歴史探訪

2024年5月16日 (木)

土師ノ里から安堂界隈を歩く 5/2

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5月2日は思い立ち、近鉄南大阪線の土師ノ里駅で下車、その界隈の歴史散策をした後、大和川を渡って藤井寺市から柏原市へ移動しました。

近鉄道明寺線の電車が大和川をのんびりと渡っていきました。

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近鉄道明寺線に沿って大和川を自転車と人が渡れる橋があり、川面に映る二上山を望むことが出来ます。

まさに古代の河内大橋を渡る心情です。

高橋虫麻呂の「河内の大橋を独り行く娘子を見る歌」が思い起こされます。

長歌の反歌 大橋の 頭に家あらば ま悲しく ひとり行く児に 宿貸さましを 巻9-1742

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大和川を渡ったところには、その高橋虫麻呂の万葉歌碑と共に、大和川の付け替えに尽力した中甚兵衛の像があります。

中甚兵衛は、たびたび洪水を引き起こす旧大和川の堺方向への付け替えを長期にわたり幕府に訴え、1704年に完工した切り替え工事にも携わりました。

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大和川は堺方面に流れを変えましたが、農業用水の確保のために樋が設けられ、その後の河内木綿の生産に寄与しました。

その築留二番樋を大和川の堤防から俯瞰しました。ここから長瀬川、玉串川へ水を送っています。

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さて、橿原市側へ渡った後は、以前歩いた河内六寺の道を歩いて補完しました。

古代の智識寺跡と言われる場所に近く、当時の塔心礎石が残る石神社(いわじんじゃ)を後にして山沿いの道を登ったところに清浄泉という水飲み場がありました。

こんこんと水が湧いているところということですが、これだけ都市化したところでの地下水の水質は信用なりませんね。

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さらに歩くと展望台という看板があり、そちらのほうへ行きました。

水道施設の囲いの一部が展望施設として利用されているところでした。

出発した土師ノ里駅方面を見ています。中津姫陵と応神天皇陵でしょうか。

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山沿いの道を北上したところに鐸比古鐸比賣(ぬでひこぬでひめ)神社があるので立ち寄りました。

鐸比古は垂仁天皇の子とされ、背後の高尾山をご神体としています。古代から別々の神社をその後に一つにまとめたらしく、詳しいことはわかっていません。

ということで、土師ノ里から河内六寺のルートは番外編のコースとしてなかなかいいもしれませんね。

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小島英俊 貨物列車のあゆみ 鉄道貨物の歴史と未来 交通新聞社新書/読了・・・・・・なかなかなかった日本の貨物輸送についてその歴史と世界の中の日本の貨物輸送を明らかにする一冊。日本の貨物の特徴を数値で表わしているのでよくわかります。今後、トラック運転手の2024年問題やら、地球温暖化のCO2削減のためのモーダルシフトで鉄道貨物の重要性が増していくことと思われるので、ますますのJR貨物の進展が期待されます。

2024年5月15日 (水)

土師ノ里界隈歩き 5/2

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GW中の5月2日は、天気も良かったので以前から気になっていた藤井寺市の土師ノ里(はじのさと)界隈を歩いてみました。

土師ノ里って、古代の陶工の職業名をそのまま地名にしているところから、もうそのあたりの歴史が伺えます。

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近鉄南大阪線土師ノ里駅の改札口を出るともう目の前にあるのが鍋塚古墳です。

その背後にある中津山古墳の陪塚ですが、鍋塚古墳は一辺63mを測るかなり大きな方墳なのです。

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さて、土師ノ里界隈を西へ向い、最初に訪れたのが尊光寺です。

ここは天誅組に最年長の50歳で記録方として参加し、その後斬首された伴林光平の生家です。

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その尊光寺の近く、すぐ北側なんですが、そこにあるのが、伴林氏神社です。

ここは昭和になってから、古代に軍事を司った大伴氏を祀る神社として「西の靖国」とされ、靖国神社から手水屋(写真左)が移築されるなどした神社です。

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西へ向っていたのを今度は東へ戻ってくると、第19代允恭(いんぎょう)天皇陵と言われる市ノ山古墳に立ち寄ります。

ここは墳丘長230mを測る大型の前方後円墳で、5世紀後半の築造とみられています。

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允恭天皇陵から北西に向かうと式内社の志貴縣主神社があります。

奈良時代、この一帯は「志貴(磯城)の県」という朝廷の直轄地で、この神社に河内の国庁が置かれていたとされています。

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さらに北西へ歩いて行くと、以前にもやってきた国府遺跡に到達します。

国府遺跡は、旧石器時代から中世に至る集落遺跡で、飛鳥時代には衣縫廃寺が創建され、塔心礎石が現在でも史跡内に残っています。

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小宮信夫 鉄道利用の最新防犯知識 「景色解読力」を身につけて危険回避 交通新聞社新書/読了・・・・・・なぜ犯罪が起こるのか?ということを犯罪原因説と犯罪危険説とに分けて説明していて、それはそれでためになったし面白かったのですが、鉄道と関係ない自論の展開に全体の60%を要し、残り40%の部分でも鉄道に関する内容はその40%(実質16%)ほど、それもあまり機能に関する話は少なく、全体として鉄道や交通の話しとはほど遠い内容でした。交通新聞社新書としては異例の交通に関係ない内容の一冊で、こんな本をこのシリーズで出してほしくなかったなぁ。

2024年5月14日 (火)

兵庫津を歩く 歴史探訪番外編の下見 4/26

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4月26日は、近い将来実施予定の歴史探訪・番外編の下見、一度歩いているのでその補完ですけれど、もう一度兵庫津(ひょうごのつ)を歩いてきました。

JR兵庫駅から歩き始めてすぐのところにある福海寺、ここに平清盛遺愛の松というのがあったということです。大きなお寺です。

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そこからいろいろ見どころがあって、ちょうどお昼頃に兵庫運河を渡って行ったところに大きなイオンモールがあります。

イオンの一階には大きなレストラン街があって、ランチはここでいいですね、3階にはフードコートもありました。

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昼から歩いて、時宗のお寺、真光寺の中にある一遍上人の御廟を訪れます。

六波羅蜜寺にある像、口から小さなひとが並んでいる棒?を出している人ですね、踊り念仏の一遍上人です。

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いろいろ廻って、またまた兵庫運河を渡った所にあるのが薬仙寺です。

平清盛が後白河法皇を幽閉したとされる萱の御所跡ということです。

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さらにずーっと歩いてやってきたのが、和田神社です。

恵比寿様が淡路島からやっきて、最初に上陸したのがこの辺りとされていることからここに神社があるそうです。

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和田神社の西には、サッカーのヴィッセル神戸の本拠地、ノエビアスタジアム神戸です。

屋根は開閉するようです、一度ここでラグビーの試合を見たことがあります。

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さて、ノエビアから近くの地下鉄の駅へ行き、神戸市営地下鉄海岸線に乗って、長田駅までやってきました。

皆さんの解散は、JR長田駅になります。さて、駅前では鉄人28号にご挨拶です。

2024年4月29日 (月)

総持寺から乙訓寺へ 4/13

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4月13日は、歴史探訪・番外編の摂津富田コース、その下見の補完に出かけたあと、まだ時間があったので阪急電車に乗って一度足を運んでみたかった乙訓寺へ行ってきました。

阪急西向日駅から西へ直線距離で1.5kmほど、ただ道がグネグネで2kmほど歩きます。乙訓寺へ到着です。

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乙訓寺がある場所は、継体天皇弟国(おとくに)宮跡と言われていますが、それに関する記述は境内にはありませんでした。

乙訓寺から北へ1.0kmほどのところに継体天皇に纏わる角宮神社があることから、この辺り一帯が宮跡ではないでしょうか。

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さて、乙訓寺というと桓武天皇が藤原種継の乱に連座して早良親王(750-785)をここ乙訓寺へ幽閉しています。

その後淡路島へ流された早良親王が亡くなった後、桓武天皇の周辺に返事や不幸が起きたことから、乙訓寺には早良親王の供養塔が置かれています。

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乙訓寺はそれだけでなく、空海(774-835)が811年に嵯峨天皇から寺の別当に任じられ荒廃した乙訓寺の修理造営に努めました。

また812年には最澄と空海が初めて会ったのがここ乙訓寺であり、密教の法論を戦わせています。

その後空海は最澄に密教の奥義である灌頂伝授を行うことを約束しました。

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現在の寺の復興には5代将軍綱吉とその母、桂昌院が関わっているのですが、幾度もの盛衰を経て、今日の乙訓寺があるようです。

それだけ、重要な場所であるという土地の意識が連綿と続いているのですね。

乙訓の広野を歩いていると、この下に継体天皇弟国宮、ひと時の都があっても何ら不思議ではないと思った次第です。

2024年4月21日 (日)

カタシモワイナリー訪問 4/1

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4月1日は柏原市にある河内六寺跡を南から北へ歩いてその痕跡を訪ねていましたが、その途中というか終盤で、西日本では最古となるワインの製造所、カタシモワイナリーに出会いました。

ワイン樽を門の前に置いたカタシモワイナリーの入り口、「ご自由にお入りください」とあります。

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ふらっと、カタシモワイナリーの中に入ると、たぶん社長と思しき方から丁寧に説明とご案内をいただきました。

奥の倉庫のようなところに、ワインを造るための昔の道具類が整然と並んでいて、その一つ一つが歴史を感じるものでした。

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ワイナリーというよりも、何だか酒蔵という方がしっくりと馴染む建物の中です。

この奥に昔の道具類を展示した建物がありました。

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ワインの直売所は工場を出たところの別棟にあり、ここで購入するようになっています。

この付近のもうひとつのワイナリーである河内ワイン館のようなオープンな感じではなかったですね。

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さて、この辺りの山すそを南北に通る道を昔から業平道と呼んでいます。

これは、在原業平が高安の河内姫のもとに行くときに通ったとみられる道だとする言い伝えによるもののようです。

2024年4月20日 (土)

河内六寺のうち、家原寺跡、智識寺跡 4/1

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4月1日は、関西線205系を撮影した後、河内六寺の遺構を訪ねるべく歩いていました。

鳥坂寺跡から山沿いの道を北上していると、安堂会館のあるところへ出ました。

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周りがもう完全に住宅に囲まれた安堂会館があるあたりが、河内六寺のひとつ家原寺跡とみられています。

この会館を建設するときの発掘調査で古代寺院の瓦や建物基壇に使われた凝灰岩や礎石が認められました。

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さらに北へ向い、ぶどう畑の中を抜けると満開の桜がある展望台へ出ました。

周囲のソメイヨシノはまだまだだったので、種類の違う桜なのでしょう。

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展望台の下にあったのが、石(いわ)神社です。

旧大和川に現在の藤井寺から柏原へ向って掛けられた河内大橋はこの石神社へ向って延びていたそうです。

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この辺りには河内六寺のひとつ智識寺があったことが比定されています。

石神社の境内には、その智識寺の塔の心礎石とされる大きな石が遺されています。

聖武天皇は智識寺にあった盧舎那仏を見て、東大寺に大仏を建立しようと思い立ったと「続日本記」に記述があるとか。

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智識寺の北側には鐸比古鐸比賣(ぬでひこ ぬでひめ)神社という古式ゆかしき名前の社がありましたが、これは未調査です。

背後の山をご神体としているそうで、とりあえず古社なのでしょう。

2024年4月19日 (金)

高井田を歩く 河内六寺の鳥坂(とさか)寺跡 4/1

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4月1日は、高井田で関西線の205系を撮影した後、あまりの好天に高井田界隈を歩きました。

関西線、近鉄線に沿って歩いていると、鳥坂寺跡に出会いました。

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7世紀後半、この辺りは古代寺院が集中していたところです。

特に旧大和川右岸にならぶ寺が河内六寺と呼ばれています。

「天平勝宝8歳2月24日、孝謙天皇が難波宮行幸の際、柏原に立ち寄り、知識、山下、大里、三宅、家原、鳥坂の六寺を参拝した」との記録が続日本紀にあります。

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発掘された鳥坂寺の伽藍配置です。

金堂を取り囲む回廊の北側に回廊に直結した講堂が置かれ、少し南に離れたところに塔跡が見られます。

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発掘された金堂基壇、それらの石材や階段などなどです。

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講堂須弥壇あたりの石材や礎石、回廊の礎石などです。

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少し離れた位置にある塔の心礎石です。

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鳥坂寺跡の説明板が設置されています。

旧大和川を上って、飛鳥へやってくる外国の使節に対して、日本にもこのような立派な寺がありますよう!とアピールしていたのかもしれません。

2024年4月15日 (月)

摂津富田歩き 追加 4/13

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3月30日に散策してきた摂津富田の街歩きを歴史探訪・番外編にしてほしいとのリクエストを受けて、少し歩く距離を増やすために追加の街歩きを4月13日してきました。

JR総持寺駅から西へ歩いて安威川沿いに少し行くと、西河原公園がありました。とても気持ちの良い散策コースです。

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西河原公園を抜けた先にあったのが、新屋坐天照御神(にいやにいますあまてるみたま)神社です。

延喜式に明神大社として記載され、相嘗祭(あいなめさい 新嘗祭に先立つ11月の初めての卯の日に行われる神道祭祀 )に朝廷から幣帛(へいはく  神道の祭祀において神に奉献する、神饌以外のものの総称)を奉られた式内社の最高格をもつ神社です。

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本殿はコンクリート製の覆い屋の中に保存されていますが、長い間修復作業もされていないのか、もうボロボロの様子がうかがえます。

そして、もともとこの神社の中にあったという境内社が近くにあるというのでそちらへ向いました。

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新屋坐天照御魂神社から歩いて数分のところにあるのが、磯良(いそら)神社、通称、疣水(いぼみず)神社です。

1669年(寛文9年)同神社が現在の地に遷座されたとのことです。

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こちらの社殿は大変立派で、多くの参拝客がある様子が分かります。

神功皇后の伝承がある社頭の霊泉『玉の井』より湧き出る御神水は『疣水』の名で広く世に知られ、疣はもちろん病気平癒に霊験あらたかとして知られているそうです。

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その霊泉は、マンガンの濃度が高く現在では飲用に適していませんが、境内には、いぼざくらと言うものがありました。

『井保桜(疣桜)』は神功皇后がお手植になったと伝えられ、淡紅白色の八重咲き、花弁は23枚と珍しく、昭和2年に天然記念物に指定されていましたが、1944年(昭和19年)に枯れてしまい、現在ニ世樹を育て、郷土の名桜の保存に努めているとのことです。

さて、今日から久しぶりの四国詣で、17日水曜日に帰ってくるまで、ブログはお休みします。

2024年4月13日 (土)

摂津富田さんぽ 3/30

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3月30日は、天気はいいけど桜にはまだ早いということで、思い立って摂津富田の町を散歩しました。

摂津富田の入り口にあるような総持寺、大きなお寺です。

総持寺は、西国第22番札所、カフェレストランもあって近代的なお寺という感じです。

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総持寺から東へ歩いて往くと、この慶瑞禅寺があります。

黄檗山万福寺に関係する中国風寺院、ピリッとした雰囲気が境内に漂います。

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さらに東へ歩いていると道路わきに大宅壮一生誕地の碑がありました。

大宅壮一(1900-1970)は、著名なジャーナリスト、評論家。日本のテレビメディア黎明期の名言「一億総白痴化」は有名。

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大家壮一の碑からさらに東へ向かうと浄土真宗教行寺がある。

教行というのは、親鸞の「教行信証」に因むものとみられ、富田寺内町のよりどころとなるお寺のひとつです。

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摂津富田は酒どころでもあったようで、江戸時代の最盛期には24軒の酒屋が並んでいたそうです。

その後衰退し、現在は2軒のみ。そのひとつ、清鶴酒造さんです。

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摂津富田にもあったのが、三輪神社です。

奈良の三輪神社から勧請されたとのことで、酒造りとの関係もあったのではないかと思われます。

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三輪神社に接してあったのが、禅宗の普門寺です。ここも黄檗山萬福寺に関係した寺院です。

禅寺らしいピリッとした空気感がありましたが、入山は事前申込とのことで入ることはかないませんでした。

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普門寺の北側にあったのが、浄土真宗東本願寺派の本照寺です。

浄土真宗のお寺は入り放題ですから、豪華な彫刻が施された本堂でひと休み、贅沢な時間でした。

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最後に阪急富田駅に近いところにもう一軒の酒蔵がありました。

有名な国乃長酒造です。現在、酒蔵を新規に建設中で、これからも発展していく感じです。

2024年4月 6日 (土)

箕面萱野駅の萱野って? 萱野三平記念館へ 3/26

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箕面萱野駅の名前の萱野はこの辺りの地名ですが、元々は赤穂浪士の討ち入りの物語で登場する萱野三平重実(しげざね)の実家があったことからの地名です。

箕面萱野駅から南西へ10分ほど歩いた西国街道沿いに、萱野三平の屋敷が残っています。

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萱野三平は、旗本の三男、俳人としても知られた人ですが、13歳の時に赤穂藩主浅野長矩につかえることになりました。

藩主が元禄14年(1701年)3月14日に起こした刃傷事件の報告を江戸から赤穂に伝えるために、大急ぎでわずか4日で第一報をもたらしています。

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本人は、大石らが進める義挙に参加するつもりだったのですが、三平を赤穂藩に推挙した大島家が吉良家と近いことから、義挙には参加せず大島家に仕官するよう父親から進められた三平は、その板場挟みから藩主の月命日である元禄15年(1702年)1月14日に自刃してしまいました。

写真は、三平が切腹したと伝えられる長屋門の一室です。

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元々あった萱野家の屋敷の模型です。

現在は右上の長屋門が残るのみですが、本宅は伊丹に移築されているそうです、そのうち見に行かねばなりません。

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なんだかやりきれない気持ちを持ったまま、萱野三平記念館を後にしました。

ころころ変わる天気でしたが、雨に降られることなく駅まで戻れたのは良かったです。

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