milk21.cocolog-nifty.com > 西宮を走った国鉄電車特急・昭和45年頃

Photo_7

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場所は甲子園口急行物語で撮影していた瓦林踏切跡である。
「しおじ」は最も目にする特急だった。


Photo_6

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ボンネット特急はこの頃最も多く見かけるスタイルだったが、既に他形式がその勢力に影響を与え始めていた頃でもあった。
側面を見ると意外に軽快な足回りである。


Photo_5

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今のSL公園の西側での撮影で、給水塔が写っている。
この場所の上を高架道路が走っている。


Photo_4

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名列車特急「はと」であるが、天気が悪いのか、夕方なのか、冴えない写真となっている。
場所は我々がエビラ地点と読んでいた伊藤ハム工場の前である。
この頃は舗装していない道路があっちこっちにあった。
後ろの煙突はアサヒビール工場と思われる。


Photo_3

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アサヒビール工場の積み出し場の脇を走る「しおじ」(おそらく)。
アサヒビール工場は現存するが、スタイルを一新している。
写真のたてものがいつ取り壊されたのかはわからない。
そして、日通マークのDBが2両写っている。


Photo_2

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クロ151を先頭にやってきた「しおじ」である。
懲りの頃はまだこの窓の大きな車両も走っていたし、164km/hの速度記録のプレートを先頭に取り付けた車両も走っていた。残念ながら、その車両の記録はなかった。


583_2

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再び、エビラ地点の特急「はと」である。
思えばとりやすい場所だったのである。
学校の授業を終えて駆けつけるのでどうしても夕方になったようである。
天気も悪いが、そんなことも考えずにカメラを持って自転車で走ったものだ。
その頃から自転車鉄だった。


583

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エビラ地点の反対側からなので、伊藤ハムの工場が見える。
伊藤ハムの工場は現存しているが、たてものがそのままかは確認していない。
「はと」は12両編成くらいだったのか、カメラの性能もあって写真の枠には入らなかったようだ。


Photo

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国鉄西ノ宮駅へ進入する特急みどり。
隣にかわいいDBが写っている。
この頃の西ノ宮駅は貨物も営業しており、かなり広い構内を有していた。