歴史探訪・番外編 いよいよ薩摩の深みへ 龍馬の足跡も
1月14日は2月に予定する歴史探訪・番外編の下見のために伏見を歩きました。
薩摩藩邸から東へ少し歩くと真言宗の大黒寺があります。
この日はお正月の続きなのか、福めぐりということできれいに飾られていました。
大黒寺は、江戸初期に薩摩藩の祈祷所となり、幕末には西郷隆盛などが会談に利用したことで「薩摩寺」とも呼ばれています。
さて、そこには江戸時代の中期の薩摩藩の家老であった平田靱負(ひらたゆきえ)の墓があります。
平田は1753年(宝暦3年)に 幕府から薩摩へ命じられたお手伝い普請である木曽三川の改修工事の責任者で、工事費用が想定を大きく上回ったばかりでなく、多くの藩士を事故や自殺で失った責任を取って切腹したとされています。
これについては、村木嵐の著作「頂上至極」に詳しく書かれています。
さらに平田靱負の墓の向かいには、文久2年(1862年)4月23日に寺田屋で起こった薩摩藩士の急進派と藩主側との刃傷で亡くなった9人の墓があります。
これらの墓は事件の後、西郷隆盛によって建てられたものです。
悲惨な事件をまとった大国寺の向かいにあるのが、金札宮(きんさつぐう) です。
金札宮は、伏見で最も古い神社のひとつで、祭祀を司る霊験あらたかな天太玉命(白菊翁・白菊大明神)を祀り、また観阿弥の謡曲「金札」や、ご神木で京都市指定天然記念物のクロガネモチの木でも知られ、開運と幸運を呼ぶ神社として永く人々の尊崇を集めています。
さて、最後は伏見大手筋商店街へ行って、反省会の場所探しです。
ここ、油長(あぶらちょう)さんは、伏見の全蔵元十八社のお酒、吟醸酒・大吟醸酒を中心に八十~九十種集めたお店で、奥には日本酒が飲めるカウンターがあります。ここは2次会かな。
反省会は、安直に満丸でしょうか、オオバコのお店ですしね。
京阪、近鉄のお店もすぐそこですからね。
以上、伏見の番外編の下見と成果でした。
小泉武夫 食いしん坊発明家 新潮文庫/読了・・・・・味覚人飛行物体を自認される著者の青春期でしょうか、小説とはいうものの、食べ物に関するいくつもの発明は本当らしいです。農業博士としての素養があるし、食に関する絶大な欲望があるので、それらが組み合わさってこその成果ではないでしょうか。著者によるいつもの独特の言い回しによって、食の世界に引き込まれてしまいました。



































































































































































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