かぎろひ歴史探訪・番外編 ~河内六寺から河内大橋を渡り河内国府跡を訪ねる~ 12/11
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12月11日は奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の方々を奈良以外の場所へ私が案内する番外編、柏原市役所の展望スペースでお昼をとってから大和川を渡ります。
渡る手前に、1704年に大和側の流れを堺方面に付け替える工事に尽力した中甚兵衛の像がありました。
赤穂浪士の討ち入りが1700年ですから、そうした時代のことですね。
中甚兵衛は治水計画を46年にわたって訴え、ようやく幕府に認められて付け替え工事を完成させました。
それにより、現在の大阪市内方面には多くの新田が開発された一方、堺の港は川によって運ばれる砂によって埋まっていき、一時の繁栄が失われていきました。
現在の大和川を歩いて渡る新大和橋のたもとに、万葉時代の河内の大橋を歌った高橋虫麻呂の万葉歌碑があります。
河内の大橋を独り行く娘子(おとめ)を見る歌一首 并せて短歌 巻9 1742・1743
しなでる 片足羽川の さ丹塗りの 大橋の上ゆ 紅の 赤裳裾引き 山藍もち 摺れる衣着て ただひとり い渡らす児は 若草の 夫かあるらむ 橿の実の ひとりか寝らむ 問はまくの 欲しき我妹が 家の知らなく
【反歌】大橋の 頭に家あらば ま悲しく ひとり行く児に 宿貸さましを
中甚兵衛の像や万葉歌碑がある土手の下に築留二番樋という分水設備があります。
大和川の流れは堺方面に付け替えましたが、一定の水量は必要だということで当初から設けられていて、明治末期から大正初めに新たに設けられたレンガ造りのアーチ状の樋が現在は使われています。
新大和橋を渡ります。
遠く川面に移る紅葉の二上山が見えます、鉄塔が邪魔してますが。
反対方向では生駒山地の南端、信貴山から龍田山にかけての紅葉が見事でした。
これらの写真はすべて下見の時のものを使っています、本番ではなかなか写真を撮る余裕がないもので。
新大和橋に沿って走る近鉄道明寺線の電車です。
この線の工事に尽力し地元の農民からも感謝された人については明日のブログで紹介します。
野田隆 鉄道で楽しむ英語 意外や意外!駅や列車のネイティブ表現 交通新聞社新書/読了・・・・・・もと都立高校の英語教師でもあった著者による鉄道英語の本、とてもユニークな視点から鉄道を捉えているばかりでなく、一つの鉄道史にもなっているところがユニークでした。また、日本語では同じことなのですが、鉄道会社によって表現が変わっているとか、なかなか気が付かないこともありました。
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