京阪の通勤型 今昔比較 08/19
8月21日は、京阪の卵形旧型車両を目的として野江駅へ出かけた日ですが、結果として残念な出撃となりました。
また、この日はやってくる通勤型も13000系が多く、その他の形式を追いやっている感じでした。
2002年登場の10000系の準急です。
1997年登場の9000系です。
通勤型の車両はもうほとんど同じ顔にしか見えませんね。
ところが9000系が登場したときはまだ以前の京阪色をまとっているばかりでなく、青いラインが入っていて精悍なスタイルとなっていました。
登場した当初は一部座席は半クロスシートみたいなのもあって、特急運用にもついていましたね。
この日に撮影した7000系、今の通勤型の顔になった形式ですね。
9000系よりも運転席の窓が高い位置にありますが。
7000系が登場したときも、以前の京阪色でした。
前面の京阪のKをデザインしたロゴも誇らしかったのですけれど、現在はありません。
さて、最近見かけなくなってしまった6000系、112両もあるのにどこへ行ってしまったのでしょうか。
8月21日もやってこなかったので、過去の撮影記録から引っ張ってきました。
6000系の登場時のカットです。
どう見てもこっちの方がかっこいいと思うのですけれど。
近衛龍春 井伊直政 赤備えの鬼武者 下 毎日文庫/読了・・・・・・井伊家の始祖でもある井伊直政の生涯を描いた一冊、ほぼ戦国時代末期の世相が反映していますね。結果として関が原で受けた傷がもとで亡くなりますが、一度滅亡の危機にあった井伊家を今につなぐ役割を果たしました。彦根の井伊家というと、記憶の中には彦根市長を務められた方もおられましたし、彦根城博物館館長さんも井伊さんのようです。彦根城は近々に世界遺産登録されるかもしれないので、彦根ブームがやってくるかもしれませんね。































































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