国鉄奈良機関区

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    昭和46年に奈良機関区を訪ねています。変わりやすい天気で、晴れていると思ったら急に雨が降ってきて大変な日でした。

THE 大阪駅~特急編~

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    中高生のころ、大阪駅はまだ日常の中にはなく、特急列車を撮りに行く特別な場所であった。栄光の時代が残っていた大阪駅に発着する特急列車の姿を封じ込めました。

THE 大阪駅~急行編~

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    大阪駅に発着する急行を集めてみました。行き先によっては、ディーゼルカーの急行もあり、思えば楽しい駅だったのですね。ご興味の方は写真帖のずっと下にある「甲子園口急行物語」もご覧ください。

昭和45-47年の天王寺駅

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    天王寺駅は単に竜華や奈良方面、阪和方面への乗り換え駅だったが、紀勢線ホームは頭端駅として有名だった。 時折、乗り換えの途中、駅撮りなどしていたようだ。

竜華・昭和46年

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    昭和46年に数回に分けて竜華へ出陣しています。当時の関西線はローカルそのもの、まだまだ煙も多く残っていました。

甲子園口(その周辺)急行物語

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    甲子園口西方の踏切があったあたり、そのもう少し西側の日通の倉庫前あたりは友人たちとのたまり場でした。陽が暮れるまで電車の通過を楽しんでいました。

京都駅残照・昭和45年前後

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    昭和45年当時、京都駅へ行く機会は限られていたが、その中で残していた写真の中からいくつかを抜粋した。 京都の寺社、観光地に興味を持つのはもう少し後になった。

西宮を走った国鉄電車特急・昭和45年頃

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    国鉄時代、地元西宮でもいろいろな電車特急が走っていた。 そのすべてではないが、手元に残る写真のうちからいくつかを抜粋した。

あぁ上野駅 昭和46年

  • 特急やまびこ
    初めて東京へ行った昭和46年、昔の風情の残る上野駅に間に合いました。

神戸市電 最後の日

  • 星電社前
    1971年3月に神戸市電は歴史を閉じました。その最終日に神戸市内の各所で写真に収めましたが、思えば震災前の神戸の街も封じ込めたことになりました。

東海道のんびり行

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    昭和49年5月に、当時まだ走っていた急行桜島・高千穂に乗って、のんびり東海道を東上しました。そのときの車窓風景をまとめました。

京阪滝井駅 昭和50年

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    京阪電車は今年、中ノ島新線の開通や電車の塗装変更、さらに往年の名特急1900系の引退と話題に事欠きませんが、ごく普通に走っていた昭和50年の滝井駅の様子はこんな感じでした。

昔日の近江鉄道

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    近江鉄道は、学生時代からの万葉旅行会で近江蒲生野へ行くときに撮影した程度だった。これはその一連の名残である。 「茜さす紫野行き標野行き野守りは見ずや妹が袖ふる」

マンモス機 EH10

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    国鉄が作った最大最強のマンモス電気機関車EH10。 今でこそ、8軸の電機はいろいろあるけれど、目に焼きついているのはこの機関車だ。

京都市電

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    京都へ行くと市内の移動はたいてい市電だった。 市電だと京都初心者にもわかりやすかった。 たまにバスに乗るとぐるっと市内の引き回しにあったり、とんでもない方向へ走ったりと痛い目に会ったからだ。

きーんてーつ特急

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    70年代の近鉄特急の白黒写真を集めてみました。点数も少なく恐縮ですが、関西には少ない観光特急の雰囲気だけでも伝えたい。おまけにあおぞら号も何枚か。

近鉄、ちょっと前の車両たち

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    1980年代に撮った近鉄の一般車両の中からチョイスしてみた。少し小さいというだけで、なんだか親しみを感じる車両の面白さもある。

野上電鉄、廃止3週間前

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    1994年3月末をもって廃止された野上電鉄を、廃止3週間前に友人の2Aカレチさんと訪れた。併せて周辺の鉄道へも足を運んだので、藤並駅でみた有田鉄道のキハをおまけに追加した。

阪神5314F 愛

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    阪神電車最古参の5314Fは5550Fの新規参入によっていよいよ引退の時期を迎えた。この前パン貫通幌を持つ古き阪神電車の顔を残す編成を追いかけた。

ゴハチ

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    今も人気のEF58ばかりを集めました。近所鉄の西宮、武庫川をはじめ大阪駅、少し遠くて下関。元気にゴハチが走り回っていた時代がありました。

琴電 旧型車を並べて

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    平成10年から出張が多かった四国ですが、何回かは高松に足を運んで琴電を追いました。古い写真がなぜか見つからないので、旧型車が消える数年前からのものばかりです。

RRE様HP掲載一覧

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    ブログ開設以前はRREさんの掲示板への投稿を続けていました。ここに、その投稿画像をまとめましたので、ご笑覧いただければと思います。

島原鉄道2007

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    去年の3月に出○ついでに諫早駅周辺、島原鉄道、足を少し伸ばして長崎電軌を訪問しました。島原鉄道の一部廃止は残念です。

JR九州の車両たち、諫早駅周辺

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    ラストランブームになったなは/あかつきもこのころは全然注目されず。九州はいろんな列車があって楽しめます。

長崎は今日も雨

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    長崎ではすごい雨にあいました。それにもめげず、撮り鉄に励んできました。

名鉄瀬戸線

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    名鉄瀬戸線に6750系という大手私鉄最後の吊りかけ車が走っていると聞いて訪問しました。2008.03.24

惜別 0系新幹線 

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    いよいよ平成20年11月末に引退する0系新幹線。山陽路で活躍していた近年の記録です。

四国の気動車

  • 四国は今でも気動車の天国です。その中でも、普通車の運用に供せられる車両を集めてみました。普通車だけにDCより気動車という言い方が似合います。

名鉄にあったレールバス

  • 到着したレールバスからの乗り換え
    名鉄の三河線、猿投の先には西中金まで延びる単線があり、そこには今ではその姿をほとんど見ることが出来ないレールバスがひっそりと走っていました。1987年4月、2Aカレチさんと訪れた記録です。

名鉄揖斐線

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    1987年4月に2Aカレチさんと名鉄を訪れました。 揖斐線は一時下車した美濃北方駅と黒野駅での写真です。

名鉄の旧型車

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    1987年4月 2Aカレチさんと一緒に名鉄を訪れました。 名鉄の本線あたりでもまだまだ吊り掛け車が走っていました。

名鉄岐阜市内線

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    1987年4月、2Aカレチさんと名鉄を訪れた。岐阜市内線をとりあえず撮影した後、揖斐線へと向かった。

明延鉱山とともに

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    小学生時代、明延鉱山の学校とクラス同士の文通をした。その場所がどこだか全く知らずに居たが1円電車の存在は知っていた。その地を訪れたのは随分大人になってからとなった。

鍛冶屋線~愛と死をみつめて

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    大正12年に全線が開通した鍛冶屋線はJR後の平成2年、その歴史に幕を下ろした。 また、「愛と死をみつめて」で有名なミコこと大島みち子さんはこの沿線の方で、線路を見下ろす小高い岡の上にお墓がある。

EF65 0番台原色+茶ガマ

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    かつて、全国の直流区間ではおなじみだったEF65の0番台も、今では岡山に集結する11機のみである。そのうち、原色を保っているのはわずか4両となった。

歴史探訪

2020年12月 3日 (木)

明石から船に乗って岩屋についた 11/16

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11月16日は淡路島の北端の丘の上にある石の寝屋古墳を訪ねてみようと、明石へ向かいました。明石駅前は再開発が終わり、大変なにぎわいを見せています。活気があり、人が生き生きと歩いている様子はとても清々しい気分にさせてくれます。その中を通って行きやすくなった魚の棚商店街を冷やかします。ここもいつも活気があって大好きです。

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明石から淡路島へ渡るには、ジェノバラインの高速船に乗っていきます。以前はタコフェリーとかもあったのですが、今はこのルートのみです。双胴船のとてもきれいな船に乗り込みます。30分ヘッドの運航で料金は510円、便利だし、料金も案外安いものです。

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定刻にゆっくり離岸し、向きを反転させて港を出ます。海峡へ出た途端、大変なスピードに変わります。Gを感じるくらいの加速が素晴らしいです。多くのお客さんは馴れているのか、下の船室にいますが、ミーハーですから、2階のオープンなところで海の景色を楽しみます。

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やがて、明石海峡大橋の下をくぐります。この光景がこの航路の白眉でしょう。明石海峡大橋を見るたびに、人間がよくこんなものを作り出すことができたと感心するばかりです。そして高速でやってきた船が徐々にスピードを落として、わずか13分で淡路島の岩屋港に到着しました。さて、ここから石の寝屋古墳を目指します。

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小佐田定雄 新作らくごの舞台裏 ちくま新書/読了・・・・・・・・上方らくご、枝雀らくご、米朝らくごのそれぞれの舞台裏を上梓していた著者が、自身が作る新作らくごについて語っています。昔から枝雀さんと組んで新作を作られていたことは知っていましたが、すでに200数十本の落語だけでなく、講談、狂言、浪曲、演劇台本、さらに新しいジャンルとして、落語と狂言を合わせた落言、落語と文楽を合わせた落楽を捜索するなど大変な活躍ですね。久しぶりに落語を聞きたくなりました。

2020年11月29日 (日)

寝屋川の古墳を巡る 11/14 その3

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11月14日は、寝屋川市内の古墳や古跡を巡り、昼からはさらに足を延ばして高宮廃寺跡へ行きました。ここは白鳳時代に創建され、室町、鎌倉時代に隆盛を誇った河内地域随一の大きな寺院であったことが推定されています。木々の間に、東塔、西塔、講堂、金堂などの基壇の跡が残されています。ひなびた風情がまことに廃寺跡にふさわしい場所でした。

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寝屋川市内を横断するように第二京阪道路が走っています。その道路のトンネルになった部分の上に、工事で見つかった高宮遺跡の様子を再現しています。そこからの景色は大阪方面を一望できて大変見通しの良いものでした。

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高宮廃寺跡からUターンするようにJR線のほうへもどるところに忍陵神社があります。昭和9年の室戸台風で崩壊した社殿を移築する際の工事で見つかったのが忍岡古墳です。現在は覆屋が建てられ丁寧に保管されています。竪穴式の石室を間近に見ることが出来ます。このような丁寧かつ完全な縦穴式石室はほかに見たことがありません。

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最後はプラプラ歩いてJR忍岡駅に戻りました。駅前には数件の立ち飲み屋さんもあって、ザックバランな駅前風景がありました。この日はそれらを横目に見て、まっすぐ帰宅しました。

2020年11月28日 (土)

寝屋川の古墳を巡る 11/14 その2

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寝屋川の古墳を巡り、最初に出会った石宝殿古墳の近くにもいくつか古跡がありました。すぐ近くに石組で作られた行者堂がありました。古墳ぽい石組ですが、これは後世に作られたものですね。少し離れたところですが、弘法井戸という、昔から切れたことがないという湧水の井戸がありました。

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石宝殿古墳と弘法井戸の間にある明光寺の門の脇には雷神石と呼ばれる石が立てかけられています。これは石棺のふたを利用した石碑です。このお寺には、十三仏の石碑もあるということですが、門が閉まっていたので脇から撮影するにとどめました。

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さらに歩いて寝屋川公園という広い都市公園にやってきました。寝屋川公園はとても景色のよい公園で、この中に、寝屋古墳があります。これは古墳時代後期(6世紀末~7世紀初)の直径30メートルほどの円墳です。石室の前あたりは草が生い茂っていて、中をのぞくことは難しかったです。

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寝屋川公園から今度は高速道路をくぐって北西のエリアへ行くと、高台のところに目立ち古墳が見えてきます。これは整備された古墳で太秦高塚古墳と名付けられています。墳丘の上には埋葬部の位置が作られていました。

石室はあるけど中がみられない古墳、整備されて公園のようになってしまった古墳と続きフラスト気味になりましたが、これから後半でぐっと盛り返すことになる寝屋川の古墳めぐりです。続く。

2020年11月27日 (金)

寝屋川の古墳を巡る 11/14 その1

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またまた古墳ネタです。11月14日はJR東西線に乗って寝屋川公園駅まで行きました。この駅で下車するのは初めてのことです。駅前の大きなマンションの一階に寝屋川市の埋蔵文化財資料館があります。ちょうど後で行く高宮廃寺に関する展示をしていました。ここで、いろいろと資料をもらったり、たくさんの情報をいただきました。

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寝屋川もJR線沿いは山に近く、少し歩くともう山道に入ります。急な坂を上った先には京都方面から遠く明石海峡あたりまで望める展望台がありました。ワイドで撮った写真はいつもより少し大きめにしています。

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展望台の近くにあるのが高良(こうら)神社です。竹内宿禰をまつる神社で、高麗から名前が来ているとの説もあります。寝屋川は古代の河内湖の北辺をぐるりと回って奈良へ至るルートなので、今の東大阪や八尾と同様、生駒山地の一連の地理的影響を受ける地域でもありますね。

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さて、びっくりはその次です。高良神社のわき道を登って行った先にあるのが、石宝殿古墳です。これは横口式石槨を持つ古墳で大きな石をくり抜いた形になっています。同じような形として有名なのは、飛鳥の鬼の俎板、鬼の雪隠と呼ばれるもの、さらに橿原考古学研究所の博物館に保存されている竜田御坊山3号墳石槨の例しかほかにありません。その迫力に圧倒されるばかりでした。

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辻明俊(文)保山耕一(DVD) 興福寺の365日 西日本出版社/読了・・・・・・奈良の興福寺の執事の方が書かれた、ある意味ざっくばらんな興福寺の日常を内側から書かれています。一つ一つの興味深い話しの終わりには映像作家の保山さんのカットが置かれています。保山さんの素晴らしいDVDもついていて、丸ごと興福寺を感じることが出来ました。興福寺は奈良へ行ったときに、本当に散歩のように歩いていますが、今度行ったら、少し突っ込んで見てみようと思います。これだけの内容でDVDもついていて1700円って、ありえない。

2020年11月24日 (火)

神戸市内の古墳へ 11/9

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コロナが増えてきて、コンサートへ行くのも躊躇しますし、鉄道も新しい話題が少ない現状、行き先はマイブームの古墳へと目が向いていきます。ということで、11月9日は、JR福知山線の道場駅まで行きました。この駅の少し西側、線路際に大きな開口部を持った古墳があります。

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中野古墳群の1号古墳です。この付近の南向きの山沿いに多くの古墳があったことが分かります。調べると近くにもいくつかあるようですが、ここが一番手っ取り早く見ることができるようです。それにしてもあっけらかんと羨道が開いています。

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玄室の中にも入ることが出来ます。いくつもバケツが置かれていますが、どうも雨水を受けているようです。それだけ、上を覆っていた表土が少なくなってきているようです。玄室の中は意外に広々としたものです。巨石の組み合わせも迫力がありました。天井高も3メートルほどはあったでしょうか。

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道場駅から宝塚まで戻り、今度は阪急で六甲駅まで移動です。ここから水道筋商店街へ向かいます。都賀川を渡るとその先から商店街が始まります。その手前に照光寺を訪れます。

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このお寺にあるのが、鬼塚古墳です。すでに表土もなく、石室の石組があらわになっています。この場所、実はコンサートで通っていた灘区民センターのマリーホールへ向かう時の道筋にありました。知らぬこととはいえ、そばを通りながら気が付かなかったのですね。

このお寺、鬼塚山照光寺といいます。いま流行の「鬼滅の刃」、その鬼を葬ったとされる塚であるならば、そのブームに乗れそうだなと思ったのは、俗な自分だけでしょうか。

2020年11月21日 (土)

三木城跡散策 11/5

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神戸電鉄三木三の丸駅の背後には、かつて戦国時代には三木城がありました。今は、その本丸跡とかの土塁を残すばかりです。その時代の城内の配置を見ると三方が崖、南側が山伝いになっていて、言わば天然の要害のような場所です。

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しかし、ここを本拠とした別所氏は信長に反抗したことで秀吉に攻められます。それも、完全に兵糧を断ち切った籠城戦に追い込まれ、三木の干し殺しといわれた凄惨な戦いとなったようです。その戦いは、藩主別所氏一族が自害することで、降伏して終焉しました。その時の別所長治の辞世「いまはただ うらみもあらじ もろびとの いのちにかわる わがみとおもえば」

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さて、悲惨な三木城の物語から離れて、近くにある三木市立三木歴史資料館を見学します。広々とした一階のロビーに様々な資料が展示されるとともに、笑福亭たま(京都大学卒の鼻につく噺家野郎だけど)の解説で三木が語られています。

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その一角に、戦時中に三木にあった飛行場にちなんだ展示がありました。若い飛行機乗りの若者の写真があったり、飛行機のプラモデルがあり、しばらく見入ってました。そして、三木にまつわる鉄道写真がありました。そうだ、三木へ来たなら行かねばならないところがありました。続く。

2020年11月19日 (木)

葛、市尾の古墳めぐり 11/4

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また古墳めぐりですみません。最近のマイブームなので。11月4日は奈良の普段行く範囲の南側、飛鳥よりも南、壺阪山のさらに先の葛、市尾へ向かいました。まずは、近鉄葛駅の近くにある新宮山古墳です。小高い山の上にある古墳で、石室の奥には家形石棺がおさめられている様子が見えます。石棺があるところが奥すぎるので、明るいライトを持っていくといいでしょう。

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電車に乗って一つ戻ると市尾駅に到着します。その駅の近くに二つの古墳があります。まず、市尾宮塚古墳へ行きます。神社の奥にある古墳で、古墳に向かってなにかチューブが伸びているのが不思議です。これが大変面白いところで、古墳の前に近づくと人感センサーが働いて石室内が明るく照らされるのです。これはいいですね。ここにも石棺がありました。

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市尾宮塚古墳の案内板です。そして、その横にQRコードがありましたのでスマホをかざしてみました。そうすると、奈良にふさわしい方の声でこの古墳の解説をしていただきました。皆さんもぜひお試しください。

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最後に訪れたのは、市尾駅からでもその姿を見ることができる市尾墓山古墳です。きれいな形の前方後円墳です。ここもかつては石室の中を見ることが出来たのですが、扉で締めてしまい、さらにすきまから差し込む日ざしで内部の温度が上がったことで、カビやコケが生えたため公開を中止してしまっています。そりゃ、そうなるでしょうね、扉を外し格子に代えたらいいのに、その後の対策はとられていないようです。

2020年11月18日 (水)

阪神大水害、現地の今昔

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昭和13年7月3日から5日にかけての大雨がもたらした阪神大水害の当時の写真と現在の場所がどうなっているかを現地で比較してみました。これは住吉川と国道2号線が交わる南東角にある灘中学、灘高校付近の様子です。ここには阪神国道線が走っているのですが、路面は完全に土砂で埋まっています。現在、電停はなく阪神バスの停留所があります。

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住吉川沿いに上がってきて、国鉄の線路をまたぐ橋の上から東側、大阪方面を見たところです。多くの人がスコップで土砂をのけているのが分かります。それもよく見ると一番南側の線路はすでに土砂がのけられています。それで一部の電車を運転していて住吉までいくことができたのでしょう。現在も複々線が伸びる様子は変わりません。

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国鉄から少し上がると現在の山手幹線、当時の千本通りと思われる道路にあたります。その東側に堆積した土砂、特に大きな岩がごろごろしているところを、こちらも多くの人手によって作業が行われている様子が分かります。今はマンションが立ち並ぶ整然とした街になっています。まっすく延びた先が下りながら右へカーブしている様子から同じ場所ではないかと思います。

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上と同じ場所で、今度は西側を見たところだと考えます。道が右方向へ緩くカーブしていることと遠くの山の様子が酷似しています。ここは大きな石はすでに片づけられていて、人が普通に歩いています。こちらのほうが土石流の流れ込みが少なかったのかもしれません。

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さらに住吉川を上がっていったところだと考えられます。山が近くになっています。河川敷は完全に土砂に埋め尽くされています。櫛の歯状のものは、現在も見られる沈下橋みたいなものかもしれません。遠くに見える特徴的な大きな建物は今の白鶴美術館ではないでしょうか。

当時と現在の街の様子の比較をしましたが、さまざまに整備されて災害の跡はちょっと見にはわかりせん。しかし、町の中へ入ると今も当時流れてきた大きな石がいくつも残されています。それらを歴史遺産とし、さらに災害への意識づけにするようなアイテムとなれば良いと思います。これらの白黒写真は西宮市のアーカイブに提供しています。

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土屋武之 旅は途中下車から 降りる駅は今日決まる、今変える 交通新聞社新書/読了・・・・・・・電車に乗って途中下車できるという日本独特のシステムを利用して日常に少し違う視点から町を見直してみませんか?というコンセプトでしょうか。JRだと101キロ以上の乗車については途中下車が出来ますね。その他私鉄の中でも途中下車駅を指定して利用できるケースがあります。基本はそうなんですが、本書の大半の内容は著者のマニアックな嗜好による収集癖の成果などを紹介するものでした。

2020年11月17日 (火)

阪神大水害の現場写真

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先日から阪神大水害の跡を訪ねるシリーズを紹介していましたが、これは自宅にある古いアルバムから昭和13年当時の写真を発見したからです。撮影時期は水害発生からほどないころと思われます。国鉄住吉駅構内の写真がこれです。駅のプラットホーム、土砂に埋まった蒸気機関車、貨物用の駅舎です。

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国道2号線に出ると阪神電車の国道線の電車が土砂に埋まっています。1型形式の古い車両です。集電装置はポールによる時代です。そこからさらに川沿いに上がったところなのでしょうか、土砂に埋まる民家があります。その軒先には洗濯物があるところからこの状況下で生活していることがうかがえます。

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土砂の量からみるとさらに上の場所のようで、家の一階部分まで土石流に飲み込まれています。六甲山は花崗岩質の山ですから、もろく崩れやすいとはいうものの、それにしてもこの惨状を見るに忍びません。

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同じような場所なのか、松林も土砂に飲み込まれています。また、高級そうな車が土砂に埋まっています。車好きな人は車種が分かるのではないでしょうか。とにかく、すごい災害があったことが分かります。昭和13年7月3日から5日にかけてのことでした。

2020年11月15日 (日)

阪神大水害の跡 流れ着いた石の利用方法 10/10

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10月10日は昭和13年7月3日から5日にかけて降った大雨がもたらした阪神大水害の跡を訪ねました。住吉川沿いに上がっていき、公園でその跡を見ましたが、ふと気が付くと、そのあたりにある豪邸や学校、マンションの石垣があまりにも立派なのです。

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これはもう水害の土石流で流れ着いた石を利用しているに違いありません。今はそれが秀逸な景観を作ることに役立っているわけです。石垣が続く界隈が多く広がっています。

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また町のコーナースポットのようなところ、さらに酒造会社の水源の石碑にも立派な御影石が使われています。すべてがそうではないかもしれませんが、水害で流れてきた御影石を利用しない手はありませんから。

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住吉川の中を見ると、砂州のような感じで今もかなり大きな石がごろごろしています。その後の大雨で流れてきたものでしょうか。

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住吉学園の校内には阪神大水害で当地に流れ着いた巨石がモニュメントとなっています。これは禍福無門の碑というもので、台座の石板にはその由来が書かれているそうです。

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