かぎろひ歴史探訪・番外編

2026年10月 6日 (火)

家原寺近くの史跡など 和泉式部旧居跡など 09/17

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9月17日は歴史探訪・番外編の下見を兼ねて阪堺線浜寺駅前から歩き始め、行基さんの生まれた寺、家原寺を経て、その近くの史跡を巡ってきました。

家原寺の南、住宅街の間の細い道を入った先にあるのが、和泉式部旧居跡とする場所でした。

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ここは和泉式部の夫の橘道貞が和泉守として赴任した際に住んだ屋敷跡とされています。

そういえば伊丹の緑道近く、西国街道から少し入ったところに和泉式部のお墓とする五輪塔がありましたが、和泉式部さん、関西のいろいろなところにご縁の場所があるようです。

今でいう「恋多きひと」だった和泉式部さん、最後は藤原保昌さんと20年も夫婦として過ごしたようで、それが伊丹の五輪塔につながっているとか、もう少し調べないとわかりませんけれど。

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くねくね、アップダウンの細い道が続く住宅街を歩いていくと、真新しい鳥居や玉垣に囲まれた菅原神社がありました。

堺の菅原神社というと、大小路の近くにある神社が有名ですが、そちらとも関係しているのでしょうか、いずれにしても天神さんのお社です。

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菅原神社から南東へ行ったところにあるのが、清光山 華林寺寺です。

創建は飛鳥~奈良時代にさかのぼるとされ、行基さんが13歳の時に母方の蜂田連(はちたのむらじ)氏の氏寺として創建したと言われています。Dsc06158

さらに行基さんが39歳の時、慶雲3年(706)に母親の供養のため再興されたと伝えられています。

今は無住のお寺のようですが、きれいに掃除されていて、とても落ち着いた境内でした。

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さらに南へ歩くと、蜂田連に関係する蜂田神社がありました。

夏には1500個ほどの風鈴が境内に吊らされ、風鈴の神社として有名だそうです。

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行基さんは大阪においても、狭山池(大阪狭山市)、久米田池(岸和田市)、鶴田池(堺市)などの灌漑池の築造に関わったとされています。

この歴史探訪・番外編は行基さんの生誕と母親のご縁を訪ねるコースになりそうです。

2026年10月 4日 (日)

僧行基の生まれたところ 家原寺(えばらじ)を訪ねて 歴史探訪・番外編の下見 09/17

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9月17日は、歴史探訪・番外編の下見を兼ねて浜寺公園駅の様子を見に行き、そこから歩いて鳳大社を経て、家原寺を訪れました。

家原寺は、阪和線津久野駅の東南東1キロメートルほどのところにあります。

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家原寺は行基さん(天智天皇7年〈668年〉 - 天平21年2月2日〈749〉)が生まれたところとされています。

行基さんは、飛鳥時代から奈良時代にかけて様々な活動をされ、奈良東大寺の大仏建立にも大きく貢献されました。

境内には大きな蓮の池があり、蓮の季節には見事な景色になるそうです。

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家原寺の本堂から境内全体を眺めたところです。

今の家原寺は学業成就、特に受験の霊験があるということで境内の壁には合格祈願の願いが書かれた布で埋め尽くされています。

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さて、行基さんがこの寺で誕生したということで、行基菩薩誕生塚というものがあり、小さなお堂が建てられています。

行基さんは大仏建立中の大仏造営中の天平21年に亡くなりますが、朝廷より菩薩のの諡号を授けられ、「行基菩薩」と言われました。

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家原寺には平成元年1989年に建立された比較的新しい三重塔があります。

その周りには、多くの石仏が並べられていました。

家原寺は行基さんが37歳の時に創建した寺とされ、行基宗のという単立寺院として存在しています。

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境内の立ち入りできないところにある行基さんの像です。

この日はお詣りされる人もおらず、たぶん今の家原寺は受験シーズン以外はひっそりとした寺院のようです。

2026年10月 3日 (土)

初めての鳳大社 歴史探訪・番外編の下見 09/17

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9月17日は、近いうちに実施を考えている歴史探訪・番外編の下見を兼ねて、堺の鳳大社を訪れました。

この日は南海電車浜寺公園駅から2kmほど歩いて向かいましたが、実際には阪和線の鳳駅から北へ10分もかからずに大きな鳥居の前に立つことができます。

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鳳大社の境内の長い参道を歩いて拝殿の前まで来ました。

鳳大社は延長5年(西暦927年)に完成した延喜式神名帳所載の、霊験特に著しいと言われる名神大社であり、和泉国の一ノ宮であります。

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奥に見える鳳大社の本殿はなかなかの風格です。

鳳大社のご祭神は日本武尊で、日本書紀や古事記に登場する伝説上の人物で第十二代景行天皇の第二皇子ですね。

その武勇は広く知られていますが、古事記、日本書紀によるとヤマト王権に抵抗する九州南部の熊襲を平定し、帰途も従わぬ者たちを征伐しながら出雲の国をも平定しました。

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そうして、昨日10月2日から3日間、この鳳大社のお祭りが始まっています。

10基の地車(だんじり)が付近を曳行されて、10月3日、まさに本日の朝8時に宮入りするようです。

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さて、皆さんお待ちかね、しーちゃんと鳳大社に参拝です。

服装も初秋らしく、長袖になりました。

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江本孟紀 昭和のパ・リーグ ワニブックス・PLUS新書/読了・・・・・・昭和のパ・リーグはとにかく観客が少なかったとのこと、学生時代に甲子園球場でのバイトも経験している私としては、昭和のセ・リーグも巨人戦以外はせいぜい5000人ほどの観客しかいませんでしたけどね。パ・リーグはさらに少なかったようです。甲子園球場では、巨人以外ではアルプススタンドは開けませんでしたから。さて、エモヤンは昔のパ・リーグと侍のような選手が多かったとか、名人芸を見せる選手や今よりも速い球を投げていた投手がいたなど、おもしろく紹介していますが、総じてみると昔は良かったという懐古趣味的な結論のようで、読んでいて最後は興ざめになってしまいました。

2026年9月27日 (日)

木曽義仲、芭蕉の墓所 義仲寺 歴史探訪・番外編下見 09/05

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9月5日は私が主宰する歴史探訪・番外編の下見のために大津を訪ね、大津の町並みや琵琶湖の風景を愛でた後、少し西へ歩いて膳所の駅近くにある義仲寺(ぎちゅうじ)へやってきました。

この寺は平安時代末期にこの地で死を遂げた木曽義仲(1154-1184)を、側室であった巴御前が供養したことに由来しているそうです。

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その木曽義仲の墓が寺内にありました。

木曽義仲は打ち取られた後、首は京都でさらされた後、京都の法観寺に首塚として供養されているので、こちらは胴体だけの墓になります。

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寺内の資料室にある木曽義仲の掛け軸です。

どういう場面かはわかりませんが、木曽義仲が源氏の証である白旗を掲げている様子がわかります。

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境内には、木曽義仲の愛妾とされる巴御前が後の時代にこの寺で義仲を供養したという供養塚が遺されています。

巴御前は出家し、90歳近くまで生きたということですが、実際にいたのかどうか、物語の中にだけ登場する人なのか判別がついていないようですが。

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さて、木曽義仲の墓の隣に芭蕉の墓がありました。

芭蕉(1644-94)が木曽義仲を慕い度々ここを訪れ、のちに芭蕉が大阪で亡くなったときは、生前の遺言によってここに墓が立てられたと言われています。

かつての義仲寺はかなり広い境内があったようで、少し離れたところに、芭蕉の弟子たちの墓所である一角が現存しています。

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資料室にある芭蕉の掛け軸、弟子の杉山杉風(すぎやま さんぷう)によるものだそうです。

大津絵の 筆のはじめは 何仏

「正月といえば書初めだが、大津絵の絵師たちは一年の最初にどの仏の姿から描き始めるのであろうか」というくらいの意のようです。

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境内に芭蕉の真蹟によるとされる句碑があるほか、芭蕉の句碑が20基ほど林立していました。

500円の拝観料でいただいたパンフレットにはそれぞれの句碑の説明がありましたが、できればそれぞれの句碑の前にどう読むのか掲示してほしいところでしたね。

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この義仲寺には、もう一人、戦後の有名な評論家であった保田與重郎の墓がありました。

芭蕉を敬愛していた保田與重郎は、戦後荒廃していた義仲寺の復興に尽力したそうです。

2026年9月26日 (土)

びわこ びわ湖 琵琶湖 歴史探訪・番外編下見 09/05

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9月5日は、近いうちに実施すべく歴史探訪・番外編の下見のために大津へやってきました。

大津の町中を抜けるとビルの間から琵琶湖が見えたかと思うと一気に、びわこ びわ湖 琵琶湖の風景が広がってきます。

琵琶湖畔に出たところにあった旧琵琶湖文化館、今に閉館してしまい、2027年12月、浜大津に新しい琵琶湖文化館ができるとのことです。

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見えるのは琵琶湖のうちの南のしっぽのような南湖に当たりますが、それでも広い、広い。

手前に見える山は比叡山、遠くに見えるのは比良山でしょうか。

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東の方を見ると近江富士とも言われる、ずいぶん大胆なことやと思いますが、三上山が見えます。

昔、この山をぐるりと七巻き半したという大ムカデがいて、それを俵藤太が弓矢で退治したという伝説が残っています。

但し、七巻き半はハチマキに半分たらんということらしいですけれど。

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湖畔にある大きな灯篭越しに三上山を見ます。

実はこのロケーションを楽しめるレストランがこの芝生の中に2軒あります。

いずれも店内だけでなく、テラスがあって絶景ビューのランチを楽しめるレストランです。

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琵琶湖名物の観光船ミシガンが通過していきました。

ちょうど琵琶湖大橋にかかったところで、これは琵琶湖を代表する風景のひとつかと思います。

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比叡山を背景に観光船ミシガンが通り過ぎていきます。

この画像の左側に浜大津の大津港があります。

いずれにしても、この雄大な景色を見ながらのランチをご期待ください、、、、、知らんけど。

2026年9月25日 (金)

大津祭り曳山展示館など 歴史探訪・番外編の下見を兼ねて 09/05

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まだ真夏の暑さが残る9月5日は、近いうちに行う歴史探訪・番外編の下見のために大津へ行ってきました。

大津駅の北側のロータリーです。

以前は仕事に来てもランチをとるところがなかなか見つからず、結果マクドナルドに入ったりしたことがありますが、少しは充実してきたようです。

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駅前には地元の方が読んだ句碑があります。「きそとのを したひやまふき ちりにける」

昔、木曽義仲を追ってやってきた愛妾のやまぶきがこの辺りまでやってきたものの、敵の刃にかかって落命してしまい、義仲に会うことがかなわなかったという故事にちなんだ句碑だということです。

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古い建物があっちこっちに残る大津の街を歩いて曳山祭展示館へやってきました。

館内には曳山が展示されているほか、曳山祭りを紹介する展示でいっぱいです。

見どころ多いので、番外編ではぜひ立ち寄りたいところです。

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曳山祭りのときに13基の曳山が並んでその威容を誇る天孫神社です。

この日は10月の祭りに向けてか、境内の木々の剪定が行われていました。

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曳山祭展示館がある商店街の端っこに、京都伏見の寺田屋の女将、お登勢の実家である枡屋の跡という碑を見つけました。

伏見の歴史探訪・番外編から大津の町へつながりました。

2026年9月24日 (木)

歴史探訪・番外編の下見 銀橋辺り 08/31

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8月31日は歴史探訪・番外編の候補ルートとして藤田美術館から造幣局辺りにかけてのルート開拓に出かけてみました。

造幣博物館はとても見どころがある施設でしたが、その周辺にもいくつか見るべきものがありました。

藤田邸跡公園の西側にある旧大阪市公館、今はザ・ガーデンオリエンタル・大阪というレストラン・結婚式場・パーティー会場など様々な場面で利用できる人気施設だそうです。

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造幣局の北側にあるのが泉布館です。

これは明治4年(1871)、創業当初の造幣寮の応接所として建てられた白い漆喰塗りの壁が美しい2階建て、総煉瓦造りで、周囲にべランダを巡らせた「ヴェランダ・コロニアル」様式の建物です。

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泉布館のさらに北側には、旧桜の宮公会堂があります。

これは1935(昭和10)年に明治天皇記念館として建設された建物で、正面玄関は1871(明治4)年に建てられた「旧造幣寮鋳造所正面玄関」からの移築ということです。

戦後、公会堂や図書館として使われた後、2007年以降は閉鎖されていましたが、古い設計図を手掛かりに内部や日本庭園を再生・復元して現在は結婚式場・レストランとして利用されています。

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さて、この辺りで有名なのは、桜宮橋、通称銀橋です。

この橋は昭和5年(1930)9月にかけられた橋長187.8 メートル、幅員22メートルを誇る鋼アーチ形式の当時としては国内最大のアーチ橋でした。

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銀橋の道は国道1号線、かつてはここに大阪市電が走っていました。

この写真は大阪市のアーカイブにありました。

大阪市内の古い橋を見ると、市電の架線を張るために高さが整えられている様子が見てとれます。

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伊原薫 大阪駅と梅田駅 西日本最大のターミナルの昔といま 交通新聞社新書/読了・・・・・大阪在住の鉄道ジャーナリストという著者による大阪駅へのオマージュでしょうか、この駅の歴史と変遷、さらに現在の様子と将来の発展という内容が書かれていました。また、大阪駅周辺の開発についても多く語られています。最近、大阪駅界隈を歩いていると、どんどん発展して、そのスケールの大きさにあらためて驚くばかりです。

2026年9月20日 (日)

造幣博物館へ 08/31

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8月31日は、歴史探訪・番外編の下見ということもあり、暑い中ではありましたが藤田邸跡公園から歩いて大川沿いに北上、銀橋を渡って造幣局へやってきました。

春には桜、サクラといっても八重桜を見る桜の通り抜けで有名な造幣局ですが、本館を見るのは初めてのことかもしれません。

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造幣局の受付で名前を登録して入場バッチをいただき、敷地内に入ることができます。

少し歩いて奥に行くと、明治44年(1911年)に火力発電所として建てられた建物で、造幣局構内に残る唯一の明治時代のレンガ造りの西洋風建物の造幣博物館にたどり着きます。

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造幣博物館は貨幣、紙幣の博物館ですが、いくつもの目を引く展示物があります。

日本最初の貨幣である富本銭はもちろん、年代別に和同開珎、万年通宝、神功開宝、隆平永宝など古代の貨幣がみられたのは貴重です。

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もちろん黄金に輝く大判、小判などもたくさん展示されています。

これらは享保や天保、万延の江戸時代後期の大判で、小さな星は百万円、少し大きな星は五百万円を表しています。

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江戸時代初期の慶長笹書大判、慶長大判、そして時代が少し進んだ元禄大判です。

大きな星は一千万円を表しますから、元禄大判は35,000,000円ですね。

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値段は付けられていませんでしたが、秀吉の時代の天正長大判、天正菱大判です。

欲にまみれて、大判、小判がザックザクの展示は見ていて飽きることはありませんでした。

造幣博物館は月曜日でも開館していて、入場料無料ということもあり、これは歴史探訪・番外編で行かねばなりませんね。

2026年9月19日 (土)

歴史探訪・番外編の下見 藤田邸跡公園 藤田美術館 08/31

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8月31日はまだまだ暑い日でしたが、暑さに負けていてはいかんだろうと、負けず嫌いの根性を出して歴史探訪・番外編の下見にJR東西線の大阪城北詰駅近くの藤田美術館に併設されている(面積的には逆かもしれない)藤田邸跡公園へやってきました。

かつての藤田邸の表門、大阪の空襲にも焼け残った立派な門です。

藤田邸跡公園は、近代の大阪を代表する実業家で藤田財閥の創始者・藤田伝三郎が明治時代に造営した大邸宅の跡に開かれた大阪市の都市公園です。

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敷地面積約16000平方メートルの公園の中には、大正5年に藤田が高野山光台院から買入れ、当地に移建した多宝塔があります。

藤田はこの延宝7年(1679)から元禄4年(1691)の間の創建とされる多宝塔を買い入れただけでなく、高野山光台院に同型に再建・寄進した塔を寄進しています。

藤田邸跡公園にある多宝塔は昭和20年の空襲にも焼け残り、現在に伝わっています。

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公園内には、東大寺東塔の心礎石と称する巨大な礎石が遺されています。

ただ、その真偽は今も論争の中にありますが、いずれにしても巨大な礎石であることには間違いありません。

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こちらは桜井市にあった山田寺金堂の礎石ということのようです。

山田寺では大正時代に学術調査をされましたが、水田の中にあった金堂跡の礎石群は掘り出されて売却されてしまったようです。

それがまわりまわって藤田邸跡公園の一角に置かれているというわけです。

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藤田邸庭園は入場無料の広大な公園となっていて、まさに市民の憩いの場として開放されています。

現在は大阪市の管轄として、丁寧に整備されているため、まさに都会のオアシスとして存在しています。

歴史探訪・番外編ではJR大阪城北詰駅に集合して、藤田美術館の銘品を鑑賞したのち、こちらの公園でお弁当を広げるというのもいいかなと思います。

2026年7月30日 (木)

かぎろひ歴史探訪・番外編 ~下の太子・大聖勝軍寺、中の太子・野中寺を巡る~ 07/10

JR八尾駅11時集合 ⇒ 安中新田会所跡旧植田家住宅 ⇒ 澁川神社 ⇒ 簷葡舎跡 ⇒ 物部守屋大連墳墓 ⇒ 下の太子 大聖勝軍寺 ⇒ ランチ レストラン高砂など ⇒ 太子堂バス停⇒ 藤井寺駅前バス停 ⇒ 葛井寺 ⇒ 辛國神社 ⇒ アイセル シュラホール ⇒ 仲哀天皇陵 ⇒ 中の太子 野中寺 ⇒ 野々上バス停⇒ 近鉄藤井寺駅バス停⇒ 反省会

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7月10日は奈良歩き、かぎろひ歴史探訪の方々を奈良以外の場所へ私が案内する番外編で八尾から藤井寺へ移動し、最後は中の太子、野中寺(やちゅうじ)を訪れました。

野中寺は、聖徳太子の発願により、蘇我馬子が建立したとされる聖徳太子建立三太子の一つで、発掘調査によると創建は白雉元年(650年)頃のようなので、587年の丁未の乱からは時間的なずれはありそうですが。

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発掘調査による古代寺院としての野中寺は中門から入ると西側に塔、東側に金堂を配した川原寺様式のお寺ということになります。

現在の食堂と客殿は、江戸時代中期、享保9年(1724年)に大和国郡山藩主柳沢吉里により寄進されたということで奈良とのつながりもあります。

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境内の西側にある塔の礎石群です、きれいに残っています。

比較的小さな基壇から三重塔と考えられてきましたが、近年の調査で五重塔の可能性もあるとか、たしかに心礎石はかなり大きいですね。

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その心礎石には、飛鳥の橘寺の塔心礎と同じような心柱の三方に流木を当てる特殊な形式の内孔が残されています。

また、長楕円形の形状から思いついたのかどうかはわかりませんが、亀石に似せた線刻が施されています。

手前に亀の顔、目が彫られているのがわかるでょうか。

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また、境内には昭和23年に発見されたヒチンジョ古墳の組み合わせ式横口式石槨が展示されています。

既にその姿を消した古墳ですが、このような石槨が残されただけでも良かったですね。

出土物から、内部には漆塗木棺が安置されていたものと考えられています。

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さて、野中寺というと、大正7年(1918)5月に、宝蔵の塵埃の中から金銅製の弥勒半跏像が発見されたことが有名です。

飛鳥~白鳳時代の古代仏像ではないかと考えられ、その台座に、「丙寅」の干支を含む造像銘文が刻されていたことから、その後の研究により「丙寅」年は、天智5年(666)であると推定されています。

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時代は異なりますが、境内の墓地には大阪にあった豪商天王寺屋によるお染久松の墓があります。

15歳の丁稚の久松が天王寺屋の娘お染を誤って水死させた責任をとって縊死したことが、その後の心中物語となって有名になったそうです。

ところがお染の実家は天満屋であるとか、さてさて真偽のほどはどうなのでしょうね。

八尾と藤井寺という離れたところを効率的に回ることができ、下の太子、中の太子を巡りました、暑いなか、ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。

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