは初めてかもしれません。

大満足で、寄付の箱に札を入れさせていただきました、安いほうの札ですけれど。

この日は各所でコンサートがあり、集客に難ありで残念でしたが、会場の神戸文化ホールの周辺も紅葉が進んでいました。

« 2025年11月 | トップページ | 2026年1月 »

2026年1月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

カテゴリー