国鉄奈良機関区

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    昭和46年に奈良機関区を訪ねています。変わりやすい天気で、晴れていると思ったら急に雨が降ってきて大変な日でした。

THE 大阪駅~特急編~

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    中高生のころ、大阪駅はまだ日常の中にはなく、特急列車を撮りに行く特別な場所であった。栄光の時代が残っていた大阪駅に発着する特急列車の姿を封じ込めました。

THE 大阪駅~急行編~

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    大阪駅に発着する急行を集めてみました。行き先によっては、ディーゼルカーの急行もあり、思えば楽しい駅だったのですね。ご興味の方は写真帖のずっと下にある「甲子園口急行物語」もご覧ください。

昭和45-47年の天王寺駅

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    天王寺駅は単に竜華や奈良方面、阪和方面への乗り換え駅だったが、紀勢線ホームは頭端駅として有名だった。 時折、乗り換えの途中、駅撮りなどしていたようだ。

竜華・昭和46年

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    昭和46年に数回に分けて竜華へ出陣しています。当時の関西線はローカルそのもの、まだまだ煙も多く残っていました。

甲子園口(その周辺)急行物語

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    甲子園口西方の踏切があったあたり、そのもう少し西側の日通の倉庫前あたりは友人たちとのたまり場でした。陽が暮れるまで電車の通過を楽しんでいました。

京都駅残照・昭和45年前後

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    昭和45年当時、京都駅へ行く機会は限られていたが、その中で残していた写真の中からいくつかを抜粋した。 京都の寺社、観光地に興味を持つのはもう少し後になった。

西宮を走った国鉄電車特急・昭和45年頃

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    国鉄時代、地元西宮でもいろいろな電車特急が走っていた。 そのすべてではないが、手元に残る写真のうちからいくつかを抜粋した。

あぁ上野駅 昭和46年

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    初めて東京へ行った昭和46年、昔の風情の残る上野駅に間に合いました。

神戸市電 最後の日

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    1971年3月に神戸市電は歴史を閉じました。その最終日に神戸市内の各所で写真に収めましたが、思えば震災前の神戸の街も封じ込めたことになりました。

東海道のんびり行

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    昭和49年5月に、当時まだ走っていた急行桜島・高千穂に乗って、のんびり東海道を東上しました。そのときの車窓風景をまとめました。

京阪滝井駅 昭和50年

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    京阪電車は今年、中ノ島新線の開通や電車の塗装変更、さらに往年の名特急1900系の引退と話題に事欠きませんが、ごく普通に走っていた昭和50年の滝井駅の様子はこんな感じでした。

昔日の近江鉄道

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    近江鉄道は、学生時代からの万葉旅行会で近江蒲生野へ行くときに撮影した程度だった。これはその一連の名残である。 「茜さす紫野行き標野行き野守りは見ずや妹が袖ふる」

マンモス機 EH10

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    国鉄が作った最大最強のマンモス電気機関車EH10。 今でこそ、8軸の電機はいろいろあるけれど、目に焼きついているのはこの機関車だ。

京都市電

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    京都へ行くと市内の移動はたいてい市電だった。 市電だと京都初心者にもわかりやすかった。 たまにバスに乗るとぐるっと市内の引き回しにあったり、とんでもない方向へ走ったりと痛い目に会ったからだ。

きーんてーつ特急

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    70年代の近鉄特急の白黒写真を集めてみました。点数も少なく恐縮ですが、関西には少ない観光特急の雰囲気だけでも伝えたい。おまけにあおぞら号も何枚か。

近鉄、ちょっと前の車両たち

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    1980年代に撮った近鉄の一般車両の中からチョイスしてみた。少し小さいというだけで、なんだか親しみを感じる車両の面白さもある。

野上電鉄、廃止3週間前

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    1994年3月末をもって廃止された野上電鉄を、廃止3週間前に友人の2Aカレチさんと訪れた。併せて周辺の鉄道へも足を運んだので、藤並駅でみた有田鉄道のキハをおまけに追加した。

阪神5314F 愛

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    阪神電車最古参の5314Fは5550Fの新規参入によっていよいよ引退の時期を迎えた。この前パン貫通幌を持つ古き阪神電車の顔を残す編成を追いかけた。

ゴハチ

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    今も人気のEF58ばかりを集めました。近所鉄の西宮、武庫川をはじめ大阪駅、少し遠くて下関。元気にゴハチが走り回っていた時代がありました。

琴電 旧型車を並べて

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    平成10年から出張が多かった四国ですが、何回かは高松に足を運んで琴電を追いました。古い写真がなぜか見つからないので、旧型車が消える数年前からのものばかりです。

RRE様HP掲載一覧

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    ブログ開設以前はRREさんの掲示板への投稿を続けていました。ここに、その投稿画像をまとめましたので、ご笑覧いただければと思います。

島原鉄道2007

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    去年の3月に出○ついでに諫早駅周辺、島原鉄道、足を少し伸ばして長崎電軌を訪問しました。島原鉄道の一部廃止は残念です。

JR九州の車両たち、諫早駅周辺

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    ラストランブームになったなは/あかつきもこのころは全然注目されず。九州はいろんな列車があって楽しめます。

長崎は今日も雨

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    長崎ではすごい雨にあいました。それにもめげず、撮り鉄に励んできました。

名鉄瀬戸線

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    名鉄瀬戸線に6750系という大手私鉄最後の吊りかけ車が走っていると聞いて訪問しました。2008.03.24

惜別 0系新幹線 

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    いよいよ平成20年11月末に引退する0系新幹線。山陽路で活躍していた近年の記録です。

四国の気動車

  • 四国は今でも気動車の天国です。その中でも、普通車の運用に供せられる車両を集めてみました。普通車だけにDCより気動車という言い方が似合います。

名鉄にあったレールバス

  • 到着したレールバスからの乗り換え
    名鉄の三河線、猿投の先には西中金まで延びる単線があり、そこには今ではその姿をほとんど見ることが出来ないレールバスがひっそりと走っていました。1987年4月、2Aカレチさんと訪れた記録です。

名鉄揖斐線

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    1987年4月に2Aカレチさんと名鉄を訪れました。 揖斐線は一時下車した美濃北方駅と黒野駅での写真です。

名鉄の旧型車

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    1987年4月 2Aカレチさんと一緒に名鉄を訪れました。 名鉄の本線あたりでもまだまだ吊り掛け車が走っていました。

名鉄岐阜市内線

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    1987年4月、2Aカレチさんと名鉄を訪れた。岐阜市内線をとりあえず撮影した後、揖斐線へと向かった。

明延鉱山とともに

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    小学生時代、明延鉱山の学校とクラス同士の文通をした。その場所がどこだか全く知らずに居たが1円電車の存在は知っていた。その地を訪れたのは随分大人になってからとなった。

鍛冶屋線~愛と死をみつめて

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    大正12年に全線が開通した鍛冶屋線はJR後の平成2年、その歴史に幕を下ろした。 また、「愛と死をみつめて」で有名なミコこと大島みち子さんはこの沿線の方で、線路を見下ろす小高い岡の上にお墓がある。

EF65 0番台原色+茶ガマ

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    かつて、全国の直流区間ではおなじみだったEF65の0番台も、今では岡山に集結する11機のみである。そのうち、原色を保っているのはわずか4両となった。

かぎろひ歴史探訪

2020年12月28日 (月)

ブームの前に行っていた「鬼滅の刃」の名所 一刀石

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今年のブームとして突出しているのは鬼滅の刃だったでしょうね、良くは知らないのですけれど。そのアニメの聖地として有名になった場所にブームをさきがけて2017年10月26日に訪れていました。その日は奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で柳生の里を歩いていました。看板の右上あたりを目指していたのです。そのあたりは山中であり、巨岩がごろごろしているところでした。

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その巨岩の中を歩いていくと、大きな石が屏風のように立ち並んでいます。これは神話にある手力男之命がこじ開けた天岩戸がここへ飛んできてしまったとの伝説を生んでいます。そんなあほな、ですが、それにしても垂直に切り立った石の壁には神秘的なものを感じます。

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そして、今や有名スポットとなった一等席、いや一刀石です。巨岩が真っ二つに割れています。最近はあまりに多くの人が訪ねるので、山道から一刀石へ行くところに足場となる台が出来ています。以前は、柳生石舟斎が天狗と試合中に一刀両断に断ち切ったという伝説が伝えられていましたが、これからは鬼滅の刃の伝説となるのでしょうね。

2020年12月15日 (火)

かぎろひ歴史探訪番外編 池田~宝塚 12/5

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12月5日は、いつもお世話になっている奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の方々を、奈良以外の場所を小生がご案内する番外編でした。池田から宝塚にかけての古跡を歩きました。阪急宝塚線石橋阪大前駅から能勢街道を歩き始め、猪名川流域最後の築造とされる二子塚古墳、飛鳥の石舞台古墳よりも大きな石室を持つ鉢塚古墳へ向かいました。鉢塚古墳は五社神社の拝殿の後ろにあり建屋に入室して見ることが出来ます。

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能勢街道をさらに進み、陶棺による埋葬が認められた五月山古墳、住宅開発で破壊される直前、住民運動で保存されるようになり現在は公園化された池田茶臼山古墳へ行きました。茶臼山古墳からの眺望はすばらしいものでした。

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茶臼山古墳から西へ歩いて池田城跡公園につきました。ここでお昼、お弁当タイムです。中世から戦国時代にこのあたりを支配していた池田氏の居城跡で2000年に整備され公開されるようになりました。紅葉がまだ見ごろで、天守からの五月山を借景とした風景も見事なものでした。昼からは池田の街中にある落語みゅーじあむで小学3年生のそれは見事な「池田の猪買い」を堪能させていただきました。

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今度は電車で池田から中山観音ヘ移動し、駅前の中山寺を訪れました。安産祈願の超有名スポットであるばかりでなく、この時期もあり七五三参りの様子もうかがえました。その境内にある石のカラトと呼ばれる白鳥塚古墳には大きな家型石棺が安置されています。最後に全国の十数基しか無い八角形古墳の一つ、中山荘園古墳を見学してこの日のルートを終えました。

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植松三十里 かちがらす 幕末の肥前佐賀 小学館文庫/読了・・・・・・・幕末、反幕府勢力となり、維新後政府の柱となった薩長土肥の一つ肥前佐賀の当時の藩主、鍋島閑叟の生涯を扱った一冊。先見的、俯瞰的見地からの判断によりどこの藩よりも密度の高い技術を集中させた佐賀藩の変革を描いています。司馬遼太郎作品のような鋭い切り込みはないものの、淡々と柔らかく語られる植松作品は心に沁みる歴史小説です。

2020年12月 5日 (土)

かぎろひ歴史探訪 悲運の早良親王

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12月3日は、秋の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で奈良の中心部の少し南、JR帯解駅を10時に出発し、すぐ近くにある帯解寺を訪れました。その名前の通り、安産祈願のお寺です。阪神間でいうと中山寺になるでしょうか。安産祈願の腹帯が売られていました。

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この日は広々とした奈良盆地の、とびっきり雄大な景色の中を歩くことができ、とても気持ちの良いものでした。ため池の中の道、田んぼの中の道を歩きます。

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そんな田んぼの中にある帯解狐塚古墳を訪れました。小さな墳丘の中に石室があり、そこを通り抜ける?こともできました。それだけ破壊されてしまっているということですけれど。そこから山のほうへ歩き、門跡寺院の円照寺へ行きました。ここへは何回も来ていますが、さすが門跡のことだけあって静謐で特別な空気感が感じられるスポットです。まだ少し紅葉が残っていました。

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この日のテーマのひとつ、早良親王(桓武天皇の皇太弟に立てられたが、藤原種継の暗殺に関与した罪により廃され、絶食して没した) 、その後崇道天皇と追諡されたその御陵を訪れています。その前の道路からは巨石が埋まっている様子が見られました。その崇道天皇をまつる御前原石立命神社へも立ち寄っています。

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さらにこの地は幕末から明治の初めにかけて陵墓や宮跡研究に努め、平城京保存に多大な功績を遺した北浦定政の出身地でもあります。その墓所を訪れました。最後に油掛地蔵さんを訪問し、名残りの秋の奈良歩きを楽しみました。

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一坂太郎 坂本龍馬と高杉晋作 「幕末志士」の実像と虚像 朝日新書/読了・・・・・・・明治維新を迎える直前に没した二人の物語は、司馬遼太郎の作品に代表されるように数々の著作がありますが、小説と歴史書の考えが混在していて、その実像というものがなかなかはっきりしないようです。この本においては少しずつそのあたりを修正し実像に迫ろうとするものです。とはいうものの、二人を取り巻く時代の波の中でそれぞれがどのような役割を果たしていったかという、大きな幕末史の物語のように読むことが出来ました。

2020年11月23日 (月)

かぎろひ歴史探訪 旧参道で壺坂寺へ 11/22

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昨日11月22日は、秋の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で壺坂寺を訪れました。朝10時過ぎに近鉄吉野線壺阪山駅をスタートです。駅前ちかくから延びる土佐街道を進みます。この道の整備には、かつて大阪-神戸を結んでいた阪神国道線の路盤に使われていた石が再利用されています。こういう形で再会できるのは、なんだかうれしいですね。

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土佐街道沿いの武家屋敷を見て回ります。見事な海鼠塀の作りの建物は高取藩の筆頭家老屋敷、植村家長屋門です。さらに別の武家屋敷も訪ねます。不審者の来訪に備えた監視窓があるなど興味が尽きません。今回は高取町をよく知る方のご案内もあり、目に付きにくい細かなスポットまでご紹介いただきました。感謝です。

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歩きながら、地元の郷社である小嶋神社へやってきました。静謐な境内には見ごろを迎えたもみじが見事です。ほかにお里・澤市の物語で有名な信樂寺(しんぎょうじ)へも立ち寄ったり、見どころの多い高取町です。

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さて、壺坂寺向かって旧参道へ入っていきました。歩いて壺坂寺へ行くしかなかった時代のメインルートです。深い森が続き、とても素晴らしい山道です。歩くうちに、大正時代に茶屋があったあたりに石の地蔵がありました。今は自然の中に同居していました。

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壺坂寺に到着しました。とても広い境内で、紅葉も見ごろでした。ここで田中先生の歴史講座、はるかに畝傍山を望む景色を楽しむなど、暖かい日差しの午後を過ごしました。

2020年11月13日 (金)

かぎろひ歴史探訪 舎人親王の寺から法輪寺へ

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昨日11月12日は、秋の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で、日本書紀作成を主導した舎人親王を訪ねる一日でした。大和郡山の市街地西方に広がる松尾山へ向かいます。途中、杵築神社へ立ち寄るなどしてさらに上ると大和盆地を見渡す景色に出会いました。

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登り道でしたが、案外早く松尾寺に到着しました。南惣門を入る脇には見事に紅葉した木々が見られ、進む季節を感じます。松尾寺の三重塔は先日行った室生寺の五重塔にも負けない華麗さがありました。この階段を登ったところからの景色も眺めの良いものでした。松尾山は舎人親王が日本書紀完成を祈願して籠ったところとされ、ここに寺が築かれています。また、日本最初の厄除けの寺としても知られています。

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昼からは、松尾山を下り、方形墳として斑鳩では最大規模の仏塚古墳、その石室を見たり、法隆寺の守護をつかさどる斑鳩神社を訪れるなど、のびやかな景色の中にある重厚な歴史を感じつつ歩きます。

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まだコスモスが咲く斑鳩の道を歩いて法輪寺へ到着しました。斑鳩三塔の一つとされる凛とした三重塔が出迎えてくれます。この塔は戦時中に落雷で焼失したのを幸田文などの支援で昭和50年に再建されたものです。

また、講堂には平安時代の本尊である十一面観音のほか、飛鳥時代の虚空蔵菩薩立像、薬師如来坐像が安置されていました。飛鳥仏は、その後の時代の仏像とは雰囲気が全く違って異国を感じさせます。(たぶん)初めて訪れた法輪寺で、大変良いものを見ることが出来ました。

2020年11月10日 (火)

今城塚古墳から高槻の西国街道を行く 11/1

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11月1日は、JR摂津富田駅まで行って、そこからひとり歴史探訪です。改札の北口へ出たところにトイレもありました。(一部の方へ⇒このあたりが集合場所としてもよさそうです)そこから線路沿いに歩いて川沿いの道を山側へ上がっていきます。うららかに晴れた日で歩いていても気持ちが良いです。(一部の方へ⇒当日もこうあってほしいものです)

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駅から25分ほど歩くと、ほぼ継体天皇の御陵と比定されている今城塚古墳に到着します。日本で唯一その中に入ることができる天皇陵です。当時の言い方では大王墓になるのでしょうか。巨大なこの古墳に隣接して今城塚古代歴史館があります。展示が工夫されたとても内容が豊富な博物館です。

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さらに東へ行くと、あたりは嶋上郡衙跡という古代の地方役所跡の敷地に入ります。その中にある素戔嗚尊神社はコスモスの向こうにありました。嶋上郡衙跡は当時の建物配置が地面に示されていてその規模を知ることが出来ました。このあたり高槻市はきちんとしていますね。

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さらに東へ進み芥川にあたるとそこからは西国街道を歩きます。西国街道沿いには昔の建物や一里塚が残っていたり、洪水を止める堰板を入れる跡があったり、江戸時代に行われた仇討ちの現場がここだ!とされていて、歴史街道の雰囲気を味わうことができます。(一部の方へ⇒ここまでで、ほぼ平坦な道ながら6.5キロほど歩いています。この後、昼食を取って阪急電車に乗り換えてワープします)

2020年10月30日 (金)

かぎろひ歴史探訪 橿原・竹田荘跡を歩く 10/29

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昨日10月29日は、秋の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で朝10時に近鉄橿原線新ノ口駅から出発です。住宅街を抜けると、環濠集落の遺構が残る十市町の中を歩きます。当時はこの道幅が環濠だったのでは?とか、思いながら歩きます。

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十市町にある中世の平城であった十市城跡は、田んぼの中に一段高くなった遺構で、示されなければそれとわかりません。今は石碑がそれを示しています。地域の古社である十市坐御懸神社へ来ました。延喜式に載る歴史の深い神社です。さらに歩き歴史講座と昼食をとる地域のセンターではすでに紅葉が進んでいる様子がうかがえました。

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昼からは寺川に沿った道を歩いて、竹田荘跡の一帯を巡ります。寺川の河川敷は薄の穂が風に揺れてきれいでした。

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竹田荘跡の少し南に廃校となった県立耳成高校の校舎を利用した総合庁舎があり、その屋上が開放されています。三輪山や大和三山を眺めることができます。さらに、大和八木駅近くまで戻り、橿原市役所の分庁舎の高層階にある展望室へも行きました。ここも素晴らしい眺望でした。そこからは、二上山から葛城山、金剛山の稜線をシルエットに、そこへ日の光が差し込む幻想的な風景が広がっていました。

2020年10月19日 (月)

かぎろひ歴史探訪 室生寺 瞻(セン)・直・瞰の美、五重塔

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昨日10月18日は秋の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪で室生寺へ行きました。じつは室生寺、初めてでした。東海自然歩道が荒れているので、近鉄室生口大野駅からバスで向かいます。今日は室生寺だけということで、あまり歩くことは無いのかなと思いましたが、、、、、、、

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バスで到着してすぐに室生寺の入り口を通り越してその先にある龍穴神社へ向かいます。この神社はその創建が室生寺より古いといわれる古社で、雨乞いの神様です。うっそうとした杉の大木があたりを圧しています。

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次に龍穴神社の背後の山にある龍穴を見に行きます。山に大きく開いた穴があり、ここが龍穴のようです。その前を流れる川が滝のように流れていました。ここまでだけでも、ずいぶん歩いています。

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室生寺に入りました。室生寺と言えば五重塔です。本日のサブテーマの「瞻(セン)・直・瞰の美、五重塔 」はこの五重塔を見ることです。すなわち、瞻は見上げる、直は正面に見る、瞰はみおろすということです。このように視点を変えていろいろな見方ができる五重塔はここ室生寺だけのようです。瀟洒な五重塔は風景の中に凛とした姿を見せていました。

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五重塔へ行くまでにもずいぶん階段を登っていたのですが、ここからさらに400段の石段を登って奥の院を目指します。登るほどに階段は急になり、息を弾ませながら奥の院に到着しました。

今日は室生寺だけということでそれほど歩かないのかなと思っていましたが、階段も含めてこれはこれでかなりハードな歴史探訪となりました。室生寺は本堂や金堂、弥勒堂などの建物もいいですが、数多くそそり立つ杉の大木も魅了されました。

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葉室麟 風の軍師 黒田官兵衛 講談社文庫/読了・・・・・・・・・・・・・先に読んだ葉室麟の風渡るで描かれた黒田官兵衛の続編というか完成編でしょうか。秀吉が没して関ヶ原の戦い、その後官兵衛の最後までの時間を辿った物語になっています。従来の戦国時代を扱った小説にさらにキリシタンの勃興という支点を加えた展開が面白かったですね。歴史の裏で活躍した黒田官兵衛の謀略という面白さが話しを下支えしています。

2020年10月10日 (土)

かぎろひ歴史探訪「古代豪族平群氏の息吹を求めて」

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10月8日は、秋の奈良歩き、かぎろひ歴史探訪が雨の中(なのに)挙行されました。先々週は台風が来るという予報で早々と中止だったのに、実際は良いお天気と、何とも天候というのは読みづらいものですね。ということで、雨が降っているのに、近鉄生駒線平群駅を10時過ぎに歩きはじめました。参加は雨だというのに18名でした。

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この日は雨の中、平群の郷を歩きながら、とても興味深いいくつかの古墳を巡りました。まず平群駅から近い三里古墳です。この古墳は大きく損なわれているのですが、写真にあるように石棚が設けられている珍しい形式となっています。石棚があるのは、他には紀ノ川上流に2か所みられるだけということです。

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さらに降り続く雨をついて、長屋王とその妃の吉備内親王のお墓を訪れ、次に訪れたのはツボリ山古墳です。ここは石室の中に入ることができます。中には破壊された石棺が残されていて、その様子は少し無残なものです。石棺も長年風雨にさらされていたので、原型をとどめてはいません。しかし、こうして石棺の現物が見られるのがうれしいですね。

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さらに雨の中を歩いて平群神社を訪れた後、平群中央公園の中にある西宮古墳を見ました。ここも石室へ入ることができます。さらに、その中にはくりぬきの石棺が安置されています。また、石室内の切り石がいずれも大きく、さらにその表面の仕上げがきれいで見事です。とても丁寧な造りの古墳です。

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降りやまぬ雨を売れいながら最後に訪れたのが、近鉄生駒線竜田川駅からも近い烏土塚古墳です。ここは普段は公開されていませんが、特別に鍵を開けて見させてもらいました。ここの石室は、石舞台古墳に次ぐ広さがあり、特に天井がとても高く特徴的でした。ここにも石棺が収められていました。

とにかくよく降る雨の一日でしたが、いくつもの古墳を回ることができて大満足の平群路でした。今度は天気の良いときに来てみたいですね。

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畠山健二 本所おけら長屋(十五) PHP文芸文庫/読了・・・・・・・・・・・読み始めたときはそれほどでもなかったのでしょうが、今や大人気シリーズとなったおけら長屋です。117万部とはすごいですね。1冊636円となると、著者の印税が、、、、、、、まあやめておきましょうか、わびしくなるだけですから。そんな印税とは関係のない貧乏長屋の面々が今回も大活躍してくれました。

2020年9月17日 (木)

歴史探訪の後は 近鉄西大寺エキナカの豊祝

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9月10日は、奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の秋の初回でしたが、歩き終わると当然のように反省会です。その後、反省が足りないので、近鉄橿原線で西大寺駅へ向かいました。時刻もそろそろ夕日が二上山近くへ落ちる頃合いでした。

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着いたのは、近鉄西大寺駅の中にある、いわゆるエキナカですけれど、豊祝さんです。ここで二次会です。コロナの影響で一時は客足も落ちていたようですが、この夜はそこそこの入りでした。かつてはランチもしていましたが、今は午後2時からの営業です。

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この日のお店、ちょうど開店11周年ということで生ビールか純米吟醸を1杯無料という大盤振る舞いです。まずはビールをいただきました。さらに、壁に貼られたのを見ると、新酒鑑評会出品酒があるとのこと。これは頂かなくてはなりません。ということで、いつもより小さなグラスでしたが、極上の一杯を舌に、のどに味あわせてみました。感想、、、、それは呑んでみないとわかりませんから。

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冲方丁 戦の国 講談社時代小説文庫/読了・・・・・・・・・・・・・初めて読む作家、本の題名と取り上げられていた戦の数々のエピソードみたいなものを期待して手に取りました。信長、謙信、光秀、大谷吉継、小早川秀秋、秀頼が一生をかけた、または一生の転換点となった戦いを舞台に書かれています。文章がどちらかというと劇画タッチなのは、この作家の特徴でしょうか。書き方の視点は主観的で、それだけのめり込めますが、後に残るものは少なくなります。

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